【オリジナルドラマシナリオ】鬼の住む島②

○  シーン 9
  拷問室。
  木の棒が、温羅の身体を打つ。

温羅「ぐ、うう……」
宿禰「温羅。そろそろ吐いてもいいだろう?」
温羅「……」
宿禰「(ため息)分からんな。どうして、そこまで頑なに拒む?」
温羅「……」
宿禰「製鋼の製法を教えてくれるだけでいいのだ。たったそれだけで村は安泰になるし、お前も解放されるんだぞ」
温羅「あれは一族の宝だ。お前みたいな野心に囚われた人間に教えるわけにはいかない」
宿禰「……まったく強情な奴だ。……やれ」
兵士「はっ!」

  兵士が、温羅の身体を打つ。
  温羅の嗚咽が響く。

〇 シーン 10
  宿禰の部屋。
  宿禰と円が向かい合って座っている。

宿禰「なかなか口を割らんな」
円「……人の良い男だと思ったのですが」
宿禰「近く、大きな戦がある。手柄を立てる為、何とか間に合わせたかったのだがな」
円「……」
宿禰「仕方ない。食料だけ貰っていくか。あの量なら暫くは困ることはないからな」
円「なっ! 待ってください。村に蓄えがあると言っても、お渡しするほどの余裕はありません」
宿禰「はっはっは! これはおかしな事を言う。死人らに食べ物が必要と言うか」
円「村人には一切、手を出さない約束です!」
宿禰「おいおい。私を悪人のように言うなよ。約束を破ったのはお前の方だろう?」
円「宿禰様の言う通りに賢狼の子供を殺し……」
宿禰「私は鋼が欲しいと言ったのだ」
円「……いや、しかし」
宿禰「製鉄所は残しておいてやろう。精製法は聞けなかったが、まあ、独自に研究すれば良い」

  その時、部屋に兵士が入ってくる。

兵士「宿禰様。阿曽と名乗る女が話をしたいと来ております」
宿禰「……阿曽? ああ、あの娘か。連れて来い」
兵士「はっ!」

  兵士が出ていく。

宿禰「……円よ。一つだけ村を救う方法があるぞ」
円「え?」

  扉が開き、阿曽が入ってくる。

阿曽「失礼いたします」
宿禰「よく来たな。まあ、座れ」

  阿曽が宿禰の前に座る。

阿曽「温羅様はどうされてますか? 何故、村に帰してもらえないのです?」
宿禰「……うむ。やはり美しい。どうだ? 私の女にならんか?」
円「宿禰……様?」
阿曽「(宿禰をキッと睨みつけて)温羅様を開放してください」
宿禰「私は何事も一番でないと気がすまないのだ」
阿曽「……?」
宿禰「当然、私の傍に仕える女もそうだ。(阿曽の顎を指で押し上げ)お前は、私が今まで見てきたどの女よりも美しい」
阿曽「……お離しください」
宿禰「円よ。この阿曽という娘を差し出せ。そうすれば、村は見逃してやろう」
円「なっ!」
阿曽「え?」
宿禰「阿曽よ。村の為にその身を差しだす覚悟はあるか?」
阿曽「(震えて)……あっ、わ、私は……」
円「お待ちください! 食料は全て渡します。ですから、阿曽だけは……」
宿禰「円。お前との交渉はすでに終わっている。出ていけ」

  円が宿禰に詰め寄る。

円「俺は、こんな事の為に鋼の情報を教えたわけじゃない」
宿禰「くどい。おい! こいつを外に放り出せ!」

  兵士が入ってくる。

兵士「はっ!」

  兵士が円を掴み、引きずっていく。

円「離せ! 阿曽。止めろ。お前がそんなことをする必要はない……」

  兵士に円が連れられて出ていく。

宿禰「……さて、答えを聞こうか」
阿曽「……」
宿禰「(ため息)言い方を変えよう。村と……あの、温羅という男を助けよう」
阿曽「え!」
宿禰「温羅という男。鋼を精製し、神をも殺すことが出来る人間だ。普通なら危険人物として始末する。……が、阿曽。お前の決心次第では見逃してやるぞ」
阿曽「……わ、私は……」

