■概要
人数:1人
時間:10分
■ジャンル
ボイスドラマ、現代ファンタジー、シリアス
■キャスト
アリス
■台本
アリス「いらっしゃいませ。アリスの不思議な館へようこそ」
アリス「おや? 今日は随分と汗をかかれているようですね」
アリス「確かに、まだ暑さは和らいではないですが、それでも、そこまで汗をかかないと思うのですが……」
アリス「……なるほど。電車のドアが閉まる、ギリギリだったのですね」
アリス「別に、少しくらい遅くなっても、私は構いませんよ」
アリス「ただ、目の前でドアが閉まりそうになれば、思わず走りたくなる気持ちもわかります」
アリス「ですが、危険なのでそのようなことは止められた方がいいですよ」
アリス「今、タオルをお持ちしますので、少々お待ちください」
アリス「……え? それよりも座らせてほしい?」
アリス「どうぞ、そこの椅子に腰かけてください」
アリス「……ふふ。わかります。誰でも、昔は走ったくらいでは息が上がらなかったのにと、思いますよね」
アリス「あなたも、年は取りたくない、というタイプですか?」
アリス「……なるほど。年は取らないにこしたことはない、と?」
アリス「確かに加齢は肉体の衰えを感じさせます。ですが、年を取るということはデメリットだけではないと思います」
アリス「老いというのは生物の、生命の終わりに向かっているということです」
アリス「終わりがあるからこそ、今の時間を大切できる、そう思いませんか?」
アリス「もし、年を取らず……いえ、例え、年を取ったとしても、終わりがない世界を永遠に生き続けるというのはどうなのでしょうか?」
アリス「私には、それは拷問ではないかと感じてしまいます」
アリス「ふふ。そんなことはない、ですか?」
アリス「では、本日はある数奇な運命を辿る男の話をしましょう」
アリス「その男は幼少期から、学問に関してとても高い才能をもっていました」
アリス「今の世界で例えると、小学生の段階で、大学の教授並みの知識と応用力があったという感じでしょうか」
アリス「ずば抜けた頭脳を持つ男は、様々な学問を身に付けても、決して満足することはありませんでした」
アリス「彼が40歳になる頃には、世の中にある学問を全て習得したのではないかと噂されるほどです」
アリス「ですが、男の中の好奇心は無くなるどころか、年々、膨れ上がっていったそうです」
アリス「そして、その男が考えたのは、人間の一生分の時間があっても、足りない、でした」
アリス「そこで、男は魂と総称される、自分の記憶や様々なデータを他者に移すという方法を研究し始めます」
アリス「いわゆる、転生というものです」
アリス「つまり、老いにより体が動かなくなれば、赤子に転生するというものです」
アリス「もちろん、一度は不老の研究もしてみたようですが、老いを遅らせることはできても、若返ることはできないと結論付けたのでしょう」
アリス「なので、転生という方法を選んだようです」
アリス「長年の研究の結果、男は転生の技術の開発に成功しました」
アリス「男は200年ほど、転生を続けながら、学問を習得し続けました」
アリス「ですが、ふと、学問に対する情熱が消えてしまったのだそうです」
アリス「それは、新しいことを知ることや発見することがなくなったからだといいます」
アリス「つまり、本当に世の中にある学問全てを習得してしまったのです」
アリス「最初は自分で研究することで、新たな発見をすることを求めたようですが、それは難しかったようですね」
アリス「新しい発見なんて、そうそう見つかるわけがありませんから」
アリス「男は絶望しました。もう、二度と、新しい学問を知る時の喜びを得ることができないのか、と」
アリス「……何度も、自分の命を終わらせることも考えたようです」
アリス「ですが、一度、終わることから逃げてしまった男には、それを受け入れることができませんでした」
アリス「なので、男は、まるで抜け殻のように、なんの感動もない人生をただただ、過ごすだけでした」
アリス「そんな状況を、男は地獄だと、表現していましたね」
アリス「聞く人が聞けば、怒られそうなことですが、少なくとも男自身はそう思ったそうです」
アリス「そんなある日、男はあることを思いつきます」
アリス「それは、記憶を消して転生することです」
アリス「つまり、男は、こう考えたのです」
アリス「記憶を失えば、また、新しいことを学ぶ感動を味わえる、と」
アリス「そして、今度は転生することなく、限られた時間の中で、人生を楽しむことができるはずだ、と」
アリス「男の思惑は、成功しました」
アリス「転生する前は、熟知していた知識でも、新鮮に感じることができたのです」
アリス「男は再び、学問にのめり込みました」
アリス「新しい知識や発見に感動する日々を送ります」
アリス「……ですが、そんなある日、男はあることを感じます」
アリス「それは、人間の一生分の時間では全然足りないと」
アリス「そして、そこから長い時間をかけて、男は転生する術を見つけ出しました」
アリス「……ええ。その通りです」
アリス「つまり、男は同じ人生をずっと繰り返しているのです」
アリス「今、この瞬間でさえも」
アリス「どうですか? あなたは、この男のことが羨ましいと思いますか?」
アリス「……同じような話で、5億年ボタンというものがあります」
アリス「私は押すことはないと思いますが、それはきっと、5億年のことを想像するからでしょう」
アリス「記憶が消されるなら、問題ないという考えも、間違ってはいないと思います」
アリス「もし、あなたがそのボタンが目の前にあったら押しますか?」
アリス「ふふ。今回のお話はこれで終わりです」
アリス「それではまたのお越しをお待ちしております」
終わり。