■概要
人数:5人以上
時間:10分
■ジャンル
ボイスドラマ、現代、コメディ
■キャスト
宮田 光喜(みやた こうき)
玲香(れいか)
麻田(あさだ)
その他
■台本
カタカタとパソコンのキーボードを打つ音。
光喜「……麻田さん。俺、気付いてしまったんですけど」
麻田「ん? 何? バグ?」
光喜「いや、そうじゃなくて……この会社、ブラックじゃないですかね?」
麻田「……え?」
光喜「やっぱり気づいてなかったですか」
麻田「驚いたな。今更?」
光喜「へ?」
玲香「麻田に宮田! リリース前の佳境の時期におしゃべりとは随分と余裕だな」
光喜「社長! この会社、ブラックなんですか?」
玲香「いいか、宮田。ブラックかどうかは他人ではなく自分で決めるものだ。心の持ちようでものの見方は変わる。この程度の労働条件でブラックだと思うなら、それでいい。だが、その先に成長はないと思え」
光喜「……社長。ブラックかどうかを決めるのは法律らしいです」
玲香「ほう。高度なプログラムを組みながら、ググったのか。なかなか肝が太いな」
光喜「あの……残業代を払わないのは違法だと書いてありますが……」
玲香「何を言っている? 残業代なら払っているだろう?」
光喜「貰った記憶がありません」
玲香「うちでは残業代は愛で支払っている」
光喜「……貰った記憶がありません」
玲香「お前たちを叱咤したり、寝落ちしそうになったら、ムチで打ってるだろ」
光喜「社長と俺の愛の概念が違うみたいですね」
玲香「まあ、愛の鞭って奴だな」
光喜「愛はいらないんでお金で支給してください」
麻田「光喜よ。なにを勿体ないことを言ってるんだ?」
光喜「どういう意味ですか?」
麻田「よく言うだろ? 愛はお金では買えない。つまり、愛はお金より価値があるんだ」
光喜「その言葉の使い方、間違ってると思いますよ」
田中「あひゃはやひひゃひゃひゃひゃ!」
真下「社長! 田中が壊れました!」
玲香「ちぃ。5日の徹夜程度で情けない。仕方ない。真下、田中を仮眠室に連れていけ」
真下「はい。おい、田中、行くぞ。睡眠の許可が出たぞ」
田中「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!」
真下が田中を連れて部屋から出ていく。
玲香「いいか、みんな。田中が戦死した今、我々がその意志を継ぎ、このゲームをリリースさせるぞ!」
一同「おっす!」
光喜「辞めたい……」
場面転換。
居酒屋。
玲香「かんぱーい! リリースご苦労だったな。今日は私の奢りだ。存分に飲み食いしてくれ」
一同「……ういーす」
光喜「社長……俺、もう帰って寝たいっす」
玲香「ん? 仮眠室を使うのか?」
光喜「いや、帰るって言いましたよね? 自宅ですよ、自宅。もう一か月以上、帰ってないっすけど……」
玲香「わかった。では私たちはお前の分まで楽しんでおこう」
光喜「……あれ、楽しんでるんですか? みんな虚ろな目をして独り言をつぶやいてますが」
玲香「みんな、夢の世界に行ってるいるんだろうな。まさしく夢のような時間だ」
光喜「お疲れ様でしたー。お先ですー」
場面転換。
フラフラと歩く光喜。
光喜「ああ……終電と始発以外で帰れるのホント、久しぶりだな」
恭弥「あれ? 光喜? 光喜じゃん!」
光喜「……あっ! 恭弥? 久しぶり」
恭弥「高校以来か。光喜、今は何してんの?」
光喜「ブラック……ゲーム会社だよ」
恭弥「ゲーム会社か。大変そうだな。やっぱ、忙しいのか?」
光喜「あれで忙しくないなら、世の中から忙しいという言葉は絶滅すると思う」
恭弥「あのさ、俺、人事部なんだけど……」
場面転換。
玲香「ほう。うちを辞めたい、と?」
光喜「もう搾取される人生から抜け出したいです」
玲香「そうか。残念だ。私はお前のことが好きだったんだがな」
光喜「え?」