〇 シーン 11
  宿禰軍本陣の門の前。
  ボロボロになった温羅が兵士に連れられ、出てくる。
  新羅、伽耶たち、村人が集まっている。

兵士「ほら、行け」
温羅「うう……」

  新羅たちが駆け寄る。

新羅「長!」
空羅「……こりゃ、ひでえ傷だ」
温羅「どうして……。俺は開放されたんだ?」
新羅「今、村にある鋼の武器を渡しました……それと」
温羅「なんだ?」
新羅「阿曽さんのおかげです」
空羅「馬鹿、新羅! 言うんじゃねえ!」
温羅「ど、どういうことだ(傷が痛み)うっ!」
空羅「村や俺たちを助ける為に阿曽ちゃんは、あの男の所に……」
温羅「……そんな」
  
  そこに阿曽が駆け寄ってくる。

阿曽「温羅様! ご無事ですか?」
温羅「……阿曽、なんてことを」
阿曽「(ニコリと笑って)そんな顔しなでください。召使いとして働くことになっただけですよ」
温羅「阿曽……」
阿曽「報酬もいただけますし、宿禰様がこの村を守ってくれるって約束してくれました」
温羅「……」
阿曽「温羅様、今までありがとうございました。……さよなら」

  阿曽が走り去っていく。

温羅「阿曽……」

〇 シーン 12
  船の上。
  温羅一族が乗っている。

空羅「あいつら……気づくかな?」
新羅「そこまで阿呆じゃありませんよ。渡した鋼の武器が偽物ってことくらい、すぐ気づくはずです。ですから私たちは、こうして村を出たんですよ」
空羅「阿曽ちゃん、平気だよな?」
新羅「その為の身売りです。少なくても村は平気なはずですよ」
温羅「……」
新羅「長。船も完成したことですし、このまま百済に帰りませんか?」
空羅「馬鹿言うんじゃねえよ。今の長に、長旅の体力があるわけないだろ。傷を癒してからさ」
新羅「……」
温羅「……すまない、みんな」
空羅「おっ、見えて来たぞ。島だ」
温羅「小さい島だけど、このくらいの人数で住むにはちょうど良いと思う。……俺の傷が治ったら国に帰ろう」

ナレーション「温羅の傷は深く、完治するまでに一年以上の時がかかったのだった」

〇 シーン 13
  宿禰の屋敷。
女たちが噂話しをしている。

女1「聞いた? 宿禰様、また手柄を上げたらしいわよ。これでまた出世間違いなしね」
女2「宿禰様は有力氏族(しぞく)よ。王の座だって夢じゃないわ」
女1「それじゃ、宿禰様に気に入られれば、一生優雅な暮らしができるってわけね」

  そこに阿曽が通りかかる。

阿曽「(明るく)こんにちは」
女1「ふん!」
女2「誰?」
女1「宿禰様のお気に入りよ」
女2「ああ。阿曽ってあの子なの?」
女1「あの女さえ来なければ……」
阿曽「……」

  阿曽が女たちの前を通り過ぎる。
  そして、扉を開き、部屋に入る。

阿曽「(ため息)」
おばあさん「どうなされました? ため息なんてされて」
阿曽「あ、おばあさん。……大丈夫です。少し疲れていて」
おばあさん「まだここの生活には慣れませんか?」
阿曽「(笑って)そんなことありませんよ。毎日、楽しく過ごさせてもらってます」
おばあさん「……毎晩、泣いていらっしゃるのに……ですか?」
阿曽「……」
おばあさん「温羅様……」
阿曽「え?」
おばあさん「時々、阿曽様が村の方を見て、つぶやいていらっしゃいますよね? 想い人ですか?」
阿曽「(困ったように笑って)忘れてください」
おばあさん「……」

  その時、宿禰が扉を開いて入ってくる。

宿禰「帰ったぞ。阿曽、久しぶりだな」
阿曽「……はい」
おばあさん「お帰りなさいませ。宿禰様」

  ドカッと宿禰が座る。

宿禰「まったく、ここまで戦が長引くとは思わなかった。手柄も思うように挙げられなかったしな」
阿曽「……」
宿禰「阿曽。やはり、一緒に来ないか?」
阿曽「いえ。戦は……苦手ですので」
宿禰「心配するな。お前がいるところまで、攻め込まれるようなことはない」
阿曽「……」
宿禰「まさか、お前……。まだ、あの温羅とかいう男のことを……?」
阿曽「……いえ」
宿禰「(鼻で笑い)まあいい。とにかく、お前には早く私の世継ぎを生んでもらわんとな。……で、鋼の研究の方はどうなってる?」
おばあさん「上手く固まらないようです。武器としては使い物にならないそうで……」
宿禰「ちっ! 馬鹿共め。これだけ時間をやってるのに何をしてるのだ。早く鋼の武器を導入せねば……」

