○ シーン 7
生研の部室。
怪我の治療をしている和馬。
和馬「痛い、痛いです、雫先輩」
雫「暴れないで……」
夏姫「ったく、大げさだな。ちょっと、背中切られただけじゃねえか」
和馬「ちょっとって言っても、血が出てるんですよ」
夏姫「カスリ傷じゃねえかよ。大体、あんなの、俺は簡単にかわせたんだ。お前が怪我したのは、全くの無意味だな」
和馬「そういうことは思ってても、口に出さないでください。それに、先輩を庇ったんですから、お礼の一つもあってもいいと思うんですけどね」
夏姫「んー、そうかぁ? ……まぁ、そうだな。……和馬、ありがとうな」
和馬「(ジーンとして)夏姫先輩……」
夏姫「面白いもの見せてくれて」
和馬「そっちですか!」
夏姫「おう。お前の『切られたぁ』って、床を転げまわっている姿は、なかなか滑稽で楽しかった」
和馬「もう、いいですよ。まったく……」
雫「素直じゃない……」
ノック後、扉が開き、数名の生徒が入ってくる。
生研女子部員1「失礼します。生物研究会南棟支部の者ですけど」
夏姫「……ノースの奴らか」
生研女子部員2「先ほどの、南棟の渡り廊下の一件。我々の管轄のはずですけど、東棟支部のあなたが処理されたそうですね」
夏姫「まあ、近くを通りかかったからな。ついでに、って感じだ」
生研女子部員1「勝手なことをされては困ります。そちらが出しゃばって、怪我されるのは、勝手ですけど、暴れている方の男子生徒を怪我させたそうじゃないですか」
夏姫「アイツは殴られて当然だろ」
生研女子部員2「南棟は南棟のやり方があるんです。いえ、南棟だけじゃありません。北棟、西棟も、それぞれの生研が対応する。他の棟の生研は、手を出さないという決まりのはずですけど」
夏姫「(面倒臭そうに)あー、はいはい。悪かった。……これでいいんだろ?」
生研女子部員2「後で、謝罪文と報告書を提出してください。それと、東棟の部活動の決算報告書がまだ、出てないみたいですけど?」
夏姫「あん? 全部出したぞ。な? 雫」
雫「占星クラブがまだ……」
夏姫「和馬。お前のところじゃねえか。早く出せよ」
和馬「僕は部員じゃありません……」
生研女子部員1「他の支部の問題に首を突っ込む前に、自分たちの仕事をした方がいいんじゃないですか?」
夏姫「(ムカッとして)あ?」
扉が開き、手塚が入ってくる。
手塚「それくらいにした方がいいな」
生研女子部員2「あっ、手塚支部長」
夏姫「ちっ、学か……」
手塚「こちらも、到着が遅くなってしまったという失態があるんだ。あのまま、あの男子生徒が暴れてたら、もっと怪我人が出てたかもしれない。被害を最小限に抑えてくれた、東棟支部長に感謝しないといけないくらいだよ」
生研女子部員2「でもですね、手塚支部長! この人たちは……」
手塚「少し落ち着いた方がいいな。君たちが南棟の為に頑張ってくれてるのには感謝してる。でも、女性というのは、もっと清楚にふるまうべきだよ」
生研女子部員1「……すいません」
手塚「悪かったね。本来なら、俺が来るべきだったのに」
生研女子部員2「いえ、そんな……」
手塚「(夏姫に)というわけで、謝罪文も報告書も提出する必要はない。悪かったな。変な難癖つけるような真似をしてしまって」
夏姫「……いや、別に気にしてねえよ」
手塚「気にしてない顔じゃないぞ。そういうところは昔と変わってないな、夏姫は」
和馬「……え? 昔?」
夏姫「要件が済んだなら、さっさと帰れ」
手塚「相変わらず、この人数でやってるんだな。……どうだ? なんなら、こっちの支部から人を出すが?」
夏姫「いらねえよ。間に合ってる。どうせ、変なことでも企んでんだろ」
手塚「まさか。そんなこと、考えてないさ」
夏姫「どうだかな。とにかく、いらん。帰れ」
手塚「……えらく嫌われたものだな。分った。帰る。みんな、行こう」
ドアを開けて、手塚たちが出て行く。
夏姫「なんで、あんな風になっちまったかな」
和馬「手塚先輩とは、昔からの知り合いなんですか?」
夏姫「あん? いや、別に……」
雫「幼馴染……」
和馬「え? そうなんですか?」
夏姫「雫、いらんことを言うな。それより和馬。早く、千愛のところに行って、決算書を取って来い」
