黒葛探偵事務所の不気味な依頼 第10話 私を悩ませる生霊
- 2024.07.30
- シナリオ本編
■概要
人数:1~2人
時間:15分
■ジャンル
ボイスドラマ(朗読)、現代、ホラー・ミステリー
■キャスト
依頼者 女性
黒葛 女性 探偵
■台本
古めのアパートの1階にある『105号室』。
そんな場所に探偵事務所があるなんて誰も思わないだろう。
下手をすると、同じアパートの住人も探偵事務所の存在を知らないかもしれない。
黒葛《つづら》探偵事務所は予約のみ受け付けらしいので、こういう場所の方がちょうどいいのだろう。
そして、結構、評判がいいみたいで土日は予約が埋まっているようだ。
ただ、今日は平日だったのですんなりと予約が取れた。
予約の時間になったので、チャイムを押す。
すると、男の子が出てきて、中へ案内してくれた。
何もない部屋の真ん中に車椅子の女性がいる。
「どうも。黒葛《つづら》です」
どうやら、この女性が探偵さんらしい。
「では、さっそく依頼の内容を話してくれますか?」
世間話もなく、ストレートに依頼の話を振ってきたことに多少驚きはしたが、私にとってもそれは好都合だ。
別に話をしたくて来たわけじゃない。
一刻も早く問題を解決したくてここに来たのだから。
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私 :私に憑いている生霊が誰かを調べて欲しいんです。
黒葛:なぜ、生霊に憑かれていると思うのですか?
私 :信用できる霊能力者に見てもらったんです。
そしたら、私の背後には何も見えないって……。
そんなわけがないと言うと、もしかしたら生霊かもしれないと
言われたんです。
生霊はずっととり憑いているわけじゃないから、
普段は見えないらしいんです。
黒葛:なるほど。
では、あなたは今、なにかしらの超常現象に
悩まされているということでよいですか?
私 :そうなんです。
あれは絶対に霊の仕業なんですよ。
それ以外に考えられません。
黒葛:わかりました。
ただ、私自身、幽霊を信じていません。
ですので、生霊が誰かを見つけるのではなく、
あなたに対して実際に危害を加えようとした人間を特定する、
という形で問題ありませんか?
私 :はい。それでいいです。
誰かわかりさえすれば、対策はまた別で考えますので。
黒葛:現時点で、あなたを恨んでいそうな人物のおおよその特定はできていますか?
私 :それが、その……まったく……。
会社の人だってことくらいしか、
今のところはわからない状態なんです。
黒葛:会社の人間……。
理由を聞いてもよいですか?
私 :私はプライベートで全く友達がいませんから。
黒葛:念のため、親戚の方の心当たりはありませんか?
私 :いえ。
兄弟はいませんし、両親との関係も良好です。
他の親戚はもう、10年以上会っていません。
黒葛:では社内で、少しでもあなたを恨みそうな人間は
どれだけいそうですか?
私 :そう言われると……。
全員が怪しいですし、全員が怪しくない気もします。
黒葛:というと?
私 :私、結構、人見知りで会社内でもほとんどしゃべりません。
ランチも一人ですし、飲み会なんかも参加はしてないんです。
黒葛:仕事の内容ではどうですか?
なにか失敗、もしくは成功させたなどありませんか?
私 :この1年の間は特に何も……。
黒葛:怪奇現象に悩まされるようになったのはいつ頃からですか?
私 :一ヶ月前くらいからです。
黒葛:どのようなものですか?
私 :最初は本当に些細なことからだったんです。
お菓子がなくなってたり、飲み物がなくなってたりとか……。
黒葛:思い違いの可能性は?
私 :私もそう思って、ちゃんと記録したんです。
黒葛:それで、なくなっていたということですか?
私 :そうです。
私のボールペンやティッシュ、
酷いときには社員証まで取られたんですよ。
黒葛:話を聞く限り、怪奇現象ではなく、単なる悪戯に近い気がしますが?
私 :違うんです。
私、結構、会社から出るのは最後になることが多いんです。
それと、朝も大体は私が一番なんです。
黒葛:つまり、あなたが一番最後に帰っているはずなのに、
次の日に物が無くなっているということですか?
私 :はい……。
黒葛:会社のオフィスはどのような形態ですか?
たとえば、ビルの一画を借りているとか。
私 :はい。Kビルの3階のフロアを借りている形ですね。
黒葛:では、他の会社の人間の仕業というのは考えられませんか?
私 :ないと思います。
フロアごとで社員証がないと中に入れない仕組みに
なってますから。
黒葛:それなら、あなたが帰った後、同僚が戻ってきた、
とも考えられますが?
私 :それもありません。
入退出データを調べてもらったんですが、
最後に出入りしたのは私になってました。
黒葛:清掃会社はどのタイミングで入るかわかりますか?
私 :昼から夕方にかけてです。
黒葛:警備員は?
