【オリジナルドラマシナリオ】鬼の住む島③
- 2020.10.11
- シナリオ本編
○ シーン 20
森の中。
温羅が桃を見ている。
そこに一族の男がやってくる。
新羅「また桃を見ているんですか?」
温羅「ああ」
桃からドクン、ドクンと鼓動が聞こえる。
新羅「随分と大きくなりましたね。ここまで巨大なのは始めて見ます」
温羅「新羅は桃の伝説を知っているか?」
新羅「ああ、桃から子供が生まれるってやつですよね。馬鹿馬鹿しい話です」
温羅「(微笑んで)そうでもないみたいだぞ」
新羅「え?」
温羅「さ、戻ろう。みんな待ってる」
新羅「ようやく決心していただいて、嬉しいです。……正直、あの村には長く居すぎました。我々には早く一族を復興するという役目がありますからね」
温羅「そうだな……」
そこに空羅が走ってくる。
空羅「長―!」
新羅「なんです、空羅? 騒々しい」
空羅「(立ち止まって)うっせーぞ新羅。……それより大変だ。円が来て……」
温羅「……円が?」
〇 シーン 21
温羅の屋敷。
円を温羅一族が囲んでいる。
空羅「阿曽ちゃんが処刑って、どういうことだよ!」
円「宿禰を殺そうとしたんだ」
温羅「まさか。……ありえない」
円「俺も信じられん。だけど、処刑されることは本当だ」
新羅「長。まさか、助けに行こうなどと思っていないでしょうね?」
空羅「見捨てろっていうのかよ、新羅!」
新羅「ではどうしろというのです? 敵の本陣に突撃しろとでも言うんですか?」
空羅「うっ! そ、そりゃ……」
新羅「長。確かに鋼の武器を使えば、助けることも可能だとは思います。ですが、我々も多くの犠牲が出るはずです」
温羅「……」
新羅「これ以上、一族の人数が減れば復興は難しくなります。女性一人の為に、一族を犠牲にするのですか?」
空羅「新羅! テメェ、長の気持ち知ってるくせによくもそんなことを!」
新羅「どうか、一族の長としてのご判断を」
円「頼む。温羅さん。もう、あんたにしか頼れない」
温羅「阿曽の処刑はいつだ?」
新羅「長!」
円「夜明けと同時だ」
温羅「(深呼吸をして)……日が登ったら百済に向けて出発する。皆。準備をしておけ」
円「なっ!」
空羅「お、おい! 阿曽ちゃんはどうするんだよ? 見殺しにするのか?」
温羅「黙れ、空羅! 阿曽の為に一族を犠牲にするわけにはいかない」
円「……そ、そんな」
新羅「長。よく、決断してくれました」
温羅「皆。今日は早く、しっかり寝ておけよ。長旅になるからな」
〇 シーン 22
夜。
一族が寝息をたてて寝ている。
その中で温羅が起き上がり、歩き出す。
扉を開ける。
温羅「……皆。すまない」
外に出ると円が待っている。
円「ありがとう。でも、本当に良いのかい?」
温羅「一人くらい減っても一族に、問題はない。……さっ、案内してくれ」
円「時間がかかるが、山側から行こう」
温羅と円が走っていく。
〇 シーン 23
宿禰の屋敷の前。
大勢の兵士が配備されている。
温羅「……凄い数だな」
円「こっちの裏口から中に入れる」
円が走り出し、温羅がその後を着ける。
円が立ち止まる。
円「ここが隠し扉だ」
ギギギとドアが開く。
円「さ、早く」
円が隠し通路を走る。温羅が続く。
円「どうして俺がこんな道を知ってるか、気になるだろう?」
温羅「……」
円「……俺は宿禰の側近なんだ。宿禰に鋼の情報を教えたのも俺だ」
温羅「……そうか」
円がピタリと立ち止まる。
円「俺は! お前が大嫌いなんだ!」
温羅「……円」
円「前村長が死んだ時、村長の娘である阿曽と結ばれ、俺が村長になるはずだった」
温羅「……」
円「そんな時だった。お前ら一族が村にやってきて……。村のみんなは俺よりもお前の方を信頼し始めた。……そして、阿曽も」
