■概要
主要人数:4人
時間:10分
■ジャンル
ボイスドラマ、現代、シリアス
■キャスト
千ノ宮 和彦 (35) 小さな工場の社長
千ノ宮 美樹 (27) 和彦の妻
川島 修一 (35) 和彦の親友
荒川 綾乃 (23) 和彦の恋人
■台本
和彦(N)「結局、心の整理がつかないまま結婚式当日を迎えてしまった。やっぱり、俺には幸せになる資格なんて、ないんじゃないか。ましてや、人を幸せにするなんて……」
部屋の外からの人々のざわめき。
ノックする音。
和彦「どうぞ」
修一「よう、社長。様子見に来たぞ」
和彦「会社でも、言わないのに、どうしたんだ? 社長だなんて(微笑)」
修一「まあ、めでたい日だからな。特別サービスだ。社長」
和彦「俺も含めて、五人の会社だ。逆に嫌味に聞こえるぞ」
修一「そう思うなら、給料上げてくれ」
和彦「どういう、理屈だよ」
修一「あはは(軽い笑い)」
少しの間
修一「まだ、美樹ちゃんのこと引きずってるのか?」
和彦「……そうなのかもな」
修一「(ため息)おいおい。十歳も年下の、さらにわが社のアイドルの心を射止めたやつがなんて顔してるんだ。まさに人生の最高潮じゃねえかよ」
和彦「なあ、修一。俺なんかで、本当に良かったんだろうか?」
修一「俺に聞くなよ。本人に聞けって」
和彦「そうだよな」
修一「竜一がすごく悔しがってたぞ。でも『社長なら、仕方ないです』って言ってた。それと、『荒川さんを不幸にしたら、刺してやるんです』とも言ってたな。それには、俺も賛成だ。彼女は、良い子だ。幸せにしてやれよ」
和彦「ああ。わかってる(弱々しい声)」
修一「とにかく、式場ではそんな顔をするなよ」
ドアが開く音。修一が出て行く。
ため息をつきながら、椅子に座る。
和彦(N)「修一と供に、会社を興してずっと、がむしゃらに働いてきた。何度も倒産しかけたが、今では割りと大きな工場を持ち、数人の人を雇えるようになった。そこまで行き着くことができたのは、俺一人の力じゃない。一人だったら、とっくに潰れていた。ずっと俺を支え続けてくれた人がいた。その人に、何ひとつ報いることが出来なかった。それなのに、自分一人が幸せになってよいのだろうか……」
美樹「なんて顔してるのよ」
和彦「……美樹……?」
美樹「ねえねえ、和くん。どう? このドレス」
和彦「ああ。いいんじゃないか」
美樹「あー。また、いい加減なセリフ。いつもそうだよね」
和彦「そうか?」
美樹「そうだよ。覚えてる? プロポーズの言葉。『まあ、そろそろ一緒になるか?』だったんだよ」
和彦「そうだったか?」
美樹「あー、もう。仕事ではキリッとしたこと言うのに、私生活では全然駄目だよね」
和彦「人を駄目人間のように、言うなよ」
美樹「えへへ。でもね、和君のそんなところがわたしは好きだよ(照れながら)」
和彦「……なあ、美樹(真剣な声)」
美樹「なに?」
和彦「俺といて、楽しかったか?」
美樹「急に、どうしたの?」
和彦「答えてくれ」
美樹「すごく、楽しかったよ」
和彦「嘘だっ!」
美樹「どうして、そんなこと言うの」
和彦「俺には、美樹との楽しい思い出が思い浮かばない。いつも、必死で仕事ばかりしてたこと。イライラして、美樹に八つ当たりしてたことしか、記憶にない」
美樹「ねえ、覚えてない? 発注ミスしてさ、得意先から契約を切られたときのこと」
和彦「覚えてるよ。あの時は本当に、何もかもが終わった気がしたんだ」
美樹「それでさ、和君が『俺の保険金でなんとか会社を立て直してくれ』て言って、自殺しようとしたんだよね」
和彦「ああ」
美樹「そして、何を思ったか、自殺の場所に選んだのが、断崖絶壁だったよね。人っ子一人いないような場所でさあ。わたしがいくら止めても、聞いてくれなくて」
美樹が堪えきれず、笑い出す。
和彦「なんで、笑うんだよ」
美樹「だって、わたしがその時なんて言ったか覚えてる?」
和彦「忘れないさ。『待って。こんなところで死んだら、なかなか死体が上がらないから、保険金が下りる頃には、会社が潰れるわ。もっと、わかりやすい所で死んで』だったな」
美樹「そう。その時、和君が真剣な顔で『それも、そうだな』って言って、あっさり飛び降りるのを止めたんだよ。あの時の顔があまりにも真剣で、可愛かったなあ」
和彦「う、うるさいな(照れながら)」
美樹「あそこ、星がすごい綺麗だったよね」
和彦「そうだったな。確か、彗星が近づいていて、それがよく見えたんだったよな」
美樹「そうそう。そして、星を見ながら、ずっとおしゃべりしてて、いつのまにか朝になってたんだよね」
和彦「帰りに、なけなしの金で牛丼を買ったんだよな」
美樹「そう。一杯の掛けそばならぬ、一杯の牛丼だった」
和彦「懐かしいな」
美樹「うん。あの頃は、毎日が冒険で、楽しかった」
少しの間
和彦「美樹は、俺と結婚して後悔してないか?」
美樹「どうして?」
和彦「俺と結婚しなければ、あんなに苦労もしなかったし、何より……死ぬことはなかった」
美樹「後悔なんかしてないよ」
和彦「美樹には、言い表せないほど感謝してる。それなのに、美樹には何もしてやれなかった」
美樹「和君は、結婚式の時にしてくれた誓いを覚えてる?」
和彦「ああ。きみを幸せにするって、誓った。だけど、それは果たせなかった」
美樹「最初は、ちゃんと守ってくれてたのに、わたしが死んでからの八年間、和君はその誓いを破り続けてる」
和彦「え?」
美樹「わたしの幸せは、和君が幸せになることだよ」
和彦「……美樹」
美樹「いい? そろそろ、誓いを破るのをやめてよね。ちゃんと幸せになりなさい」
和彦「待ってくれ、美樹」
美樹「最後に、これだけは言わせて。和君の隣にいるのは、すごく楽しくて、幸せだったよ」
ノックの音。
その音でハッとする。
和彦「夢……?」
遠慮がちなノックの音が続く。
和彦「あ、どうぞ」
ドアが開く音。
綾乃「和彦さん」
和彦「綾乃くん。どうした?」
綾乃「川島専務が様子を見て来いって。何かあったんですか?」
和彦「……いや、大丈夫だ。ありがとう」
綾乃「あの、和彦さん。どうですか、このウェディングドレス(恥ずかしそうに)」
和彦「ああ。いいんじゃ……。いや、とっても似合ってる。綺麗だ」
綾乃「あ、ありがとうございます」
和彦「綾乃くん。ここで、一つ誓いを立てさせてくれ」
綾乃「……はい(不思議そうな声)」
和彦「俺は、必ずきみを幸せにしてみせる」
綾乃「はい(涙混じり)」
和彦(N)「そして、もう一つ自分の中で誓いを立てる。俺自身も幸せになってみせると。美樹、今度こそ君との誓いを守ろう。そして、ありがとう」
おわり