■概要
主要人数:2人
時間:10~12分
■ジャンル
ボイスドラマ、現代、シリアス
■キャスト
初田 遼(24)
橘 美羽(16)
その他
■台本
往来。
道を多くの人が行きかっている。
遼「さあ、ご覧ください! 稀代の大魔術師、初田遼のマジックショーでございます!」
多くの人が足を止めて、初田遼(24)を見る。
遼(N)「昔から、笑顔が好きだった。笑顔というのは人を幸せにする力がある。だから、俺は人を笑顔にしたくて、小さい頃から人を笑わせようとする癖があった。だから、大道芸人になるというのは自然なことだったのかもしれない。まあ、まだ駆け出しで、全然ダメダメなのだが……」
遼「ここに取り出すは五つのボール。このボールが一瞬にして手元から消えます! いきますよ、スリー、ツー、ワン、はい! ……はい、失敗しました!」
沈黙が続く。
遼(N)「ヤバい、やっちまったか……?」
美羽「ぷっ、あははははは!」
橘美羽(16)が笑い始める。
すると、波及するように周りの人たちにも笑いが起こり始める。
遼(N)「危ない、危ない。今のは完全に、あの子に助けてもらったようなものだ。みんなあの子につられて笑ってくれたみたいだし。考えてみると、いつもあの子に助けてもらっている気がする。毎日、欠かさずに俺の芸を、一番前で見てくれるあの子。その笑顔はとても素敵で、こっちまで本当に幸せになってくるのだ」
ハンバーガー屋の店内。
店の中は賑わっている。
ドアが開き、遼が店に入ってくる。
美羽「いらっしゃいませ!」
遼(N)「実は、その彼女の笑顔を見る機会は、もう一つある。このハンバーガー屋さんでアルバイトしている彼女の名前は橘さん。この子がいるから、俺は毎日、このハンバーガー屋に足を運んでいる。……金欠な俺には経済的に堪えるが、それでも、どうしても来てしまうのだ」
美羽「店内でお召し上がりですか?」
遼「はい、もちろん」
美羽「メニューは何になさいますか?」
遼「うーん、そうだな。とりあえず、まずはスマイルをお願いします」
美羽「ニコっ!」
遼(N)「このハンバーガー屋の売りは、スマイル0円というもの。ちゃんとメニュー表にも載っているのだ」
遼「チーズバーガーと、スマイル、それと、ポテトのSと、あとはスマイル……」
美羽「ニコっ! ニコっ!」
遼(N)「俺のスマイルという言葉に合わせて、橘さんが笑顔を向けてくれる。ちなみに、このニコって言うのは、別に店の方針ではなく、橘さんのオリジナルのスマイル商品となっている。言葉に出すところも、本当に可愛い」
遼「飲み物はコーラーで、最後にスマイルをお願いします:
美羽「ニコっ! かしこまりました。お会計、八百六十円になります!」
席につき、ハンバーガーを食べる遼。
遼(N)「橘さんは、この店で結構人気で、彼女のレジの前はいつも人が並んでいる。おの素敵な笑顔がゼロ円。本当に素晴らしいお店だ」
往来。
道を多くの人が行きかっている。
遼「さあ、ご覧ください! 稀代の大魔術師、初田遼のマジックショーでございます!」
多くの人が足を止める。
遼「ここにおりますは、先ほどそこで捕まえた鳩でございます。私の奇術を使って、この鳩をしゃべらせてご覧にいれます」
鳩の鳴き声。
遼「いきますよ、スリー、ツー、ワン、はい!」
遼の声「こんにちは!」
しばらくの沈黙。
そして、立ち止まっていた人たちが、再び歩き出してしまう。
遼(N)「あの子が、今日はいない。いつも一番前で俺の芸を見てくれる橘さん。その姿が今日は見えない。そのせいか、どうもお客さんの反応が悪かった……」
ハンバーガー屋の店内。
店の中は賑わっている。
ドアが開き、遼が店に入ってくる。
女性店員「いらっしゃいませ」
遼「……」
遼(N)「これで三日目。店に橘さんの姿はない。……心なしか、店の客も少なく感じる。彼女がいない影響は、ここにも出ているようだった」
道を歩く、遼。
ふと、足を止める。
遼「……あれ? 橘さん?」
遼(N)「彼女は川沿いの土手で一人、ポツンと座っていた」
美羽「あ……初田さん」
遼「え? 俺の名前、憶えてくれたの?」
美羽「はい、ファンですから」
遼(N)「彼女に、俺の名前を憶えてもらっていることは正直嬉しかった。けど、橘さんはどことなく、表情が暗い。そのことが俺の心をじんわりと締め付けた」
遼「えっと、その……お店、最近、いないね」
美羽「……はい。店長に行って、休ませてもらってます。正直、辞めようか迷ってて」
遼「ど、どうして!?」
美羽「実はその……恥ずかしい話なんですけど失恋してしまって」
遼「……」
美羽「小さい頃からずっと好きだった、お兄さんみたいな人がいたんです。その人が、結婚するって……」
遼「そ、そうなんだ……」
美羽「私、もう笑える自信がないんです。だから、お店にも立てないんです。……ううん。立っちゃダメなんです」
遼「別にそこまで考えなくていいんじゃない? ほら、どうせスマイルはタダなんだしさ」
美羽「ダメです。お客さんは笑顔を見たくて、スマイルを注文するんです。それなのに、無理に作った笑顔を出すなんてお客さんに失礼ですから」
遼(N)「驚いた。橘さんは俺なんかよりも、ずっと笑顔に対してのプライドを持っている。……確かに、俺も、この子の笑顔を見る為に、あのハンバーガー屋に通っているようなものだ」
遼「本当に辞めちゃうの?」
美羽「はい。私、もう笑うこと、できませんから……」
遼「……ここに取り出すは、1つの石でございます!」
美羽「初田さん?」
遼「この石が私の奇術により、しゃべり始めます。いきますよ、スリー、ツー、ワン、はい!」
美羽「……」
遼「こんにちは!」
美羽「……。ぷっ、あはははははは!」
遼(N)「彼女が笑った。……それは、今まで、誰を笑わせるよりも嬉しかった」
遼「橘さん……いや、美羽ちゃん。もし、君が笑えないくらい落ち込んだときがあったとしても、俺が君を笑わせてみせる! だから、その、笑えないなんて言わないでくれ。俺は君の笑顔が見たいんだ」
美羽「……初田さん、うっ、うえーん!」
遼(N)「彼女はそれからしばらく、ずっと泣いていた。俺は隣にいることしかできなかったのだった」
往来。
道を多くの人が行きかっている。
遼「さあ、ご覧ください! 稀代の大魔術師、初田遼のマジックショーでございます!」
多くの人が足を止める。
遼「今から、この手元のボールを一瞬で消して見せます! いきますよ、スリー、ツー、ワン、はい! ……うわっ! うまくいっちゃった!」
沈黙が続く。
美羽「ぷっ、あははははは!」
橘美羽が笑い始める。
すると、波及するように周りの人たちにも笑いが起こり始める。
ハンバーガー屋の店内。
店の中は賑わっている。
ドアが開き、遼が店に入ってくる。
美羽「いらっしゃいませ! ご注文はお決まりですか?」
遼「えっと、じゃあ、スマイルで」
美羽「ニコっ!」
終わり