【ボイスドラマ台本】妖怪退治は放課後に 第1話
- 2018.07.17
- ボイスドラマ(60分)
■概要
主要人数:11人
時間:60分
■ジャンル
中編、ボイスドラマ、学園、妖怪、コメディ
■キャスト
芹澤 和馬(16)生物研究会新入り
蘆屋 千愛(17)陰陽師
戦国 夏姫(17)生物研究会支部長
園原 雫(17)生物研究会部員
賀茂 珠萌(16)和馬のクラスメイト
木ノ下 誠(16)和馬のクラスメイト
田代 美由紀(16)
和泉 京太(16)和馬のクラスメイト
宮下 京香(28) 数学教諭
近藤 由紀(16) 学校の生徒
岸本 香奈(16) 学校の生徒
あらすじ
芹澤和馬(16)は生物研究会の一員をしている。
生物研究会、通称「生研」の会長である戦国夏姫(17)にこき使われる毎日が続く。
そんな中、宮下京香(28)先生から、最近4人の生徒が意識不明の状態で見つかるという事件の相談がくる。
そして、その事件を解決するように言われる和馬だったのだが……。
■台本
○ シーン 1
夜。
鈴虫や蛙の鳴き声が、響き渡っている。
静かな学校の廊下を、近藤由紀(16)と岸本香奈(16)が歩いている。
岸本「うわー、もう外暗いね」
近藤「早く行こう。校門、閉められちゃうよ」
その時、どこからか、暗くて不気味なピアノの演奏曲が聞こえてくる。
岸本「あれ? ……ピアノの音?」
近藤「(意地悪そうに)ねえ、香奈。知ってる? 学校の七不思議。夜に、一人でピアノの音を聞くと、呪われるんだって」
岸本「ちょ、ちょっと由紀! やめてよね」
近藤「あはは。冗談、冗談。それに、今は二人なんだから、大丈夫だって」
岸本「もう、由紀ってばぁー。私、そういう話、苦手だって知ってるでしょ」
近藤「(怖がらせるように)二日前もさ、二年生の女の子が、気絶した状態で見つかったみたいだよ。その人、まだ目が覚めてないんだって」
岸本「(恨めしそうに)由紀ぃ~」
近藤「ごめん、ごめん。……って、どうしたの、香奈。(心配そうに)顔、真っ青だよ」
岸本「う、ううん。だいじょう……」
急に、ドサッと岸本が倒れる。
近藤「え? 香奈? ちょっと、どうしたの? 香奈? 香奈ぁー!」
近藤の叫び声が遠くなっていく。
タイトルコール『妖怪退治は放課後に 聖将学園 占星クラブ 第一話 幽鬼』
○ シーン 2
お昼の、賑やかな学校。
廊下を芹澤和馬(16)が歩いている。
和馬「(欠伸して)今日も良い天気だなぁ」
そこに、賀茂珠萌(16)が走ってくる。
珠萌「おーっす、芹澤和馬くん。昼休みに、こんなところで何してるのさ?」
和馬「……賀茂(かも)さん。あのさ、フルネームで呼ぶの止めてよ」
珠萌「和馬君こそ、珠萌(たまも)でいいって。クラスメイトじゃん。苗字で呼ぶなんて、水臭いぞ!」
和馬「……はは(苦笑い)」
珠萌「で? なにしてるの……って、腕章つけてるってことは、『生研』の見回り中?」
和馬「うん。まあね。珠萌さんは、こんな所で何してるの?」
珠萌「売店の帰り。教室に戻ろうと思ったんだけど……迷っちゃった」
和馬「(笑って)入学して、一か月経つけど、僕もまだ、学校の広さに慣れないよ」
珠萌「ほーんと、広すぎ。まあ、聖将学園の生徒数を考えれば、しょうがないかぁ」
和馬「そういえば、珠萌さんは選択教科、決めた?」
珠萌「私は、数Ⅱ。宮下先生に習いたいから」
和馬「あの先生、学会じゃ有名らしいもんね」
珠萌「この学校って何気に、有名な先生とか教授多いよね」
和馬「それが目当てで、全国から優秀な生徒が来るみたいだからね」
珠萌「まぁ、私も、その一人だけど!」
和馬「でも、なんでこの学校って入試試験無いんだろ?」
珠萌「それは、私もビックリした。願書出したら、三日後に合格通知来たんだもん」
和馬「(ため息)そのせいで、全国から、優秀な不良も集まってくるみたいだし……」
珠萌「優秀な不良って……。まあ、お世辞にも、この学校って、治安良いとは言えないよね。でも、そのための『生研』、でしょ?」
和馬「それは、そうだけど……(ため息)」
珠萌「でも、生研ってさ、なんで『生物研究会』なの? 動物とか関係ないよね?」
和馬「うーん。僕も、そこは気になってるんだけど……」
その時、木ノ下誠(16)のうめき声と、倒れこむような音が聞こえてくる。
誠「……ううっ」
珠萌「おや? 誰か倒れたみたいだね」
和馬「(走り寄って)君、大丈夫? 気分でも悪いの? って、あれ? 木ノ下くん?」
誠「あっ、芹澤君……」
珠萌「あらら、クラスメイトの木ノ下誠、通称、モヤシ君じゃないか」
誠「……」
和馬「……モヤシくんって。それより、顔真っ青だよ。さ、つかまって。すぐに保健室に行こう」
誠「いや、いいんだ。気にしないでくれ」
和馬「何言ってるのさ、こういうことも、僕の仕事なんだから」
珠萌「和馬君は、仕事熱心だね。感心、感心」
遠くから和泉京太(16)が走ってくる。
京太「おーい、和馬ぁー」
和馬「え? ……げっ! 京太」
珠萌「和泉京太かぁ。うるさいのが来たね」
京太が目の前で立ち止まる。
京太「やっと見つけた。(睨んで)お前なぁ、携帯でろよ。何のために持ってるんだよ」
珠萌「私とデートしてたから、気づかなかったんだよ。ね? 和馬君」
京太「なにぃ! デ、デ、デートだと!」
和馬「(慌てて)いやっ、違うから! マナーモードで気づかなかっただけだから!」
京太「ホ、ホントか? 裏切りじゃないよな?」
和馬「何かあったの?」
京太「あっ、そうだ! すぐ来てくれ。第六体育館で、バスケ部とバレー部が喧嘩してる。もうちょっとで、乱闘になるぞ。あれは」
和馬「あっ、いや……、僕にはクラスメイトを保健室に連れて行くという仕事が……」
京太「喧嘩の仲裁も、お前の仕事だろうが」
珠萌「生研だしね。そっちが本職じゃない?」
和馬「……うっ」
誠「僕のことは気にしないで」
和馬「ええっ! そんな」
珠萌「私が保健室連れてくから、大丈夫だよ」
和馬「珠萌さんまで……」
京太「よし、問題解決。次はあっちだ。ほら、行くぞ」
和馬「あのさ、ほら、そういうのって、先生とかに言った方がいいんじゃないかな?」
