【声劇台本】車窓の光

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■概要
人数:2人
時間:10分

■キャスト
康生(こうせい)※年齢:30代後半~40代後半
彰人(あきと)※年齢設定は30歳より上であれば自由

■ジャンル
ボイスドラマ、現代、シリアス

■台本

康生(N)「夜の会社の屋上から見る風景。ひときわ高いビルのほとんどは、俺の建てたものだ。順調。そう、まさしく順調だった。もちろん、苦しいときはあった。だが、ここまで早く会社を成長させることができたことは順調と言っていいだろう。……いや、もしかしたら運がよかっただけなのかもしれないが。周りの人間は俺に対して、若くして全てを手に入れた男、なんて言うが実際どうなんだろうか。今、俺の手には一体、何が残っているのだろう……」

場面転換。

康生が歩いて来る。

車のドアが開き、康生が乗り込む。

彰人「お疲れ様です、社長。今日はどうしますか?」

康生「そのまま家に直行してくれ」

彰人「わかりました」

車が発進する。

康生「……君は、今日の決議のことは聞いているのか?」

彰人「不信任の件ですか? ええ、知ってます」

康生「君も俺の退任を望んでいた派か?」

彰人「ははは。社長。私は社長専属の運転手ですよ」

康生「ふふ。愚問だったな。すまない。どうやら今夜は疲れているようだ」

彰人「随分と気落ちされてますが、不信任は否決されたんですよね?」

康生「ああ。だが、ギリギリだった。つまり、半数近くは俺が社長の座に相応しくないと考えているということだ。その事実を突きつけられるとね、気落ちしたくもなるさ」

彰人「……」

康生「ふと、考えてしまったよ。この会社は俺が創って、俺が成長させた。運がよかったというのもあると思うが、それでも必死に、死に物狂いでここまで会社を大きくしてきた」

彰人「……ええ」

康生「それがどうだ。気が付いたら、半数近くの社員に、俺は社長を辞めろと思われていたんだ。確かに、今となっては俺だけではあの会社は回せない。社員たちの力があってこその会社だ。それはわかってる。……わかってはいるんだが、どうもね。やるせない気分になる」

彰人「……わかります」

康生「そこで、ふと思ったんだ。俺の人生はなんだったんだってね。確かに金はある。だが、それだけだ。恋もせず、友人も作らず、楽しい思い出さえない。結局、この手には何も残らなかったんだ。俺の人生なんてまるで意味がなかったのではないかとさえ思えてくる」

彰人「……そうでしょうか?」

康生「そうさ。俺はずっと一人だった。……君はこの会社に入ってどのくらいになるんだ?」

彰人「15年になります」

康生「そうか……。15年か。毎日のように顔を合わせている君の名前さえ、思い出せない。……薄情な男だよ、俺は。社長に相応しくないと言われれば、そうかもしれないな」

彰人「名前なんて、それほど重要でしょうか?」

康生「ん? どういうことだ?」

彰人「もし、この車の中以外で、私とばったりと逢ったとしたら、私のことは認識できませんか?」

康生「いや、さすがにそれはない」

彰人「であれば、社長は私という人間を認識してくれているということです。知ってくれている。名前なんて些細なことです」

康生「ふふ。君は面白いものの考え方をするな」

彰人「社長にはかないませんよ。覚えてますか? 私が社長の運転手に雇ってくれたきっかけ」

康生「え? えーっと……ああ。思い出した。あははは。そうだ。俺は君に轢かれかけたんだったな」

彰人「ええ。わき見運転していた私の車の前に、社長が飛び出してきたんです」

康生「いや、本当に済まない。あれはかなり焦ってたんだ。大事な商談に遅刻しそうだったからな」

彰人「轢きそうになって慌てて、ブレーキを踏んだんですが、社長が驚いて転んでしまいました。私は車から出て社長に駆け寄りました。大丈夫かと声をかけて、返ってきた言葉が……」

康生「今から俺が言う場所に送ってくれ、だったな」

彰人「ええ。最初は病院かと思ったんですけど、オフィス街のど真ん中でした」

康生「君も、よく了承してくれたな」

彰人「断ったら轢かれたと騒ぐと脅したのは社長ですが?」

康生「無茶苦茶だったな、俺も……」

彰人「そんな社長でしたから、面白いと……社長の元で働きたいと思ったんですよ」

康生「まさか、次の日に雇って欲しいと言ってくるとは思わなかったな」

彰人「そんな怪しい人をよく採用しましたよね」

康生「断ったら、脅されたと騒ぐと言ったのは君だぞ」

彰人「はは。そうでしたか? でも、その後、私を専任の運転手にしたのは驚きました。自分を轢きかけた相手をですよ」

康生「あのとき……急ぎの会議の場所に送ってもらったときに、思ったんだ。随分と早く、スムーズについたとね。正直、あのときは遅れる覚悟だったんだが、間に合ったからな。あれは本当に助かった」