  その時、コトっという音が響く。

宿禰「……ほう。なかなかの腕だな」
おばあさん「……宿禰様?」
宿禰「出てきたらどうだ?」

  扉が開き、猿鬼が現れる。

猿鬼「……よく分かったな」
宿禰「こんな所まで侵入されるとはな」
猿鬼「悪いが、あんたの命を貰う」
おばあさん「(阿曽を庇って)阿曽様、お下がりください」
猿鬼「心配するなよ。依頼されたのは、この宿禰って奴だけだからな」
宿禰「……傭兵か。誰に雇われた?」
猿鬼「あんたを恨んでいる奴だよ」
宿禰「履いて捨てるほどいる」
猿鬼「だろうね」
宿禰「報酬を倍出す。こちらに仕えないか?」
猿鬼「いいね。あんたを斬ってから考えるよ」
宿禰「中途半端な忠誠心は、身を滅ぼす」

  宿禰が剣を抜く。

猿鬼「猿鬼だ」
宿禰「ん?」
猿鬼「あんたを煉獄へと送る案内人の名前さ」
宿禰「獣の餌になる奴の名前など、知る必要はないと思うがな」
猿鬼「へっ! 言ってろ」

  猿鬼も剣を抜く。

猿鬼「うおおおお」
宿禰「ふん」

  宿禰と猿鬼が斬り結ぶ。

猿鬼「くっ! ちっ!」
宿禰「どうした? 先程の威勢は?」

  宿禰が圧倒的に優勢の状態。

猿鬼「くそっ!」
宿禰「なかなか、楽しかったぞ」

  宿禰が猿鬼を斬る。

猿鬼「ぐああああ!(倒れる)」
宿禰「良い腕だ。もう少し修練を積めば、私も危なかったかもな」
猿鬼「……殺せ」
宿禰「楽しませてもらった礼だ。庭に埋葬してやる」
阿曽「お待ちください!」

  阿曽が猿鬼を庇う。

宿禰「阿曽……」
阿曽「まだ子供です。殺すなんて……」
猿鬼「やめろ……。俺は仕事に誇りを持ってる。負けたら死ぬ。覚悟の上だ」
宿禰「子供とは言え、剣を持てば戦士だ。戦士に情けをかけるのは侮辱になる。どけ」
阿曽「どきません」
宿禰「……傷が治れば、また襲いかかってくるぞ」
阿曽「私が雇います」
宿禰「なに?」
阿曽「今、猿鬼は仕事を失敗しました。だから、もう誰にも雇われていない状態です」
猿鬼「な、何を言って……」
阿曽「あなたの命は私が買いました。気に入らないなら、私を殺して逃げなさい」
猿鬼「俺は、女だろと容赦しないぞ」
阿曽「(笑って)いくら私が弱いからって、今のあなたには負けないわ。まずは傷を直さないと」
猿鬼「……くそっ!」
宿禰「あっはっは。阿曽。本当にお前は良い女だ。猿鬼。拾った命、阿曽の為に使うがよい」
猿鬼「俺はまだ諦めてないぜ」
宿禰「いつでも来い。また稽古をつけてやる」

  宿禰が扉を開けて、部屋を出る。
  通路を歩く宿禰。

宿禰「円、いるか」
円「はっ!」

  円が歩み寄ってくる。

宿禰「猿鬼から目を離すな」
円「わかりました」

  歩き去っていく宿禰。

〇 シーン 14
  阿曽の部屋。
  猿鬼が寝ていて、阿曽が看病している。

猿鬼「どうして俺を助けたんだ?」
阿曽「あら、大人が子供を助けるのは当然じゃないかしら?」
猿鬼「子供扱いするなっ!」
阿曽「(クスっと笑い)やっぱり少し似てるわ」
猿鬼「……あん?」
阿曽「始めて温羅様に会った時、ちょうど猿鬼くらいの年の頃なの」
猿鬼「……温羅?」
阿曽「あの頃の温羅様は、一族の長として認めて貰うために早く大人になろうとしてた。それが妙に可笑しくて、笑う私に温羅様が言ったの。『子供扱いするなっ!』って」
猿鬼「……そいつ、今も村にいるのか?」
阿曽「今は離れ小島に住んでるって聞いたわ。……さ、もう寝た方がいいわ」
猿鬼「ちぇ! また子供扱いかよ」
阿曽「(くすくすと笑う)」