京太「『生研』に頼めって言われたぞ」
珠萌「まあ、当然だよね」
和馬「分かったよ、行くよ。行けばいいんでしょ。じゃあ、木ノ下君、ちゃんと保健室に行くんだよ。珠萌さん、後をよろしくね」
珠萌「了~解!」
京太「急げって! 和馬」
京太と和馬が走り出す。
和馬「そういう荒っぽいのは、夏姫先輩の方が得意なんだけど……」
京太「見つからないし、お前の方が頼みやすいんだよ」
和馬「僕じゃ、役に立たないって、絶対」
京太「グジグジ言うなよ。その右腕の『生研』の腕章が泣いてるぞ」
和馬「……はぁ」
○ シーン 3
人がざわめく声が大きくなっていく。
それに混じって、言い争いや殴り合う音が聞こえてくる。
バスケ部「ふざけんな! 今日は、バスケ部の方が広く使える日だろ」
バレー部「はぁ? バレー部が全面の日だぞ。こっちが、仕方なく貸してやってるのに」
和馬「(間に入って)ちょっと、待ってください。落ち着いて」
バスケ部「邪魔だ! どけ!」
和馬「うわっ」
男子生徒に突き飛ばされる和馬。
バレー部「お、おい、そいつ『生研』の腕章つけてるぞ!」
バスケ部「(動揺して)え? ……ええっ!」
女の声「おらおらおらー、どけどけぇ」
大声をあげながら、戦国夏姫(17)が走ってくる。
バスケ部「げっ! 生研の戦姫(いくさひめ)!」
夏姫「てめえら。俺のシマで、喧嘩するなんて、いい度胸だ」
バスケ部「ま、待て、話を聞いて……」
夏姫「問答無用! おらぁ!」
バスケ部「ぐわっ!」
夏姫が、男子生徒に蹴りを入れる。
吹っ飛ぶバスケ部。
さらに暴れ続ける、夏姫。
夏姫「おら! どうした! そんなもんか!」
男子生徒たち「うわっ! ぐわっ、ぎゃ」
和馬「夏姫先輩は格好いいなぁ……。ホント、勿体無い。美人なんだからさ、もっとモテる思うんだよね。動かなけれバぎゃっ!」
夏姫の拳が、和馬の顔面にめり込む。
夏姫「お? 和馬か。そんなところにいると危ないぞ」
和馬「……殴る前に言ってください」
夏姫「まあ、細かい事は気にするな」
和馬「ううっ。……あれ、もう終わったんですか?」
夏姫「歯ごたえないよな。これで、運動部ってんだから、呆れるぜ」
和馬「……今回も随分、ギャラリーを巻き込みましたね。……あっ、京太」
京太「な……、なんで、俺、まで……」
和馬「日頃の行いが悪いからだよ。後で花壇に埋めてあげるから、迷わず成仏してね」
京太「……ちくしょう。ガクっ(気絶)」
夏姫「で? 何で喧嘩してたんだ、こいつら」
和馬「体育館の使用面積のことで争ってたようですね」
夏姫「ふーん。よし! バスケ部とバレー部。お前らは一週間、体育館の使用禁止だ」
バスケ部「ええっ!」
バレー部「そんな、理不尽だ!」
夏姫「ん? 一ヶ月にして欲しいのか?」
バスケ・バレー部「い、いえ」
夏姫「よし、じゃあ、部室に帰るぞ、和馬」
和馬「は、はい……」
○ シーン 4
生物研究会室。
カタカタと、パソコンを打つ音。
夏姫「お前、鼻血出てるぞ」
和馬「え? あっ、本当だ。先輩に殴られたからだ」
夏姫「まったく。お前はホント、ひ弱だよな。だから特訓してやるって言ってんのに」
和馬「……足に鉄球をつけて、川に突き落とすって、どこの時代の死刑ですか!」
夏姫「そんなんじゃ、この先、やっていけねえぞ」
和馬「あー、騙された。一体、これのどこが『生物研究』なんですか? 動物なんか、一匹もいないじゃないですか!」
夏姫「いるだろ。ここに。三匹も」
和馬「三匹って……。僕と夏姫先輩と、雫先輩のことですか?」
夏姫「地上の生物の中で、一番やっかいで、手に負えないのが人間だ。その人間を監視、管理する。立派な『生物研究』じゃねぇか」
和馬「うう……絶対、詐欺だ。動物好きな人が、僕と同じような間違いを起こさないように、名前変えた方がいいですよ」
雫「(打つのを止めて)創立した時から、この名称。今更変えることはできない」
夏姫「だってよ」
和馬「あうう……」
ドアがノックされ、扉が開く。
入って来たのは、宮下京香(28)。
宮下「いたいた。お、雫は今日、こっちか」
雫「……宮下先生」
夏姫「宮下が生研の部室に来るなんて、珍しいな」
宮下「ちょっと、頼みごとがあるんだよ」
和馬「頼みごと、ですか?」
宮下「噂で聞いてないか? ほら、三日前に生徒が倒れたって……」
雫「居残りしていた生徒が、倒れるという事件」
宮下「そう、そう。それだ。さすがだな」
夏姫「雫、詳しく説明してくれ」
雫「夜、一人で居残りしている生徒が、気絶した状態で見つかったという事件。その生徒は、未だ、目が覚めていないという話」
夏姫「ふーん。で? 俺たちに、どうしろってんだ?」
宮下「調べて欲しいんだよ」
和馬「調べるって……何をですか?」
宮下「事故なのか、事件なのか。簡単に言うと、人為的なものなのか、どうかだな」
夏姫「(嬉々として)犯人探しか! いいぜ。見つけてボコボコにしてやるよ」
和馬「先輩、落ち着いてください。あの……事件の可能性がありそうなんですか? それなら、僕たちよりも、警察の方が……」
宮下「警察沙汰にすると、教頭がうるさいんだよ。それに、警察に言っても相手にされそうにないしな」
雫「争った形跡、および外傷がない……」
宮下「そう。生徒には全く異常がないんだ。これがな」
和馬「それじゃあ、そもそも犯人なんて……」
宮下「それがな、実は……。同じように倒れた生徒が他にもいるんだよ」
夏姫「……雫、詳しいデータあるか?」
雫「(パソコンを打つ)一人でいる時に、同様の症状で倒れた生徒は、三日前の生徒で四人目。いずれも、まだ目が覚めていない」
宮下「四人とも、一人でいるところっていうのが、ちょっとな……」
夏姫「放課後に四人連続、同じ症状か……」
宮下「それに、万が一、今回のことが……」
夏姫「生徒の悪戯なら、公になる前に手を打っておきたいってところか」
宮下「こんな時のための生研だろ。違うか?」
和馬「生徒会は、なんて言ってるんですか?」
宮下「生研に廻せ、の一点張りだ。そもそも、生徒会は学校運営が主な仕事で、こういう治安維持の仕事は生研の役割だからな」
