黒葛探偵事務所の不気味な依頼 第7話 知らないおじいさん
- 2024.07.16
- ボイスドラマ(10分)
■概要
人数:1~2人
時間:15分
■ジャンル
ボイスドラマ(朗読)、現代、ホラー・ミステリー
■キャスト
依頼者 男性
黒葛 女性 探偵
■台本
黒葛《つづら》探偵事務所は、あるアパートの『105号室』にある。
俺は辺りを見渡して誰もいないことを確認して、チャイムを押す。
すぐにドアが開き、青年が出てきて中に入れてくれた。
部屋の中には車椅子に座った女性がいる。
「どうも。黒葛《つづら》です」
女性がそう言ったことから、この人が探偵だとわかる。
「では、依頼の内容を話してくれますか?」
黒葛さんにそう言われたので、俺はまくしたてるように依頼内容を話す。
********************************
俺 :俺、病院に入院してるんですけど、
そこに知らないおじいさんが出るんです。
で、そのことを看護師さんに聞いたんですよ。
そしたら、幽霊でも見たのかもしれないと言われました。
黒葛:依頼の内容は、そのおじいさんが何者か、
もしくは幽霊なのかを検証してほしい、ということですか?
俺 :あ、いえ、すみません。
相談したいのは、
そのことを話したすぐ後に、病室を移動するように言われたんです。
でも、ベッドは他に空いてないはずなんです。
なんだか、ゾッとして……。
それで病院を抜け出して、ここに来たんです。
俺は、その……言われた通り、移動した方がいいんでしょうか?
黒葛:なるほど。
あなたは、その病院が何か怪しい。
そう思っているわけですか?
俺 :……そ、それは。
黒葛:気にする必要はありません。
守秘義務もありますし、
あなたがここに来たことも誰にも話しません。
俺 :先生も看護師さんも、すごくいい人なんです。
親身になってくれますし、長年、かかりつけにしてましたし。
でも、入院するようになってから、何かが変なんです。
黒葛:……変、とは?
俺 :あまり診察してくれなくなったんです。
簡素な食事と、薬を出してくれるだけで……。
普通、経過とか、検査とか治療をするものじゃありません?
だって、入院してるんですよ?
まあ、何かあれば隣の外来の診察室から来てくれますけど。
黒葛:確かに妙ですね。
それはあなただけですか?
他の入院患者は治療されているのですか?
俺 :いえ。
みんな、そうみたいです。
同室の人はみんな、入院してから先生も看護師さんも
人が変わったって言ってます。
黒葛:そこは入院の患者を受け入れつつ、
昼間は普通に外来の患者を診ている、ということですか?
俺 :はい、そうです。
黒葛:それなら、単に忙しいだけでは?
俺 :そうなのかもしれませんが……。
ただ、そんな病院は初めてだったので。
黒葛:そこは病院ではなく、診療所ではありませんか?
俺 :え?
黒葛:そこは医師と看護師が1名ずつ、計2名、
もしくは医師が1名、看護師が2名の計3名ではないですか?
俺 :はい、そうです。
看護師さんが2人の合計で3人です。
……それがなにか?
黒葛:些細なことですが……。
病院というのは20人以上の患者を入院させることが
できる医療施設のことを言います。
逆に19人以下の患者が入院できるのが
診療所になります。
俺 :はあ……。
黒葛:つまり、あなたが入院しているところは
診療所で、入院患者は19人。
どうでしょう?
合っていますか?
俺 :……あっていると思います。
病室は5人部屋が4つあって、
その中の1部屋が4人部屋になってます。
そっかぁ。
変だと思ったんですよね。
不自然に4つしかベッド置いてないの。
そういう理由だったのか。
黒葛:医療法での標準では、
患者と医師は16対1の割合です。
そして、患者と看護師は3対1の割合になります。
完全にキャパシティオーバーです。
そのため、そのような雑な対応をしているのでしょう。
俺 :うーん。
言われてみると納得ですけど、
患者としては納得できませんよ。
黒葛:ですので、あなたの相談の件とは別に転院をお勧めします。
俺 :……。
黒葛:どうしました?
俺 :いや、病院を移りたいのはやまやまなんですが……。
黒葛:なにか不都合でも?
俺 :俺、金がなくて……。
ここを選んだのも一番料金が安かったからで。
黒葛:お金がかかるのはどこの病院も一緒だと思うのですが?
俺 :これは、その……絶対に言わないでください。
黒葛:わかりました。
俺 :実は料金を半額以下にしてもらっているんです。
黒葛:……診療所から料金を半額にしてもらっているとことですか?
俺 :そ、そうです。
黒葛:代わりになにかしている、などはありますか?
俺 :いえ、ありません。
黒葛:なにも理由がないのに、そのようなことをしていると?
俺 :俺に金がないって知ってますから。
でも、今、入院しないと手遅れになるって言われて。
そこに料金を半額にしてくれると提案されて、
渡りに船だって思って、入院を決めたんです。
黒葛:他の入院患者もあなたと同じように
半額にされている人はいるのですか?