玲香「従順な犬として」
光喜「お世話になりました。今日限りでやめさせていただきます」
ツカツカと歩く光喜。
玲香「宮田。いつでも戻ってきていいからな」
光喜「はは。寝言は寝て言ってください。二度と戻るわけないですよ、こんな会社」
玲香「わかってないな。既にお前には毒が回っている」
光喜「毒……?」
玲香「それにこの会社にだっていいところがあるぞ」
光喜「へー。面白いこと言いますね。どんなところですか?」
玲香「アットホームなところだ」
光喜「……」
場面転換。
係長「それじゃ、宮田君の席はあそこになるから。机に指示書が置いてあるから、それにそって仕事してくれ。わからなかったら、チャットで聞いてくれ」
光喜「あの……皆さんに入社の挨拶とかしなくていいんですか?」
係長「ああ、うちはそういう古臭いの無しにしてるんだ。あとで、全社員向けにメールを送ってくれればいい」
光喜「……はい。わかりました」
場面転換。
カタカタとキーボードを打つ音。
男性社員1「あの……宮田さん。このタスク、消化したの宮田さんですか?」
光喜「え? あ、はい。こっちの作業をするときについでにやった方が早いと思って」
男性社員1「これ、僕のタスクなんですけど。勝手なことしないでくれませんか?」
光喜「いや……その……」
係長「どうした?」
男性社員1「宮田さんが、自分のタスクを勝手にやってしまって」
係長「宮田君。他人のことはいいから、自分の仕事して」
光喜「いや、自分のタスクは消化しましたよ。手が空いたんでちょっとやっただけで」
係長「そういうのいいから。自分のタスクだけやって」
光喜「は、はい……わかりました」
場面転換。
終業のチャイム。
係長「よーし、定時だ。みんな上がれよ」
光喜「あの……係長。飲み会とかってやったりしないんですか?」
係長「うちはそういうのしないんだ。それにほら、今はやれパワハラだのモラハラだのうるさいからね」
光喜「それなら、自分とこれから飲みに行きません? 色々話を聞きたくて」
係長「ああ、ごめん。俺もそういうの面倒くさいって思うタイプなんだ」
光喜「……そうですか」
場面転換。
バタンとドアが開いて、光喜が部屋に入る。
どさっとソファーの上に座る。
光喜「ふう……。早く帰れるのはいいんだけど……帰っても暇なんだよなぁ」
場面転換。
カタカタとキーボードを打っている。
ピタリと手が止まる光喜。
光喜「あの……ここの仕様なんですけど」
男性社員2「質問ならチャットで送ってください」
光喜「いや、隣なんですし、話した方が早くないですか?」
男性社員2「口頭だとログが残らないですから言った言わないになりますよね?」
光喜「……そんなこと言わないですよ」
男性社員2「あと、俺、人と話すの苦手だから」
光喜「そう……ですか」
場面転換。
係長「宮田君。困るよ」
光喜「えっと、タスクを消化するのがですか?」
係長「違うよ。早く終わらせ過ぎ。周りと合わせないと。これじゃ、同じ作業をしている人が遅いってなるでしょ」
光喜「でも、タスクを早く終わらせれば、次のタスクも消化できますし、時間があまれば新しいことだって……」
係長「あー、うちの部署、そういうの求めてないから」
光喜「……」
場面転換。
玲香「おかえり、宮田。シャバはどうだった? ん?」
宮田「社長が言った、毒が回っているという意味がわかりました」
玲香「ふふ。そうだろうそうだろう。お前は既に、こちら側の人間だ。さぞかし、うちのアットホームが恋しかっただろう?」
光喜「い、いえ……そんなことは……」
玲香「隠すな隠すな。私も宮田が戻ってきてくれて嬉しい」
光喜「え?」
玲香「よし、宮田が戻ってきてくれたお祝いとして、これから30日間のデスマーチをやるぞ!」
一同「おー!」
光喜「……やっぱ俺。戻ってきたの、失敗だったかも」
終わり。