■概要
人数:5人以上
時間:10分
■ジャンル
舞台・実写ドラマ・ボイスドラマ、現代、コメディ
■キャスト
正輝(まさき) 35歳 営業マン
高山 雄吾(たかやま ゆうご) 31歳 営業マン 正輝の部下
田中 伊造(たなか いぞう) 59歳
祐輔(ゆうすけ) 28歳
真由美(まゆみ) 43歳 ホステス
店主 63歳
■台本
道を歩く正輝と雄吾。
正輝「いいか、今日の接待には会社の命運がかかってる。絶対に失敗できないからな」
雄吾「わかってます。……ですけど、なんで居酒屋なんですか? もっといいお店にすればよかったと思うんですが……」
正輝「先方の指定なんだ。堅苦しく話したくないそうだ」
雄吾「……随分と変わった人なんですね」
正輝「メールの文章は普通だったけどな。けど、実際会ったら印象が違うなんてこともある。正直、何を言ってくるかわからないぞ」
雄吾「……それが対処できるかどうかで、契約が決まるんですね」
正輝「そういうことだ」
居酒屋の店内。
店の中は賑わっている。
ガラガラと引き戸が開き、正輝と雄吾が入ってくる。
店主「いらっしゃい!」
雄吾「すみません。高山で予約してた者ですけど……」
店主「はいよ! 一番奥のテーブルね」
雄吾「どうも……」
正輝と雄吾が奥の席まで歩いていく。
雄吾「ありました。あそこですよ」
正輝「10分前か。まあ、ギリギリセーフってところか……」
雄吾「……あれ? 誰か座ってますね」
正輝「まさか、もう来てたのか!?」
慌てて駆け寄り、頭下げる。
正輝「申し訳ありません。遅れてしまって」
雄吾もそれを見て、慌てて駆け寄る。
雄吾「申し訳ありません」
伊造「ん? あー、いいって、いいって! 気にすんなよ。ほら、座った座った」
正輝「……失礼します」
雄吾「(小声で)随分と酔っていらっしゃるみたいですね」
正輝「(小声で)だからって油断するなよ」
雄吾「(小声で)はい。……あ、すみません。こっち、ビール3つで」
伊造「おお! 気が利くねえ」
雄吾「いえいえ。なにかおつまみも好きなの選んでください。ここは私たちが出しますね」
伊造「へえ、気に入った。おい、大将。こっち、枝豆と冷ややっこね!」
雄吾「あの、さっそくなのですが、あの件について……」
伊造「あん?」
正輝「(小声で)馬鹿。いきなり商談に入る奴がいるか」
雄吾「すいません」
正輝「あの、このお店はよく利用するんですか?」
伊造「ん? おお。常連よ常連!」
正輝「なかなか趣があるお店ですよね」
伊造「だろ? やっぱ、こういう店で飲むと、日々の疲れがばーっと飛ぶってもんだ」
正輝「なるほど」
店主「はい、ビール3つと、枝豆、冷ややっこね」
テーブルにドンドンドンと置いていく店主。
伊造「おう、じゃあ、乾杯だ」
正輝「あ、はい」
伊造・正輝・雄吾「かんぱーい!」
乾杯する3人。
そこに祐輔がやってくる。
祐輔「すみません。失礼します」
雄吾「あ、ごめんなさい。ここは……」
伊造「いいじゃねーの。酒は大勢で飲んだ方が旨いんだ! ほら、座りな」
伊造が椅子を引き、座るように促す。
祐輔「はは。面白い方ですね」
雄吾「(小声で)どうします?」
正輝「(小声で)放っておけ。邪魔はしないと思うし」
祐輔「あ、すみません。僕、レモンサワーで」
店主「はいよ」
伊造「……兄ちゃん。随分と高そうなスーツだな」
祐輔「ええ、まあ、ブランド品ですから」
伊造「へっ! ブランド品ねえ。そんなの着て、嬉しいか?」
祐輔「身嗜みは、その人を映す鏡です」
伊造「わかってない! 今時の若いもんは本当に、わかってない!」
祐輔「……」
