■概要
人数:5人以上
時間:10分
■キャスト
貴文(たかふみ)
一希(かずき)
恭兵(きょうへい)
その他
■ジャンル
ボイスドラマ、現代、シリアス
■台本
ザシュっという切られる音。
貴文「うわあああー」
ドサリと倒れる音。
監督「カーット! ダメだダメだ! なんだ、その倒れ方は。派手過ぎる。斬られ役なんだからもう少し主役を立ててだな。地味に倒れるんだよ、地味に」
貴文「地味に……っすか」
監督「よし、もう一回行くぞ。……アクション!」
ザシュっという斬られる音。
貴文「うっ……」
バタッと倒れる音。
監督「カーット! ダメだダメだ! なんだよ、その倒れ方は? 軽すぎるんだよ! 人一人が斬られて倒れるんだぞ!」
貴文「いや、監督がさっき、地味にって言ったんじゃないっすか」
監督「地味と軽いは違うだろうが」
貴文「……よくわかんないっす」
監督「あー、もういい。他のシーン先に撮るぞ。準備しとけ。お前は明日までにちゃんと役を作っておけ」
貴文「……」
場面転換。
貴文「はあ……」
一希「どうした、貴文。随分と落ち込んでるな」
貴文「あ、和希さん。ちーっす。……さっき、監督とやりやっちって」
一希「……そうか。監督と」
貴文「今回の映画が、俺、役者としてのデビューなんすよ。最初、声がかかったときは、ホント、嬉しかったんすよ。やっと俺の才能が認められたって。……けど、実際、来てみたらこれっすよ。単なる斬られ役。才能の欠片も必要のない、斬られるだけの簡単な役っす」
一希「簡単な役なのに、まだオッケーテイク出てないんだろ?」
貴文「うっ! いや、あれは監督の言うことがコロコロ変わるから……。とにかく、こんな役じゃ、俺の才能は発揮できないんすよ!」
一希「お前、今回の役、馬鹿にして気が入ってないんじゃないのか?」
貴文「バカにも何も、その通りじゃないっすか。誰だってできるくだらない役っす」
一希「なあ、貴文。くだらない役なんて無いし、いらない役なんていうのもないんだ。お前の斬られ役だって。斬られる役があるからこそ、主役が引き立つんだ」
貴文「結局、引き立て役じゃないっすか」
一希「嫌か? 引き立て役」
貴文「当たり前じゃないっすか。主役の方がいいっすよ。じゃないと、俺の才能が活かせないっす」
一希「なるほどな。……よし。貴文、今日はもう撮影ないんだろ? 行くぞ」
貴文「行くって、どこにっすか?」
場面転換。
役者1「はああっ!」
ドゴっという鈍い音が響く。
恭兵「うっ……ああっ」
ドサリと倒れる音。
一希「……どうだ?」
貴文「どうもこうもないっすよ。ドン引きっす。あんなの役者じゃないっすよ」
一希「ん? どういうことだ?」
貴文「いくらリアリティ出すためだからって、ホントに殴られるのはどうなんすか? 演技するからこそ、役者じゃないですか」
一希「ああ。なるほどな。貴文。あれは当たってないぞ」
貴文「いやいや、そんなわけなっすよ」
一希「つまりお前には本当に当たったように見えたわけだな」
貴文「……」
一希「お? もうワンシーン撮るみたいだぞ。今度は派手にやられるシーンだ」
貴文「……」
役者2「おらあ!」
恭兵「ごっ、ばはあっ!」
派手に吹っ飛び倒れ込む音。
貴文「……」
一希「どうだ?」
貴文「すげえ。当たってないのに本当に吹き飛んでるように見える……」
一希「だろ? あまりにもリアルで、殴る方の役者も当たったんじゃないかって心配するなんてこともあるみたいだからな」
貴文「誰なんですか? あの人は?」
