■概要
人数:2人
時間:10分
■ジャンル
ボイスドラマ、現代、シリアス
■キャスト
修三(しゅうぞう)
真治(しんじ)
■台本
ジリジリと照り付ける日差しとセミの鳴き声が響く。
その中を修三が歩いている。
修三(N)「夏になると、いつも思い出す。もう10年以上経つというのに。……いや、違う。これは決して忘れてはいけないことだ。それは……私の、心の弱さが招いた罪なのだから」
真治「う、うう……」
修三が立ち止まる。
修三「……どうしたんだ?」
真治「……」
修三「……イジメか?」
真治「う、うん……」
修三「そうか……。ちょっと、あっちに座って、おじさんとお話しないか?」
真治「え?」
修三「嫌でなければ、話を聞かせて欲しい。……どうだ?」
真治「う、うん」
場面転換。
修三「オレンジジュースで良かったか?」
真治「あ、ありがとう……」
ペットボトルを開けて、ジュースを飲む真治。
修三「……最初に断っておくが、私は君に何かできるわけではない。……ただ、話を聞くことしかできないだろう。それでも、話してくれるかい?」
修三「う、うん。……僕ね、この前の徒競走のタイムが、クラスで一番遅かったの。……それで、そのときから、からかわれることが多くなって……」
修三「なるほど……。君は勉強の方もあまりよくないだろう?」
真治「え? どうしてわかったの?」
修三「人というのはね、全ての面で自分より下の人間か、一つが完全に自分より上の人間をイジメるものなんだよ」
真治「え? えっと……全部、自分より下の人をイジメるというのは、なんとなくわかるんだけど……」
修三「これは安心と嫉妬の感情だな」
真治「……?」
修三「自分に自信があるものに対して、負けた時、相手を賞賛できる人間は少ない。大抵は嫉妬の感情になるんだ。持っていた自信が強ければ強いほどに、な。だから、イジメることで、その嫉妬心を鎮めるんだ」
真治「へー……」
修三「逆に全ての面で自分よりも下の人間をイジメるというのは、どんだけやっても仕返しされないと思っているからなんだ。そして、あいつならイジメても大丈夫という、自分への安心のためだ」
真治「自分への安心?」
修三「例えば、バカにしていた人間に、テストで負けたとする。すると、ずっと自分がバカにしていたやつよりも、自分はバカだってことになってしまう。それは自分のプライドが許さない。勉強以外のなんでもだ。一つでも負けているところがあれば、プライドが傷ついてしまう。だから、全ての面において、こいつには負けないと思うようなやつをイジメるというわけだな」
真治「へー……。なんか、色々難しいね」
修三「いや、単純だ。逆に、なにか一つでもいい。そのからかってくる奴に勝てるものを見つけるんだ。そうすれば、からかってこなくなる」
真治「んー。でも、いいや」
修三「なんでだ? 悔しくないのか?」
真治「悔しいけど……僕にはできないから」
修三「できない?」
真治「うん。僕はきっと、そこまで頑張れない。僕はダメダメだから」
修三「……そうか。君は強いな」
真治「え? 逆だよ、逆。僕は弱いんだ」
修三「いや、自分を弱いと認めれるということは強さなんだ」
真治「……?」
修三「私はね、自分が弱い人間と認めることができなかった……。自分が弱いと知っていたからこそ、それを見せないようにすることに躍起になっていたんだ」
真治「隠してたってこと?」
修三「そうだ。……私はね、教師だったんだ。中学校のね。中学生にもなると、やんちゃな奴も多くて、不良もたくさんいたんだ」
真治「へー……。なんか怖そうだね」
修三「ああ。私は弱いとバレれば、生徒に舐められる思い込んでいた。だから、いつも生徒には厳しくしていた。その学校で……いや、その地域で一番厳しいと噂されるくらいにな」
真治「え? そうなの? 全然、そうは見えないけど……」
修三「……もう少し、怖い顔をしていれば良かったんだけれどな。顔で迫力が出せない分、口調や態度で補おうとした。それが功を奏したのか、不良の中でも私に手を出してくる者はいなかったよ」
真治「へー。すごいね」
修三「当時の私は、自分でそれが誇らしくてね。自分は強くなったと思い込もうとした。……だが、そんなある年の夏のことだった。教室内でお金が盗まれたという事件が起こった。そこで私は、クラス内の一番素行が悪い奴が犯人だと決めつけたんだ」
真治「なにか、証拠があったの?」
修三「いや、何も。だが、私はそいつを吊るし挙げた。クラスメイトの目の前で自白させようとして、さんざんにそいつをなじったんだ」
真治「その人、怒らなかったの? 不良だったんでしょ?」
修三「不良と言っても、まだ中学生だったからね。私の暴言に、涙を浮かべて耐えていたよ。……だが、そんなとき、あるクラスメイトが、その不良のアリバイを証明したんだ」
真治「え? じゃあ、その不良の人は取ってなかったってこと?」
修三「そうだ。無実だったんだ。……だが、私は謝ることができなかった」
真治「どうして?」
修三「謝れば、生徒たちに弱みを見せてしまうと考えたんだ」
真治「……」
修三「そのとき、私はその件をうやむやにした。逃げるようにして教室から出たんだ。……だが、それから、クラスの中で私を見る目が変わった。恐怖ではなく、疑いの目だ。私は怖かった。どうにかして、私はまた、強者として、生徒たちの上に立たねばならなかった」
真治「……なにをしたの?」
修三「原因となった、不良を呼び出し、グランドを走らせた。ただひたすらに、ずっとだ」
真治「え? どうして?」
修三「……どういう理由だったかは思い出せない。おそらく理不尽なことだったはずだ。真夏に何時間も無理やり走らせた。そうすることで、屈服できると思ったんだ。泣いて許しを請ってくると思った。だが、その不良は最後まで許しを請うことなく……そして倒れた」
真治「どうなっちゃったの?」
修三「深刻な脱水症状だった。命は取り留めたが、しばらく入院することになってね。後遺症も少し残ったそうだ」
真治「……」
修三「私は頭の中が真っ白で、膝ががくがくと震え、眠れない日々が続いた。そこで、私は痛感した。自分は強くなんかないと」
真治「……それでどうなったの?」
修三「……私は逃げるように学校を辞めた。……自分が弱いと認めることさえできればあんなことは起こらなかった……」
真治「……」
修三「だから、君は自分の弱さを認めるだけで、十分、強いんだ。自信を持つといい」
真治「うん、ありがとう」
修三「……すまないね。君の話を聞くつもりが私が話してばかりだったね」
真治「ううん。大丈夫だよ」
修三「それでは、私はそろそろ行こうかな」
修三が立ち上がる。
修三「ああ、そうだ。一つだけ助言をしておこう。いじめっ子というのはね、私のように心が弱い人間が多い。一度、反撃してみるといい。相手は驚いて、泣くかもしれないぞ」
真治「ありがとう。でも……止めておく」
修三「どうしてだい?」
真治「……確かに、からかわれて嫌なときがあるけど、友達だから」
修三「……そうか。君は本当に強いな」
修三(N)「……あの頃。この目の前の小学生の半分の強さがあれば、あんなことにはなっていなかったはずだ。……いや、こんなことを考えている時点で、私はあの頃と変わらない、弱い人間ままなのであろう」
終わり。