彰人「そういえば社長、二課の前田が結婚したのは知ってますか?」

康生「ええ? 前田が? まさか……」

彰人「いえ、職場の人間ではありません」

康生「そうか……。あの、女性社員全員に声をかけてたあの問題児がなぁ……」

彰人「社内でも問題になって、男しかいない部署に飛ばしたんですよね?」

康生「それしか方法がないだろ。さすがに男には手を出さないだろうし」

彰人「仕方ないので、外でナンパをしまくったそうです」

康生「……あいつは何をやってるんだ。まあ、問題も起こしてないし、業績も落としてないから目をつぶるが」

彰人「一番最初の社員旅行を覚えてますか?」

康生「思い出したくないな。張り切って海外にしたはいいが宿泊先の予約日がズレてたんだよな。女性社員は何とか他のホテルにねじ込めたが、男社員のほとんどは野宿させてしまった」

彰人「意外と楽しかったという社員が多いんですよ。みんなで晩御飯と調達したり、それぞれ寝る場所を確保したり。そうそう。田中がどこからか花火を調達してきましたね」

康生「あれは凄かったな。打ち上げ花火みたいに派手だった」

彰人「3年前の発注ミスのことは覚えてますか?」

康生「忘れたくても忘れられんな。正直、あれは会社がつぶれるのを覚悟した」

彰人「社員総出でなんとか、商品をかき集めたんですよね?」

康生「あのときは指示系統がめちゃくちゃだったのに、みんな自分の判断で動いてくれたおかげでなんとかなったな」

彰人「あの一件で、社内の団結力が強くなったみたいです」

康生「戦友みたいなものか」

彰人「海外進出のときも、大変でしたね」

康生「あれは現地で見つけたガイドが優秀で本当に助かった」

彰人「毎年行われる忘年会も盛況ですよね」

康生「年々、派手になっていくな。だが、おかげで参加率はほぼ100パーセントだ」

彰人「15年、色々ありましたね」

康生「ああ……。辛いことも楽しいこともたくさんあった……」

彰人「残ってます」

康生「え?」

彰人「社長の手の中にはたくさんの思い出が残ってるじゃないですか」

康生「……だが、それは会社のことで、プライベートの話ではない」

彰人「関係ありませんよ。楽しい思いでは楽しい思い出です」

康生「……」

彰人「社長は、ご自分の人生に意味はなかったかもしれないと言いましたが、私は社長の会社に助けられました」

康生「え?」

彰人「この会社に雇ってもらう前はリストラにあい、無職だったんです。もし、あのとき雇ってもらわなかったら、今頃どうなっていたかわかりません」

康生「……」

彰人「他の社員たちも一緒です。社長が創った会社のおかげで、今の生活が守られています。それはどうしたって変わらないことです。例え、社長に辞めて欲しいと思っている社員でも、です」

康生「……」

彰人「それに、知ってますか? 社長に社長の座から降りて欲しい理由を」

康生「……俺のワンマンが気に入らないんだろ?」

彰人「逆です。最近、守りにいくことが多くなったという意見が多いです。昔みたいな無茶なことをしなくなった。無茶苦茶やる社長だったからついてきたのに、魅力がなくなった。そういう意見らしいですよ」

康生「……ふふふふ。あはははは。なんだ、それは? 言えよ! まったく」

彰人「無茶をやるのも大変ですからね。社長にこれ以上負担をかけたくない、というのもあるんだと思いますよ」

康生「はー……。そんなことを心配されるようでは終わっているな。……なるほど。確かに無茶はしなくなったな」

彰人「……」

康生「よし! 気分を変えるか。彰人くん、どこか、飲み屋に寄ってくれ」

彰人「え? 私の名前……」

康生「ああ、思い出したよ、色々と」

彰人「わかりました。大衆居酒屋の方がいいですよね?」

康生「ああ、雑多なところがいい。それと、運転代行も手配してくれ」

彰人「あの、私が送り届けますよ」

康生「何を言ってる? 酔っぱらった君に運転させるわけにはいかないだろう」

彰人「……え?」

康生「楽しい思い出作りというやつだ。付き合ってくれるか?」

彰人「はい」

終わり。

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