■概要
人数:2人
時間:10分
■ジャンル
ボイスドラマ、現代、シリアス
■キャスト
礼司(れいじ) 60歳
澄玲(すみれ) 60歳 礼司の妻
■台本
澄玲(60)がYシャツにアイロンをかけている。
澄玲「うん。ばっちり」
そこに礼司(60)がやってくる。
礼司はパジャマ姿。
礼司「おーい、俺のYシャツは?」
澄玲「今ちょうど、アイロンかけ終わったところよ。はい」
礼司「ありがとう」
礼司がパジャマを脱いでYシャツに袖を通す。
礼司「……うん。いいな」
澄玲「ふふ。いつもと同じよ?」
礼司「……澄玲」
澄玲「ん?」
礼司「……今までありがとう。ご苦労様」
澄玲「ふふ。どうしたの、急に?」
礼司「いや、こうやって毎朝、Yシャツにアイロンしてもらうのも今日が最後だと思うと、ちょっと、な」
パジャマから背広に着替えている。
澄玲「あら、センチにでもなっちゃった?」
礼司「違うって」
澄玲「それじゃ、私も。40年間、お疲れさまでした」
礼司「……いや、まだ、今日が残ってるから」
澄玲「あははは。そうね。ごめんなさい。フライングだったわね」
ネクタイを結ぶ礼司。
礼司「よし、じゃあ、最後の出勤に行ってくるかな」
澄玲「あ、あなた」
礼司「ん?」
澄玲「……ネクタイ曲がってる」
澄玲が礼司のネクタイを直している。
礼司「ふっ……(軽く笑う)」
澄玲「どうかした?」
礼司「いや、40年間、ずっとこうだったなぁ、って」
澄玲「あらあら。サバ読んじゃダメよ。学生の頃からだから、50年間、でしょ?」
礼司「おいおい。さすがの俺でも高校のときはちゃんとしてたぞ」
澄玲「ホントに?」
礼司「……まあ、ちょっとはお前に直してもらってたかもしれないけど」
澄玲「……そんなあなただからよ」
礼司「なにがだ?」
澄玲「そんなあなただから、放っておけなくて結婚したのよ」
礼司「……なんだよ。それだと、保護者として結婚したって聞こえるぞ」
澄玲「ふふ。ごめんなさい。ちゃんと愛してるわ」
礼司「ば、バカ。何言ってるんだよ」
澄玲「あら、あなたが言わせたんじゃない」
礼司「そんなことはない……ぞ」
澄玲「でもね。こうやって、毎朝、あなたのYシャツにアイロンをかけて、ネクタイを直す。これが、私にとっての生きがいで幸せだったのよ」
礼司「そっか。……なら、また探してもらわないとな」
澄玲「え?」
礼司「明日から、Yシャツのアイロンとネクタイを直すことはなくなるからな」
澄玲「……そう、ね。あ、長話してたら、もうこんな時間。あなた、急がないと」
礼司「お、そうだな。最後に遅刻なんて笑いものだ。じゃあ、行ってくる」
澄玲「いってらっしゃい」
場面転換。
ガチャリとドアが開いて、礼司が家に入ってくる。
礼司「ただいま」
澄玲「おかえりなさい」
礼司「お、今日は豪勢だな」
澄玲「久しぶりに気合入れて、頑張っちゃった」
礼司「そうか。ありがとう」
澄玲「あなた」
礼司「ん?」
澄玲「改めて、40年間、お疲れさまでした」
礼司「うん。ありがとう」
場面転換。
リビングでご飯を食べている2人。
礼司「ふう。美味しかったが、多かったな。腹がパンパンだ」
澄玲「ふう。そうね。ちょっと、気合入れすぎたかしらね。ラップして、明日食べようかしら」
礼司「そうだな。それでいいぞ」
澄玲「……あ」
礼司「どうした?」
澄玲「明日のあなたのお昼ご飯のこと忘れてた」
礼司「おいおい」
澄玲「で、でもまあ、これ食べればいいから、ね?」
礼司「……頼むぞ」
澄玲「はいはい」
礼司「……それにしてもなぁ」
澄玲「どうしたの?」
礼司「明日から、何しようかな」
澄玲「なにかやりたいことはないの?」
礼司「うーん。今まで仕事ばかりしてたから、思い当たらん」
澄玲「そういうのは前々から考えておくものよ」
礼司「そうなんだけど、ついつい、仕事にかまけてサボってたな」
澄玲「まあ、いいんじゃない? ゆっくり見つけていけば。時間はたくさんあるんだし」
礼司「そうだな」
場面転換。
澄玲がYシャツにアイロンをかけている。
澄玲「うん。ばっちり」
そこに礼司がやってくる。
礼司「……あれ? なにやってるんだ?」
澄玲「ああ、ちょうど、アイロンがけ終わったわよ……って、あ」
礼司「ふっ(笑って)。着るよ」
澄玲「え?」
礼司「別に私服でYシャツを着たらダメってわけじゃないだろ?」
澄玲「そうね。……ふふ」
礼司「どうした?」
澄玲「これからも、幸せが続くんだなーって、思って」
礼司「アイロンくらいで大げさだな」
澄玲「いいじゃない」
礼司「……これからはもっとたくさん、幸せを見つけさせるよ」
澄玲「え?」
礼司「……今まで、仕事ばっかりでお前のこと、あまり見れてなかったからさ。……だから、これからは」
澄玲「ふふ。ありがとう。楽しみにしてるわね」
礼司「ああ」
澄玲「じゃあ、あなたの幸せも一緒に探しましょ」
礼司「え?」
澄玲「仕事以外の生き甲斐。一緒に探していきましょ」
礼司「……そうだな。これからは2人一緒に、幸せを探していこう」
場面転換。
バタバタと着替えをしている礼司。
澄玲「あなたー、行くわよー」
礼司「ちょっと待ってくれ。Yシャツはどこだ?」
澄玲「壁にかかってるわよ。アイロンして」
礼司「……あ、あった!」
ガサガサと着替えている音。
澄玲「もう。いつもギリギリなんだから」
礼司「ごめんごめん、お待たせ」
礼司がやってくる。
礼司「よし、行くか」
澄玲「あ、あなた。ちょっと待って」
礼司「ん?」
澄玲「ネクタイ曲がってる」
澄玲がネクタイを直す。
澄玲「よし、これでオッケー」
礼司「ありがとう。じゃあ、行くか」
澄玲「うん」
澄玲と礼司が靴を履いて、家を出ていく。
終わり。