■概要
人数:6人
時間:10分程度
■ジャンル
ボイスドラマ、時代劇、シリアス
■キャスト
佐一郎
雪子
正勝
役人
奉行
女将
■台本
役人「奉行様のおなりだ」
奉行がやってきて、座る。
奉行「佐一郎。これより、そなたを訊問する。正直に答えよ。よいな?」
佐一郎「……」
役人「おい! 貴様、返事をせぬか!」
奉行「よい。では、始めよう。昨夜、そなたは医師である正勝殿を殺害した。間違いないな?」
佐一郎「ああ」
役人「なっ! 貴様、口のきき方に……」
奉行「よい。……理由を聞かせてくれぬか?」
佐一郎「理由? ……うーん。そうだな。妬ましかったから」
奉行「妬ましかった?」
佐一郎「あの男は皆に慕われていた。病に苦しむ人間に優しく、貧乏人でも構わず、誰でも治療していた」
奉行「うむ。私の配下にも正勝殿に見てもらっている者は大勢いる。命を救われたと感謝している者も少なくない」
佐一郎「だからさ」
奉行「ん?」
佐一郎「生まれてから、何も持っていない俺から見たら、なんでも持っているあいつが羨ましかった、妬ましかった。だから、腹いせにやってやったんだ」
役人「貴様……」
奉行「……なぜ、正勝殿だったんだ? 他にも慕われている者も、裕福な者もたくさんいる。なぜ、正勝殿を狙った?」
佐一郎「たまたま目に付いたからだ。皆に慕われ、幸せそうに笑っていた。そのときの俺はちょうど、虫の居所が悪かったってやつさ。ふふっ。十分、苦しませてからやってやったぜ」
役人「なんと、自分勝手な奴だ」
奉行「ふむ。では、次の質問だ。佐一郎。そなたは正勝殿を殺害した後、その場に留まり、その場で捕まった。……なぜ、逃げなかったのだ?」
佐一郎「……もう面倒になったから、かな」
奉行「面倒になった?」
佐一郎「なんかさ、もう生きるのが馬鹿々々しくなったんだよ。自害するのも面倒だしさ。なら、処刑して貰えば楽だなって。となれば、どんな罪を犯すかって考えたら、気に入らない奴をやれば気分もスッとするし、一石二鳥だろ?」
役人「……恐れながら奉行様。正勝様が殺害されたことで、大勢の人間が悲しんでおります。それにまだ治療途中の者も、絶望しております。この者は極刑に処すべきです」
佐一郎「それがいい。極刑にされない方が困る」
役人「貴様は黙ってろ!」
奉行「うむ。あいわかった。佐一郎。そなたを斬首の刑と処す」
佐一郎(N)「雪子は俺にとって、全てだった。孤児(みなしご)で絶望的な状態でも、雪子のために諦めずに生きることができた」
ガタガタと音を立てて開く扉。
佐一郎「ただいま」
雪子「お兄ちゃん、お帰りなさい!」
佐一郎「ん? 良い匂いがするな。なにか作ってたのか?」
雪子「うん。おイモの煮物。町でお店の女将さんに貰ったの」
佐一郎「……町に行ったのか? 一人だと危ないから行っちゃダメっていったのに」
雪子「でも……お兄ちゃんだけ頑張ってるから……。雪子もお仕事して、役に立ちたくて」
佐一郎「いいんだよ。雪子が家で待っていてくれるってだけで。それだけでお兄ちゃんは頑張れるんだから」
雪子「ヤダ! 雪子もお兄ちゃんと一緒に頑張りたい!」
佐一郎「雪子……」
雪子「あのね。町でね。お店の中をお掃除したら、おイモを貰えたの。明日もね、来てほしいって」
佐一郎「そっか。頑張ったな。それじゃ、明日はお兄ちゃんと一緒に町に行こうな」
雪子「うん!」
佐一郎(N)「幸せだった。決して裕福ではなかったけど、その日、その日を生きるのが精いっぱいだったけど……。雪子が笑っていてくれるだけで、俺は本当に幸せだったんだ」
勢いよく、扉が開く音。
佐一郎「雪子は! 妹がケガをしたって……」
女将「ごめんなさい。料理を運んでもらっているときに転んじゃって……」
雪子「お兄ちゃん、心配かけちゃってごめんなさい。でも、大丈夫だよ」
佐一郎「本当か? 本当になんでもないんだな?」
女将「ちょっと火傷しちゃったみたい。町で有名なお医者さんがいらっしゃるから、見てもらった方がいいわ。もちろん、治療代は私が出すから」
雪子「大丈夫。雪子が悪かったから」
女将「お願い、雪子ちゃん。お医者さんに行ってちょうだい。じゃないと、私、心配で雪子ちゃんにまたお店手伝ってもらえないもの」
佐一郎「……本当にありがとうございます。こんな俺たちに親切にしていただいて……」
