■概要
人数:5人以上
時間:10分
■ジャンル
ボイスドラマ、現代、シリアス
■キャスト
巧(たくみ)
美彩(みさ)
梨沙(りさ)
プロ選手
母親
監督1~2
■台本
バットを振る巧。
巧「ふっ! ふっ!」
ビュンビュンと鋭いスイング音。
そこにプロ選手がやってくる。
選手「へえ。君、すごいスイングだね。いいかい。誰にも負けないくらい素振りをするんだ。そうすれば、君はすごい選手になる」
巧(N)「プロ選手に言われた言葉だ。学校に居残りで素振りをしていたところを、偶然通りかかったプロの選手の目に留まったのだ。それ以来、俺は誰にも負けないくらい、バットを振った」
場面転換。
家の庭で素振りをする巧。
巧「ふっ! ふっ! ふっ!」
鋭いスイング音。
母親「巧―! そろそろご飯なんだけど」
巧「もうちょっと待って!」
巧「ふっ! ふっ! ふっ!」
鋭いスイング音。
場面転換。
グラウンド。
監督1「巧。お前ほど、練習熱心な生徒は初めてだ。中学は残念だったけど、高校でも続けろよ。お前なら、きっとプロになれる」
巧「はい!」
場面転換。
家の庭で素振りをする巧。
巧「ふっ! ふっ! ふっ!」
鋭いスイング音。
母親「巧―。今、何時だと思ってるの。そろそろ寝なさい」
巧「もう少し待って」
巧「ふっ! ふっ! ふっ!」
鋭いスイング音。
場面転換。
グラウンド。
周りからは泣き声や嗚咽が聞こえてくる。
監督2「……甲子園には届かなかったが、お前たちがやってきたことは絶対に無駄にはならない。俺はお前たちの監督になれたことを誇りに思う」
巧「……」
巧(N)「チームは県大会ベスト4で敗退した。これで、俺の野球人生は終わった」
場面転換。
家の庭で素振りをする巧。
巧「ふっ! ふっ! ふっ!」
鋭いスイング音。
美彩「巧くん。なんで、大学の野球チームに入らないの?」
※巧が素振りをしながら
巧「俺の野球人生は高校のときに終わったんだ」
美彩「なら、なんで毎日素振りしてるの?」
※巧が素振りを止める
巧「んー。習慣かな」
美彩「習慣?」
巧「俺、昔、プロの選手に誰にも負けないくらい素振りをすればすごい選手になれるって言われたんだ。だから、それから、絶対に素振りの回数だけは誰にも負けないってくらいやったんだよね」
美彩「……ふーん。で、巧くんはすごい選手になれたの?」
巧「なれてたら、家の庭で素振りなんてしてないって」
美彩「そっか……」
巧が素振りをまた始める。
巧「ふっ! ふっ! ふっ!」
美彩「ねー。巧くん。遊びにいこーよ」
巧「もう少し……」
鋭いスイング音。
巧(N)「習慣っていうものは、なかなか抜けない。俺は大学を卒業して、就職しても素振りの習慣は途切れなかった」
場面転換。
庭で素振りをしている巧。
巧「ふっ! ふっ! ふっ!」
泣いた梨沙(赤ちゃん)を抱いた美彩がやってくる。
美彩「あなた。少しは梨沙の面倒を見てよ」
素振りを止める巧。
巧「ああ、ごめんごめん」
美彩「ホント、いつも暇があったら素振りして、よく飽きないわね」
巧「飽きるっていうか、気付いたら素振りしてるって感じかな。まさに習慣ってやつだ」
美彩「……止めたら?」
巧「んー」
美彩「今まで、素振りの習慣、役に立ったことある?」
巧「……ない」
美彩「……止めれば?」
巧「……」
巧(N)「奥さんにそう言われても、やっぱり俺は素振りの習慣は止められなかった」
場面転換。
庭で素振りをしている巧。
巧「ふっ! ふっ! ふっ!」
梨沙「ちょっと、お父さん! せっかく付き合ってる彼氏を紹介するために連れてきてるんだから、素振り止めて家に入ってよ」
巧「……もう少し」
鋭いスイング音が続く。
場面転換。
庭で素振りをしている巧。
巧「ふっ! ふっ! ふっ!」
そこに美彩がやってくる。
美彩「あなた。梨沙が孫を連れてきたわよ」
素振りを止める巧。
巧「今行く」
美彩「あなたもいい年なんだから、もう止めればいいのに」
巧「ははは。ここまで来たら、もうやめられないさ」
美彩「……どう?」
巧「なにが?」
美彩「素振りを続けて、何かいいことあった?」
巧「んー。ないかな。でも、もう、そんなことじゃないんだよ」
美彩「そう」
場面転換。
庭で素振りをしている巧。
巧「ふっ! ふっ! ふっ!」
そこに美彩がやってくる。
美彩「あなた。お茶が入ったわよ」
素振りを止めて、縁側に座る巧。
巧「ありがとう」
美彩も隣に座り、お茶を飲む。
美彩「早いわね。明日は孫の結婚式よ」
巧「過ぎて見たらあっという間だったな」
美彩「周りはドンドン変わっていくわね」
巧「そうだな」
美彩「でも、あなたの素振りの習慣は変わらなかったわね」
巧「そうだな。でも、何もいいことはなかったよ。この習慣は」
美彩「そんなことはないわ」
巧「え?」
美彩「私、気付いたの。あなたが病気もしないで、ずっと健康でいてくれたのも、きっとこの習慣のおかげ」
巧「……なるほど。そっか。そうかもな」
美彩「ありがとう。あなたが元気でいてくれるのが、私にとって一番の幸せよ」
巧「こっちこそ、ありがとう」
巧(N)「俺は誰よりも素振りをした自信がある。でも、俺はプロの選手にはなれなかった。それでも俺は素振りをし続けたことに後悔はない。そしてこれからも、この習慣を止めることはないだろう」
終わり。