俺 :全員に聞いたわけじゃないですけど……。
少なくとも同じ部屋の人たちはそうですね。
だから、先生たちには強く言えなくて……。
黒葛:かなり不可解ですね。
俺 :いや、本当にいい人なんですよ。
先生も、看護師さんも。
黒葛:その割には入院してからは治療を疎かにしてますが?
俺 :……。
黒葛:キャパシティオーバーなのに患者を受け入れている時点で
慈善とはとても思えません。
金儲けのためにやっているのかと思ったのですが、
それなら料金を半額にするのはおかしいです。
なにか裏がある……?
俺 :やっぱり、借金してでも他に移った方がいいですかね?
黒葛:失礼ですが、ご両親、
もしくは親戚を頼ることはできないのですか?
俺 :それが、俺、孤児で……。
頼れる人間がいないんです。
黒葛:それはもちろん、
診療所側も知っているということでいいですか?
俺 :え?
あ、はい。
それがあって、半額にしてくれたと思います。
黒葛:ということは、他の患者も同様ではないですか?
少なくとも同じ病室の人たちは身寄りがない人たちでは?
俺 :……言われてみれば。
確かにそうですね。
ということは、そういう人を入院させてくれている、
ということですよね?
やっぱり、患者のことを考えてくれてるんですよ。
黒葛:聞きたいことがあります。
俺 :なんでしょう?
黒葛:最初に言っていた、知らないおじいさんのことを
詳しく聞かせてください。
俺 :あ、そうですよね。
すみません。
黒葛:知らないおじいさんということは、
入院患者の中の19人の中にはいない人間、
ということですか?
俺 :はい。そうです。
確認したので、間違いありません。
全員、同じ階なので確認しやすいですし。
黒葛:そのおじいさんを見たのはあなただけですか?
俺 :俺だけです。
他の人たちはみんな寝てますので。
黒葛:見たのは1度ですか?
俺 :いや、合計で3回ですね。
黒葛:3回も見たタイミングがあったのに、
3回とも、他の人たちは寝てたということですか?
俺 :はい、そうですけど。
黒葛:何時頃か覚えてますか?
俺 :えっと、10時くらいだと思います。
3回とも。
黒葛:10時……?
俺 :どうかしましたか?
黒葛:全員が寝るには早い気がしますが?
俺 :そうですかね?
みんな、9時には寝ますよ。
消灯時間過ぎてますし。
俺だって、普段はその時間に寝てますし。
黒葛:ですが、おじいさんを見た日は寝られなかった、
ということですか?
俺 :どちらかというと、目が覚めたって方が正しいですね。
ガタンっていう音がして、目が覚めたんです。
黒葛:音がした……。
なんの音かわかりますか?
俺 :たぶん、エレベーターだと思います。
最初、なんの音かと思って、病室から出たんです。
黒葛:そのときにおじいさんに遭遇した、と?
俺 :そうなんです。
廊下をヒタヒタと歩いてたんです。
大体、80歳くらいかなぁ。
ガリガリに痩せて、目が虚ろで不気味だったんです。
最初は幽霊なのかなって思ったくらいですから。
黒葛:どうして、幽霊ではないとわかったのですか?
俺 :触れたからです。
っていうより、触られたからです。
こう、腕をガッと掴まれて……。
で、こう言ったんです。
「たすけてくれ」と。
黒葛:たすけてくれ、ですか?
俺 :ただ、そのときは怖くて、腕を振りほどいて逃げました。
またベッドに入って目を瞑ってると
いつの間にか眠ってしまって。
それで、きっとあれは夢だったんじゃないかって思ったんです。
黒葛:ただ、また遭遇したわけですね?
俺 :はい。
それで、さすがに夢でもないと思って……。
黒葛:おじいさんと遭遇するのは、
エレベーターの音で目が覚めたとき以外でありましたか?
俺 :いえ、3回ともエレベーターの音で目が覚めたときですね。
黒葛:エレベーターの音以外で、目が覚めることはありますか?
俺 :何回かあります。
薬を飲み忘れたときは、頻繁に起きちゃいますね。
黒葛:最後に質問させてください。
あなたは、その診療所に長年、かかりつけだったと
言ってました。
俺 :はい。それが?
黒葛:『通うようになってから』悪化したのではありませんか?
俺 :いやいや、そんなわけ……。
え? いや、まさか……。
黒葛:やはり……。
俺 :これってどういうことなんでしょうか?
黒葛:……見知らぬ老人。
エレベーター。
満室の病室。
病室の移動。
半額の料金。
身寄りのない患者。
通院で悪化。
なるほど。そういうことか。
俺 :なにかわかったんですか?
黒葛:あくまで仮説の段階ですが。
俺 :教えてください。
黒葛:まず、あなたは診療所には戻らない方がいいです。
俺 :え?
黒葛:可能であれば引っ越しもお勧めします。
俺 :引っ越し……ですか?