温羅「……」
円「本当は阿曽さえいれば良かったんだ。別に村長なんかにならなくたって……。だから鋼の情報を教えた。そうすればお前らは宿禰に捕まり、阿曽は戻ってくるはずだった。だけど……俺の思惑は失敗して、阿曽は宿禰の元に行ってしまった……」
温羅「……円」
円「俺は宿禰の懐に入り込み、あいつを暗殺しようとした……けど、あいつには隙はなかった……。だから、あいつを……阿曽を逃がそうと思った。自由にしてやりたかった。……なのに、今、阿曽は殺されそうになってる。……頼む。阿曽を助けてくれ」
温羅「ああ」
円「(涙を拭って)……行こう」
再び、二人は走り出す。
円「(立ち止まって)ここだ。この扉の向こうに阿曽がいる」
ギィと音を立てて扉が開く。
部屋に入る、円と温羅。
宿禰「ご苦労だったな。円」
円「なっ! どうして、あんたがここに?」
宿禰「おいおい。お前が温羅をおびき寄せる。それを私が捕まえる。手はず通りだろ」
円「裏門に兵を集めてるはずだ!」
宿禰「(鼻で笑って)私が本気でお前ごときを信用してると思ったのか? 使いやすいから傍に置いてやったんだ。ふふ。最後まで、本当に私の思い通りに動いてくれたな」
円「……(愕然として)ちくしょう」
温羅「阿曽は無事なんだろうな?」
宿禰「あっはっはっは! 残念だったな。せっかく命懸けで助けに来たのに……この通り、阿曽は醜い顔になってるぞ」
宿禰が阿曽の髪を掴んで引き寄せる。
阿曽「温羅様! 逃げてください!」
宿禰「くっくっく。せっかくの再会だ。顔を隠すなよ。阿曽。顔を見せれば逃げてくれるかもしれんぞ」
阿曽「い、いやっ!」
宿禰が顔を被っていた阿曽の手を掴んで引きはがす。
阿曽「……温羅様。見ないでください」
温羅「(ホッとして)良かった。無事で」
阿曽「え?」
温羅「阿曽は連れて帰る。渡してもらおう」
宿禰「……正気か? こんな醜い女を助けて何の意味があるのだ?」
温羅「大切な人を守りたい。それ以上の理由があるのか?」
宿禰「美しいものを手に入れたい。その気持ちはわかる。が、阿曽はもう変わってしまった。この女は無価値だ」
温羅「阿曽は何も変わっていない。何一つ」
阿曽「……温羅様」
宿禰「どうやら価値観が違うらしいな。まあ良い。……いや、逆に良かったよ。これで鋼の情報が聞きやすくなった」
温羅「……」
宿禰「お前は自分の痛みには強いみたいだが、他人の痛みにはどうかな? 目の前で阿曽が拷問にかけられているのを見ても、我慢していられるかな?」
温羅「……貴様」
その時、円が宿禰に駆け寄り、宿禰の腕に向かって剣を振り下ろす。
円「うおおおお」
宿禰「おっと……」
宿禰が阿曽から手を離す。
円「阿曽! 走れ!」
阿曽「(温羅に走り寄る)温羅様」
温羅「阿曽」
円「行け! ここは俺が引き止める」
阿曽「でも……」
円「……俺に償いをさせてくれ」
温羅「円……」
円「阿曽を……頼む」
温羅「わかった。……阿曽。行こう」
阿曽「え?」
温羅が阿曽の手を引いて、部屋を出る。
狭い通路を走る、温羅と阿曽。
ピタリと阿曽が立ち止まる。
温羅「どうした、阿曽」
阿曽「温羅様、先に行ってください」
温羅「……誰か助けたい人がいるのか?」
阿曽「……」
温羅「行こう。阿曽にとって大切な人は、俺にとっても大切だ」
阿曽「……温羅様」
〇 シーン 24
宿禰と円が斬り結んでいる。
宿禰「残念だ。お前は本当によく働き、使いやすかったのだがな」
円「俺は嬉しいよ。あんたを……殺せてな!」
円がブンと剣を振り下ろす。
そして、ザシュという斬った音。
円「ぐっ……あ(倒れる)」
宿禰「まあ、お前の代わりなど他にもたくさんいるがな」
宿禰が歩き出し、部屋を出ていく。
