■概要
人数:1人
時間:10分
■ジャンル
ボイスドラマ、現代ファンタジー、シリアス
■キャスト
アリス
■台本
アリス「いらっしゃいませ。アリスの不思議な館へようこそ」
アリス「……おや? どうしたのですか、そのカナリア」
アリス「……なるほど。怪我をしていたのを見つけて、保護したわけですか」
アリス「ふふ。実に、あなたらしい、優しい行動ですね」
アリス「では、そのカナリアは、うちで預かりますね。治療して、買い主を探してみます」
アリス「……どうかしましたか?」
アリス「ああ。もしかして、ご自分で飼う気でしたか?」
アリス「……ええ。確かに、野生という線もゼロではありませんが、飼われているカナリアだと思いますよ」
アリス「ですので、うちでお預かりします」
アリス「……いいえ。それはお勧めできません」
アリス「あなたの家で預かるより、人の出入りが多い、ここで預かった方が買い主が見つかる可能性は高いです」
アリス「……それに現時点で、あなたはそのカナリアに少し、思い入れを持ってしまっています。一緒にいればいるほど、別れるときに辛い思いをしますよ」
アリス「……困りましたね。あなたは、今、冷静な判断が出来なくなっていると思います」
アリス「もしかして、買い主はこのまま見つからないと思っていませんか?」
アリス「……ふふ。わかりました。それではあなたにお任せします」
アリス「……ちょうど、今、思い出したお話があるのですが、今日はこのお話をしましょうか」
アリス「……それは、周りが見えなくなり、冷静な判断ができなかったことで、悲惨な末路を辿った、ある男の話です」
アリス「それは、国という存在が生まれつつあった時代の、お話です」
アリス「その男は村の中で特別、頭が良く、皆に頼られる存在でした」
アリス「狩猟や、創作物、食べ物の保存方法、農作物の育て方など、実に多くの新しい技術を生み出していました」
アリス「当然、村は豊かになり、それに伴い、人々が集まるようになり、村の人口も増えていきました」
アリス「そして、いつしか男が村の中心人物となり、村の方針や決定権などを持つようになりました」
アリス「ですが、男はその権力に、決して驕ることはなく、常に、どうすればもっと村が発展するのか、何が村にとって一番いいことなのかを考えていました」
アリス「そのこと功を奏したのか、さらに大きくなっていきました」
アリス「ですが、男はあるとき、気付きます。人が多くなり過ぎた村は、いつしか崩壊してしまうと」
アリス「現に、食料が足りなくなっていき、飢えるものも出始めました」
アリス「さらに、村が豊かになったことで、村人は長生きになっていきます。すると、働けない老人が数多くなっていきました」
アリス「そこで、男は悩んだ末、神の威光にすがることにします」
アリス「ある日、起きた大きな地震。それを神の怒りだと言って、村人を恐怖させます」
アリス「神の怒りを鎮めなければ、この村を神の怒りにより滅んでしまう、と」
アリス「そして、神の怒りを鎮めるには生贄が必要だと言ったのです」
アリス「……ええ。そうです。その生贄と言うのが、働くことができなくなった者たちです」
アリス「村の人たちも、食料が少なくなった今、働けなくなったものに、食料を与えるということに不満を持っている人間が多かったのです」
アリス「そして、生贄を差し出すとい案に、村の人間は同意します」
アリス「裏山に多くの働けなくなった人間を生贄として送ります」
アリス「……その裏山には多くのオオカミが住み着いていました」
アリス「……ええ。おそらく、生贄にされた人たちはオオカミの餌食になったことでしょう」
アリス「ですが、そのおかげで、村の働く人間の割合が増えたことや、オオカミが村に降りてくることがなくなったこと、そして、オオカミがシカを狩る頭数も少なくなり、その分、村の人間が狩ることができました」
アリス「ええ。再び、村は豊かになっていきました」
アリス「それからも、働けなくなったものは裏山へと送られる日々が続きます」
アリス「ですが、男は村が豊かになっていく半面、働けなくなったものを選ぶ際の苦悩は日に日に増していったそうです」
アリス「迷いが頭を過った際は、これは村の為だと、自分に言い聞かせていたそうです」
アリス「それから、数十年が経ちます。男は後継者となる者を育て上げ、その後継者に全てを任せるようになりました」
アリス「重責から解放された男は、穏やかな日々を送っていたそうです」
アリス「……ですが、そんなある日」
アリス「男が目覚めると、そこは裏山でした」
アリス「……ええ。そうです」
アリス「村人は、もう役に立たなくなった男を、今までの人たち同様に、裏山に送ったというわけです」
アリス「恐怖する男をよそに、男の周りにはオオカミが集まってきます」
アリス「断末魔を上げる中、男は思ったそうです。……どうして、自分だけは大丈夫だと思ったのか、と。今まで村にこれだけ尽くしてきたのだから、頭の中で自分は大丈夫だと思い込んでいたことを後悔しました。その男が、今まで送り込んで来た人間だって、働けなくなる前は、村に尽くしていたのに……」
アリス「その男は、冷静になれば気付くことができたはずです。自分が今まで裏山に送り込んできた人間がどういう人間だったかを冷静に考えれば……」
アリス「そこに気づけば、男は後継者など育てなかったでしょう。それが、村にとって良いことではなかったとしても、自分を守るためには、村の発展を犠牲にするべきだったのです」
アリス「ですが、男は重責から逃れたいと思う一心で、そのことを忘れてしまったということですね」
アリス「いかがだったでしょうか?」
アリス「人というのは、すぐにものごとの本質から目を逸らしてしまいます」
アリス「それが意図してか、無意識かにかかわらず、です」
アリス「もう一度、考えてみてください」
アリス「あなたは忙しい中、カナリアを育て続けられますか?」
アリス「住んでいる家は、ペットを飼っても大丈夫ですか?」
アリス「カナリアを飼うのに何が必要か知っていますか?」
アリス「なにより……」
アリス「今、カナリアの買い主は悲しんでいるのではないでしょうか?」
アリス「カナリア自身も、買い主の元に帰りたいのではないでしょうか……?」
アリス「……ふふ。申し訳ありません。意地悪な質問ばかりをしてしまい」
アリス「ですが、もう一度、冷静になって考えてみてください」
アリス「男のように、後悔する前に」
アリス「……ふふ。ありがとうございます。このカナリアは、私が責任を持って、必ず買い主の元へ帰してみせます」
アリス「今回のお話はこれで終わりです」
アリス「それではまたのお越しをお待ちしております」
終わり。