黒葛探偵事務所の不気味な依頼 3話 友達の失踪
- 2024.06.09
- 朗読
■概要
人数:1~3人
時間:15分
■ジャンル
ボイスドラマ(朗読)、現代、ホラー・ミステリー
■キャスト
依頼者 女性
黒葛 女性 探偵
助手 男性
■台本
二階建てのアパートの一階にある、『105号室』。
そこに探偵事務所があるなんて、誰も思わないだろう。
私だってもちろん例外ではない。
電話で依頼の予約を取り、ここへ来る途中に何度も住所を確認したくらいだ。
仮に腕が確かだったとしても、こんな場所を事務所にするのはどうだろうか?
それだけで信用されないことだってある。
実際、私だって、今回の件がたらい回しにされなければ、この『黒葛《つづら》探偵事務所』には依頼しなかっただろう。
まあ、突飛だという点では、私も同じか。
こんな依頼内容を持って行けば、誰だって面倒くさく思い、断るだろう。
もし、ここでもダメだったら、諦めざるを得ない。
そう考えると、場所がどこかなんて、些細なことだ。
まずは私の依頼を受けてもらえるよう祈るしかない。
そう思いながら、私はチャイムを押した。
部屋の中から安っぽく、高い音でピンポンという音が響いている。
そして、数秒後、ドアが開いた。
出てきたのはタキシード姿の若い男だった。
さすがに私の息子よりは年上だろうが、20歳前後だろう。
もしかして、大学生のアルバイトか何かだろうか。
助手か何かだと祈りたい。
この子が探偵だというのなら、さすがにこちらからキャンセルを申し出ようと思う。
「Aさんですね? 中で先生がお待ちです」
男の子が無表情でそう言った。
もう少し愛想よくはできないのかと思う反面、この子が探偵じゃなかったことに安堵する。
男の子に案内され、部屋の中に入る。
家具も何もない、殺風景な部屋だ。
冷蔵庫やテレビ、テーブルやソファーさえもなかった。
そして、その部屋の中央に鎮座するように、車椅子に乗った若い女性がいた。
さすがに男の子よりは年上だろうか。
おそらくは20代中盤くらいか。
とはいえ、その女性はかなりの美人だ。
美人は正直に言って、年齢が分かりづらい。
「どうも。黒葛《つづら》です」
凛としたよく通る声だった。
なんというか、アナウンサーと言われた方がしっくりするくらい、聞きやすく綺麗な声だ。
「では、さっそくですが、依頼の内容を話してくれますか?」
その言葉で私は我に返った。
「実は解いて欲しい謎がありまして」
私は一度、深呼吸して心を落ち着かせてから、ゆっくりと話し始める。
********************************
私 :32年前。
学校からいなくなった私の親友が消えた謎を解いてほしいのです。
黒葛:32年前ということは、あなたが学生の頃のときの話ですね?
私 :ええ。中学2年生のときのことです。
黒葛:いなくなったということは、失踪……ということでよいですか?
私 :はい。
当時の警察は家出として片付けられてしまいました。
ですが、あいつには家出する理由もなければ、私に黙っていなくなるようなや
つじゃなかったんです。
黒葛:そのことは、当時、警察には?
私 :もちろん言いました。
あいつの両親も私の意見に同意してたんです。
だから、なにかしらの事件に巻き込まれたんだと。
黒葛:ですが、その当時には不審者の情報がなかった。
そして、目撃者も。
私 :その通りです。
とは言っても、深夜のことですから目撃者がいなくて当然だったのですが。
黒葛:深夜?
学校でいなくなったんですよね?
私 :ああ、すみません。
最初から説明します。
私とあいつは、当時、悪ガキとして有名でした。
とは言っても、不良というわけではなく、どちらかというとイタズラ小僧とい
う感じですね。
日ごろから、教師や用務員、清掃員なんかにもイタズラばかりしてました。
そのせいで、何度か停学になってしまいましたが。
黒葛:では、イタズラのために深夜の学校に忍び込んだ、ということですね。
私 :その通りです。
あれは中学二年生の夏休みのことでした。
猛暑日が続き、連日、学校が開放していたプールには生徒が殺到するという状
況だったんです。
そのせいで、プールは泳ぐというよりは浸かるのがやっとでした。
黒葛:もしかして、夜に学校に忍び込んだのは、学校のプールに入るためだったので
すか?
私 :ええ、まあ、その通りです。
浅はかですよね。
ただ、その当時は、良いアイディアだとはしゃぎ、水着を持って、夜の9時に
学校に集合したんです。
その時間なら、貸し切り状態で泳げると期待に胸を膨らませていました。
黒葛:泳げたのですか?
