24 街・往来
聞き込みをしている京四郎。
街娘「そうなの。南町の味噌屋さんの店主が身体壊してね、皆、阿片じゃないかって」
京四郎「いつからか、わかるか?」
街娘「結構前だと思う。半年くらい前かな」
京四郎「入手先は?」
街娘「うーん。そこまでは」
京四郎「そっか、邪魔したな」
京四郎が歩き出す。
街娘「たまには、ちゃんと店に顔出してね」
京四郎「(振り向かずに)そのうちな」
その脇を五歳ほどの女の子が歩いていく。
その手には、小さな桶を持っている。
女の子「うんしょ、うんしょ」
京四郎「重そうだな、嬢ちゃん。運ぶの、手伝ってやろうか?」
女の子「大丈夫だもん!」
京四郎「(微笑んで)……あいつも、意地張りだったよな」
× × ×
菊が桶を持って、フラフラと歩いている。
菊「大丈夫! お兄ちゃんは手を出さないで」
× × ×
京四郎「……」
女の子「きゃあっ!」
人とぶつかる音と水をぶちまける音。
京四郎「ん?」
通りを見ると、武士の近くで、女の子が尻餅をついている。
武士の着物は水で濡れていて、地面には、豆腐が崩れている。
武士「き、きさま……。無礼者が!」
女の子「(怯えて)……あ、あの」
武士が刀を抜く。
聞き込みをしていたお銀が振り返り、騒ぎの方を見る。
お銀「……なに?」
その場に京四郎が走ってくる。
武士の前に立ち、両手を前に出す。
京四郎「まあ、まあ。旦那、落ち着いて」
武士「何だ、お前は?」
京四郎「ここは一つ穏便に……これでどうか」
京四郎が懐から小判を出して、武士の袖の下に入れる。
武士「……ふん。まあ、よい」
不機嫌そうに歩いていく武士。
京四郎は微笑んで、女の子を立ち上がらせて、埃を払ってやる。
京四郎「大丈夫か?」
女の子「(戸惑って)……う、うん」
京四郎から袖の下から財布を出す。
京四郎「これで、新しい豆腐を買いな」
女の子「(満面の笑みで)ありがとう」
女の子が元気良く走っていく。
お銀「へえ、いいとこあるじゃない」
振り向くとお銀が立っている。
京四郎「いいところしかねえよ」
お銀「ねえ、女の子にお金をあげた時に出したのって、さっきの武士の財布よね?」
京四郎「さあな」
京四郎が中身を取り出した後、財布を捨てる。
お銀「凄い! 全然分らなかった」
京四郎「……(うるさそうに)」
京四郎が歩き出す。
お銀がその横を歩きながら京四郎の顔を覗き見る。
お銀「それよりさ、何で手伝う気になったの? ……直江となにかある、とか?」
京四郎「別に。気が向いただけさ」
お銀「なにそれ? 私たち仲間じゃない」
京四郎「(苦笑して)……仲間、ね」
お銀「うわっ、感じ悪―い」
京四郎「(ため息をついて)茂吉は、俺の相棒だった。だから、その仇うちさ」
お銀「嘘! 絶対に、なにか他に理由があるんでしょ!?」
京四郎「俺は仲間想いの良い奴なんだよ」
お銀「……ふん。もういいわよ」
立ち止まる京四郎。
京四郎「……どうしてスリなんてやってる?」
お銀「(立ち止まって振り向く)え?」
京四郎「女ってだけでも珍しいのに、随分と若い。お前こそ、何かあったんじゃないのか?」
お銀「気が向いたからやってるだけよ」
走り去っていくお銀。
京四郎「(苦笑いをして)……」
25 長屋・部屋の中
京四郎が戸を開けて、部屋に入ってくる。
部屋には、すでにお銀と条庵がいる。
条庵「おう。分ったぞ。阿片の仕入れ場所」
京四郎「(座って)どこだ?」
条庵「北に一日ほど行った港町だ。あとは、いつから仕入れ始めたか、だが……」
条庵がチラリと京四郎を見る。
京四郎「恐らく、半年前くらいだな」
お銀「……あれ? そう言えば、今井のあの制度も、半年前からだよね?」
京四郎「なんの話だ?」
条庵「今井が考案した見回り制度だ。あれで随分と大名の評価を上げたらしいからな」
お銀「出世頭だよね」
京四郎「……とにかく、俺は明日、仕入れ先の港町に行ってみる」