女将「何言ってるの。雪子ちゃん、頑張って仕事してくれてるのよ。助けてもらってるのはこっち。だから、ちゃんとお医者さん行ってちょうだいね」
佐一郎「ありがとうございます。行くぞ、雪子」
雪子「女将さん、ありがとうございます」
場面転換。
正勝「軽い火傷だね。この薬を塗っておけば大丈夫」
佐一郎「ありがとうございます」
正勝「……そうだ。この化膿止めの薬を試してもらえないかい? 新しく調合した薬なんだ」
佐一郎「いえ……。申し訳ありません。あいにく、薬代が……」
正勝「ああ、ごめんね。説明が足りなかった。これは新しい薬だから、色々な人に使って効果を見てみたいんだ。だから、こちらからお代を払わせてもらいたい」
佐一郎「ええ? そんな。お薬をもらった上にお金なんてもらえませんよ」
正勝「これは立派な、治験というお仕事なんだよ。薬がちゃんと効果があるかは、実際に使ってみないとわからないからね。なかなか火傷している患者がいなくて困っていたんだよ。わざと火傷してもらうわけにもいかないし……。それに雪子ちゃんは女の子だ。傷を残すわけにもいかないしね」
佐一郎「わかりました。よろしくお願いいたします」
正勝「毎日、一粒ずつ飲んでね。あと、何かあったら、すぐに来るんだよ」
佐一郎「わかりました」
佐一郎(N)「雪子の火傷はすぐに治った。だが、それから一週間が経った頃……」
雪子「ごほっ! ごほっ!」
佐一郎「大丈夫か、雪子」
雪子「うん……。ごほっ! ごほっ!」
佐一郎「明日、正勝先生のところに行こう」
雪子「うん……」
場面転換。
正勝「……流行り病かもしれない。雪子ちゃんをしばらくの間、預からせてもらえないか?」
佐一郎「で、でも……」
正勝「不安なのはわかるよ。でも、ここで治療した方が安全だ。約束する。僕が必ず、雪子ちゃんを治してみせるよ」
佐一郎「……よろしく、お願いします」
場面転換。
雪子「……お兄ちゃん。行かないで。一緒にいたい」
佐一郎「雪子……。大丈夫だ。病なんて、すぐに治る。そしたら、また家に帰れる」
雪子「雪子、お兄ちゃんとずっと一緒にいたい」
佐一郎「大丈夫だ。これからもずっと一緒だ」
佐一郎(N)「正勝先生に悪いとは思ったが、夜に忍び込み雪子が眠るまで一緒にいた。そんな生活を一週間続けた。それでも、雪子の症状は良くならない、いや、悪くなっていった」
ひそひそと話す声。
正勝「もう少しだけお待ちください」
役人「殿の娘にはもう時間がない」
正勝「もう少しで若い女の子の肝が手に入ります。それがあれば、治るはずです」
役人「毒まみれの人間の肝で平気なのか?」
正勝「肝には影響が出ない毒を使ってます」
役人「……わかった。殿には私から話しておく」
役人が出ていく音。
正勝「ふう……」
佐一郎「今の話、どういうことだ?」
正勝「なっ! 佐一郎くん……」
佐一郎「若い女の子って、雪子のことだよな?」
正勝「……き、聞いてくれ。僕は脅されているんだ。家族を人質にとられて。病の娘を死なせたら、家族が殺されてしまう。……仕方がなかったんだ」
佐一郎「……俺には関係ない話だ」
正勝「……金は払う。いや、この罪はどんなことをしても償う! だから、お願いだ、僕を」
ブスっと、正勝の腹を刺す佐一郎。
正勝「がは……。ぐ……。ぼ、僕は……」
佐一郎「……」
場面転換。
雪子「……お兄ちゃん」
佐一郎「雪子……。ごめんな」
雪子「雪子ね……。お兄ちゃんと一緒にいられて幸せだったよ。……ふふ。最後もお兄ちゃんと一緒にいられて……うれ……しい」
佐一郎「雪子……雪子―――!」
佐一郎(N)「その日のうちに雪子は死んだ。雪子を埋葬した後、俺は正勝先生のところに戻った。雪子を失った今、俺に生きる意味はない。……本当はあの世でも雪子と一緒にいたいと思うが、おそらく俺は死んだら雪子と違うところに行くことになるだろう。……それと、正勝先生は本当にいい人だと思う。だから、正勝先生の名誉は守りたい。賊に襲われて死んだとなれば、正勝先生の家族も解放されるだろう」
場面転換。
役人「これより罪人である佐一郎の処刑を始める」
町民1「この極悪人め! 先生をよくも!」
町民2「地獄に落ちろ!」
役人「言い残すことはあるか?」
佐一郎「いや、特に……」
ザンと音が響く。
終わり