私 :はは。
それが、なんともタイミングが悪く、その日はちょうど水の入れ替え日だった
んです。
なので、プールには水が張られていませんでした。
黒葛:なるほど。
私 :ガッカリした私たちは、せっかく来たのにそのまま帰るのは癪だったので、学
校で肝試しをすることにしたんです。
とはいっても、普段、通い慣れた学校ですから、それもすぐに飽きてしまいま
したが。
黒葛:通い慣れていたとしても、夜だと雰囲気は随分と違います。
ある程度の怖さはあったのではないですか?
私 :恥ずかしながら、深夜の学校に忍び込んだのはその日が初めてではなかったん
です。
黒葛:なるほど。
夜の学校にすら、慣れていたということですね。
私 :そうなんです。
なので、今度は教室で他愛のない話をしてました。
家だと、うるさいと怒られるのですが、誰もいない学校は開放的で、大声で話
しても誰にも文句を言われませんからね。
くだらないことを3時間くらい話していたと思います。
ですが、しょせんは中学生です。
深夜になると眠気に耐え切れず、私はいつの間にか寝てしまっていたのです。
黒葛:友達の方はどうだったのですか?
私 :正直わかりません。
私の方が先に眠ってしまったので。
あいつも寝たのか、それとも、起きたままだったのか……。
そして、私は4時くらいに目を覚ましました。
外は割と明るくなっていましたし、教室の時計を見たので間違いありません。
黒葛:そのときには、もう友達がいなくなっていたわけですね?
私 :はい。
ですが、私の横に一枚のメモが残されてたんです。
黒葛:メモ?
何が書かれていたんですか?
私 :『先に行ってる』という一文だけです。
黒葛:一文だけ……。
裏にも何も書かれていなかったのですか?
私 :はい。
ですが、あいつの水着もなかったんです。
黒葛:わざわざ持って行ったということですね?
私 :だから、私はそのとき、こう思ったんです。
あいつはプールに水を入れようと思いついたんだと。
黒葛:それはまた、大胆なことをしますね。
イタズラのレベルじゃ済まされないのでは?
意外と高額のはずですが。
私 :はは。
中学生の考えることですからね。
その辺は考慮してませんよ。
逆に、その当時の私は、あいつのことを天才だと思ったくらいでしたから。
黒葛:それで、友達はプールにいたのですか?
私 :いませんでした。
水も、もちろん張ってありませんでした。
だから、そのとき、私は『先に行ってる』というのは、先に帰ったのだと思っ
たんです。
黒葛:帰宅と考えれば、水着も持って帰るのも当然、というわけですね。
私 :はい。
なので、私もそのまま家に帰って、寝ました。
家に入るときに、親に見つからないかヒヤヒヤしましたが、問題なく、自分の
部屋に帰り、ベッドで寝たんです。
そして、その日の夜のことです。
突然、あいつの両親がうちに来たんです。
あいつが、うちに来てないかって。
私はびっくりしました。
てっきり、先に帰っているはずだと思っていたのですから。
黒葛:そこで、失踪が発覚したということですね。
私 :そうです。
すぐに警察に連絡して、捜索が開始されました。
もちろん、私も当時の校舎を探し回りました。
ですが、一向に見つからなかったんです。
そして、一ヶ月もすると警察は捜索を打ち切りました。
家出だろうと結論付けて。
この辺りは、私たちの悪名も一役買ってしまいました。
イタズラによる家出だと。
黒葛:ですが、あなたはそうは思わなかったわけですね。
私 :当然です。
あいつが私に黙って、そういうイタズラをするわけがありません。
何をするにも一緒でしたから。
黒葛:なるほど……。
私 :警察が断念しても、私は諦めませんでした。
新校舎に移っても、放課後はずっと旧校舎や町の中を探し回っていたんです。
黒葛:さきほど、不審者はいなかったと言ってましたが、一人もいなかったのです
か?
どの町にでも、不審者の目撃情報くらいありそうですが。
私 :なにぶん、田舎のことですからね。
ほぼ、町の人たちはみんな知り合いと言ったら大げさかもしれませんが、その
ような状態だったんです。
黒葛:逆に言うと不審者がいるなんて、言えない状態だったと?
私 :その通りです。
狭い町ですからね。
誰かが誰かの告げ口なんていしようものなら、すぐに噂が回ってしまいます。
仮に見たとしても、なかなか言い出せなかったのではないでしょうか。
黒葛:あなた自身はなにか心当たりはないのですか?
私 :正直、ないですね。
確かに、私も含め、あいつはイタズラによって小さな恨みを買うことはありま
したが、殺されるというほどではなかったはずです。
それに、誘拐だったとしても、あいつの家が金持ちというわけでもないです
し。
黒葛:実際、犯人からの連絡もなかったんですね?