お銀「そうだね。それくらいは役に立ってもらわないと。京四郎、何もしてないもん」
京四郎「……お前な」
条庵「ふむ。こっちは、引き続き、直江のことを調べてみるか」
京四郎「ああ、頼んだぞ」
26 街・船着場
多くの船が波に揺られている。
一際小さい船が停まっているのに気づく。
京四郎「(船をジッと見て)……」
船員「(やってきて)やけに真剣に見てるな。船に興味があるのかい?」
京四郎「随分と小さい船だなって思って」
京四郎が小さい船を見る。
船員「ん? ああ、あれか。変わった船だよ。得たいの知れない奴が乗っててさ。こっちに挨拶一つしねえ」
京四郎「何を運んでるんだ?」
船員「さあな。いつの間にかいて、気付いたらいなくなってるんだよ。なんせ、昼間は出てこねえ。船の中に閉じこもってるときたもんさ」
京四郎「頻繁に来るのか?」
船員「月に数回かな。半年前くらいから、フラフラって来るようになって、二、三日停まっていくんだよ。ヤバいもんでも運んでんじゃねえかって噂になってる」
京四郎「……なるほど、ね」
27 船着場(夜)
物陰で、船を見ている京四郎。
京四郎「(くしゃみ)うう……寒ぃな」
ギィっと船のドアが開く。
京四郎「お、来た来た」
小男が船から出てきて、歩いていく。
小男は風呂敷を背負っている。
京四郎「おいおい。んな風呂敷背負ってたら、当たりって言ってるようなもんだろ」
辺りを警戒しながら歩き出す小男。
後をつける京四郎。
28 町外れ
小男が辺りを警戒しながら歩いている。
小男「ん?(足を止める)」
京四郎「(前からやってきて)ふふふーん」
小男「ちっ! 酔っぱらいか」
小男は平静を装って歩き始める。
京四郎「おっとっとっと」
すれ違いざま、京四郎がフラフラした足取りで、小男にぶつかる。
小男「うわっ!」
小男が倒れ、風呂敷の中身が飛び出す。
それは十数個の手の平くらいの木箱。
京四郎「お、すまん、すまん。ん? 立派な木箱だな(箱を拾う)何入ってんだ?」
小男「(慌てて)触るな!」
男は京四郎の手から箱を奪い取り、散らばった木箱をかき集め、風呂敷に包む。
逃げるように走る小男。
京四郎「ちょろいったら、ねえな」
盗んだ木箱をポンポンと叩く。
29 長屋・部屋の中
京四郎、お銀、条庵が木箱を囲むようにして座っている。
木箱は開いていて、中には黒い飴状の阿片が入っている。
条庵が、指につけて、こすったり、臭いを嗅いだりしている。
条庵「間違いないな。阿片だ」
京四郎「よし、これで直江を追い詰められる」
お銀「……うーん。それがね」
京四郎「なんだ?」
条庵「どうやって街に持ち込んでるのか、わからんのだ」
京四郎「……夜にこっそりと持ち込んでるんじゃないのか?」
条庵「街にどんな物を入れられるかを直江が決めてるんだ。だから、阿片を仕入れるのはたやすい。が、この街に持ち込む時は、必ず今井に検査される」
お銀「何かの品に、紛れさせてるんだと思うんだけどね」
京四郎「それはないな」
お銀「(ちょっとムッとして)なんでよ?」
京四郎「今井は直江を怪しんでる。入ってくる品物には、特に気をつけてるはずだ」
条庵「確かにな、今井自身が立ち会うことが多いらしい」
京四郎「どうやって、持ち込むか、か……」
お銀「ねえ、やっぱりさ、このまま阿片を持って今井のところに行かない?」
京四郎「駄目だ」
お銀「えー、何でよ。さっき、京四郎だって追い詰められるって言ったじゃない」
京四郎「きっと、今井も阿片までは辿りついてるはずだ」
条庵「今井が知りたいのは、どうやって持ち込むか、だろう。阿片だけ持っていっても、門前払いだろうな」
京四郎「見回りの奴に賄賂を送ってるんじゃないのか?」
条庵「それはない。それを防ぐための、新しい制度だからなぁ。実際、あの制度になってから不正な品は入ってこなくなったって話だ」
京四郎「どんな制度なんだ?」
お銀「んー、じゃあ、見に行こっか?」
京四郎「……?」