■概要
人数:5人
時間:10分
■ジャンル
ボイスドラマ、中世ファンタジー、シリアス
■キャスト
アレックス
ジェームス
父親
その他
■台本
アレックス(N)「父は厳格だった」
パンと頬を叩く音。
父親「嘘を付くんじゃない! どんな小さくて些細なことでもだ。嘘は人を欺く行為になる。アレックス、お前は真っ当に生きるんだ。いいな?」
アレックス(N)「真っ当に、正直に生きろ。それが小さい頃から父親から、唯一教えてもらったことだった」
場面転換。
道を歩くアレックス。
男たちの噂話が聞こえてくる。
男1「おい、聞いたか。隣の領主、また税金を上げたらしいぜ」
男2「ああ、知ってる。ザイオン家だろ? やりたい放題って話だ。この前も憂さ晴らしで領民の一家を狩りの的にしたってよ」
男1「いやあ、俺たちはここの領民でよかったよ」
男2「けど、ザイオン家はここの領地を狙ってるって話だぞ」
アレックス「……」
ドアを開け、アレックスが家の中に入って来る。
アレックス「ただいま」
ジェームス「お帰りなさいませ、アレックス様」
アレックス「なあ、ジェームスは、この家の執事として長いんだよな?」
ジェームス「かれこれ20年になります」
アレックス「20年か……。その前のことはわからないかな?」
ジェームス「といいますと?」
アレックス「この家ってさ、元々、貴族ってわけじゃなかったんだよね?」
ジェームス「はい。当主様……アレックスの御父上の代から、貴族になられています。……というより、元々は没落貴族だったところを当主様が復興させた、というのが正しいでしょうか」
アレックス「うーん……」
ジェームス「なにか、ありましたか?」
アレックス「いや、色々調べてみたんだけどさ、父さんが何をしたのかがわからないんだ」
ジェームス「何をした……か、ですか?」
アレックス「ああ。この家を復興させるのに、なにかしらの手柄というか、何かをしたはずなんだ。そうでなければ、没落貴族から、ここまでの上級貴族になれるわけがない」
ジェームス「失礼ながら。知って、いかがされるのでしょうか?」
アレックス「真っ当な人間にこだわる理由だよ。俺を小さい頃からひたすら、真っ当になれと言い続けてきた理由が知りたい」
ジェームス「理由ですか?」
アレックス「ああ。ジェームスも感じていると思うが、あれは正直に言って、異常だ。今の世の中、腐った貴族が多い。そんなんじゃ、この家はすぐに飲み込まれてしまう」
ジェームス「……ええ。そうですね」
アレックス「成り上がった父さんなら、身に染みるほどわかりきっているはずだ」
ジェームス「……」
アレックス「だが、父さんは俺に対して真っ当でいろと言う。……例え、俺の代で再び、この家が没落しても、だ。つまりは、家よりも俺に対して真っ当でいろという方を重視している。これはどう考えても異常だと思う」
ジェームス「当主様には当主様の考えがあるのかと……」
アレックス「そうだとしても、理由が知りたいのさ。何も知らず、この家がただ没落していくのを黙って見ていることはできない」
ジェームス「……わかりました。私からもそれとなく、当主様に伺ってみます」
アレックス「ああ。頼んだよ」
場面転換。
剣の素振りをしているアレックス。
アレックス「ふっ! ふっ! ふっ!」
父親「急に、剣の特訓なんかして、どうしたんだ?」
素振りを止めるアレックス。
アレックス「あ、父さん。単に体力づくりの一環だよ。っていうか、習慣に近いかな」
父親「……どのくらい続けてるんだ?」
アレックス「大体、3年くらいかな。まあ、基礎的な鍛錬だけだどね」
父親「そうか。知らなかったな。……どれ、手合わせをしてみるか」
アレックス「え? 父さんと? 大丈夫? 父さんが剣を握っているところなんて見たことないけど」
父親「昔は……結構、腕に自信はあったんだ。まあ、心配なら手加減してくれ」
アレックス「わかったよ。じゃあ、軽くいくね」
父親「ああ……」
アレックス「はあああ!」
場面転換。
バタッと倒れるアレックス。
アレックス「はあ、はあ、はあ。参った」
父親「ふむ。何も教わっていないのに、ここまでの腕とはな。……血筋のせいか」
アレックス「父さんがここまで強いだなんて知らなかったよ。ねえ、今度から、剣の特訓に付き合ってくれない?」
父親「アレックス。お前はなんのために強くなりたいと思うんだ?」
アレックス「え? えっと……護身のため、かな」
父親「いいか、アレックス。強さというものは自分のためではなく、真っ当に生きるために使うものだ。他人を傷つけるためにあってはならない」
アレックス「ねえ、どうして父さんは、そこまでして俺に真っ当になってほしいの?」
父親「……私のようになってほしくないからだ」
アレックス「どういうこと?」
父親「……」
場面転換。
アレックスが家に入って来る。
アレックス「ただいま」
ジェームス「アレックス様! 当主様が」
アレックス「え?」
場面転換。
父親「はあ、はあ、はあ……。がはっ!」
アレックス「父さん! どうしたの?」
ジェームス「おそらく、毒です」
アレックス「毒? なんで?」
ジェームス「恐らくザイオン家の者かと」
父親「……いいか、アレックス。私のことはいい。復讐なんて考えるなよ」
アレックス「どうしてだよ? なんで!?」
父親「因果応報だ。私がこうなるのは当然のこと。だが、アレックス。お前は違う。お前は、……どうか真っ当に生きて……くれ」
アレックス「父さん! 父さんー!」
ジェームス「当主様……」
アレックス「因果応報ってなんだ? 父さんは何をしたんだ?」
ジェームス「……」
アレックス「頼む、ジェームス。何か知ってたら教えてくれ」
ジェームス「当主様は暗殺をやっておりました」
アレックス「暗殺?」
ジェームス「国王から不正や非人道的な行いをしている貴族を秘密裏に処理する権限を与えられておりました」
アレックス「……それで、この家が復興できたってわけか」
ジェームス「はい」
アレックス「でも、なんで父さんはそのことを俺にまで黙っていたんだ?」
ジェームス「当主様は仕事柄、恨まれることが多かったです。例え、正義の為とはいえ、人を殺める。それは決して、許されない行為です」
アレックス「……」
ジェームス「当主様はいつも恐れていました。自分の因果がアレックス様にまで行かないかを。だからこそ、真っ当に生きてほしかったのだと思います。例え、この家が没落することになったとしても、憎しみの連鎖から、アレックス様を逃したかったのでしょう」
アレックス「父さん自身はどうだったのかな? 自分の行いを後悔していたんだろうか?」
ジェームス「いえ。当主様は、最後まで自分の仕事に誇りを持っていたはずです」
アレックス「そうか……」
ジェームス「そして、このような最後も覚悟の上だったのでしょう」
アレックス「ジェームス。教えて欲しい」
ジェームス「……なにを、でしょうか?」
アレックス「暗殺のやり方」
ジェームス「え? それは、まさか……」
アレックス「継ぐよ。父さんの仕事」
ジェームス「しかし、当主様はそれを望んでいません。逆にそれだけは、絶対に避けるためにアレックス様に真っ当に生きて欲しいと……」
アレックス「父さんの思いは理解している」
ジェームス「その思いを踏みにじることになりますが?」
アレックス「それでも、俺は父さんの誇りを受け継ぎたいんだ」
ジェームス「あの世で、当主様に顔向けできませんな」
アレックス「一緒に怒られよう」
アレックス(N)「こうして、俺は父さんの意思ではなく誇りを受け継いだのだった」
終わり。