■概要
人数:1人
時間:10分程度
■ジャンル
ボイスドラマ、現代ファンタジー、シリアス
■キャスト
亜梨珠(ありす)
■台本
亜梨珠「いらっしゃいませ。アリスの不思議な館へようこそ」
亜梨珠「……え? 機嫌が悪そう?」
亜梨珠「ふふふ。やっぱり、そういうのはバレるものね」
亜梨珠「……いいえ。大したことないのよ」
亜梨珠「大切にしていたガラスのアクセサリーが割れてしまったの」
亜梨珠「で、それをお兄様に捨てられてしまったってわけ」
亜梨珠「……ええ。わかっているのよ。お兄様が悪いわけではないって」
亜梨珠「私も、割れたアクセサリーをそのまま取っておいたか、って考えたら、きっと捨ててたと思うわ」
亜梨珠「……多分、アクセサリーを割ってしまったことの怒りをお兄様にぶつけたかっただけなんだと思うの」
亜梨珠「お兄様もそれがわかっているから、平謝りしかしなかったのね」
亜梨珠「あなたは大切なものを失くしたことってあるかしら?」
亜梨珠「……大切なものを失くすといえば」
亜梨珠「こういう話をよく聞くわね」
亜梨珠「大切な人が幸せなら、自分が不幸になってもいい、というものよ」
亜梨珠「大切な人のために、自分が身を引く、というものね」
亜梨珠「でも、それって、大切な人から見たらどうなのかしら?」
亜梨珠「本当に、それが幸せなのかしらね?」
亜梨珠「……そうだ、あなたは、雪女の伝説の話を聞いたことがあるかしら?」
亜梨珠「2人の木こりがある冬の日に吹雪に合い、森で遭難したの」
亜梨珠「そこで、偶然見つけた小屋で吹雪をやり過ごそうと考えたみたいね」
亜梨珠「夜になって、吹雪が強まる中、小屋の中に雪女が現れたの」
亜梨珠「そして、雪女は年老いた方の木こりに冷たい息を吹きかけ、息の根を止めてしまったわ」
亜梨珠「でも、もう一人の木こりに雪女は惚れてしまったの」
亜梨珠「だから、その若い木こりに雪女に会ったことは言うなと脅し、もし破ったら命を貰うと言い残して、見逃したわ」
亜梨珠「それから、若い木こりはある女と出会い、結婚し、子供ができたの」
亜梨珠「そんな幸せの中、若い木こりは妻に、ふと雪女のことを話してしまう」
亜梨珠「すると、妻は、その雪女は自分だと言い出すの」
亜梨珠「約束を破った雪女は、若い木こりの命を奪おうとするわ」
亜梨珠「けれど、そのとき、子供が泣き出したの」
亜梨珠「雪女は子供を見て、決意したの。本当は約束を破ったあなたの命を貰わなければならない、でも、子供がいるから、それはできない。もし、子供が不幸になるようであれば、私はあなたを許せない」
亜梨珠「そう言って、雪女は白い霧となって、消えてしまったの」
亜梨珠「……どうかしら?」
亜梨珠「雪女は若い木こりのことが大切だから、自分を犠牲にして、二人が生きるという道を選んだのね」
亜梨珠「本当は木こりのことを始末しなければならなかったのに……」
亜梨珠「この話は相手のことを思って、自分を犠牲にしたのだけれど、若い木こりは、本当に幸せだったのかしら?」
亜梨珠「……もう一つ、雪女のお話を知っているから、今回はその話をするわね」
亜梨珠「これは、森の深くに存在する、ある村での出来事よ」
亜梨珠「その村のある青年は、森の中で吹雪に巻き込まれたところ、美しい女に助けられたの」
亜梨珠「その女と青年が恋に落ちるのは時間の問題だったわ」
亜梨珠「女と青年は一緒に住むようになり、将来を誓う仲になったの」
亜梨珠「二人はお互いのことを大切に思い、相手さえ幸せになればそれでいいとさえ思うほどに……」
亜梨珠「だから当然のように、二人はお互いの為に働き、支え合ったわ」
亜梨珠「相手の笑顔が、お互いにとって、一番の幸せだったの」
亜梨珠「でも、そんな幸せは長くは続かなかったわ」
亜梨珠「ある日、女の正体が、雪女だと村人にバレてしまったの」
亜梨珠「村人は青年に、雪女を始末するように迫ったわ」
亜梨珠「だけれど、青年は村人に、自分たちが出ていくと言うことで、その場を収めたの」
亜梨珠「もちろん、青年は女の正体が雪女でも、添い遂げる覚悟があり、村を一緒に出るつもりだったわ」
亜梨珠「でも、女の方は自分と一緒に村を出れば、苦労すると考え、青年に黙って、自分だけ村を立ち去るつもりだったの」
亜梨珠「お互いが、大切な人の為に自分を犠牲にするつもりだったわけね」
亜梨珠「……でも、そんな二人の思いは村人たちには関係なかったわ」
亜梨珠「村人たちは、もし、雪女を逃せば必ず村に復讐しに来ると恐れたの」
亜梨珠「だから、青年が留守の間に家に、火を放ったわ。雪女を始末するために……」
亜梨珠「青年は燃える家を見て、女を助けるために、飛び込んだの」
亜梨珠「燃える家の中、二人はそれでもお互いを助けるために思考を巡らせたわ」
亜梨珠「自分が死んでも、なんとしてでも相手に生きていて欲しい。そのことだけで頭の中がいっぱいだったの」
亜梨珠「そんな中、炎に包まれた家の柱が落ちてきたわ」
亜梨珠「青年は女を庇い、柱の炎に包まれたの」
亜梨珠「それでも、青年は最後の力を振り絞り、家の扉を壊し、そこから女に逃げるように言ったわ」
亜梨珠「……でも、女はそうしなかった」
亜梨珠「火に包まれた青年の体を抱きしめ、火を消した。自分の命と引き換えに」
亜梨珠「もちろん、女も、青年が助からないことを知っていたわ」
亜梨珠「それでも、自分の命を犠牲にして、青年の苦しみを少しでも楽にしようとしたの」
亜梨珠「そして、二人の命の火は消えてしまった……」
亜梨珠「どうかしら?」
亜梨珠「これも、お互いのために自分の命を犠牲にしたという話ね」
亜梨珠「……でも、今回の話は、自分の命を犠牲にしても、相手は助からなかったわ」
亜梨珠「青年は命を掛けて、女を助けようとした。女に生き延びて欲しくて」
亜梨珠「でも、女はそんな青年の想いを知りながら、青年の一時の苦しみを癒すために自分の命を使った……」
亜梨珠「ある意味、青年の想いは裏切られた形になったわ」
亜梨珠「そのことに、青年はどう思ったのかしら?」
亜梨珠「あなたはどう思う?」
亜梨珠「……ふふ。それは私にもわからないわ。これは、きっと、青年にしかわからないわね」
亜梨珠「でもね、その村人たちの話では……」
亜梨珠「青年も女も、穏やかで笑みを浮かべていたらしいわよ」
亜梨珠「ふふっ。今日はこれで、お話は終わりよ」
亜梨珠「また来てね。さよなら」
終わり。