【オリジナルドラマシナリオ】ホロケウの雄叫び⑤
- 2020.06.21
- シナリオ本編
村。村人たちが移住の準備をしている。
弥生(N)「村の人たちが移住の準備のため、荷車に物を乗せている。私も手伝っているとアシリとチュプが後をずっとついてくる。まるで鳥の刷り込みみたいで可愛い」
クテキラ「ありがとう。弥生のおかげ」
弥生「部外者なのに、勝手なこと言って、ごめんなさい」
クテキラ「部外者、違う。弥生は仲間」
弥生「……ありがとう」
耕介「しかし、弥生くんも立派になったな」
弥生「え? どうしたんですか、急に」
耕介「大勢の人の前で、自分の主張を言えるようになったんだな。正直、驚いたよ。ゼミでは発表ですら緊張して言い淀んでいたのに」
弥生「ちょっと、教授。止めてくださいよ。恥ずかしいです」
耕介「弥生くん。移住は決まったが、これからはもっと辛いことが待ち受けてるかもしれないんだからな」
弥生「……はい」
耕介「問題は熊だな。移動中に襲われたら、ひとたまりもない」
弥生「熊を避けるルートにできないんですか?」
耕介「この村は岩山に囲まれているんだ。新たな土地へ行くには、あの洞窟の近くにある峠を越えないとならない」
クテキラ「峠は道が細い。熊もいる」
耕介「……熊はあの辺りに住み着いているからな。熊との接触は避けられないかもしれない」
弥生「(生唾を飲み込む)……」
耕介「ラメトクは命に別状はなかったが、とても戦える状態じゃない。オマも、戦闘が得意というわけじゃないしな」
クテキラ「大丈夫。みんなで力を合わせれば」
耕介「うむ。そうだな。クテキラも、随分と逞しくなった」
弥生「……」
クテキラ「弥生くん? どうした?」
弥生「……やっぱり、少し怖いなって思って」
クテキラ「弥生のことは、僕が守る」
弥生「うん。ありがとう」
弥生(N)「移住の準備は一日で終わらせた。そして、出発は早朝にすることにしたのだった」
村人たちが峠を歩く。
その中には弥生たちも混じっている。
弥生「数日しかいなかったけど、少し、寂しいって感じるね」
耕介「村の者たちなら、尚更だろうな。だが、それでもそれを捨てる決心をしてくれた」
弥生「うん。村の人たちって、強いね」
クテキラ「弥生や耕介のおかげ」
耕介「そんなことはないさ。……それより、熊の方はどうだ?」
クテキラ「今のところ、近くにはいない」
耕介「このまま、何事もなくいけばいいんだがな……」
弥生(N)「今は山道を進んでいる。山道と言うより崖に近く、大人二人が並んで歩くくらいの幅しかない。ここで熊に襲われれば、餌食になるか、斜面を落ちるしかなくなる。どちらにしても、死は免れない」
砂利道を歩く弥生たち。
クテキラ「弥生。約束する」
弥生「……え? 何がですか?」
クテキラ「……もし、良い場所が見つかって、村のみんなが落ち着いたら……帰るのを手伝う」
弥生「……クテキラさん」
クテキラ「絶対に、戻ってきて、弥生を元の世界に帰す」
弥生「ありがとう」
耕介「もちろん、私も手伝おう」
弥生「……」
耕介「弥生くん? どうした?」
弥生「いえ。私と教授の共通点はなにかと思いまして」
耕介「……共通点?」
弥生「この世界にくる為のきっかけです。元の世界とこの世界が繋がるための条件といいますか……」
耕介「なるほどな。確かに、それが分かれば帰れるかもしれない」
弥生「私と教授がこっちに来たのはちょうど一年くらいです。もしかしたら、時期的なものでしょうか?」
耕介「冬がキーとなっているということか。弥生くん。こっちに来たときのこと、詳しく思い出せるか?」
弥生「……確か、オオカミの遠吠えが聞こえて……氷霧が見えて」
耕介「……氷霧? まさか」
弥生「教授? どうしたんですか?」
耕介「私も見たんだ。こちらに来る前に」
弥生「じゃあ、氷霧の現象が世界を繋げる条件だったってことですか?」
耕介「こちら側から見つけられなかったわけだ。だが、そうだとしたら絶望的だな」
クテキラ「どうして?」
耕介「こちら側から、あちらの天気がわからないからだ。いつ、氷霧が出るか、わからないからな」
弥生「……わかるかも」
耕介「どういうことだ?」
弥生「私、椎名さんから、一週間の天気、送ってもらってたんです!」
弥生が携帯を操作する。
弥生(N)「私は携帯を起動させ、ネットの画面を開く。もちろん、ネットは使えないけど、読みこんだ画面は見られるはず。……そして、私の予想通りだった」
耕介「弥生くん。この予報通りなら、今、まさに氷霧が出る条件に当てはまる。逆に言うと、これがラストチャンスだ」
弥生「……ラストチャンス」
耕介「ここを逃せば、ここは熊のテリトリーになる」
クテキラ「弥生!」
弥生「え?」
すぐ近くで、熊の唸り声がする。
弥生(N)「振り向くと、そこに熊が唸り声をあげながら、こっちを見ていた」
耕介「弥生! 目を逸らすんじゃない!」
弥生「う、うう……」
クテキラ「大丈夫。そのままゆっくり下がる」
そこへラメトクが走って来る。
クテキラ「ラメトク!」
弥生(N)「ラメトクが走ってきて、熊に向かっていく。傷ついた体でも、ラメトクは熊と攻防を繰り広げている」
クテキラ「熊はラメトクが引き付けてくれてる。今のうちに洞窟に行く」
弥生「でも……」
ラメトクの悲鳴のような鳴き声が響く。
耕介「ダメだ。やはり、この前の傷で動きが鈍い」
クテキラ「……ラメトク」
耕介「二人とも、逃げろ!」
弥生(N)「熊の爪に腹を引き裂かれたラメトクは、ぐったりしたまま動かない。そして、熊は次に私の方を見て、腕を振り上げた」
クテキラ「弥生! 危ない!」
弥生(N)「クテキラさんが私を押す。そのおかげで、私は熊の爪に当たらなくて済んだ。だけど、その代わり、クテキラさんの背中に熊の爪が当たった」
クテキラ「うっ!」
弥生「クテキラさん!」
クテキラ「……大丈夫。かすっただけ」
弥生(N)「熊は私を睨みつけるようにして、見ている。……何とかしないと。このままじゃクテキラさんが狙われる」
弥生「こっちよ!」
弥生(N)「私の声に反応して、熊がこっちを向く。そして、私は熊に背を向け、全力で走る。熊は本能的に、私を追いかけてくる」
クテキラ「弥生!」
耕介「弥生くん!」
走る弥生に、ついてくる熊。
弥生「はっ、はっ、はっ!」
弥生(N)「熊は上り坂では早いけど、下りではうまく走れない。そのおかげで、なんとか追い付かれずに済んでいる。でも、熊はずっと私の後を追いかけてくる」
弥生が立ち止まる。
弥生「……行き止まり」
すぐ近くで熊の唸り声がする。
弥生(N)「振り向くと、目の前に熊が迫ってきていた。私の前で立ち止まった」
弥生「あっ……。ああ……」
弥生(N)「熊が立ち上がり、腕を振り上げる。私を引き裂く為に、鋭い爪を出している」
熊が咆哮する。
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