〇 シーン 15
  阿曽の部屋。
  猿鬼が走ってきて、勢いよく扉を開く。

猿鬼「阿曽姉、ただいま!」
阿曽「もう、猿鬼。駄目よ。まだ傷ふさがってないんだから」
猿鬼「平気だって! それよりほら、花!」
阿曽「わあ、綺麗ね。私、碧色好きよ」
猿鬼「桔梗っていう花だよ。あと、もう一つ阿曽姉に渡したいものがあるんだぁ」
阿曽「あら、なあに?」
猿鬼「ばっちゃんに渡してあるから、もうすぐ出来るんじゃないかな?」

  扉が開き、おばあさんが入ってくる。

おばあさん「お待たせしました」
阿曽「甘い香り……」
おばあさん「猿鬼が取ってきた、黍(きび)とお米を合わせて煮たものです」
猿鬼「えへへ。山に行ったら見つけたんだ。たくさんあったから、取ってきた」

  おばあさんが椀に煮物を入れ、阿曽に渡す。

おばあさん「どうぞ」
阿曽「ありがとう(食べて)甘くて美味しい」
猿鬼「だろ?」
おばあさん「猿鬼。あんた、阿曽様の護衛だろ。毎日、毎日、山ばっかり行って……」
猿鬼「……あっ」
阿曽「(笑って)良いんですよ。危険なんてありませんし。猿鬼が元気に山へ行っている方が嬉しいです」
おばあさん「もう、阿曽様は猿鬼に甘いんですから……」
猿鬼「へん! ばっちゃんは口うるさすぎるんだよ!」
おばあさん「猿鬼! ちょっとおいで!」
猿鬼「うわっ! 怖っ!」
阿曽「(くすくす笑う)ねえ、おばあさん。まだもち米の粉って残っていましたよね?」
おばあさん「ひと袋はあると思います」
阿曽「猿鬼。黍(きび)もまだある?」
猿鬼「え? あ、うん。まだいっぱいあるよ」
阿曽「二人共、ちょっと待っててね」

  阿曽が部屋から出ていく。

猿鬼「ん? なんだろ?」
おばあさん「……さあ」

〇 シーン 16
  阿曽が団子を持って部屋に入ってくる。

阿曽「お待たせしました」
猿鬼「うわっ! 何? 団子?」
阿曽「黍ともち米の粉を混ぜて、団子にしてみたの。食べてみて」
猿鬼「(パクっと食べて)すっげーーー旨ぇ!」
おばあさん「あら、本当に美味しいです」
阿曽「良かった」
猿鬼「何か、この団子食うと力が沸いてくる気がする。今なら、宿禰も倒せそうだ」
おばあさん「(呆れて)止めときなさいよ」
猿鬼「(真剣な声で)なあ、阿曽姉。宿禰のせいで辛い想いしてるなら、俺はすぐにあいつを斬ってきてやるぞ」
阿曽「え?」
猿鬼「あいつのせいで村に帰れないんだろ?」
阿曽「(困ったように微笑んで)村のことは良いのよ」
猿鬼「俺は知ってる! 阿曽姉が時々、遠くを見て、温羅様ってつぶやいてるのを」
阿曽「え?」
猿鬼「その温羅って奴が好きなんだろ? だったら……」
阿曽「猿鬼。それ以上は言わないで」
猿鬼「俺は……俺の命は阿曽姉の物だ。だから俺は絶対に阿曽姉の味方だ。どんなことがあっても……必ず阿曽姉のことは、俺が守るからな!」
阿曽「(微笑んで)ありがとう。猿鬼」

〇 シーン 17
  島の崖の上。波の音が聞こえる。
  遠くをジッと見ている温羅。
  キジの黄が戻ってくる。

黄「(甲高い鳴き声)」
温羅「……そうか。何もわからないか」

  そこに新羅がやってくる。

新羅「こんな場所でどうしたんですか?」
温羅「月を……見ていたんだ」
新羅「阿曽さんが心配ですか?」
温羅「……」
新羅「崖の上からなら、村の向こう……宿禰の屋敷が見えますからね。それに黄にまで偵察に行かせて……」
温羅「……」
新羅「あなたは一族の長です。あなたは何をしないといけないか。何をすべきか。……それを忘れないでいただきたいのです」
温羅「……わかって……いるさ」