和馬「まぁ、それは、そうですけど……」
宮下「というわけで、頼むぞ」
夏姫「犯人を見つけるのはいいんだけどよ……。問題は犯人が何をやってるか、だろ?」
宮下「(ため息)そこが、頭が痛いところだ。医者にも、目覚めない原因がわからないって言われてな……」
夏姫「医者にもわからないのに、俺たちがわかるはずねえと思うぞ」
雫「専門家が見抜けないような知識を、生徒がもってるとも思えない」
夏姫「だよな。やっぱ、偶然じゃねえのか」
宮下「本人の証言が取れないし、目撃者がいないから、何とも言えないんだがな。まあ、犯人がいないに、こしたことはない。ただ……(急に怪談を話すような口調で)あともう一つ気になることがあってな……」
和馬「(生唾を飲んで)なんですか?」
宮下「あくまで噂なんだが、幽霊の仕業だって話もあるんだ」
和馬「ええっ! 幽霊!?」
夏姫「なるほど。医者にも、原因がわからないとなると、そんな噂もたつってか」
宮下「ああ。生徒たちも、変に怯えてしまってな。親からも苦情が出てるんだよ」
夏姫「俺ら、そういうのは専門外だぞ」
宮下「そこを何とか、適当に頼む」
和馬「適当って……」
夏姫「じゃあ、何日か調査して、何も出なかったら、それで終了ってことでいいか?」
宮下「OKだ。お前たちが調査した後、同じことが起こったら、その時はしょうがない。教頭を説得して、警察に相談してみるよ」
宮下がドアを開けて、出て行く。
和馬「ホントに、幽霊の仕業なんですかね?」
雫「状況から見て、人為的な可能性は低い」
夏姫「よし! じゃあ、頼んだぞ。和馬」
和馬「なんで、僕なんですか!」
夏姫「お前、寺の息子だろ」
和馬「遠縁のおじさんがやってるだけです。僕が、お祓いとかできるわけじゃありませんよ。ここは、支部長の先輩が行くべきです」
夏姫「お、俺は……、その、あれだ」
和馬「あれ? ……もしかして、先輩、幽霊とか苦手なんですか?」
夏姫「(モジモジして)わ、悪いかよっ」
和馬「(ボソッと)か、可愛い……。先輩が、普通の女の子に見える」
夏姫「(小声で)幽霊は……、殴れないから、面白くない……」
和馬「(コソッと)よし! 今のは、聞こえなかったことにしよう」
夏姫「じゃあ、和馬、頼んだぞ」
和馬「(諦めて)はい、はい……」
夏姫「雫。四人が倒れた場所や状況の資料、出してやれ。関連しそうなのも全部だ」
雫「……わかった」
和馬「早速、今夜から張り込んでみます」
夏姫「ま、数日の我慢だ。……案外、お前、悪運が強いからな。初日から、ビンゴなんてこともあるかもな」
和馬「冗談でも、やめてくださいよ」
夏姫「まあ、何かあったら、すぐ電話しろ。相手が人間なら、すぐに殴りに行ってやる」
和馬「……幽霊より、先輩の方が怖いです」
夏姫「あん? なんか、言ったか?」
和馬「い、いえ。じゃあ、今日の放課後から、調査始めますね」
夏姫「(真剣な声で)なあ、和馬。現場に行く前に、一応、あいつの所に寄って行け」
和馬「……あいつ?」
夏姫「占星クラブの蘆屋千愛だ」
和馬「せん……せい、クラブ、ですか?」
夏姫「占うに、星って書いて、占星クラブ」
雫「吉兆を占う、陰陽師の術のこと……」
夏姫「そこの部長をやってるやつだ」
和馬「その人に会って、どうするんです?」
夏姫「会えば、解かる。とにかく、この手の話に詳しいんだよ。今回の事件が、幽霊が絡んでるのか、ただの悪戯なのかも、きっと見破ってくれるはずだ」
○ シーン 5
和馬が、放課後の廊下を歩いている。
和馬「なーんて言われたけど、ホントかな。……っと、『占星クラブ』のプレートがあるってことは、ここかぁ。……って、うわっ、旧家庭科室だ。部員一人しかいないのに、随分良いところ使ってるなぁ」
コンコンと、和馬がドアをノックする。
しかし、全く反応が無い。
和馬「いないのかな? 先輩、放課後なら絶対いるって言ってたのに。……どうしよう。放送部に呼び出してもらうかなぁ。……ん? あれ? ちょっとドア開いてる」
和馬がギィっとドアを開ける。
和馬「(小声で)お邪魔しまーす。蘆屋先輩、いらっしゃいます……」
柔らかい風が、和馬を包む。
和馬「うわ……(呆然と)綺麗な人」
蘆屋千愛(17)が、ペラリとページをめくる。
和馬「(見惚れて)……天使みたいだ」
千愛「用がないなら、消えてくれないかしら。……邪魔だから」
和馬「悪魔だった!」
千愛「聞こえなかったの? 本を読むのに、気が散るのよ。帰って」
和馬「……」
千愛「それとも占いの依頼かしら?」
和馬「……えっと、い、いや、あの……」
千愛「(面倒そうに)仕方ないわね。占ってあげる。……結果は、明日死ぬと出たわ」
和馬「何一つ、占いの動作してませんよね」
千愛「占星なんて名前が悪かったかしら。占いなんて文字を入れたのが失敗。うっとうしいにも程があるわ」
和馬「えっと、僕は、『生研』の芹澤和馬です」
千愛「……生研? ああ、夏姫のところの」
和馬「実は先輩に頼みたい事があって……」
千愛「どんな事件?」
和馬「え?」
千愛「(本をパタンと閉じ、ため息)どうせ事件の依頼でしょ? ぼさっとしてないで、概要を話してくれないかしら?」
和馬「ひ、引き受けてくれるんですか?」
千愛「引き受けるかどうかは、話を聞いて判断するわ。だから、早く話してくれない?」
和馬「あ、はい。実はですね……」
時間経過。
千愛「……なるほど」
和馬「あの、何か分かりましたか?」
千愛「ええ。生徒が倒れた原因が分かったわ」
和馬「本当ですか! じゃあ、犯人は何をしたんですか?」
千愛「犯人? ずいぶん、間の抜けたことを言うのね。この事件に犯『人』はいないわ」
和馬「え? じゃあ、事故ってことですか?」
千愛「(大きくため息)そんなわけないでしょ。四人も同じような症状で倒れているのよ。しかも、外傷はないって話なんだから」
和馬「それは、何か……、そう、ガスのようなものが、発生して……」
千愛「頭の悪い人間と話すと、疲れるわね」
和馬「初対面なのに、ひどい言いようですね」
千愛「まあ、いいわ。で、ガスだったかしら? 仮に医者にも分からない、未知のガスが発生したとして……。今度は被害者が四人じゃ、おかしくないかしら?」
