■概要
人数:3人
時間:10分
■ジャンル
ボイスドラマ、現代、シリアス
■キャスト
雅也
店主
真里
■台本
セミの鳴く声。
街中を歩く雅也。
雅也(N)「暑ぃ……。どっかで涼んでいかないと死ぬ……。ファミレスか、ファストフード店ないかな」
ピタリと足を止める。
雅也「なんか、レトロな雰囲気な喫茶店だな。……よし、ここで涼んでいくか」
場面転換。
ドアを開けて店内に入る。
落ち着いた雰囲気のBGMが流れている。
雅也「……」
雅也(N)「あ、ファミレスじゃないから、席の案内はないのか。適当に座っていいのかな?」
店内を歩く雅也。
雅也(N)「結構、人がいるんだな。男性客ばっかりだけど。でも、お客が多いってことは、美味しいコーヒー飲めそうかも。……って、席がカウンターしか空いてないのか。ゆっくりしたかったんだけど、しゃーないか」
席に座る雅也。
雅也「ふう……」
真里「いらっしゃいませ」
ことりとテーブルに水を置く真里。
雅也「……」
真里「……どうかしました?」
雅也「あ、いや、なんでも……ないです」
真里「注文が決まったら呼んでくださいね」
雅也「は、はい!」
真里が行ってしまう。
雅也(N)「すごい美人な人だな。びっくりして言葉に詰まっちゃったよ。何歳くらいなんだろ? すごく若く見えるけど、年上にも見えるし……」
店主「……注文、する気ないなら帰れ」
雅也「え? あ、す、すいません」
メニュー表を手に取り、開く。
雅也「……げっ!」
雅也(N)「やべー。超高いじゃん。なんだよ、これ。コーヒー一杯、2000円って、ぼったくりだろ」
店主「思ったより、高くてビビったか?」
雅也「あ、いや……別に……」
店主「なんなら、帰ってもいいんだぞ」
雅也「……いえ、注文します」
店主「ふん」
雅也「じゃ、じゃあ、このブレンドコーヒーを」
店主「……ふん」
雅也(N)「なんだよ、この店主。すげー高圧的だな。頑固おやじって感じだ」
店主「お前、新卒か?」
雅也「……いえ、社会人3年目です」
店主「ふん。それなら、そろそろ、ものの価値というものを考えるようになるべきだな」
雅也「ものの価値、ですか?」
店主「お前、メニューを見て、コーヒーの値段が高いと思っただろ?」
雅也「あ、いや……。その……」
店主「どうして高いと思ったんだ?」
雅也「え? まあ……コンビニとか、他の喫茶店とか、コーヒーの専門店とかと比べて高いな、と」
店主「だろうな。じゃあ、聞くが、インスタントコーヒーと専門店で出すコーヒー、どちらが値段が高い?」
雅也「そ、そりゃ専門店のコーヒーです」
店主「じゃあ、インスタントコーヒーしか売れないか? 誰も専門店のコーヒーを買う人間はいないか?」
雅也「いえ、そんなことはないです」
店主「なぜだ?」
雅也「それは……味です。インスタントコーヒーよりも、専門店のコーヒーの方が美味しいから、味を優先する人は、専門店のコーヒーを買います」
店主「そうだ。それが価値というものだ」
雅也「価値……」
店主「つまり、インスタントコーヒーよりも高い値段でも、買う方が納得すれば売れる。一杯のコーヒーでも、味という付加価値が入ることで、値段は変わってくる」
雅也「な、なるほど……」
店主「世の中にはコピ・ルアクというコーヒーがあって、一杯、5000円するものもある」
雅也「ご、5000円!」
店主「うちはコーヒー豆にこだわっている。膨大なコーヒー豆から厳選して、試行錯誤して、究極のブレンドを完成させたという自負がある」
雅也「それで2000円、なんですね」
店主「もし、うちで出す、コーヒーに2000円の価値がなければ、誰も来ない。違うか?」
雅也「た、確かに……」
店主「しかも、うちの客は常連が多い。新しい客は値段を見てそそくさと帰るか、一杯だけ飲んで二度とこない。つまり、うちに通っている常連客はうちのコーヒーの価値がわかっている、ということだ」
雅也「な、なるほどです」
店主「お前も価値のわかる人間になれ。ほら、ブレンドコーヒーだ」
コトリとコーヒーが目の前に置かれる。
雅也(N)「これが2000円のコーヒーか。それくらい美味しいってことなんだな」
雅也「い、いただきます」
店主「……味わって飲め」
ズズズとコーヒーをすする雅也。
雅也「ぶはっ!」
雅也(N)「まずい! すげー、まずい! なんだよ、これ? インスタントコーヒーの方が10倍美味いよ! なんで、こんなコーヒーに常連客がつくんだ? どう考えても、2000円の価値なんかないだろ!」
真里「ミルク、入れますか?」
雅也「え? あ、はい……。お願いします」
真里「ストップって言ってくださいね」
コーヒーにミルクが注がれていく。
雅也「……」
真里「早く止めないと溢れちゃいますよ」
雅也「あ、すいません。ストップ、ストップです」
真里「ふふ。ごゆっくり」
歩き去っていく真里。
雅也(N)「ああ、なるほど。このコーヒーが2000円でも売れるのは、あの店員さんという付加価値が付いているからなのか。常連客は、あの人に会うために通っているのだろう。俺も、たまには来ようかな」
終わり。