黒葛探偵事務所の不気味な依頼 5話 私にしか見えない幽霊
- 2024.06.15
- 朗読
■概要
人数:1~3人
時間:15分
■ジャンル
ボイスドラマ(朗読)、現代、ホラー・ミステリー
■キャスト
依頼者 女性
黒葛 女性 探偵
助手 男性
■台本
ボロアパートの『105号室』にある黒葛(つづら)探偵事務所。
本当なら、探偵の方から来てほしかったんだけど、今回はお父様を通してないから無理だ。
仕方ない。
私がチャイムを押すと、すぐにドアが開いた。
「Iさんですね? お待ちしてました」
わー、イケメン。
出てきたのはタキシード姿の男の子だった。
是非とも、うちの執事に欲しいくらい。
来てくれないかな。
なんて。
「どうぞ、中へ」
男の子に案内されて部屋に入る。
すると、そこに車椅子に乗った女の人がいた。
……なかなかの美人さん。
いや、結構、美人。
いや、かなりかな。
まあ、どうでもいいか。
「どうも。黒葛(つづら)です」
なんだろ。
美人は声もいいんだね。
よく通る、キレイな声だった。
無表情だけど。
「……緊急な依頼なのですか?」
「へ? まあ、緊急っちゃ、緊急だけどなんで?」
「平日のお昼なので」
「ん? あー、そっか。制服だからってこと? 学校サボって来たと思った?」
「違うのですか?」
「臨時休校になったの」
「……ああ。K高校の生徒さんでしたか。大変でしたね」
「あれ? 知ってるの?」
「話題になってます。テレビでもSNSでも」
「今朝の話なのに、情報回るの早いなー」
「学校の体育館倉庫に死体があったなんて、話題にならない方がおかしいですから」
「犯人は誰なんだろーね? あれかな? 流行りのパパ活ってやつ? 死んだ子、派手めな子だったみたいだもんね。痴情のもつれってやつかな?」
「もう、捕まっています。K高校の生徒のようです」
「へー。そうなんだ。まあ、K高の生徒が殺されて、K高の体育館に死体があるんだもん。犯人もK高の生徒っていうのは自然ちゃ、自然か。にしても警察は凄いね。もう捕まえたんだ」
「犯人は自首したようです。どうやら人違いだったらしいですが」
「うわー。間違って殺されちゃったんだ。かわいそー」
「……申し訳ありません。話が逸れてしまいました」
探偵さんは仕切り直すように、咳払いをした。
そして、まるでお決まりのような感じでこう言った。
「では、依頼の内容を話してくれますか?」
そう。
私にはある悩みがある。
それを解決してもらいたくて、ここに来たのだ。
********************************
私 :私にしか見えない幽霊の謎を解いて欲しいの。
黒葛:……幽霊ですか?
私 :わかる。わかるよ。
その顔は幽霊なんているはずないって思ってるでしょ?
自分でも馬鹿馬鹿しいと思ってるんだからさ。
幽霊なんているわけないじゃんって。
黒葛:ですが、見えているということは信じているということでは?
私 :いや、信じてないんだけどさー、幽霊なんて。
でも、見えるんだから仕方ないでしょ?
黒葛:見えているのに信じないとは、ある意味矛盾していると思いますが。
いえ、その話は置いておきましょう。
幽霊はいつから見えるようになったのですか?
私 :んー。
大体、3ヶ月くらい前かな。
友達と学校帰りに、S公園を通ったときからだよ。
黒葛:幽霊の特徴は?
私 :えーっとね、髪が長い女の子だよ。
あとはうちの制服着てた。
それくらいかな、特徴なんて。
どこにでもいる女の子って感じ。
黒葛:……その人に見覚えは?
私 :だーかーら!
どこにでもいる女の子って感じなんだってば。
会ったことがあったとしても、覚えてないよ。
黒葛:あなたにしか見えないということは、
一緒にいた友達には見えなかったということですね?
私 :うん。そう。
最初はさ、あまりにも地味だったから、普通に人間だと思ったんだよね。
でもさ、他の2人には全然、見えてないの。
近くにいるのにだよ?
で、こりゃ幽霊だ―って気づいたわけ。
黒葛:幽霊が見えるようになったきっかけに、何か覚えはありませんか?
例えば、心霊スポットに行ったとか。
私 :あははは。
探偵さんって、幽霊信じるタイプ?
さっきも言ったけど、私は信じてないんだよね。
だから、心霊スポットなんて行くわけないじゃん。
正直、何が楽しいのか、わかんない。
黒葛:同感です。
あとはなにか恨まれるようなことはありませんでしたか?
私 :んー。
あるっちゃあるみたいだけど、納得いってないんだよね。
黒葛:……どういうことですか?
私 :あんまり話したくないんだけどなぁ。
まあ、いいか。時効だよね、時効。
黒葛:……。
私 :あのね、私、中学の頃、ある子と仲が良かったんだよね。
その子、友達いないみたいだから、いつも一緒にいてあげてさ。
遊んであげてたんだよ。
そしたら、その子、事故で死んじゃって。
黒葛:どんな事故だったんですか?