和馬「あっ、確かに、この学校の生徒の数に対して少ない……」
千愛「それに、事件は放課後、つまり日が沈んでからしか、起こってない」
和馬「それじゃ、一体……?」
千愛「十中八九、変化の仕業ね」
和馬「……変化?」
千愛「いわゆる、幽霊、妖怪、怪異と呼ばれる存在のことよ」
和馬「ま、まさか。そんなのいるわけが……」
千愛「襲われた四人……。まだ目覚めてないのでしょ? 恐らく、大量に霊力を抜かれんだわ」
和馬「れ、霊力……ですか?」
千愛「一週間もすれば、意識は回復すると思うけど、無視できる被害ではないわね」
和馬「じゃあ、どうすれば……」
千愛「変化を調伏するのよ。放っておいたら、犠牲者は増えていく一方だわ」
和馬「ぜひ、事件解決に協力して下さい」
千愛「……今回は、助言だけじゃないから、報酬をいただくわ。いいわね」
和馬「ぼ、僕、そんなにお金持ってませんよ」
千愛「言わなくても、顔を見れば分かるわ」
和馬「僕、そんな貧乏臭い顔ですか?」
千愛「……この『占星クラブ』を正式な部に昇格させるっていうのは、どうかしら? 『生研』の権力なら、簡単でしょ?」
和馬「そんな、無茶ですよ。メンバーだって、一人で、活動内容も不明って、そんな部、認めることできませんよ!」
千愛「それなら、交渉は決裂。自分たちで、何とかするのね。まあ、あなたたちも、霊力を抜かれるのがオチだと思うけど」
和馬「蘆屋先輩は、なんとも思わないんですか? 現に、ここの生徒が、化け物に襲われたんですよ!」
千愛「他人の為に、命を賭けるほど、お人よしじゃないわ」
和馬「い、命……」
千愛「人外の者……変化を相手にするのよ。一歩、間違えれば、被害者の四人と同じ状態になりかねない。それほどの事態に、報酬を求めるのは、当然だと思うけれど?」
和馬「……分かりました。条件を飲みます。ただ、蘆屋先輩が、本当にそういう力を持っているか、証明してくれませんか?」
千愛「……今のが私の作り話で、あなたを利用して、利益を得ようとしてるかもしれないってことね?」
和馬「……失礼な考え方かもしれませんが、そういうことです」
千愛「へえ……。ちゃんと考えてるのね。感心したわ。あなたの評価を、サルからチンパンジーに上げてあげる」
和馬「微妙な上がり方ですね。……って、評価がサルになってることにビックリしましたよ!」
千愛「……ゴリラの方が良かったかしら?」
和馬「下がりました! 最初より、下がっちゃいましたよ。ちゃんと人間として認識してください」
千愛「この白い、四角い和紙は、霊符と言って、術を発動するために必要な札よ」
和馬「僕の意見は、基本、スルーなんですね」
千愛「これに、血で文呪を書く」
和馬「針なんて出して、どうするんです? うわっ、指に刺した。痛くないんですか?」
千愛「これを、折り畳み……。できたわ」
和馬「……鶴?」
千愛「……発」
和馬「え? ……飛んだ?」
ゆっくりとした、鳥の羽ばたき音。
和馬「ど、どうなってるんですか? 紙の鶴が飛ぶなんて……」
千愛「式神って言葉、聞いたことないかしら? これがそうよ。……で? どうかしら?」
和馬「……すごい」
○ シーン 6
放課後の静かな廊下を歩く、和馬と千愛。
和馬「先輩、どこに行くんですか?」
千愛「黙って着いてきて」
和馬「は、はい……」
前から、夏姫が欠伸しながら歩いてくる。
和馬と千愛が立ち止まる。
和馬「あっ、夏姫先輩」
夏姫「(立ち止まり)おっ、和馬に千愛。なにしてんだ……って、ああ、今から調査か」
和馬「暇そうですね。まさか、今から帰るんですか? 僕に仕事を押し付けて」
千愛「……夏姫。もう、私に頼らないんじゃなかったの?」
夏姫「今回は、和馬だろ。俺は関係ねえよ」
和馬・千愛「……」
夏姫「ちっ、あー、分かったよ。手伝えばいいんだろ。手伝えば! くそっ、今日は、テレビで異種格闘技やるのによ」
歩き出す三人。
夏姫「で? どうなんだ? 今回の事件は?」
千愛「当たりね。変化の仕業よ」
夏姫「ランクは?」
千愛「幽霊ってところね」
夏姫「なんだ、幽霊か……。面白くねえな」
和馬「ちょっと、待ってください! 僕にも分かるように、説明してくれませんか?」
夏姫「なんだ、千愛。この辺の説明、してねえのか。……えっとな、変化には、強さにランクがあるんだ」
千愛「ランクというより、属性……、格って言った方が正しいわ」
夏姫「下から、幽霊、妖怪、付喪神、あと……もう一つ、あったよな?」
千愛「今は、関係ないし、話すのが面倒よ」
夏姫「お前、そういう面倒臭がりなところ、直した方がいいぞ」
和馬「夏姫先輩も人のこと言えませんけどね」
夏姫「で、こういう変化が絡んだ事件だと、まず、相手のランクを調べるところからスタートするんだとよ」
千愛「相手の格によって、対応の仕方が変わってくるのよ。当然でしょ」
夏姫「今回は、幽霊で間違いねえんだろ?」
千愛「ええ」
和馬「どうして、分かるんですか?」
夏姫「被害者に、傷がないから、だろ?」
和馬「え?」
千愛「妖怪は、幽霊の格が上がった、実体を持った存在。被害者に外傷がないということは、その変化は、実体を持っていないということ」
夏姫「変化の中で、実体がないのは幽霊だけだからな。それで、幽霊ってわけだ」
和馬「……僕、思うんですけど、どうして幽霊や妖怪は、無闇に人を襲うんですかね? 恨みとかなら分かるんですけど、今回は無差別に人を襲ってますよね」
千愛「……あなたが、この世に存在する価値ってあるのかしら」
和馬「! 質問したら、罵倒が返ってきた!」
夏姫「ないな」
和馬「しかも、肯定された!」
千愛「間違えたわ。あなたが、この世に存在し続ける為に必要なものは、何かしら? と言いたかったのよ」
和馬「絶対、ワザと間違えましたよね。……えっと、生きるのに必要な物ってことですよね?」
夏姫「そうだな……。喧嘩と……」
和馬「それは、夏姫先輩だけです。……うーん、空気とか、水とか食べ物とか、そういうことですか?」