黒葛:無理ならば警察に行くという手もありますが、
私の仮説なので信用はされないでしょう。
何一つ証拠もありませんし。
なので、何とかして身を隠すのが一番いいでしょう。
他の患者のことは見捨てることになりますが。
俺 :あの……。
それなら探偵さんが警察に話すのはどうです?
探偵さんの話なら信じてもらえるんじゃ?
黒葛:依頼内容に含めますか?
であれば、料金は少なくとも10倍以上になりますが?
俺 :あ、いえ、その……いいです。
黒葛:私は慈善事業をしているわけではありませんし、
司法の味方でもありません。
俺 :それで、その、何が起こっているんですか?
あの病院……いや、診療所で。
黒葛:簡潔に言うと不正請求です。
俺 :でも、料金は半額ですけど……。
黒葛:請求先は国です。
治療もしていないのにカルテに記録を付けるやり方です。
いわゆる『天ぷら』と呼ばれるものです。
俺 :……つまり、俺たちの治療をしていないのに、
したと申請するってことですか?
黒葛:そうです。
ただ、この診療所はかなり悪質だと考えられます。
俺 :どういうことですか?
黒葛:まず、診療所にしているのは医師や看護師を
極力少なくするためです。
俺 :なんでそんなことをする必要があるんですか?
黒葛:人件費を浮かす目的でしょう。
それと、『犯罪』を隠蔽するには少ない人数の方がいい。
どこからバレるかわかりませんから。
俺 :……。
黒葛:さらに、普段の外来で入院患者の選定を行います。
俺 :選定……ですか?
黒葛:身寄りのない人を探すのです。
入院させるために。
身寄りがないので、一度入院させれば出るとは言わない。
そう考えているはずです。
現に、ひどい扱いをされているのに、
誰一人出て行こうとしない。
違いますか?
俺 :……。
黒葛:そして、身寄りのない人を見つければ、
薬と称して、毒のようなものを処方します。
そうすれば、通えば通うほど、体調は悪くなっていく。
俺 :それで、入院することになる……。
黒葛:入院させてしまえば、不正請求がやり放題です。
さらに、身寄りがないので『行方不明』になっても
気づかれません。
俺 :ちょ、ちょっと待ってください。
行方不明って、どういうことですか?
黒葛:この診療所は『表向き』は19人のベッドしかない。
ですが、『裏』にはもっと多くの入院患者がいるはずです。
しかも、もっと劣悪な環境で、ほぼ監禁状態にされている。
俺 :……もしかして、あのおじいさん?
黒葛:そうです。
見知らぬ老人は幽霊でもなんでもありません。
ただの、『入院患者』です。
俺 :あり得ません。
病室は全部確認しました。
他に部屋なんてありませんよ。
黒葛:そうですね。
入院病棟の隣に外来の診察室がある。
つまり、この診療所は1階建てですね?
俺 :そうです。
だから、他に部屋なんてあるわけない。
黒葛:いえ、あります。
俺 ;どこに?
黒葛:地下です。
俺 :地下?
黒葛:おかしいと思いませんか?
診療所は1階建てなのに、
なぜ『エレベーター』があるのですか?
俺 :……あっ!
黒葛:そのエレベーターは地下に繋がっているはずです。
そこからなんとか、老人が脱出を図ろうと出てきた。
俺 :だから、「助けて」って……。
黒葛:ですが、診療所内の戸締りは厳重で、外には出られない。
俺 :でも、そんなの、他の入院患者に言えば……。
黒葛:無理です。
全員、寝てますから。
俺 :起こせばいいだけですよね?
黒葛:起きません。
なにしろ、『睡眠薬』を飲まされていますから。
俺 :睡眠薬……?
黒葛:夜の9時であれば、
一人くらいは眠れない人がいてもおかしくありません。
ましてや、エレベーターの大きな音がするなら、
19人のうちの1人くらいは起きてもいいはずです。
あなた以外に。
俺 :なら、なんで俺は……?
黒葛:おそらくですが、効きが悪いのではないかと思います。
あとは飲み忘れたりもしているようですし。
なので、仮に地下の患者が出てきても問題ありません。
そういう油断があったのでしょう。
だから夜の見回りなどはやっていなかった。
朝の外来時さえ、エレベーターを封鎖しておけばいいだけです。
俺 :じゃあ、俺が病室を移るように言われたのは……。
黒葛:地下行きということです。
********************************
俺は探偵さんが言った通り、診療所には戻らずに自宅へと帰った。
そして、すぐに引っ越しの準備に取り掛かる。
幸い、俺は物をほとんど持っていないので、荷造りはすぐにできそうだ。
最悪、勿体ないが洗濯機や冷蔵庫などの大きな家電は置いていこう。
とにかく、すぐに家を出よう。
俺はその日のうちに引っ越し業者に電話をした。
すると、すぐに下見に来てくれるそうだ。
荷造りをしているとチャイムが鳴る。
きっと業者だ。
俺はドアを開けた。
「勝手にいなくなるなんて。心配しましたよ」
そして、俺の意識はそこで途絶えたのだった。
終わり。
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