私 :電車に轢かれちゃったの。
黒葛:……。
私 :私としては、ずーっと遊んであげてたんだから、
感謝して欲しいくらいなんだよ。
なのにさ、友達ったら、「あれは恨んでる顔だ」って言うんだよ。
あれは、あの子の幽霊だって。
酷くない?
あれがイジメだなんて、大げさだって―の。
なんで、恨まれなきゃなんないのさ。
遊んでただけなのにさ。アホらしい。
黒葛:幽霊はどのくらいの頻度で見るのですか?
私 :えーと、週に3、4回かな。
黒葛:頻繁ですね。
私 :だよね。
暇人か、つーの。
ったく、鬱陶しい。
黒葛:その幽霊に遭遇してから、なにか害はありますか?
私 :ないなら、ここに来てないって。
あるに決まってるじゃん。
黒葛:どんなことがあるんですか?
私 :結構、ヤバい感じなんだよね。
道を歩いてたら、上から物が落ちてきたりするんだよ。
レンガとか鉢植えとか、色々。
あとは電車待ってたら、後ろから押されたりしたんだ。
黒葛:かなり危険ですね。
死んでいてもおかしくない。
警察には相談したんですか?
私 :いやー。私も言った方がいいかなーって思ったんだけどさ。
友達が幽霊の仕業なんて言ったら笑われるし、
相手にしてくれないって言うんだよね。
まあ、そりゃそうかなーって思うけど。
黒葛:ご両親には?
私 ;言えないよ。
下手したら、転校させられちゃうもん。
うちの親、すげー心配性なんだよね。
だから、内緒にしてるんだ。
黒葛:そんなことを心配している場合ではないと思いますが?
命に関わることなんですよ?
私 :わかってるよ。
だから、ここ最近はずーっと、
使用人に車で送ってもらってるんだから。
ちゃんと対策できてるでしょ?
黒葛:それでは対策にはならないと思いますが。
私 :へ?
なんで?
黒葛:幽霊はどこにでも出るのですよね?
道にも、公園にも、駅にも。
それなら、送り迎えだけしてもらっても
他の場所で命を狙われれば、意味がないと思いますが。
私 :あ、言われてみれば……。
たしかにそっか。
どうしよう?
黒葛:……今のところ、送り迎えを車でしている間は、
危険なことはなかった、ということでよいですか?
私 :うん。ないよ。
だって、言われるまで気づかなかったくらいだし。
黒葛:友達とはいつからの付き合いですか?
私 :え?
普通に高校からだけど。
中学も違うしね。
黒葛:その友達は2人とも同じクラスですか?
私 :いや、1人だけだよ。
もう1人は、友達の友達って感じかな。
黒葛:その2人以外に、友達はいますか?
私 :うっ!
なによ、その質問。
もしかして、友達少ないって思われてる?
……まあ、実際、いないんだけどね。
黒葛:友達は2人だけなんですね?
私 :はいはい。そうでーす。
友達少なくて、悪かったわね。
黒葛:学校内で、あなたのように髪を染めている人は多いのですか?
私 :なに、急に?
まあ、いるっちゃいるかな。
うち、校則緩いし。
黒葛:あまり多くはない、ということでよいですか?
私 :うん。まあ、全体の1パーセントくらい?
黒葛:なるほど……。
依頼者にしか見えない幽霊。
幽霊は依頼者を恨んでいる。
上から物が落ちてくる、駅で押される。
中学の時、友達が電車に轢かれている。
そして、送り迎え中はなにも起きない。
私 :なに、ぶつぶつ言ってるの?
なにか、わかったなら言ってよ。
黒葛:あなたは昨日、車ではなく、歩いて帰りませんでしたか?
私 :……え?
どうしてわかったの!?
私、言ってないよね?
すごーい!
エスパーみたい。
黒葛:しかも、友達と一緒ではなく、1人で帰りましたね?
私 :……うわ。
逆に引くわ。
そこまで当てるなんて。
探偵さん、探偵じゃなくて占い師やったら?
黒葛:遠慮します。
私 :昨日はさ、たまたま家の車がパンクしたみたいで、
修理に時間がかかるって言われたんだよね。
最初は待とうかなって思ったんだけど、
1時間くらいで飽きちゃって。
だから、まあいいやーって感じで歩いて帰ったんだよね。
黒葛:やはり。
私 :もしかして、幽霊の正体、わかっちゃったとか?
黒葛:はい。
わかりました。
私 :ホントに!?
教えて、教えて。
黒葛:いえ、すみません。
語弊がありました。
これはあくまである仮説に辿り着いただけです。
私 :仮説?
黒葛:はい。
あくまで私の仮説なので、合っているかどうかの保証はできません。
私 :それでも聞きたいな。
黒葛:はっきり言って、聞かない方がいいです。
世の中には知らない方がいいことがあります。
それに、今回のことは聞かなくても問題ありませんので。
私 :なにそれー。
そんなこと言われたら、逆に気になるって。
教えてよ。
依頼者だよ、私。
黒葛:わかりました。
では、話します。
私 :ごくり……。
黒葛:まず、始めに、もう幽霊に悩まされることはないでしょう。
私 :なんで?