千愛「そう。それらは、あなたの肉体を維持するために必要なもの。つまり、あなたは、肉体という媒体を使って、この世に存在し続けているのよ」
和馬「……はあ」
千愛「それなら、変化はどうだと思う? 何を媒体に、この世に存在できるのかしら」
和馬「えっと……」
夏姫「霊体だろ?」
千愛「そう。変化は、肉体を失い霊体だけになった……あるいは、霊力が集まった時に、誕生する存在よ」
和馬「前者は幽霊のことですよね? 後者の霊力が集まった時っていうのは、どういう変化なんですか?」
千愛「さっき、夏姫の話にも出てきたけど、付喪神って、知らないかしら?」
和馬「えっと、物に神さまが宿るとか、そんな感じでしたっけ?」
千愛「ええ、そう。物というのは、元々霊力を持っていないから、霊力の影響を受けやすいのよ。まあ、霊力が溜まりやすいと言った方がいいかしらね」
夏姫「確か、人形とか鏡とかが、結構、溜まりやすいんだよな」
和馬「霊力が集まると、神様になるんですか?」
千愛「器ができるっていうのが正しいわね。それで……。(ため息)やっぱり、説明するのが面倒ね。どうせ、今は関係ないし」
和馬「……本当に、面倒くさがりなんですね」
千愛「肉体を維持する為には水や空気、食べ物が必要よ。もちろん、霊体を維持するのにも、必要なものがあるわ。何か分かる?」
夏姫「闘魂!」
和馬「……それは、暑苦しいですね」
千愛「(呆れと疲れ)霊力よ。変化は、自分の存在を維持するために人を襲うの。生きるために、動物を食べる人間と同じようにね」
和馬「……そうだったんですか」
千愛「話を戻すわ。相手が幽霊なら、次に、その幽霊がいる場所を特定する。それができれば、今回の事件は解決よ」
和馬「え? そうなんですか? でも、幽霊なんて、神出鬼没ですよね? どこに出るかなんて、分からないんじゃないですか?」
千愛「そうでもないわ。逆に特定しやすいくらいよ」
夏姫「幽霊って、憑りついたところから動けないんだよな?」
千愛「幽霊は消費する霊力の量は少ないけど、自分の中に溜めておけないの」
夏姫「まあ、実体がないからな」
千愛「だから人や物、土地など、霊力があるところにとり憑く。常に霊力を吸ってないと、存在し続けることができないからね」
和馬「つまり、宿がないと、この世に留まれないってことですか?」
夏姫「まあ、そんな感じだよな」
千愛「だから、幽霊を見つけることは、そう難しくないわ。霊力の強い場所を探せばいいからね」
和馬「そんなことありませんよ。大変な作業だと思います」
千愛「あら、どうしてかしら?」
和馬「今回の事件の発生場所はバラバラです。ということは、人にとり憑いて移動してるってことですよね。この学校に何人の生徒がいると思ってるんですか?」
千愛「へえ、鋭いのね。……でも。今回は、人を調べる必要はないわ。場所、もしくは物にとり憑いてるはずよ」
和馬「でも、場所や物にとり憑いていたら、幽霊は動けないんですよね?」
千愛「……今回の四つの事件は、ある教室を中心にして起こっているわ」
和馬「え? (資料をめくる)……あっ!」
夏姫「待て! 俺が話に着いていけてないぞ」
千愛「一つ目の事件が、二階。次の事件と、四つの目の事件は三階。三つ目の事件は、四階。一見すると、バラバラの場所に見えるわ。だけど立体的に捕らえると、三階の教室を中心に、四つの事件が起こっている」
和馬「……本当だ」
夏姫「……無視されるって、結構こたえるんだな」
千愛「つまり、その教室に今回の事件を起こした幽霊がいるはずよ。この教室は、今は何に使われてるのかしら?」
和馬「空き教室です。元々は、用務員室だったんですけど……」
千愛「ああ。去年、生徒にボコボコにされて、辞めちゃったのよね」
夏姫「その生徒は、俺がボコボコにしてやったけどな」
千愛「……見えたわ。あの教室が、そうよ」
和馬「あっ! ……じゃあ、先輩は最初から分かってて、ここに向ってたんですか?」
千愛「当然よ」
○ シーン 7
和馬と千愛、夏姫が立ち止まる。
同時に、その教室のドアが開く。
誠「うわっ」
和馬「うわっ、え? ……木ノ下くん?」
千愛「……誰かしら?」
和馬「クラスメイトです。……この教室で何してたの?」
誠「い、いや……。ちょっと、物を取りに来たんだ。それじゃ(走っていく)」
和馬「あっ、行っちゃった……。相変わらず、顔色悪いなぁ。また、倒れないといいけど」
夏姫「ううぅ……」
和馬「夏姫先輩? どうしたんですか?」
夏姫「モヤシな奴を見ると、眩暈を起こすんだ」
和馬「……変わった病気ですね」
夏姫「ダメだ。立っていられん。俺は、帰る」
和馬「え? ちょっと、夏姫先輩!」
夏姫が走り去っていく。
和馬「元気いっぱいに、走って行った……。そんなに格闘技見たいのかな?」
千愛「この教室には、鍵が掛かってないの?」
和馬「ええ。空き教室なんで、みんな、物置き代わりに使ってるみたいですよ。ほら」
和馬がドアを開け、千愛と共に入る。
和馬「うわぁ、話に聞いていたけど、物がいっぱいだ。これじゃ、倉庫って感じだよ」
その時、ピアノの音が鳴り響く。
和馬「うわっ、先輩。ビックリさせないでくださいよ」
千愛「このピアノ。随分と年代物だけど、ちゃんと調律されているわね(音を奏でる)」
和馬「最近まで使ってましたからね」
千愛「使ってた? どういうことかしら?」
和馬「うちの高校から、ピアノコンクールの優勝者が出たんですよ。しかも、一般の部です。その人が、ここで練習してたんですよ」
千愛「……ああ。田代美由紀……だったかしら。それで? どうして過去形なの?」
和馬「(暗い声で)先輩、知らないんですね。その人……一ヶ月前に、事故で……」
千愛「死んだの?」
和馬「はい……。あっ、もしかして、今回の事件は、その人の幽霊……」
千愛「そう思ったんだけど……」
和馬「どうしたんですか?」
千愛「(困惑して)……どういうことかしら?ここに、幽霊が憑りついた痕跡はないわ」
和馬「やっぱり、人にとり憑いていて、それで他の生徒を襲ったってことですか?」
千愛「それは無いわ。幽霊は、自分と波長の合う人間からしか、霊力を獲れないのよ。大体は、憑りついた人間からしか、霊力を奪わない」
