■概要
人数:4人
時間:10分程度
■ジャンル
ボイスドラマ、現代、シリアス
■キャスト
樹(10)
莉子(5)
母親
医者
■台本
救急車のサイレンの音。
母親「しっかりして! お願い、目を開けて!」
場面転換。
医者「……残念ですが、今の医療では手の施しようがありません」
母親「そんな……あの子は、どうなるんですか?」
医者「もって三ヶ月でしょう。我々としては退院をお勧めします。残りの時間は本人の希望を尊重してあげてください」
母親「うう……。いやーー!」
場面転換。
ガチャリとドアが開く。
莉子「ただいまー」
樹「お帰り、莉子」
莉子「あ、お兄ちゃん!」
走り寄ってくる莉子。
莉子「リコ、お兄ちゃんに会えなくて、さみしかったー」
樹「よく我慢したな。偉いぞ」
莉子「えへへ。褒められちゃった」
樹「お兄ちゃんがいなくても、いい子にしてたか?」
莉子「うん! 病院でも、いい子にしてたよ、ね? お母さん」
母親「そうね」
莉子「ねえ、お兄ちゃん、リコ、遊びに行きたい」
樹「よし、じゃあ、久しぶりに裏山に行くか」
莉子「うん!」
母親「樹……お母さん、ちょっと心配かな」
樹「大丈夫だよ。莉子、お兄ちゃんの言うこと聞けるよな?」
莉子「うん!」
母親「……お母さんもついて行こうか?」
樹「大丈夫だよ。危ないことしないし」
母親「……じゃあ、何かあったらすぐ連絡するのよ」
樹「わかった」
母親「莉子ちゃん。少しでも苦しくなったら、すぐにお兄ちゃんに言うのよ」
莉子「わかった!」
樹「それじゃ、莉子、行こうか」
莉子「うん!」
樹と莉子が歩いている。
莉子「ふふふーん!」
樹「天気よくて、気持ちいいな」
莉子「あ、チョウチョだ!」
樹「莉子、走ったらダメだよ!」
莉子「あ、そうだった。でも、チョウチョ、逃げちゃう」
樹「大丈夫だよ。ゆっくり近づいて……。ほら、捕まえた」
莉子「お兄ちゃん、すごーい!」
樹「ほら、莉子、見てごらん。綺麗な羽だろ」
莉子「うん、すっごいキレ―」
樹「よし、それじゃ逃がすぞ」
莉子「えー、逃がしちゃうの? リコ、持って帰りたい」
樹「莉子、考えてごらん。莉子が可愛いからって、知らない人の家に連れて帰られたらどう思う?」
莉子「……うーん。それだと、お兄ちゃんに会えなくなる?」
樹「会えなくなるな」
莉子「じゃあ、ヤダ!」
樹「だろ? チョウチョだって、知らないところに連れていかれるのは嫌だと思うぞ」
莉子「そっか……。じゃあ、逃がしていいよ」
樹「どんなに小さくてもチョウチョだって、一生懸命生きてる。だから大切にしないとダメなんだ」
莉子「うーん。リコ、よくわかんない」
樹「はは。まだ、莉子には早かったか。よし、それじゃ行くぞ。もう少しで頂上だ」
莉子「うん!」
場面転換。
莉子「はあ……はあ……はあ……」
樹「莉子、苦しくないか? おんぶするか?」
莉子「だいじょうぶ! がんばる!」
樹「そっか、偉いぞ」
莉子「えへへ……あっ!」
莉子が転ぶ。
莉子「ふええ……。お兄ちゃんー」
樹「大丈夫か、莉子」
莉子「ヒザいたいー」
樹「あー、少しすりむいちゃったな」
莉子「えーん!」
樹「立てるか?」
莉子「たてない―。お兄ちゃん、だっこー」
樹「自分で立つんだ」
莉子「え?」
樹「莉子ならできる。ほら、頑張れ」
莉子「う、うん……」
莉子が立ち上がる。
樹「よし、いい子だ。頑張ったな」
莉子「うん!」
場面転換。
樹「ふう、頂上についたぞ」
莉子「ついたー!」
樹「莉子、大丈夫か? 苦しくないか?」
莉子「ちょっとくるしい……」
樹「少し、座って休憩しよう」
莉子「お兄ちゃん」
樹「ん?」
莉子「キレ―だね」
樹「そうだな。この景色、しっかり覚えておくんだぞ」
莉子「うん、リコわすれないよ」
樹「なあ、莉子。自分が病気だからって、何も気にすることはないからな。だって、莉子はちゃんと自分の足で頂上まで来れたんだから」
莉子「でも、リコ、おともだちよりもあしおそいし、すぐつかれちゃうよ」
樹「いいんだ。人よりもゆっくりでも。最後には頂上に登れれば。だから、莉子。これからも頑張ることを止めたら、ダメだぞ」
莉子「うん、リコ、がんばる!」
樹「よし、いい子だ。あ、そうだ。お母さんからお菓子もらったんだった。食べるか?」
莉子「たべるー」
二人がお菓子を食べる。
樹「美味しいな」
莉子「おいしーね」
樹「病院だと、お菓子は食べられないから、しっかり味わうんだぞ」
莉子「……」
樹「莉子? どうしたんだ?」
莉子「リコ、もう、びょういん、いきたくない」
樹「どうして?」
莉子「だって、びょういんだと、お兄ちゃんにあえないもん」
樹「そんなことないぞ。手術が終わったら、莉子とお兄ちゃんはずーっと一緒だ」
莉子「ホント?」
樹「ああ、本当だ。だから、手術、頑張れるな?」
莉子「う、うん……。こわいけど、がんばる」
樹「うん。莉子なら大丈夫だ」
莉子「あのね、お兄ちゃん。リコね」
樹「うん?」
莉子「リコ、お兄ちゃんのことだーいすき!」
樹「お兄ちゃんも莉子のこと大好きだよ」
莉子「わーい!」
樹「莉子。よく覚えておくんだ」
莉子「なに?」
樹「もし、怖くなったり、寂しくなったりしたら、目をつぶって、胸に手を当てるんだ。そしたら勇気が湧いてくるから」
莉子「うん、わかった」
樹「よし、それじゃ、帰ろうか」
莉子「うん。かえりはお兄ちゃんと手をつないでかえるー」
樹「よし、じゃあ、手を繋いでゆっくり帰ろう」
場面転換。
心電図の弱弱しい音。
母親「う、うう……」
樹「……お母さん、泣かないで。……莉子のこと、お願いね」
母親「うう……」
樹「僕ね、とっても幸せだよ。お母さんの子供に生まれて……。莉子のお兄ちゃんになれて」
母親「……」
樹「それに……莉子の中で僕は生き続けることができるんだ。こんなに嬉しいことはないよ」
母親「う、うう……」
樹「……莉子」
心電図がピーと鳴り響く。
樹(N)「珍しい病気にかかった僕の命は、医者の言う通りの時間しかもたなかった。……そして、莉子は小さい頃から重い心臓病で苦しんでいた。だから、僕は莉子に心臓を移植してもらうことにした。この体とは今日でお別れだけど、これからは莉子の中で生き続ける。莉子、これからは……いつも一緒だよ」
終わり