黒葛:もう、あなたの前に現れたくても、現れることができなくなるからです。
私 :どういうこと?
黒葛:幽霊の正体は、今朝、捕まったK高校の生徒です。
私 :はあ?
え? ちょっと待って。
なに、その超展開。
ついて行けないんだけど。
黒葛:あなたは、最初、幽霊を見たとき「普通の人間だと思った」と言いました。
そして、友達が見えていないことで、幽霊だと気づいた。
そうですね?
私 :うん。
黒葛:ですが、友達はこうも言っています。
「あれは恨んでる顔だ」と。
私 :うん。それが?
黒葛:見えていないなら、顔もわからないのではないですか?
私 :……あっ!
確かに。
ってことは、見えないって嘘を付いてたってこと?
黒葛:そう考えるのが自然でしょう。
それに、もし、本当に幽霊であれば、直接的に殺そうとしてくるはずです。
たとえば、ナイフで刺す、とか。
私 :幽霊は物を持てないから、とかじゃない?
黒葛:実際に、上から物を落とすのに、ですか?
それに駅でも、『押されて』ますよね?
私 :……。
黒葛:現れるのが、登下校の間だけというのも考えてみるとおかしいです。
駅までやってこられるのであれば、
学校はもちろん、あなたの家にも来られるはずでは?
私 :たしかに……。
黒葛:幽霊ではなく人間と考えれば納得できるはずです。
駅や道、公園は不特定多数の人間が多い。
ですが、学校は違います。
そんな中で、あなたを狙えばバレる可能性は高く特定されやすい。
そして、あなたの家の中は、言うまでもありません。
私 :そうだね。
私の家になんか来たら、幽霊じゃないって気づかれちゃうか。
黒葛:そういうことです。
私 :でも、なんで、幽霊になり済ますなんて、
まどろっこしいことしたんだろ?
黒葛:おそらく、あなたが消えたとしても、
幽霊に連れて行かれたという形にしたかったのではないでしょうか。
私 :私を消す?
なんで?
黒葛:復讐です。
私 :復讐って、まさか……。
黒葛:ええ。
あなたが中学の頃、電車に轢かれた友達ですよ。
いや、轢かれたのではなく、飛び込んだ、という方が正しいでしょうが。
私 :ちょっと待ってよ。
それじゃ、私があの子をイジメてて、
それを苦に自殺したように聞こえるじゃない。
黒葛:そう言ってるつもりです。
私 :冗談じゃないよ!
私は、遊んであげてたの!
友達がいない、あの子のことを思って。
黒葛:相手はそう思ってなかっただけです。
あなたは、遊びと言いながら、
その人に『色々なこと』をさせてませんでしたか?
私 :……。
黒葛:大抵、イジメる方は遊びの感覚だと本気で思っているようです。
あれくらいはイジメじゃない。
イジメはもっと、お金を取ったり、暴力を振るうものだ、と。
私 :そ、それは……。
黒葛:少なくとも、あなたはその人のことを友達だとは思っていなかった。
私 :そんなことない!
あの子は友達だったよ。
黒葛:顔も覚えていないのに、ですか?
私 :え?
黒葛:あなたは、幽霊が、友達じゃないかと言われた時、
すぐに違うと言えなかった。
それは、その人の顔を忘れかけていたからじゃないですか?
私 :いや、そうじゃなくて……。
黒葛:もしかすると、電車に飛び込んだ人は
遺書かなにかを残していたかもしれません。
それで、あなたのことを知り、復讐しようとした。
私 :そんな……。
黒葛:幽霊役の人は、おそらく、電車に飛び込んだ人の
姉妹だったのではないでしょうか。
そして、あなたの友達は、その人の協力者だった。
私 :……。
黒葛:3人はあなたに幽霊の印象を付け、
学校にも噂を流していたはずです。
いつ、祟りで死んでも自然なように。
ですが、あなたは車で登下校を始めた。
これには焦ったはずです。
車に乗っていては狙うことができない。
そんな中、チャンスがやってくる。
私 :昨日の車のパンク……。
黒葛:この機会を逃せば、今度はいつになるかわからない。
だから、今回は直接手を下そうとしたのでしょう。
後ろから刃物で刺した。
私 :あっ!
……間違えて殺したって。
黒葛:はい。
あなたと被害者の髪の色は似てますからね。
派手な感じで。
私 :……。
黒葛:そういうことなので、
あなたはもう幽霊に悩まされることはないでしょう。
********************************
結局、探偵さんの言っていた仮説っていうのが合っていたかどうかはわからない。
なぜなら、あの後、私はすぐに転校し、事件のことは敢えて調べないようにした。
早く忘れよう。
まさか、逆恨みなんかで殺されそうになるだなんて。
ホントに冗談じゃない。
そして、それから何年が経ったんだろう。
私の記憶からあのときのことが綺麗さっぱり消え去った頃のことだ。
「こんばんは、お久しぶりですね」
ふと、道端で、知らない女の人に声をかけられた。
「……誰?」
私がそう言うと、その女の人は薄く笑い、ナイフを構えてこっちに走ってきた。
終わり。