  波の音が響く。

〇 シーン 18
  猿鬼が鼻歌を歌いながら屋敷の中を歩いている。

猿鬼「へへ。桔梗が大漁だったぜ。阿曽姉、喜んでくれるかな?」

  その時、女たちがクスクスと笑っている声が聞こえてくる。

女1「これで、あの女もおしまいよ」
女2「阿曽が死ねば、宿禰様はまた、私たちの所に戻って来てくれるわ」
猿鬼「おい! 今の、どういうことだ?」

  その時、遠くでガシャンという音がする。

おばあさんの声「阿曽様!」
猿鬼「くそっ!」

  猿鬼が走り、阿曽の部屋の扉を開く。

猿鬼「阿曽姉!」
阿曽「うう……」
おばあさん「お食事をしていたら急に苦しみ出して……」

  猿鬼が椀を拾い上げ、ぺロっと舐める。

猿鬼「(べっと吐き出して)附子(ぶす)だ」
おばあさん「……附子?」
猿鬼「猛毒だよ」
阿曽「うう……ああ」
猿鬼「ひどい熱だ……。(はっとして)ばっちゃん。桔梗だ! 桔梗を煎じてきてくれ」
おばあさん「え?」
猿鬼「桔梗は熱を冷ます効果があるんだ!」
おばあさん「わ、分かった」

  おばあさんが出ていく。

阿曽「うう……」
猿鬼「阿曽姉! 阿曽姉ぇ!」

〇 シーン 19
  阿曽の部屋。
  阿曽が寝ていて、猿鬼が看病している。

阿曽「(苦しそうに息をしている)」
猿鬼「阿曽姉……ごめん。俺がずっと側にいれば……」

  おばあさんが部屋に入ってくる。

おばあさん「阿曽様の容態はどうだい?」
猿鬼「何とか命は取り留めたよ。……でも、顔の腫れは……もう、一生治らない……」
おばあさん「そんなっ!」
猿鬼「くそっ! 何が必ず守るだ! 俺は……阿曽姉を守れなかった……」
おばあさん「……猿鬼」
猿鬼「俺さ。小さい頃、親に捨てられたんだ。生きる為に盗みをして……殺されそうになって山に逃げ込んで……でも、寂しくて山を降りたり戻ったりの繰り返しだった」
おばあさん「……」
猿鬼「俺って、人よりすばしっこかったからさ、人に猿って呼ばれてた。猿と人間の子供。汚らわしい猿の鬼。それで猿鬼」
阿曽「(息苦しそうな声)」
猿鬼「俺、親の顔、もう思い出せないんだ。でも、何か暖かいっていうのだけは覚えてる。けどそれは、もう手に入らないって諦めてたんだ……」
おばあさん「……」
猿鬼「そんな時……阿曽姉に助けてもらって……。阿曽姉と一緒にいると暖い感じがするんだ。家族が出来たみたいで……嬉しかった」
おばあさん「……猿鬼」

  その時、勢い良く扉が開く。

宿禰「阿曽! 大丈夫か!」
おばあさん「宿禰様」
宿禰「猿鬼。阿曽は大丈夫なのか?(歩み寄る)」
猿鬼「ああ……」
宿禰「……なんだ、この顔は? 醜い。これは本当に阿曽なのか?」
猿鬼「え?」
宿禰「……毒で顔をやられたか」
猿鬼「けど、命は助かる」
宿禰「(ため息)もういらん」
猿鬼「……なに?」
宿禰「美しいから側に置いてやったが、こんな顔になったのなら、もう必要ない」
猿鬼「なっ! ちょっと待てよ!」
宿禰「ちっ。近々、氏族たちに見せるつもりだったのに。私の顔に泥を塗ったな」
猿鬼「ふざけんなっ! 阿曽姉は阿曽姉……」

  猿鬼がザシュと宿禰に斬られる。

猿鬼「ぐっ! くそ……(倒れる)」
宿禰「貴様も用済みだ。……円!」

  扉が開き、円が入ってくる。

円「はっ!」
宿禰「お前がいて、こんなことになるとはな」
円「申し訳ありません」
宿禰「まあ、良い。そこに転がっている餓鬼に止めを刺して、山にでも捨ててこい。阿曽は明日の朝、処刑する」
おばあさん「宿禰様! それはあまりにも」
宿禰「なんだ? お前も死にたいのか? いいだろう。阿曽の共をしてやれ」
おばあさん「……そんな」
円「宿禰様……。ただ処刑するだけでは勿体ないです。私に策があります」
宿禰「策? なんだ?」
円「……それは(ごしょごしょと話す)」
宿禰「ふむ。それは面白い。すぐに準備にかかれ」
円「はっ!」
宿禰「ふん。面白くなってきたな」

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