私 :ええ。ありませんでした。
たった一度も。
ただ、私も、あいつの捜索をするのも、高校に行くようになったら、頻度は少
なくなりました。
旧校舎にも入れなくなりましたし。
そして、情けないことに、あいつのことを徐々に忘れていったんです。
あんなに仲が良かった親友だったのに。
黒葛:それがどうして、今、このタイミングでその謎を解こうと思ったのですか?
私 :息子が中学になるということで、ふと思い出したんです。
あいつのことを。
それは、きっと、あいつが自分のことを見つけて欲しいんじゃないかって思っ
たんです。
黒葛:なるほど……。
もう一度聞きます。
友達は恨まれたとしても危害を加えられるほどではなかった。
そして、誘拐もあり得ない、ということで良いですか?
私 :ええ。
無いはずです。
黒葛:……ただ、こういう場合、イタズラした本人たちは些細なイタズラだと思って
いても、相手からすると、許しがたい、なんていうこともありますからね。
私 :そう言われてしまうと、否定はできませんね。
黒葛:……誘拐という可能性は低い。
町の外の人間とも考えられない。
そんな人間がいれば、町の人たちは堂々と不審者を上げられたはず……。
私 :あの、探偵さん?
黒葛:……朝の4時。
旧校舎。
イタズラ。
清掃員。
水着を持って行っている。
『先に行っている』というメモ。
……ああ、なるほど。
私 :え?
黒葛:最後に確認させてください。
当時、あなたたちが忍び込んだのは『旧校舎』で、友達の失踪事件から、すぐ
に『新校舎』に移動となった、で合っていますか?
私 :え?
はい。そうです。
あれ? 私、そのことを言いましたか?
黒葛:わざわざ『旧校舎』という言い方をしてましたし、『新校舎に移ってからも』
と言っていましたからね。
私 :……へー。
凄いですね。
そんな何気ない、言葉からそこまでわかるなんて。
黒葛:これで、謎は解けました。
私 :ほ、本当ですか!?
黒葛:ただし、これは私の仮説です。
正解とは限りません。
私 :教えてください。
黒葛:あらかじめ、断っておきます。
今、この謎を解いたところで、誰一人、得をする人はいません。
逆に罪悪感に囚われるかもしれませんし、知らない方がよかったと後悔する可
能性もあります。
世の中には知らない方がいいことだってありますから。
私 :それでも知りたいです。
黒葛:わかりました。
では、話します。
友達が消えた場所……。
つまり、いる場所は――貯水タンクの中です。
私 :貯水タンク……ですか?
黒葛:今でこそ、大分変りましたが、あなたが学生の頃、つまりは30年以上前で
は、学校内の掃除は生徒たちがやっていたはずです。
私 :え? ええ、まあ、そうですね。
黒葛:もしくは用務員さんがやっていたくらいでしょうか。
私 :はあ……。それが何か?
黒葛:あなたは最初、『教師や用務員、清掃員なんかにもイタズラばかりしていた』
と言ってました。
ですが、学校内の掃除は用務員さんや生徒たちがやっていたはずです。
もちろん、プールの清掃だって、生徒がやっていたのではないですか?
私 :はい。持ち回りでやってましたね。
黒葛:では、あなたの言う、『清掃員』は、何の清掃員だったのでしょうか?
私 :えっと……。
黒葛:学校内にあるもので、生徒や用務員さんが掃除できない場所。
それが貯水槽です。
貯水槽だけは資格が必要で、業者に依頼するしかありません。
つまり、清掃員は、貯水槽の清掃員ということになります。
私 :……。
黒葛:そして、『先に行ってる』というメモと、なくなっていた水着……。
私 :あっ……。
貯水槽で泳ぐってことか……。
黒葛:大問題ですが、当時のあなたたちならやっていたのではないですか?
貯水槽で泳ぐという行為を。
私 :……。
黒葛:そして、貯水槽というのは、案外、深いんです。
水が入った状態では、出るのが困難になることがあります。
実際、そういう事故の事例もありますから。
********************************
私はすぐさま、中学校の旧校舎へと向かった。
とっくに取り壊されたと思っていたが、旧校舎は驚くほど当時のままだった。
まるで、時が停まっていたかのように。
探偵さんは、あくまで仮説だと言っていた。
確認するのも、しないのも、私の自由だと。
旧校舎に入ると、今まで忘れていた、あいつとの記憶が一気に蘇ってくる。
なぜ、忘れていたのか不思議なくらいに。
そして、私は貯水槽へとたどり着く。
貯水槽の蓋は開いている。
一度、深呼吸をして、私は貯水槽の中を覗いた。
終わり。
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