和馬「今からですか? どうせ、放課後に行くので、その時にもらってきますよ」
夏姫「今、すぐ、だ!」
和馬「わ、わかりましたよ」
○ シーン 8
ドアが開き、和馬が部室から出てくる。
そして、歩き出す。
和馬「……幼馴染、か……」
手塚「ちょっと、待ってくれないか」
和馬「え?」
和馬が立ち止まると、後ろから手塚が駆けてくる。
和馬「あ、手塚先輩」
手塚「……芹澤くん、だよね? ちょっと、時間もらえるかな?」
和馬「えっと……実は、これから決算報告書を取りに行こうと思って……」
手塚「じゃあ、歩きながらでいい。少し、話をさせてくれないかな?」
和馬「別にいいですけど……」
和馬と手塚が並んで歩く。
手塚「どう? 生研の仕事には慣れたかい?」
和馬「ええ。時々、怪我をしますけどね」
手塚「(笑って)生研の宿命だよ。でも、来年になれば、そういうことも少なくなる。……なんでか、わかるかい?」
和馬「……いえ、わかりません」
手塚「危険なことは、後輩に任せるからさ」
和馬「え?」
手塚「いや、冗談だよ」
和馬「でも、夏姫先輩は、どっちかと言うと、危険なことを率先して、自分から入って行きますよ」
手塚「東棟支部は、人数が三人しかいないからね。自然とそういう風に見えるだけさ」
和馬「そんなことありませんよ。あれは、絶対、楽しんでますね。いや、どちらかと言うと危険を求めてる、そんな感じがします」
手塚「……へえ。よく見てるんだね」
和馬「そういえば、手塚先輩と夏姫先輩って、幼馴染って聞いたんですけど?」
手塚「ああ。でも、小学校の高学年の時に、夏姫は引っ越して行ったからね。再会したのは、ここに入学してからだよ」
和馬「そうなんですか?」
手塚「生研の支部長会議でバッタリ会ってね。それまでは、夏姫がこの学園にいることさえ知らなかった」
和馬「本当に最近なんですね」
手塚「最初に会った時は、夏姫だって気づかなかったんだ。不覚にもね。まあ、あれだけ雰囲気が変わっていたら、しょうがない……って言うのは言い訳かな(苦笑)」
和馬「……夏姫先輩、小学生の頃と雰囲気が違うんですか?」
手塚「正反対って言っていいかな。あの頃の夏姫は、もの静かで、気が弱くて、すぐ泣いてたんだよ」
和馬「えええっ! ま、まさかぁ。あの、夏姫先輩がですか?」
手塚「(つぶやくように)……あんな事件があったんだ。本当だったら、精神が壊れていても仕方ないくらいだ」
和馬「……あんな事件って、何ですか?」
手塚「(ハッとして)いや、ちょっとしゃべり過ぎてしまったね。あまり、人の過去を話すのは良くないことだね」
和馬「……そうですね」
手塚「……芹澤くんは、どうして生研を続けてるんだい?」
和馬「え?」
手塚「激務だろ? 生研の仕事って。しかも、人が少ない東棟支部は特にさ。君にとって、あまりメリットはないと思うんだけどね」
和馬「……そういうことじゃないんです」
手塚「まさか、夏姫に脅されてる、とかかな」
和馬「そんなことありません! (怒って)夏姫先輩は、乱暴な人ですけど、そんな卑怯なことしませんよ」
手塚「(笑って)安心したよ。夏姫にも、良い友人がいるようで。あいつ、人気はあるけど、孤独な雰囲気を出してるからね。ちょっと、心配だったんだよ」
和馬「……いえ、僕は夏姫先輩に信用されてません。手塚先輩は、夏姫先輩の幼馴染だから、信頼されてるみたいですけど」
手塚「何か、気になることでもあるのかい?」
和馬「夏姫先輩、昔のこと、全然僕に話してくれないんです」
手塚「誰にだって、知られたくない過去くらいあるだろう?」
和馬「でもですね……」
手塚「大丈夫。俺から見れば、夏姫が一番信頼してるのは、間違いなく芹澤くんだよ」
和馬「……」
手塚「自分の為に、本気で怒ってくれる人間なんて、そういない。夏姫が気を許すのも、分かる気がするよ」
和馬「(苦笑して)気を許すというより、遊ばれてるって感じですけどね」
手塚「それが、彼女なりの愛情表現ってやつだよ」
和馬「愛情表現……。これほど、夏姫先輩に似合わない言葉はないですね」
手塚「(笑って)そうかもしれないな。ま、何かあったら相談してくれ。力になる。それじゃ」
和馬「はい。ありがとうございます」
手塚が去っていく。