円「……阿……曽」
円の意識が無くなる。
〇 シーン 25
おばあさんが入れられている部屋。
温羅と阿曽が入ってくる。
阿曽「おばあさん!」
おばあさん「阿曽様!」
阿曽「逃げましょう」
おばあさん「私は足手まといになります。阿曽様だけでお逃げください」
阿曽「あなたを置いてはいけません」
おばあさん「どうしてこんな老ぼれのことを」
阿曽「私、子供の頃に捨てられて親の顔を知りません。私を拾ってくれたお父様も死んで……私、寂しかったんです。でも今は寂しくありません。あなたがいるからです。勝手ですけど……お母さんのように思っています」
おばあさん「(涙ぐんで)……阿曽様」
温羅「急ごう」
三人が通路を走る。
温羅「裏門は兵が多い。正面門から出よう」
三人が通路を走り、正面門にたどり着く。
そこには、大勢の兵が待ち構えている。
温羅「なっ!」
兵「驚いたかい? どうしてこっちに、これだけの兵がいるか」
温羅「……」
阿曽「(不安そうに)……温羅様」
兵「円とお前が侵入してから、すぐに裏門の兵をこっちに戻したわけさ。さすが宿禰様。頭がきれる」
温羅「……くっ」
兵「諦めな」
その時、正面の門が大きな音を立てて、崩れる。
兵「なっ、なんだ!」
空羅「長! 無事か?」
新羅「長。あなたって人は……」
温羅一族の男2「まったく。水臭ぇぞ、長!」
温羅「みんな……どうして?」
新羅「一人くらい減っても一族には問題はないですって? 王がいなくなっては大問題ですよ」
空羅「長、ここは俺たちが引き受けた。行ってくれ」
温羅「しかし……」
兵士たちと温羅一族が戦い始める。
兵「くそっ! 増援を呼べ」
空羅「阿曽ちゃんを助ける為に来たんだろ。ここに残ってたら危険だ。……なーに、ちょっと足止めしたらすぐ逃げるさ」
新羅「山に向かってください。古い小屋がありましたよね。桔梗がたくさん咲いていた山奥の小屋。あそこで落ち合いましょう」
温羅「……すまん」
阿曽「皆さん……ありがとうございます」
温羅、阿曽、おばあさんが走っていく。
新羅「相手の武器と足を狙ってください。いいですか! 誰一人、死ぬことと鬼に堕ちることは許しませんからね」
兵士たちと温羅一族との戦いの音が遠くなっていく。
〇 シーン 26
宿禰の屋敷。
宿禰「馬と弓を用意しろ。すぐに阿曽たちを追う」
兵士2「門番の兵士たちから増援の申し出がありますが……」
宿禰「……数人、私に着いてこい。それ以外は門の方へ向かえ」
兵士2「はっ!」
宿禰「いいか? 奴らを絶対に逃すな。一人たりともだ」
兵士2「見せしめの為ですね」
宿禰「それもあるが、武器だ。奴らは今、鋼の武器を使っている。それを奪い取れ」
兵士2「分かりました」
兵士2が走り去っていく。
宿禰「くっくっく。この村は本当に私を楽しませてくれる」
〇 シーン 27
山道。近くで川が流れる音がしている。
温羅、阿曽、おばあさんが走っている。
おばあさんが転ぶ。
阿曽「おばあさん!」
おばあさん「阿曽様……。私を置いて逃げてください。もう走れません」
温羅「少し休もう」
おばあさん「いや、しかし……」
温羅「大丈夫。随分と山奥に入ってる。ここまでは追ってこないさ」
阿曽「私、川で水を汲んできます」
阿曽が走っていく。
おばあさん「着いていってあげてください」
温羅「え?」
おばあさん「……阿曽様は毒のせいで顔が変わってしまいました。……でも、あなたは阿曽様を見て、何も変わってないとおっしゃってくれました」
温羅「……」
おばあさん「阿曽様を宜しくお願いします」
温羅「……はい」
温羅が歩き出す。
○ シーン 28
川辺。
水に写る自分の顔をジッと見ている阿曽。
そこに温羅がやってくる。
温羅「……どうしたんだ? 川を見つめて」