私 :ビル自体の出入り口にはいますが、
各階の見回りなどはしていません。
黒葛:なるほど。
確かに、社内の人間の可能性が高いようです。
私 :そうですよね?
黒葛:ただ、話を聞く限り、失礼ですがそこまでの被害は
ないような気がします。
わざわざ霊能力者に頼るほどの何かがあった……。
違いますか?
私 :そうなんです。
……あれは二週間前のことでした。
その日も、私が帰るのが最後だったんです。
帰る準備をして、会社を出て駅に向かいました。
そしたら、会社に定期券を忘れてしまったことに
気づいたんです。
黒葛:それで、会社に戻ったと?
私 :はい。
それで部屋に向かっていた時に、あることに気付きました。
それはトイレの電気が付いてたということです。
黒葛:消し忘れ……というわけではないということでよいですか?
私 :絶対にないです。
私、前に一度、電気を消し忘れて怒られたことがあってから
電気だけは絶対に消したことを確認してから帰るように
しているんです。
黒葛:トイレの中は見ましたか?
私 :見ました。
そのときは怖いというよりも、変だなって思いの方が強くて。
それでトイレの中を覗いてみたんです。
そしたら、個室のドアは全部開いてました。
訳が分からなかったんですが、とにかく電気を消して
部屋に向かったんです。
そしたら、後ろで水が出る音がしたんです。
黒葛:水?
私 :洗面台の水です。
手をかざすと自動的に出る。
黒葛:……それが、誰もいないはずなのに出たというわけですか。
私 :それで怖くなって、部屋に急いだんです。
机の上にあった定期券を持って、すぐに帰りました。
でも、それからなんです。
一人で残業していたら、同じようなことが起こるようになって。
黒葛:トイレの電気や水が出る、という現象ですか?
私 :それと、廊下をヒタヒタと歩く足音や、笑い声や叫び声も
するようになったんです。
あとは、端の席の人の椅子が勝手に動いたりもして……。
黒葛:その会社やビル内で、そのように幽霊が出るという噂は
あったのですか?
私 :……わかりません。
人とあまり話さないので。
黒葛:なるほど……。
私 :そういうことが続いたので、私はさすがに上司に
相談しようと思ったんです。
笑われるのが怖かったのと、どうせ相手にされないと
思ったのですが、それでもどうにかしたいと思って。
ですが、相談はできませんでした。
黒葛:なぜですか?
私 :私の机の中に紙が入っていて「言うな」って書かれてたんです。
黒葛:手書きですか?
私 :いえ。
パソコンで打って印刷したんだと思います。
次の日には「いつも見てるぞ」と書かれた紙が……。
黒葛:それで上司ではなく、霊能力者に相談したと?
私 :そうです。
黒葛:怪奇現象は家でも起こりますか?
私 :いえ、会社だけです。
黒葛:最後に確認したいのですが、
あなたは物が無くなるようになってから
社員証を取られたと言っていましたが、
逆ではないですか?
私 :え?
黒葛:社員証を紛失してから
物が無くなり始めたのではないですか?
よく思い出してください。
私 :えっと……。
あっ、確かに、そうかもしれません。
最初に社員証を失くした気がします。
でも、それがなにか?
黒葛:……物が取られる。
社内ではほとんど交流がない。
部屋の入出データ。
会社で怪奇現象が起こり、家では起こらない。
そして、最初に社員証の紛失。
なるほど……。
私 :あの、なにか分かったんですか?
黒葛:これはあくまで私の仮説です。
ですので、これが真実という証拠はなにもありません。
私 :はあ……。
黒葛:ですが、すぐに調べてもらった方がいいでしょう。
場合によってはかなり危険です。
私 :やっぱり、生霊がついていて
私の命が危険ということなんですか?
黒葛:結論を先に言うと、生霊の仕業ではありません。
私 :え?
でも、霊能力者の人は生霊って……。
黒葛:その霊能力者はこう言ったはずです。
「背後には何もいない」と。
私 :だから、生霊の仕業と言ってたんですけど。
黒葛:違います。
生霊かもしれない、と言っていたはずです。
私 :……。
黒葛:仮に生霊だと考えると、あまりにも場所が
限定され過ぎています。
あなたを恨み、嫌がらせをするのであれば、
逆に会社ではなく自宅の方が、効果は高いはずです。
そもそも、あなたが残業をするときにしか
嫌がらせができません。
私 :……確かに。
黒葛:となれば、自宅ではなく会社でしか
『できない』と考える方が自然でしょう。
そして、生霊であるなら、場所が限定されるのは
あまりにもおかしいです。
私 :じゃあ、誰かが直接、私に対して嫌がらせを
してきたということですか?
黒葛:そうなります。
私 :で、でも、それだとトイレの電気の説明が付きません。
トイレの中には誰もいなかったんですよ?