伊造「仕事は中身だ! 身なりなんかで誤魔化したって、いずれはボロが出るもんさ! 一緒に仕事をして、信頼を深めていく。それがあるべき、仕事の在り方だ」
祐輔「僕はそうは思いません。この多様化する世の中で、関わる人はそれこそ大勢です。仕事をして信頼を深めていくようでは時間がかかり過ぎます」
伊造「かー! 頭でっかちが。若い頃にありがちな考え方だ。あんたらはどう思う?」
雄吾「え? あー、そうですね……」
正輝「企業は信頼でなりたってます。その信頼を一石二鳥で勝ち取れるとは思えませんね」
伊造「そうだろう、そうだろう」
祐輔「なるほど。価値観の違いですね」
店主「はいよ、レモンサワーだ。……えっと、会計は一緒でいいんだよな?」
祐輔「あ、いや、こちらの方は別で」
店主「わかったよ」
祐輔「ふふ。いいですね。そういうの良いと思います」
雄吾「(小さく独り言)何言ってんだ、こいつ」
伊造「大将。こっちにブリの照り焼きね」
祐輔「3人は串物(くしもの)で嫌いなものはありますか?」
伊造「ねえよ」
正輝「ないよ」
雄吾「俺も」
祐輔「すみません。こちらの席に串のアラカルトをお願いします」
伊造「兄ちゃんさ。わざわざ、こっちに聞かんで好きなの頼めばいいだろ」
祐輔「嫌いなものがあったら、不快に思われてしまいます」
伊造「別に嫌いなもんは食わないんだからいいだろ」
祐輔「それだと、せっかくの料理が残ってしまい、無駄になってしまいます」
伊造「いいんじゃねーの。残ってもさ。どうせ、金払ってんだしさ」
祐輔「そういう考え方は好きじゃありません。お金を払えば、客は何をしてもいいというわけではありません」
伊造「お客様は神様だろうが!」
祐輔「……どう思われます?」
雄吾「……」
正輝「大げさに考え過ぎだろ。残ったなら、誰かが食べればいい」
伊造「おう! その通りだ!」
祐輔「……そういう意味ではなく」
伊造「なんだ、文句あるのか?」
場面転換。
テーブルの上にはジョッキが何個も置かれている。
伊造はほぼ、泥酔状態。
伊造「だーかーら! その考え方がおかしいんだって!」
祐輔「あなたのような、柔軟性のない固い考えが日本の発展を阻止してきたことを、なんでわからないですか!?」
伊造「黙れ、ガキ! この日本はな、俺たちの世代が、血反吐はきながらも、必死でやってきたから豊になったんだ」
祐輔「違います。日本の発展は、あなたたちのような古い人間のせいで、止まってしまったんです」
その様子を見ている正輝と雄吾。
雄吾「(小声で)これ、どうします?」
正輝「(小声で)かなりヤバいな。2次会で巻き返そう」
雄吾「(小声で)そうですね」
祐輔「不愉快だ。帰らせていただきます」
伊造「おう、帰れ帰れ!」
祐輔「失礼します」
自分の伝票を持って会計へと歩いていく祐輔。
正輝「ほっ。これでまともに商談ができる」
雄吾「あの、すいません」
伊造「ん? なんだ?」
雄吾「例の件なんですけど……」
店のドアがガラガラと開く。
祐輔と入れ違いに亜由美が入ってくる。
店主「いらっしゃい」
亜由美「どうも。席空いてる?」
伊造「おっ! 亜由美ちゃん、こっちこっち!」
亜由美「あら、伊造ちゃん。来てたの?」
正輝「え?」
伊造「こっちの兄ちゃんたちに奢ってもらってたんだ」
亜由美「へー。知り合いなの?」
伊造「いや、さっき、会ったばっかりだ」
正輝「あの……失礼ですが、お名前を聞いていいですか?」
伊造「あん? 俺は田中伊造だけど?」
正輝・雄吾「……」
正輝は頭を抱え、雄吾は両手で顔を覆う。
伊造「どうしたんだ、兄ちゃんたち?」
終わり。