■概要
人数:3人
時間:10分
■ジャンル
ボイスドラマ、現代、シリアス
■キャスト
加賀 美織(かが みおり)
駿(しゅん)※先輩
編集長
台本
美織「大臣! 山里建設から不正の献金を受けたことに対して、国民になにかメッセージはないのですか? 大臣! ちょっと! 大臣!」
場面転換。
編集長「……加賀。お前、誰の許可取って、大臣にインタビューに行った?」
美織「独断です。許可取ろうとしても、却下されますから」
編集長「……わかってるなら、やるなよ。お前の予想通り、官邸から苦情が来ている。お前は一週間の謹慎で、3ヶ月の減俸だ」
美織「わかりました。その代わり、今回のことは記事にさせてください」
編集長「通ると思うか?」
美織「メディアには報道の自由があるはずです」
編集長「今回は報道しない自由の行使だ」
美織「……」
編集長「……はあ。謹慎は2週間。減俸はなしだ。それで手を打て」
美織「……」
場面転換。
パソコンに向かい、キーボードを打つ音。
駿「加賀。お前、謹慎じゃなかったのか?」
美織はキーボードを打ち続ける。
美織「謹慎は明日からです」
駿「いや、もう夜中の2時過ぎてんだけど」
美織「そうですね。なので26時です」
駿「……お前さ、もう少しうまくやったらどうだ?」
美織「うまくって、どういうことですか?」
駿「編集長にあんまり逆らうなよ。お前の熱意は編集長だって認めてる。だから、ああ見えて、お前のこと結構、庇ってるんだぞ」
美織「別に、逆らってるつもりはありません」
駿「じゃあ、なんで謹慎なんかくらうんだよ」
ピタリと打つ手を止める美織。
美織「私はジャーナリストです。事件があったら記事にする。それがいけないことですか?」
駿「だから、それをうまくやれっての。報道できる事件とできない事件があるだろ」
美織「事件が起こった。あるのはその事実だけです。報道できる、できないの問題じゃないと思います」
駿「お前、この世界に向いてないよ。この世界に正義感は必要ないんだ」
美織「別に正義感なんかじゃありません。事件が起こったら……起こしたら……その事実は絶対になくなりません。事実が消される、そんなことは起こってはいけないんです」
駿「お前とは話が合わないな」
美織「残念です」
立ち上がり、歩き出す美織。
駿「お、帰るのか? お疲れ」
美織「取材、行ってきます」
駿「は? お前、だから謹慎だって……」
美織「だからこのまま行きます」
駿「はあ……。車の使用申請出しておけ」
美織「え? でも、私免許は……」
駿「俺が運転する。この時間だと電車は動いてないし、タクシー代なんか出るわけないだろ。それに、少し車の中で寝ろ!」
場面転換。
車内。
美織「……すみません。つき合わせてしまって」
駿「そう思うなら、帰って寝て欲しいけどな。……で? なんの取材に行くんだ?」
美織「甲山事件の、被害者の母親のところです」
駿「甲山事件って……3年前に解決してるだろ。なんで、今頃取材に行くんだ?」
美織「被害者の母親……美智子さんは、あの夜の、娘さんの行動に、今でも不審な点があるみたいなんです。もしかしたら、犯人はもう一人いるんじゃないかって。私、3ヶ月に一度ですが、美智子さんと一緒に調査してるんです」
駿が車を止める。
駿「帰るぞ」
美織「どうしてですか?
