■概要
人数:3人
時間:10分
■キャスト
一樹(いつき)
父親
美咲(みさき)
■ジャンル
ボイスドラマ、現代、シリアス
■台本
ガタンガタンと列車が揺れる音。
寝ている樹。
一樹「……ん? あれ? 列車? えっと、俺、何してたんだっけ?」
父親「おお、一樹、起きたか」
一樹「あれ? 親父? なんで?」
父親「なんだ、まだ寝ぼけてるのか? まったく、仕事のし過ぎで疲れてるんじゃないのか?」
一樹「いや、今やってるプロジェクトがようやく落ち着いてきたからさ、少し、ゆっくりできるんだよ」
父親「そうか。それはよかった。ああ、そうだ。弁当買ってきたんだが、食うか?」
一樹「あ、駅弁? 食べる食べる」
父親「相変わらず、駅弁好きだな。ほら」
父親が弁当を一樹に渡す。
一樹「ありがとう。でもさ、俺が駅弁好きになったのは、親父が原因だろ」
父親「ん? そうか?」
一樹「昔は、なにかと理由をつけては俺を旅行に連れてっただろ?」
父親「そうだったな。それで、お前はいつも駅弁をねだっていた」
一樹「それくらいしか楽しみがないんだからしょうがないだろ」
父親「何を言うか。電車は走っている風景、この乗っているときのゆったりした時間、全てを楽しむものだぞ」
一樹「そんなの、5、6歳の子供にわかるかよ。そりゃ最初は物珍しいから外を見てたけど、そんなの10分で飽きるっての」
父親「そうか? 私は子供の頃から電車から見る、この風景が好きだったがなぁ」
一樹「ガチの電車好きの親父と一緒にするなよ」
父親「ふむ……。お前も電車好きになってくれると思ったんだがな」
一樹「むしろ、逆効果だったんじゃないかな。すっかり電車嫌いになったよ」
父親「今もか?」
一樹「どうだろうな。最近は全然乗ってないから」
父親「そうか。今度乗ってみたらいい。子供の頃とは見方が変わって、好きになるかもしれないぞ」
一樹「……親父はさ、電車は人生を表してるってよく言ってただろ?」
父親「ああ」
一樹「時間というレールに沿って、生活という電車に乗って進んで行く、それが人生だって」
父親「そうだな。だが、走り出したからといって、ずっとその電車に乗ってなくてはならないというわけじゃない。どこかの駅で降りて、違う電車に乗る。これも人生の醍醐味だ」
一樹「時間というレールがあるのは変えられない。だけど、どの電車に乗るかは、自分で決められる。だから、乗りたい電車に乗って、好きな場所に行けばいい……」
父親「人生は一度きりだからな。せっかくの電車の旅だ。楽しまないとな」
一樹「……なあ、親父。あんたのその身勝手さが、どんなに家族に迷惑をかけたのか考えたことあるのか?」
父親「……」
一樹「あんたが乗りたい電車に家族を乗せて、あんたは突っ走った。結果はどうだ? 莫大な借金を残して、当の本人はさっさと消えたときたもんだ」
父親「……悪かった」
一樹「謝って済む問題かよ」
父親「……」
一樹「……」
電車が揺れる音。
一樹「母さんは……後悔はしてないってさ。あんたと一緒の電車に乗って……あんたが好きなことを目を輝かせてやっているのを隣で見ているのが楽しかったってさ」
父親「……そうか。けど、あいつには苦労ばかりかけたな」
一樹「だから、今度はちゃんと母さんに孝行してやんなよ」
父親「ああ、そうだな」
一樹「けど、まあ、俺の親孝行が終わってからだから、まだ先の話だけどな」
父親「一樹……。随分と立派になったな」
一樹「やめてくれよ。今更、父親みたいなこと言うの」
父親「そうだな。私にはその資格はないな」
一樹「なあ、親父はどうなんだ? 自分が乗ってきた旅路に満足してるのか?」
父親「ああ。もちろんだ。……ただ、心残りがあるとするなら、お前たちと……家族と一緒に、この風景をもっと楽しめばよかったと思うよ。……あの頃は必至で、自分だけでこの風景を見ていたからな」
一樹「まあ、あんたと一緒に、この風景を見たからといって、楽しめるとは限らないけどな」
父親「……そうか、それもそうだな。ふふ。自分勝手な考え方は治らないものだ」
一樹「親父の場合は死んでも治らないと思うけどね」
父親「……返す言葉もないな」
ガタンガタンと電車が揺れる音。
一樹「なあ、親父」
親父「なんだ?」
一樹「こうやって、電車の中から眺める風景も悪くないかも」
父親「……そうか」
一樹「俺も意地を張らず、こうやって親父と電車に乗ってたら、何か変わってたのかもしれないな」
父親「そう思ってくれるだけで嬉しいよ」
ガタンガタンと電車が揺れる音。
父親「なあ、一樹。……ありがとう」
一樹「は? なんだよ、急に。それに何に対してのありがとうだよ?」
父親「まあ、色々だ」
一樹「いや、色々って……」
父親「さてと。そろそろ行くか」
一樹「行くって、どこに?」
父親「次の駅で降りるんだ」
一樹「どうしたんだよ、急に。まだこの列車は目的地についてないだろ?」
父親「もういいんだ、一樹」
一樹「え?」
父親「私に付き合って、私の電車に乗り続ける必要はない」
一樹「何を言ってるんだよ?」
電車のブレーキ音と電車が止まる音。
父親「最後に話せてよかった。満足したよ」
一樹「ちょっと待ってくれよ、親父」
父親「最後くらい、父親らしいことをさせてくれ」
プシューっと電車のドアが開く音。
一樹「親父……」
父親「お前は、お前の好きな電車に乗って、好きな場所に行くんだ。いいね」
プシューとドアが閉まる音。
そして、電車が走り出す音。
一樹「……親父」
場面転換。
心電図の音が響く。
一樹「ん……? あれ?」
美咲「あなた! よかった、目を覚ましたのね」
一樹「美咲……? ここは?」
美咲「病院よ! あなた、会社で倒れたのよ。過労による心筋梗塞だって」
一樹「そっか……。そうだったな」
美咲「お願い、あなた。いくら亡くなったお義父さんの夢のためだからって、こんなこと続けてたら死んじゃうわ」
一樹「ああ……そうだな。俺も人のこといえないな。家族を見ないのは父親譲りだ」
美咲「……」
一樹「今の仕事はもう止めるよ」
美咲「え?」
一樹「俺は俺のやりたいことをする」
美咲「やりたいこと?」
一樹「そうだなぁ……。とりあえずは、今度一緒に、電車で旅をしよう」
終わり。