阿曽「私、本当は死にたかったんです」
温羅「え?」
阿曽「この顔。宿禰様が殺そうって思うのも、分かる気がします」
温羅「……」
阿曽「……って、助けてもらったのに何言ってるんでしょうね」
温羅「……阿曽」
阿曽「(ポロポロと涙をこぼして)私は! 温羅様に見られたくなかったです。せめて思い出の中の私は、こんな醜い顔じゃなくて……あの時の私のままでいたかった」
温羅「離れてみて、初めて気づいたんだ」
阿曽「え?」
温羅「阿曽。愛してる」
阿曽「温羅……様」
温羅「自分の命よりも、一族を復興することよりも……阿曽。君の方が大切だって」
阿曽「(泣き出して)温羅様!」
温羅「ずっと……一緒にいて欲しい」
阿曽「はい……」
少しの間。
遠くから兵士の声が聞こえる。
兵士の声「通った足跡がある。こっちだ!」
阿曽「(ハッとして)おばあさん」
温羅「戻ろう」
歩き出す、温羅と阿曽。
〇 シーン 29
木の影に隠れているおばあさん。
どこからか、足音が複数聞こえてくる。
おばあさん「(ガタガタと震えて)……阿曽様、無事かしら?」
ザッという足音。
兵士6「いたぞ! ばあさんの方だ」
おばあさん「ひぃ!」
兵士7「一人だけか?(近づいてきて)」
兵士6「おい! 一緒にいた二人はどこだ?」
おばあさん「(ガタガタと震えて)……」
兵士6「ちっ! 殺っちまおう。どうせ近くにいる。探した方が早いぜ」
兵士7「そうだな」
おばあさん「……阿曽様」
兵士6「ぐあっ!(倒れる)」
兵士7「え? ぎゃあ(倒れる)」
おばあさん「……え?」
猿鬼「ばっちゃん! 大丈夫か?」
おばあさん「猿鬼! 生きてたのかい!」
猿鬼「円の奴に助けられた。それより阿曽姉は? 無事か?」
おばあさん「川の方に……」
猿鬼「行こう、ばっちゃん。俺から離れるなよ」
猿鬼とおばあさんが走り出す。
〇 シーン 30
山道を走る温羅と阿曽。
すぐ近くの木に矢が刺さる。
阿曽「きゃっ!」
温羅「阿曽、大丈夫か」
阿曽「はい。……それよりもおばあさんが」
温羅「何とか回り道をして戻ろう」
その時、宿禰の声が響きわたる。
宿禰の声「取り囲め。生け捕りにしろ」
温羅「この声……宿禰か!」
ヒューという矢が迫る音。
すぐ近くの木に矢が刺さる。
兵士8の声「見つけました。宿禰様、こっちです」
宿禰「剣の間合いに入るなよ。弓で追い詰めろ」
温羅「くそっ!」
矢が温羅の足に刺さる。
温羅「ぐあっ!(倒れる)」
阿曽「温羅様!」
宿禰「くっくっく。足を射抜かれては、もう走れまい。……やれ!」
矢が温羅の左腕に刺さる。
温羅「うぐぁ!」
宿禰「左腕……。次は右腕にしようか」
矢が温羅の右腕に刺さる。
温羅「くっ!」
宿禰「これで剣も握れまい。どうだ? この状態からでも鋼の力で切り抜けられるのか?」
温羅「……鋼は人を幸せにするための技術だ」
宿禰「ほう。まだ闘う気か。いいだろう。神の眷属をも屠るその力。見せてもらおう」
阿曽「温羅様。私が囮になります。その隙に逃げてください」
温羅「……大丈夫だ。阿曽。君のことは必ず守る。例え……鬼に堕ちても!」
阿曽「え?」
温羅「おおおお!」
温羅が兵士8の方へ走る。
兵士8「え? (斬られる)ぎゃあ!」
温羅「……くっ、身体が熱い。……ぐぅ」
兵士9「す、宿禰様。あいつ、角が生えて」
宿禰「なるほど。鋼だけの力では無く、貴様自身も化物の類だったか」
阿曽「……温羅様」
完全に鬼となる温羅。
温羅「がああああああ!」
宿禰の元へと走る。
兵士9「宿禰様。下がってください……ぐあ」
宿禰を庇った兵士9が倒れる。
宿禰「ほう。素晴らしい動きだ。これが鋼の力というわけか」
温羅「ぐおおおおお!」
宿禰と温羅が斬り結ぶ。
