【オリジナルドラマシナリオ】ホロケウの雄叫び①
- 2020.06.21
- シナリオ本編
平原に吹雪が吹き荒れている。
銀世界の中で一頭のオオカミが雄々しく佇み、遠吠えをあげる。
弥生(N)「ホロケウ……エゾオオカミは一八九六年に函館で、毛皮が数枚出たのが最後の目撃情報であり、絶滅したとされている」
遠吠えが段々小さくなって消える。
タイトル「ホロケウの雄叫び」
弥生(N)「北海道、旭川市の外れ。山間を抜けた先にある神居古潭。そこはアイヌ民族の人たちが神の住む場所と呼んでいるところだ」
雪が積もる、森の中を高坂弥生(28)が歩いている。
辺りからはシジュウカラやクマゲラなどの鳴き声が響き渡っている。
ピタリと立ち止まる弥生。
弥生「……この足跡はキツネと鹿、かな?」
そこへ、椎名要(32)が現れる。
椎名「弥生ちゃん。調査に行くなら声掛けてくれればいいのに」
弥生「あ、椎名さん。ごめんなさい。早朝だったから、迷惑かと思って……」
椎名「何言ってるのさ。ゼミの仲間なんだから、研究を手伝うのは当然だって。弥生ちゃんは気を使いすぎだよ」
弥生「……その、ごめんなさい」
椎名「そうやって、すぐ謝るんだから。もっと、頼ってくれていいんだよ? ほら、山桐ゼミの生き残りは僕と弥生ちゃんだけなんだからさ」
弥生「ありがとうございます」
椎名「ま、でも、山桐ゼミも今年で閉鎖になるんだけどね」
弥生「……え? そうなんですか?」
椎名「あれ? 聞いてない? ……まあ、仕方ないよ。他のゼミ生は違う教授のところに移って二人しか残ってないし、そもそも山桐教授もいないし、ね……」
弥生「そうなんですか……」
椎名「でも、僕はいい機会だと思う」
弥生「え?」
椎名「だってさ、もう丸一年だよ? 教授がこの森でいなくなってからさ。捜索隊も出して、僕たちだってあんなに探したんだ。それで見つからないってことは……その」
弥生「……」
椎名「他人の僕が言うのは無責任かもしれない。だけど、先輩として言わせてもらうよ。もう、前を向いた方がいい」
弥生「……」
椎名「弥生ちゃんが山桐教授を慕っているのは知ってる。でもね。それでもちゃんと受け入れなきゃ。このままじゃ、弥生ちゃんの人生が駄目になる。そんなの、教授だって望んでないはずだよ」
弥生「……でも、私はこの研究……エゾオオカミが生き残っている可能性があるっていう研究だけは、何とか一区切りさせたいんです」
椎名「教授が随分とこだわってたもんね。でも、それだって……。いや、ごめん。弥生ちゃんがそうしたいって言うなら、手伝うよ」
弥生「ありがとうございます」
椎名「それじゃ、一旦、帰ろうっか」
弥生と椎名が雪の上を歩き出す。
弥生「教授がいなくなった日も、こんな日だったんですよね?」
椎名「……うん。確かにちょうどこのくらいの時間帯で、その年で一番の冷え込んだ日だった。天候が良くて吹雪じゃなかったし、冬だったから熊に襲われたなんてこともないし、当時は皆不思議がってたよ」
弥生「何か、悩み事とかあったんですかね?」
椎名「んー。だとしても、弥生ちゃんを置いて、失踪する人じゃないと思うけど」
弥生「……そう、ですよね」
椎名がスマホを操作し、動画を再生する。
すると、大きな音で、銃の乱射音や爆発音、多くの人間の声が再生される。
弥生「きゃあっ! なんですか? 今の?」
椎名「(動画を止めて)熊避けの動画。一時期、話題になったやつだよ。弥生ちゃん、知ってる?」
弥生「ああ、そういえばありましたね」
椎名「ホントに効果あるか、試してみたいって思って動画を落しておいたんだけど、その機会はなかったよ」
弥生「あ、私も同じこと考えて落しましたよ」
椎名「まあ、会わないのが一番いいけど。さてと、そろそろ帰ろうか?」
弥生「あ、ごめんなさい。もう少しだけいいですか?」
椎名「(笑って)本当に熱心だなぁ。でも、山の天気は変わりやすいから、無理しないようにね」
弥生「はい。わかりました。吹雪になりそうだったら、すぐに戻ります」
椎名が歩いていく。
弥生「そうだ。天気予報、ダウンロードしておこうかな」
スマホを操作する弥生。
弥生「よし、ダウンロード完了っと。……うん。あと三時間は晴れって出てる。これなら調査、続けられそうかな」
弥生が再び歩き始める。
弥生(N)「この神居古潭に来たのは、オオカミの研究をするためもあったけど、本当は教授を探すためでもあった。教授はちょうど一年前、エゾオオカミの研究の為に神居古潭に行き、そこで行方不明になった。警察は遺体が見つからなかったことや、失踪した日の天候は良かった為、失踪した可能性が高いということになったのだった」
犬が遠吠えをしている。
弥生「……犬。そうだよね。オオカミのわけないか。日も出てきたし、帰ろう……あっ」
弥生(N)「幻想的な世界だった。霧が急激に冷やされ、氷の結晶となって浮遊している。そこへ太陽の光が差し込み、色々な色に輝いている。まるで、虹の中にいるかのような、そんな不思議な光景が広がっていた」
弥生「……綺麗」
弥生(N)「氷霧。気温がマイナス三十度以下で、ある限られた条件のときに発生する現象。ダイヤモンドダストよりも珍しいと聞いたことがある」
弥生「そういえば、椎名さん、言ってたな。今年一番の冷え込みになりそうだって」
オオカミの遠吠えが微かに聞こえる。
弥生「また犬? ……ううん、違う!」
弥生が歩き出す。
弥生(N)「鳴き声に導かれるかのように進んでいくと山の斜面に、くり抜かれたような小さな洞窟があった」
弥生「この中から聞こえる……?」
弥生が洞窟に入っていく。
弥生(N)「洞窟内は大人だと屈んで進まないといけないほど狭かった。奥の方も入り口の光が届かないほど深い。私はスマホの電灯機能を使い、そのまま進んでいく」
歩き続ける弥生。
キーンという耳鳴りのような音。
弥生「きゃっ! ……なに?」
弥生(N)「不意に、耳鳴りと眩暈に襲われる。思わず洞窟の壁に手をつく。でも、数秒すると治まった」
再び、歩き始める弥生。
弥生「……まだ続いてる」
今度は先ほどよりも大きな、遠吠えが洞窟内に響く。
弥生(N)「洞窟を進んでいくと、前から外の明りが見える。どうやらトンネルになっているようだった」
弥生が洞窟の出口まで足早に進む。
弥生「え? どうなってる……の?」
弥生(N)「一目で、明らかにおかしいことに気づいた。積もっていた雪は消えていて、褐色の土と枯れた木々が広がっている。頭に浮かんだイメージは荒野だった」
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