和馬「じゃあ、今回は、どうやって生徒たちから霊力を獲ったんですか?」
千愛「……わからないわ。ピアノなら、条件はピッタリだったのよ。ピアノを操り、音で相手と波長を合わせられる」
和馬「じゃあ、とり憑いた人を操って……」
千愛「幽霊に、そこまでの力はないわ。せいぜい、物を動かす程度よ」
和馬「(笑って)もしかして、このピアノを別荘として使ってるとかじゃないですか?」
千愛「え?」
和馬「ご、ごめんなさい、冗談です!」
千愛「別荘。別荘ね……。なるほど……」
和馬「へ?」
千愛「でも、情報が全然足りないわね。事件のことで、もう少し詳しいことを知ってる人はいないのかしら?」
和馬「そんなこと言われても……。被害者は、全員目を覚ましてないですし……」
資料をペラペラとめくる、和馬。
千愛「……ちょっと待って。どうして、資料が五枚あるの?」
和馬「え?」
千愛「事件の被害者は、四人のはずよね?」
和馬「はい。あれ? これ、違う資料だ。雫先輩がミスするなんて、珍しいなぁ」
千愛「ちょっと貸して!」
千愛が資料を奪い取る。
和馬「それって、昨日、二人で歩いている時に、片方の生徒が貧血で倒れたって話ですから、事件とは関係ないと思いますよ」
千愛「……どうして、そう言えるのかしら?」
和馬「今回の事件は、一人でいる時に起こるっていうのが、特徴ですよね」
千愛「……いや、違うわ」
和馬「え?」
千愛「一人でいる時に起きるっていうのは、偶然よ。……いえ、一人じゃない時は、事件とは無関係って思われていただけよ」
和馬「……どういうことですか?」
千愛「とにかく、話を聞きに行くわよ」
和馬「え? でも、貧血を起こした生徒は、今日休んだって……」
千愛「違うわ。倒れなかった生徒の方よ」
○ シーン 8
静かな廊下で、話をしている三人。
千愛「それまでは、元気だったのね?」
近藤「はい。普通に喋ってたら、急に顔が青ざめて、それで……」
和馬「今日、学校休んだみたいだね」
近藤「まだ、目が覚めてないみたいです。心配で、帰りにお見舞いに行くつもりなんです」
千愛「岸本さんが倒れる前……、何か変わったことはなかった? どんな些細なことでもいいから、聞かせてくれないかしら」
近藤「えっと……。随分、遅くなっちゃったって、話してて……。それで……ピアノ!」
千愛「ピアノ?」
近藤「はい。ピアノの音が聞こえたんです。それで、学校の七不思議の話をした途端に……」
千愛「そう……」
和馬「それって、どこで?」
近藤「三階の空き教室の前です。荷物をそこに置きに行こうと、向ってた時ですから」
和馬「先輩! やっぱり、あの教室のピアノに、幽霊がとり憑いてるんですよ!」
近藤「幽霊? 違いますよ。ピアノを弾いてたのは、幽霊じゃありません」
和馬「え?」
近藤「木ノ下さんです。木ノ下誠さん。あの時、香奈を運ぶのを手伝ってもらったんですから、間違いありませんよ」
和馬「あの……木ノ下くんを知ってるの?」
近藤「……知らない人の方が少ないと思いますよ。そりゃ、美由紀さんには適わないですけど……」
和馬「ああ。そういえば、木ノ下くんも、ピアノやってたね。田代さんが優勝したコンクールじゃ、確か準優勝だったけ?」
近藤「木ノ下さんと美由紀さんの差なんて、ホント、紙一重でした。でも、木ノ下さんは、ずっと勝てなくて……」
千愛「確認するけど、木ノ下って人が、その時ピアノを弾いていたのよね? そして、彼はピアノの技量が並みじゃない」
近藤「はい。そうですけど」
千愛「そう。……なるほどね」
和馬「……先輩?」
千愛「最後にいいかしら? あなた、これが何かわかる?(紙をペラリと出す)」
近藤「何ですか? その真っ白い紙は」
千愛「何でもないわ。気にしないで」
近藤「は、はあ……」
千愛「さ、行くわよ」
和馬「え? どこにですか?」
千愛「木ノ下って人のところに、決まっているでしょ」
○ シーン 9
ガラガラと扉を開き、保健室に入る、和馬と千愛。
和馬「木ノ下君、ビックリしたよ。倒れて、保健室に運ばれたって聞いて」
誠「ああ、うん。でも、もう大丈夫だから」
千愛「随分と辛そうね」
誠「……最近、貧血が酷くて」
和馬「この前も、廊下で倒れこんだもんね」
千愛「でも、まあ、口くらいは動かせるわよね。二、三質問するけど、いいかしら?」
誠「え、えっと……?」
和馬「ごめんね。ちょっと、生研の仕事で手伝ってもらってるんだ。木ノ下くん、答えられることだったら、答えて欲しいんだ」
誠「べ、別にいいけど……」
千愛「貧血はいつから?」
誠「え?」
千愛「(威圧のある声)貧血が酷くなったのは、いつからなのかしら?」
誠「(慌てて)あっ、えっと、生まれつき、こういう体質で……」
和馬「え? でも、さっきは……」
千愛「まあ、いいわ。次の質問。あなたが、夜な夜なピアノを練習している教室の付近で、生徒が倒れるっていう事件が起こってるの。……何か、知らないかしら?」
誠「……知りません」
和馬「ホントに? 何でも良いんだ、気づいたことを話してよ」
誠「そ、そういわれても……」
千愛「じゃあ、最後の質問よ。これが何か、わかるかしら?」
和馬「その紙って、さっき近藤さんにも見せたやつですよね? 何か関係が……」
千愛「うるさいわ。黙ってて」
和馬「……すいません」
千愛「で、どうかしら?」
誠「い、いえ……。何も見えません」
千愛「……そう。これで質問は終わりよ」
千愛が歩き出す。
和馬「え? あの、もういいんですか? ちょ、ちょっと待ってくださいよ……。じゃあ、木ノ下くん、ゆっくり休んでね」
和馬も、千愛の後を追うように走り出す。
○ シーン 10
廊下。
和馬と千愛が並んで歩いている。
和馬「何も収穫ありませんでしたね……」
千愛「いいえ。事件の内容は、大体つかめたわ。犯人は、あの、木ノ下って男よ」
和馬「はあ、そうですか……。って、ええっ! ちょっと待ってください。今回の事件は、変化というか……幽霊の仕業じゃないんですか?」
千愛「ええ。幽霊の仕業ね。それは確実」
和馬「え? ってことは、木ノ下くんは幽霊? ……そんなはずないですよ!」