黒葛:あなたは「個室のドアが全て開いていた」と言っていました。
私 :はい。
誰もいないと確認しました。
黒葛:個室の中までは見ていないのではないですか?
私 :え?
黒葛:あなたはサッとトイレの中を見て、
全部の個室のドアが開いていたから、誰もいないと
思い込んだ。
ですが、その角度からは個室の中までは見れない。
つまり、犯人は個室のドアを開き、中に身を潜めていたのです。
私 :……。
黒葛:水のことも同様です。
あなたは誰もいないと思い込んでいたので、水の出る音がした際は
トイレまで戻ってはいない。
違いますか?
私 :……言われてみると、そうですね。
怖くて見に行けませんでした。
黒葛:同様に声や椅子も説明が付きます。
単に、あなたに隠れてやれることです。
私 :じゃあ、犯人はやっぱり会社の人なんですね?
社員証を使って……。
あれ? でも、入出記録はどうなるんですか?
最後の入出は私になってたんですよ?
黒葛:これには2つのパターンが考えられます。
1つ目はあなたの社員証を使ったということです。
私 :私の社員証ですか?
黒葛:取られていたと話に出ていました。
私 :……あ。
黒葛:そして、1つのパターンがあります。
おそらく、どちらかのパターンというわけではなく、
『どちらの』パターンも使っているのだと思いますが。
私 :それはどういう方法なんですか?
黒葛:あなたが帰る前に入り、朝まで出ないという方法です。
私 :……それは会社に泊まるということですか?
黒葛:そうです。
私 :いや、それはあまりにも……。
黒葛:狂気じみている?
私 :はい。
黒葛:このことから、犯人は社員ではないと考えられます。
私 :え?
違うんですか?
黒葛:先ほども言いましたが、やり方があまりにも
遠回し過ぎです。
あなたを追い詰めるにしては労力がかかり過ぎる。
それに、あなた自身、この1年は特に仕事で失敗も
成功もないと言っていました。
そして、普段はあまりコミュニケーションを取らない。
そんな中で、急にあなたに対して、恨みを持つというのは
確率が低いです。
……あなたが気づかないだけで、なにか恨まれるようなことを
した場合もありますが。
私 :でも、探偵さんの仮説では犯人は社員じゃないんですよね?
じゃあ、誰なんですか?
黒葛:知らない人です。
私 :え?
わからないということですか?
黒葛:いえ。
あなたの知らない人間です。
もう少し詳細に言うのなら、あなたの会社の人間だけではなく、
ビルの管理者やビルのテナントを借りている中の人間で、
知っている人はいないでしょう。
私 :どういうことですか?
話しが見えません。
黒葛:つまり、会社に住んでいる人がいるということです。
私 :……え?
黒葛:おそらく、時系列はこうでしょう。
あなたが社員証を落とし、それをあるホームレスが拾う。
そのホームレスは社員証を見て、これがあれば
会社に入れると考えた。
誰もいないとは言え、建物の中は外よりもよっぽど快適。
そこで、ホームレスは社員たちが帰った後に、
会社の中で寝泊まりするようになった。
私 :入った後、すぐに社員証を内側から当ててドアを開ければ……。
黒葛:ええ。
データ上は『あなたが最後に出た』ことになります。
私 :……。
黒葛:ですが、あるとき、ホームレスは
あなたに存在がバレそうになった。
あなたが定期券を忘れたときです。
トイレの件は何とかやり過ごしたが、万が一、
誰かいるかもしれないと勘繰られるとヤバいと考えた。
そこで、心霊現象に見せかけることにした。
そうすれば、会社の人間もまともに取り合わないと
思ったのではないでしょうか。
私 :じゃあ、お菓子や飲み物がなくなってたのも……。
黒葛:ただのつまみ食いでしょう。
おそらく、あなただけではなく、他の人も
被害に遭っているはずです。
とにかく、早急に会社に相談した方がよいでしょう。
そして、犯人が捕まるまでは警戒を続けてください。
********************************
その後、探偵さんに言われた通り、私は会社にこのことを話した。
最初は半信半疑だった上司も、他の人たちも物を取られたという報告があったことで警察に連絡した。
すると、探偵さんの言う通り、社内に何者かが忍び込んでいた形跡を見つけたらしい。
犯人こそ捕まらなかったが、しばらくは警察が見回りしてくれることになった。
とりあえず事件はひと段落した。
私も、これで安心して会社に行ける。
そう思っていた矢先のこと。
残業のため、少し帰るのが遅くなった。
ドアの前で鍵を取り出そうとポケットに手を入れた瞬間、いきなり後ろから声がした。
「お前のせいで」
振り向くと、そこには男が立っていた。
見たことのない男だ。
私は頭の中が真っ白になり、その場で硬直してしまう。
「お前のせいで、あの場所にいられなくなった」
男はそう言って、持っていた鉄パイプを振り上げたのだった。
終わり。
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