一希「高畑恭平さん。あの人も若い頃は伸び悩んで、引退を考えたことがあるらしい。でも、諦めずに努力し続けた。結婚されって、お子さんが生まれて数年後くらいには、この業界では、やられやくのカリスマ、なんて言われるくらいの役者になったんだ」
貴文「やられ役のカリスマ……。まさに才能ってやつっすね」
一希「お! 撮影、終わったみたいだ。挨拶に行こうぜ」
貴文「はいっす」
二人が恭兵に歩み寄る。
一希「恭兵さん、お疲れ様です」
恭兵「ああ、和希くん。お疲れ。……そっちの人は?」
一希「あ、後輩の貴文です」
貴文「俺! 恭兵さんの演技に感動したっす! 鳥肌立ちました!」
恭兵「はは。ありがとう。そこまで言ってくれると、役者冥利に尽きるね」
貴文「俺! 今、やられ役に抜擢されたんですけど、監督に全然ダメだって言われて……。なにかアドバイスってあるっすかね?」
恭兵「んー。アドバイスか……」
貴文「やっぱ、才能のなせる業なんすか?」
恭兵「あー、いやいやいや。才能なんて。とてもとても。僕なんか才能は無い方だよ」
貴文「そんなわけないっすよ! 才能がないのに、あんなやられ方、できないっすよ」
恭兵「まあ、僕はどちらかというと、演技よりも観察眼の方の才能があるかもしれないな」
一希「観察眼……ですか?」
恭兵「ああ。よく観察してそれを取り込む。それができれば、演技が格段によくなるってわけだ」
貴文「じゃあ、恭平さんは観察することであのやられ役の演技に辿り着いたってことっすか?」
恭兵「ああ、その通りだ。少なくとも才能なんかじゃない」
貴文「けど……そうそう、やられてる人なんて、観察できなくないですか? 特に、斬られる人なんて、絶対にリアルじゃ見れないですよね?」
恭兵「……そうだね」
貴文「となると、想像するしかないじゃないですか。ってなると、想像力、つまりは才能って話にならないっすか?」
恭兵「ああ、そうだね。あれは才能のなせる業だろうね」
貴文「やっぱり、恭平さんは才能の塊ってことっすね」
恭兵「いや、僕が才能がないっていうのと、観察して今の演技を手に入れたというのは本当のことだよ」
一希「……どういうことですか?」
恭兵「いいだろう。君たちには僕の秘密と、本当の才能というものをお見せしよう」
場面転換。
ガチャリとドアが開く音。
恭兵「浩太、ただいま」
浩太「パパ、お帰りなさーい!」
トタトタと走ってくる。
恭兵「バン!」
浩太「あひっ!」
ドサッと倒れる音。
貴文「え? え? 今、何したんすか?」
浩太「もう、いきなりビックリしたよ」
恭兵「ごめんごめん。じゃあ、浩太、次は斬られるところ、見せてくれるか?」
浩太「うん、いいよー」
恭兵「やあっ!」
浩太「……うっ、がはっ」
ゆっくりと崩れ落ちる音。
一希「すごい」
恭兵「はは。というわけだ。僕はね、子供の演技を観察して今の演技を手に入れた。つまりやられ役のカリスマは、息子の浩太ってわけだな」
一希「……才能ですね」
恭兵「ああ。大概は、こんな化物じみた才能を見せつけられたら心が折れる。けど、それを拒絶するんじゃなくて、受け入れれば自分にとってプラスになるはずさ。僕は息子相手だからできたけど、大抵は受け入れられないだろうね」
貴文「師匠! もう一回! もう一回見せて欲しいっす!」
浩太「うん、いいよー」
貴文「じゃあ、いくっすよ! やあっ!」
浩太「うぐっ……がはっ」
恭兵「へー。すごいな、あいつは。あんな子供相手にも、教えを乞えるのか」
一希「才能なのかもしれません」
恭兵「はは、なるほどな」
貴文「もう一回! もう一回だけお願いっす!」
終わり。