宿禰「確かに速さと力は並外れだ。……が、動きが獣だな。そんなことでは私は斬れん」
温羅「ぐがあああ」
宿禰「死ね!」
宿禰が温羅の首をはねようとする。
が、温羅の皮膚は鋼の様に固い。
ガチンという鈍い金属音。
宿禰「なっ! 剣が弾かれるだと……」
温羅「がああああ!」
温羅が宿禰をバッサリと斬る。
宿禰「ぐあっ……。くっ!(間合いをとる)」
温羅「(低い唸り声)」
宿禰「ふん。少し油断した……がふっ(血を吐く)」
ボタボタと血が落ちる。
宿禰「馬鹿な。私が……死ぬ……だと?」
温羅「……」
宿禰「ふざけるなっ! 私がこんなところで死ぬはずは無い。私は大和の王になる……」
ザシュっと温羅が宿禰の首をはねる。
温羅「(雄叫び)おおおおおおおお!」
阿曽「……温羅様」
猿鬼とおばあさんがやってくる。
猿鬼「なんだ! 今の声は?」
おばあさん「ひぃ! ば、化物」
猿鬼「あっ!」
阿曽を見つける猿鬼。
猿鬼「阿曽姉っ!」
阿曽「……猿鬼!」
猿鬼「良かった。阿曽姉、無事……」
温羅「おおおお!」
温羅が阿曽の方に走る。
阿曽「え?」
猿鬼「なっ! 阿曽姉!」
猿鬼が走る。
温羅「があああああ!(剣を振り上げる)」
猿鬼が温羅の剣を受ける。
猿鬼「おい! お前! 何で阿曽姉を狙う?」
阿曽「温羅様、お止めください!」
猿鬼「こいつが温羅? ……阿曽姉。とにかく逃げろ。ここは俺が食い止める」
温羅と猿鬼が斬り結ぶ。
温羅「ぐおおおお!」
猿鬼「な、何て力だ……」
猿鬼の剣が弾かれる。
猿鬼「しまった! 剣が!」
温羅「おおおお!」
猿鬼が温羅に殴られて、吹っ飛ぶ。
猿鬼「うわっ!」
おばあさん「猿鬼!」
温羅「(低い唸り声)」
阿曽の方へ歩き出す温羅。
すぐに起き上がり、温羅の方へ走る猿鬼。
猿鬼「阿曽姉に手を出すなぁあああ!」
温羅に斬られる猿鬼。
猿鬼「ぐあっ!(倒れる)」
阿曽「猿鬼!」
温羅「(低い唸り声)」
再び阿曽の方へ歩く温羅。
猿鬼「逃げろ! 阿曽姉っ! ……がはっ(血を吐く)。く、くそぉ……(立とうとする)」
阿曽「猿鬼。ありがとう。もういいの」
猿鬼「え? な、なに言ってるんだよ……」
温羅「(低い唸り声)」
阿曽の前で立ち止まる温羅。
猿鬼「逃げてくれ、阿曽姉!」
阿曽「……温羅様」
温羅が剣を振り上げる。
猿鬼「止めろーーー!」
抵抗せず、温羅の剣を受け止める阿曽。
阿曽「(血を吐いて)……温羅……様」
猿鬼「阿曽姉ぇぇぇ!」
阿曽「……お願いです」
温羅「(低い唸り声)」
阿曽「鬼に……堕ちないでください」
温羅「……」
阿曽「優しい温羅様に……戻ってください」
温羅「う……阿……曽?」
阿曽「(ニッコリと微笑んで)良かった。いつもの優しい……温羅様の顔」
温羅「え? (ハッとして)お、俺は……一体、何を……?」
阿曽「温羅様が戻ってくれた。こんな私でも……役に立てて嬉しいです(血を吐く)」
温羅「阿曽! しっかりしろ!」
阿曽「私、温羅様に出会えて……幸せでした」
温羅「駄目だ、阿曽。……ずっと一緒って言ったじゃないか。死なないでくれ……」
阿曽「……愛して……おります。温羅……さ……ま(微笑んだまま目を閉じる)」
温羅「阿曽? 阿曽! (すがるように)頼む、目を開けてくれ……」
おばあさん「(呆然として)……阿曽様」
温羅「くそっ、俺は何をやっているんだ。俺は……阿曽を守る為に……」
猿鬼「(脱力して)……また、俺は守れなかった。守るって約束したのに……。畜生……」
温羅「うああああああ!」
猿鬼が立ち上がり、温羅に剣を向ける。
猿鬼「……阿曽姉を離せ」
温羅「……」
猿鬼「お前が阿曽姉に触れるな」
おばあさん「猿鬼、お止め」
温羅「……そうだな」
温羅が阿曽を離す。