千愛「(呆れたようにため息)……これ、何かわかるかしら?」
和馬「それって、近藤さんや、木ノ下くんに見せた紙ですよね?」
千愛「そう。同じものよ。で、何か分かるかしら?」
和馬「いえ……、その、ただの紙にしか……」
千愛「そう。普通の人には、ただの白い紙にしか見えないのよ。だけど、彼はこう言った。『何も見えない』ってね」
和馬「え? じゃあ、木ノ下くんは、その紙自体が見えなかったってことですか?」
千愛「もし、紙自体が見えないなら、『何も見えない』なんて、表現は使わないと思うわ。『何がですか?』とか『何かあるんですか?』とか言うはず。そもそも、紙自体は、どんな人だって見えるのよ。あなたみたいな、能無しでもね」
和馬「僕、もう、心が折れそうです……」
千愛「間違えたわ。あなたのように、能力が皆無の人でも見れるってことよ」
和馬「……能力、ですか?」
千愛「霊感って言った方が、分かりやすいかしら。……それにしても、あなた、がっかりするほど、霊力が弱いのね。霊力が弱くて、流れが淀んで滞っている。人間として最低ね」
和馬「……先輩って、Sですよね」
千愛「あなたは、Mだから調度いいじゃない」
和馬「勝手に決めないで下さい!」
千愛「まあ、どうでもいいわ」
和馬「……どうでも、いいんですか」
千愛「それで、霊力は、霊体でいうところの血液と同じで、体中を巡っているの。よく、霊感が強いとかいうのは、霊力の巡りがいい人のことを言うのよ」
和馬「僕は、霊力の巡りが悪いんですか?」
千愛「巡りが悪いって言うより、止まってる感じね。あなた、その状態で、なんで生きていられるのかしら?」
和馬「い、いや、なんでって言われても……」
千愛「仕方ないわね。これは、サービスよ」
ブスっという、針を刺す音。
和馬「ぎゃー! 何するんですか!」
千愛「うるさいわ。静かにして」
和馬「人の後頭部に針を刺しておいて、何言ってるんですか! 痛かったですよっ!」
千愛「今度はどうかしら? 見える?」
和馬「あっ……。赤い、記号のような文字が、浮かび上がってます」
千愛「これは、霊符よ」
和馬「霊符ってことは、式神に使った紙と同じなんですか?」
千愛「あれとは、種類が違うわ。この霊符は、変化を調伏するための札よ」
和馬「へえ……。あの、なんで、僕、急に文字が見えるようになったんですか?」
千愛「あなたの、止まっていた霊力の流れを良くしたのよ」
和馬「そ、そんなことできるんですか?」
千愛「あら? 血液だって、磁石を張るだけで、血行が良くなるでしょ。あれと同じよ」
和馬「い、いや、霊感を、肩こりと同じように言われても……」
千愛「もし、この文字が見えていて、でも、その事を知られたくない場合、あなたなら、何て言って誤魔化すかしら?」
和馬「それは、何も見えないって……。あっ!」
千愛「そう。彼には、この文字が見えていたのよ。そして、それを隠そうとした。それに、霊感のある彼が、あの教室の違和感に気づかないわけがないわ」
和馬「……ということは」
千愛「ええ。彼は、幽霊となんらかの繋がりがあるってことよ」
和馬「じゃあ、すぐに問い質さないと……」
千愛「待って。その前に、調べてほしいことがあるわ」
○ シーン 11
放課後の静かな廊下に、ピアノの音が響き渡る。
和馬「うわー、綺麗な音だなぁ……。え? あれ? 眩暈……?」
パンと、和馬の頬を、平手で打つ音。
千愛「ちゃんと意識を保たないと、とり込まれるわよ」
和馬「……すいません。でも、先輩、そこまで力を込める必要はあったんですか?」
千愛「思った通り、妖怪に近い力ね。……いえ、もうなりかけているって感じかしら」
和馬「スルーですね」
千愛「この力なら、被害者の数は、膨大だわ」
和馬「どういうことですか?」
千愛「一人で居る時に襲われるっていう噂が、逆に仇になったわ。報告されていない、霊力をすわれた被害者は、結構な数になるはずよ。そのくらい、この幽霊の霊力は強い」
和馬「早く、止めましょう」
千愛「……そうね」
○ シーン 12
千愛が教室のドアを開く。
誠「あっ……」
誠が声をあげると同時に、ピアノの音が止む。
和馬「木ノ下くん……」
誠「……芹澤君」
和馬「その、後ろの人が……、虚ろな目をした、白い影が田代さんの幽霊なの?」
誠「……」
千愛「ピアノの音を媒体にして、幽霊と生徒を繋ぎ、生徒から霊力を奪う……。なかなか理に適っているわね。それに、ピアノの曲を使って、感受性を刺激して、その幽霊と生徒との相性の選別もする。考えたわね」
誠「なっ、なんのことです?」
千愛「とぼけたところで、結果は変わらない。人に害を成す変化は、調伏させてもらうわ」
誠「や、やめろ! 美由紀に、手を出すな!」
千愛「言ったでしょ。あなたの意思は、関係ないのよ(誠の方に歩き出す)」
誠「く、来るなぁ!」
千愛「……(歩き続ける)」
和馬「あ、あの、先輩!」
千愛「(ピタリと止まり)何かしら? まさか、ここまできて、見逃せって言うんじゃないでしょうね?」
和馬「え、いや、あの……」
千愛「同情するのは、分からないでもないわ。でもね、ここで調伏しておかないと、また被害にあう生徒が出てくるのよ」
和馬「……わかってます。でも、ちょっと、木ノ下くんと話をさせてくれませんか?」
千愛「(ため息をついて)……いいわ」
和馬「……木ノ下くん、調べさせてもらったよ。田代さんとは、幼馴染だったんだね」
誠「……ああ」
和馬「辛かったと思う。でもね、だからって、他の生徒に……」
誠「うるさい! お前に何が分かるんだよ! 俺と美由紀は、小さい頃からずっと、ピアニストになることを夢見てたんだ。二人で演奏会を開こうって、約束したんだ!」
和馬「……木ノ下くん」
誠「……俺には、美由紀ほどの才能が無いってことは、すぐに分かった。でも、そんなことはどうでもよくて……。別に、俺はピアニストになれなくてもよかった。俺は、美由紀と一緒に練習するだけで楽しかった。……いや、ただ、一緒にいてくれるだけで良かったんだ」
和馬「……」
誠「美由紀だって、そう思ってくれてる。だから、死んだ後も、俺のところに来てくれたんだ」