駿「確率が低すぎる。それに、万一、他に共犯を見つけたとしよう。けど、それは実行犯じゃなくて協力者だろ? 大した記事にはならない。そもそも、あの事件は終わったんだ。警察は……」
美織「事件は一度起こったら、終わることはありません」
駿「……なに?」
美織「犯人が逮捕され、裁かれたとしても、事件に関わった人たちの人生は続くんです。事件によってかき乱されても、ずっと……続くんです」
駿「……」
美織「私は……事件を記事にするのではなく、記録していくのが仕事だと思っています」
駿「記録?」
美織「今は……いえ、今までずっと、メディアは事件が起こった時、解決した時にしか報道はしません。でも、その後も事件の爪痕は残っています。それには一切、目を向けません。私は起こった事件をずっと残していきたいと思ってます」
駿「……お前ひとりじゃ無理だ。というようり、うちの全社員総出でも無理な話だ」
美織「そうですね。……わかってます」
駿「俺はさ。昔、小説家になりたかったんだ」
美織「……小説家、ですか?」
駿「小学校の頃さ、一度、作文で賞を取ったことがあるんだ。それが嬉しくって、誇らしくってさ。俺が書いた文章で人を喜ばせることができるっていうのは、俺にとって衝撃的なことだった」
美織「……」
駿「けど、俺には話を作る才能が絶望的に足りてなかった。だから、本当に起こった事件なら、記事を書ける。書いた記事で読者を喜ばせることができる。俺にとって、記事はそういうものなんだ」
美織「私は……」
駿「わかってる。これは俺の考えだ。それを押し付ける気はない。けどな、これだけは覚えておいてくれ。確かに俺たちは、事件を記事にする。関わった人たちのことを書く。だけど、俺たちはあくまで、書き手だ。事件とは関係ない人間だ。登場人物にはなれないんだよ。モブですらない」
美織「……えっと、どういうことです?」
駿「ま、今はわからなくていいさ」
車を走らせる駿。
美織「あ、あの……」
駿「行くんだろ? 取材」
美織「はい!」
場面転換。
パソコンに向かい、キーボードを打つ美織。
駿「おい、加賀。編集長が読んでるぞ」
美織「? は、はい。わかりました」
場面転換。
美織「誤報……ですか?」
編集長「大臣は、献金なんて受けてない。お前はガセネタを掴まされたんだよ」
美織「そんな。でも、証拠のテープが……」
編集長「偽造だ。さっき、警察が捕まえて犯人から自白があったそうだ」
美織「……」
編集長「記事にしてなかったのが不幸中の幸いだな。まあ、今回は運が良かったと思っておけ」
美織「……」
場面転換。
屋上。風が吹いている。
美織「……」
駿「随分と凹んでるな」
美織「先輩……」
駿「誰でも一度はあることさ。まあ、お前はラッキーな方さ」
美織「編集長にもそう言われました」
駿「……」
美織「私……事件が起こったら、それを……事実を残していく。それが私の仕事だと、誇りに思ってました。だけど、私は起こってない事件を、作ろうとしてしまいました……。一番、やってはいけないことです」
駿「で、辞表を出したと」
美織「……なんか、疲れました。私が今までやってきたことが、急に無駄になってしまって。……いや、違いますね。また、同じようなことをするのが怖いんです。起こってない事件を作り出してしまう……。それなら最初から、私はいない方がいいじゃないかって」
駿「……なあ、加賀。俺たちは記者だ。書き手だって、前に言っただろ?」
美織「覚えてます」
駿「例え、事件が真実だとして、それを書く俺たちは言ってしまえば部外者だ。つまり、俺たちは他人の人生を記録している」
美織「……他人の人生を?」
駿「ああ。それにお前、自分で言っただろ。事件は一度起こったら、終わることはないって」
美織「はい」
駿「お前の人生もずっと続いていくんだ」
美織「……」
駿「お前の人生のストーリーはお前が当事者として……主人公として進んでいくしかないんだよ。お前にしか書けない記事がある。であれば、お前がいる意味はあるんだよ。それに、すくなくても俺は、お前の記事を楽しみにしてる」
美織「……先輩、例えがめちゃくちゃ下手ですね。小説家になれなかったわけがわかります」
駿「うるせえな」
美織「でも、言いたいことはわかりました。何となく」
駿「なんとなくかよ」
美織「私はこれからも、私の信念の元、記事を書いていきます。私の記者としての人生を……主人公として、最後まで書ききります」
駿「お前も人のこと、言えないぞ」
美織「うるさいですよ。……さ、それじゃ、取材行くので付き合ってください」
駿「お前なあ、先輩を顎で使うなよ」
美織「私の記事、楽しみにしてるって言ったじゃないですか。責任持ってください」
駿「はあ……。はいはい」
終わり。