温羅「(おばあさんに)阿曽のこと頼みます」
おばあさん「あんたは……どうするんだい?」
温羅「皆のところに戻らないと」
温羅が歩き出す。
猿鬼「俺はあんたを許さねえ。絶対に」
温羅「俺を殺しに来い。力を付けて……。いつか。必ず」
温羅が歩き去っていく。
〇 シーン13
宿禰の屋敷。門の前。
温羅がやってくる。
温羅「……みんな。どこだ?」
温羅が歩き回る。
温羅「兵士の死体ばかりだ……。みんなは?」
その時、遠くから雄叫びと悲鳴が聞こえてくる。
温羅「あっちは……村の方だ。……まさか!」
温羅が走っていく。
〇 シーン 31
村。
温羅一族が鬼になり、村人を襲っている。
新羅「ぐおおおお!」
村人1「きゃーーー! 助けて」
空羅「があああああ!」
温羅が走ってくる。
温羅「……みんな」
温羅一族の男2「ぐがあああああ」
村人2「た、助け……(斬られる)ぎゃあ!」
温羅「……止めろ。村の人たちは。俺たちに良くしてくれたじゃないか……。そんなことも忘れたのか……」
鬼たちが暴れ回り、悲鳴が絶えない。
温羅「止めろおおおおおおおお!」
鬼たちの動きがピタリと止まる。
新羅「お……さ?」
空羅「……長」
温羅「すまない。新羅。空羅……みんなを斬って、俺も後を追うよ」
空羅「長……鬼……堕ちた?」
温羅「(ハッとして)……そうか。俺も鬼だったな。……くそ! 俺は皆を止めることも出来ないのか……」
新羅「おおおおお!」
再び、鬼たちが暴れだす。
温羅「止めろ!」
ピタリと鬼たちが止まる。
温羅「……戻ろう。あの島に」
鬼たちが静かに歩き出す。
村人1「あ……」
温羅「村人よ。俺たちは、また戻ってくる。全てを奪いに」
村人1「い、いや……」
温羅「俺たちを憎め。そして、いつの日か、俺たちを殺しに来い」
温羅たちが歩き去っていく。
〇 シーン 32
川の前。
温羅が大きな桃を持って立っている。
桃から心臓の鼓動が聞こえる。
温羅「……お前が最後の希望だ。お前が温羅一族の血を継ぐ唯一の子供」
桃からの鼓動が力強く響く。
温羅「……阿曽。すまない。俺たちの子供をこんなことに巻き込んでしまって……」
桃が応えるように鼓動を響かせる。
その時、キジの黄が羽ばたいてくる。
温羅「……黄。無事だったか」
黄「(鳴く)」
温羅「黄。頼みがある。この子が大きくなって、戦える時が来たら、この草薙の剣を渡してくれないか?」
黄「(鳴く)」
黄が剣を掴んで飛び去っていく。
温羅「……頼んだぞ」
後ろでガサっという音。
温羅「……賢狼の子供……いるんだろ?」
狼「……お前。母上を殺した奴か?」
温羅「憎いか?」
狼「……」
温羅「お前に殺されてやりたい。だけど、お前にはまだ、俺は殺せない」
狼「(低い唸り声)」
温羅「だから、待ってくれないか?」
狼「待つ?」
温羅「この子が大きくなるまで」
狼「何だ? その実は?」
温羅「桃……。最後の希望だ」
狼「……確かに今の俺じゃ、お前を殺せない。けど、いつか絶対に殺しに行く」
温羅「……ああ」
狼が森に帰っていく。
静かに川が流れる音。
温羅「父親の俺は駄目だったけど、お前なら出来ると信じてるよ。お前ならきっと大切な人を守りきれる」
温羅が桃を川に流す。
温羅「……元気で」
ゆっくりと桃が流れていく。
ナレーション「これより十数年後。村に一人の少年が現れる。名を吉備津彦命(きびつひこのみこと)といった。少年は鬼が住むという島に行き、鬼を退治する。犬、猿、キジをお供にして……。村を救った吉備津彦命(きびつひこのみこと)は、桃から生まれたという言い伝えから、後に桃太郎と呼ばれることとなる」
終わり
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