和馬「……木ノ下くん。それは、違うんだ」
誠「え?」
和馬「死んだ人が幽霊になる理由って、二つあるんだ。一つ目は、死んだ本人が、生前に強い思いを、この世に残している場合」
誠「……」
和馬「二つ目は、この世に残された方の人の思いが、死んだ人の霊体を縛り付ける場合」
誠「……だから、美由紀は死ぬ前に、強い思いを残してたんだ。それで、俺のところに」
和馬「きっかけの違いで生れる幽霊は、大きく特徴が異なってくるんだ」
誠「……どういうことだ?」
和馬「本人の意思と、霊体が結びついた幽霊……つまり一つ目の場合、自我があるんだ」
誠「……え?」
和馬「反対に、自分の意思とは関係なく、この世に縛り付けられている幽霊には、自我が無い……。ただ、存在してるだけなんだ」
誠「……う、うう」
和馬「ねえ、木ノ下くん。田代さんは、一度でも、木ノ下くんに話しかけてきたことがあった?」
誠「う、うぉぉぉー。うるさい! うるさい! うるさい! 美由紀は、絶対に渡さない」
誠がナイフを出す。
和馬「き、木ノ下くん、落ち着いて! とにかく、ナイフを床に置いて」
誠「美由紀は自分の意思で、俺のところにきてくれたんだ。そうだよな? 答えてくれ」
美由紀「う……。ああぁ……(苦痛の声)」
誠「美由紀?」
千愛「格が……、上がるわ」
和馬「え? あっ! 田代さんの姿が……。老婆のようにシワシワに……」
千愛「牙と角も生えてきたわ。……あれが、妖怪化よ」
和馬「まるで、鬼みたいだ……」
誠「美由紀! どうしたんだ?」
千愛「良かったわね。これで彼女は、この世に安定して存在できる」
美由紀「うう……、ぐ、がああ……」
誠「美由紀、美由紀っ!」
千愛「これが、あなたの望んだことよ」
誠「違う! 俺は、俺は……」
千愛「人から霊力を奪い取る。奪った霊力には、負の感情が混じる。その負の感情を吸い続けた彼女は、当然、鬼になる」
誠「そ、そんな……」
美由紀「ギキギ……ググ」
千愛「自我の無い、鬼。純粋な殺戮者。彼女の霊体は、これから人を襲い続けるわ」
誠「み、美由紀……」
和馬「な、なんとかならないんですか?」
千愛「今なら、間に合うわ。彼女は、まだ、彼と霊体が繋がっている。それを切り離し、彼女自身の霊力を相殺すれば……」
和馬「木ノ下くん。鬼じゃなく、ちゃんと田代さんのままで、成仏させてあげようよ」
誠「……」
和馬「これ以上、彼女を苦しめ続けるの?」
誠「……分かった。頼む……」
千愛「(歩みより、静かな声で)……斬」
和馬「田代さんの体が、光り始めた……」
千愛「彼女が吸った邪気が消えたのよ。見て、姿が戻っていくわ」
誠「……美由紀、ごめん。ごめんな」
美由紀「……」
誠「俺は、お前に頼ってばっかりだった。お前に、何もしてやれなかった」
美由紀「……そんなことないわ」
誠「え?」
美由紀「誠くんの傍にいれて、すごく楽しかった。私ね、とっても幸せだったよ」
誠「……美由紀」
美由紀「ごめんね、約束守れなくて。誠くんは、ちゃんと夢を叶えてね」
誠「美由紀!」
美由紀「大丈夫。誠くんならできるわ。だから私は、安心して逝けるの……」
誠「美由紀。俺も、……幸せだった」
美由紀「ありがとう。大好きだよ、誠くん……」
○ シーン 13
昼の学校。
占星クラブの教室にいる、和馬と千愛。
教室の外からは、生徒たちの慌しい喧騒が聞こえている。
千愛が、ズズズっとお茶をすする。
和馬「……田代さんも、やっぱり強い思いを残してたんですね。だから、最後に木ノ下くんに思いを伝えられた。そうですよね?」
千愛「……(お茶をすする)」
和馬「でも、木ノ下くん、なんであんなことしたんですかね。木ノ下くんの性格なら、自分の霊力でなんとかしようとすると思うんですけど……」
千愛「最初は、そうしようとしたんでしょうね。だけど、彼の、彼女に対する思いは強すぎた。その思いが、彼女を妖怪化させ始めたの。妖怪が消費する霊力は膨大よ」
和馬「……じゃあ、木ノ下くんの霊力じゃ、足りなくなったってことですか?」
千愛「そういうことね。だから、生徒の意識がなくなるほどの霊力を奪ってしまった」
和馬「そうだったんですか……。っていうか、僕の分は無いんですか? お茶」
千愛「購買に行けば、たくさんあるわよ」
和馬「……そ、そうですよね」
千愛「……それにしても、驚いたわ」
和馬「へ? 何がですか?」
千愛「変化や、変化に関わる人を説得するなんてね。そんなこと、考えたことなかった」
和馬「いやあ、あれは、咄嗟のことで……」
千愛「私にとって、変化は憎むべき対象でしかないのよ。……きっと、これからも」
和馬「……先輩?」
千愛「(ハッとして)……くだらないこと話したわね。……それより、そろそろ勿体つけないで、出してくれないかしら」
和馬「えっ? な、何をですか?」
千愛「……今回の報酬よ。占星クラブの正式な部として認める、認定書」
和馬「い、いや……それが……」
千愛「……」
和馬「その……あの」
千愛「……」
和馬「すいません! 夏姫先輩に却下されてしまいました!」
千愛「……そう。分かったわ」
和馬「え? あの、許してくれるんですか?」
千愛「占星クラブの活動は、放課後、十八時からよ」
和馬「は、……はあ?」
千愛「生研の活動は、大体十七時までだから、問題ないわね」
和馬「え! ちょ、ちょっと待ってください。それって……」
千愛「報酬が払えないなら、労働で払ってもらうわ。和馬くん自身は、愚図で無能だけど、生研の肩書きは、色々便利だもの」
和馬「すごく、嫌な予感が……」
千愛「たっぷり働いてもらうわよ」
和馬「そんなの無理ですよ。大体、夏姫先輩にだって、こき使われてるんですから。これ以上、働いたら、僕、死んじゃいますよ」
千愛「大丈夫よ。幽霊になっても、出来る仕事は色々あるわ」
和馬「鬼だ! ここに本物の鬼がいたぁ!」
和馬(N)「入学してから一ヶ月。早々と、僕の高校生活は、悲惨な運命になることが決定されたのだった」
1話 おわり
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