■概要
人数:3人
時間:10分
■ジャンル
ボイスドラマ、現代、シリアス
■キャスト
耕助(こうすけ)
その他
■台本
耕助(N)「小さい頃から、自分の城を持つことが夢だった。……自分の城。それはお店を持つことだ。どんなに小さくてもいい。自分が作ったもので、誇れるものが欲しかった。本当に、ただ、それだけだったんだ。妻である深雪は、そんな俺を応援し続けてくれた。俺が脱サラをして、小さな小料理店を始めたいと相談した時、一緒に頑張ろうと言ってくれたのだ。30歳で勤めていた会社を辞め、居酒屋でバイトをしつつ、料理と経営のノウハウを覚えた。そして、35歳で俺は小料理店を始めることができたのだ。それから5年間は割と順調だった。妻の……深雪が亡くなるまでは」
場面転換。
男性客「なあ、店長。やっぱり、もう少し休んだらどうだい?」
耕助「いえ……。いつまでも落ち込んではいられません」
男性客「……それなら人を雇ったらどうだい? 今まで二人でやってたことを、店長一人でやらなくっちゃならなくなったんだろ?」
耕助「……はい。ですが、正直、あれのせいで、り上げが悪くって人を雇う余裕が……」
男性客「……なあ、店長。こんなこと言いたくなくが、売り上げが悪くなったからって、材料のランクを下げてないかい?」
耕助「……え?」
男性客「やっぱりか。明らかに味が落ちてるよ。最近、お客さんが減ったのも、感染症のせいだけじゃないって。……少し考えた方がいい。このままじゃ、泥沼化しちまう」
耕助「……」
耕助(N)「この店だけはどうしても潰すわけにはいかない。深雪と一緒に作り上げたこの店だけは絶対に守り切ってみせる。深雪が死んだとき、俺は誓ったんだ」
場面転換。
アナウンサー「政府は感染症対策として緊急事態宣言を発令しました。それに伴い、飲食店には営業時間短縮要請が出されます。また、その要請に応じたお店には協力金が……」
耕助(N)「まさに天からの助けだった。政府から支給される協力金は、正直に言って、この店の売り上げよりも遥かに多い。多少、協力金を貰うことに気が引けたが、きっと、天国にいる深雪が俺を応援してくれているんだと信じ、協力金の申請をすることにした。これで、落としていた材料費を元に戻せる……いや、上げることだってできる。このチャンスをものにして、俺はこの店を守ってみせるんだ」
場面転換。
男性客「うえっ! ちょ、ちょっと、店長。これしょっぱ過ぎるよ!」
耕助「え? も、申し訳ありません。すぐ取り替えます」
男性客「珍しいね。店長がこんなミスするなんて」
耕助「お恥ずかしい限りです。すいません」
男性客「……で、どうだい? 材料は元に……いや、前よりもいいもの使うようにしたんだろ? 売り上げは回復したのかい?」
耕助「……それが」
男性客「うーん。そうか。確かに、昼時なのに客が俺しかいないもんな」
耕助「ええ……」
男性客「なあ、店長。営業時間短縮で早い時間に店を閉めてるんだろ? ちゃんと休めてるのかい?」
耕助「……じ、実はその……料理の研究をしていて」
男性客「かー。相変わらず店長は生真面目だな。だが、休むときはしっかり休むのも仕事だぞ」
耕助「……わかってはいるんですが、どうも不安でして」
男性客「気持ちはわかるが、体を壊したら意味がないだろう。前よりも疲れた顔してるぞ」
耕助「……お待たせしました」
コトリと男性客の前に皿を置く。
男性客「お、すまないな」
パクリと料理を食べる男性客。
男性客「……店長。やっぱり、少し休んだ方がいいよ。お勘定、いいかい?」
耕助「え? あ、はい。730円です」
男性客「ん。じゃあ、ここに置いておくよ。それじゃね」
男性客がドアを開けて出ていく。
耕助「……」
耕助が料理をパクリと食べる。
耕助「……んー。今度は薄くし過ぎたかな」
場面転換。
耕助「……」
耕助(N)「それからは、客足が戻るどころか逆に減っていった。材料は良いものに変えたのに。やっぱり、感染症の影響だろうか、とも思ったが楽観的に考えるのは危険だ。もうすぐ宣言も終わる。そうなればもちろん、協力金の支給だって終わってしまう。その前に何とかしなくてはならない」
場面転換。
アナウンサー「政府は感染者数の減少が鈍化していることにより、宣言の延長を……」
耕助「助かった……。この間でなんとかしないと。……もっと料理を研究して……あれ? なんか……眩暈が……」
ドサっと耕助が倒れる。
場面転換。
医者「検査の結果で、陽性反応が出ました。今日から2週間、入院していただきます」
耕助「ちょ、ちょっと待ってください! 2週間ですか? そんなにお店は休めませんよ」
医者「そうは言っても……政府の方針ですからね」
耕助「あの、店は閉めて、家からは一切出ません。なので、帰らせて貰えませんかね」
医者「……あなただけ、特別扱いはできません」
場面転換。
アナウンサー「感染者数が連日100人以下ということで、政府は宣言の解除を検討し……」
耕助(N)「まずい。入院なんかしてる場合じゃない。このままじゃ、店が……。なんとか感染者数が増えてくれれば……あっ!」
場面転換。
街中。
耕助がフラフラと歩いている。
耕助「はあ……はあ……。よし、ここは人がたくさんいるな」
立ち止まると、自動ドアが開き、店の中に耕助が入っていく。
場面転換。
耕助(N)「人が触るようなところを重点的に触っていけば……。これでクラスターさえ起こせば、また、宣言が延長されるはず……」
耕助「はあ……はあ……はあ……うう」
ドサっと倒れる耕助。
悲鳴が起こり、騒然とする。
場面転換。
救急車内。サイレンが鳴っている。
救急隊員「はい、はい。そうです。入院先から抜け出した人で間違いありません。……はい、重症化しています」
耕助「はあ……はあ……はあ……」
救急隊が無線を切り、耕助に話しかける。
救急隊員「聞こえますか? しっかりしてください! もうすぐ病院に着きますからね」
耕助(N)「……深雪。お前と一緒に……作った店は……俺の……全て……だ。……お店は……絶対に……守ってみせ……」
終わり。