【声劇台本】再会

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■概要
人数:4人
時間:10分

■ジャンル
ボイスドラマ、現代、シリアス

■キャスト
悠(ゆう)
真希(まき)
孝啓(たかのり)
その他

■台本

悠(N)「姉さんは僕の母親代わりだった。父親は蒸発。母親は病気で死んでしまった」

真希「悠。これからはお姉ちゃんと2人で生きていかないとならないの。しっかり、真っ直ぐ生きていこうね」

悠(N)「姉弟二人きりになってしまったのは、僕が小学六年生の頃。姉は高校生で、高校に行きながらバイトをして僕を育ててくれた。高校に通うことができたのも、姉のおかげだ。姉は高校を卒業後は地元のダイバーのインストラクターとして就職した」

真希「海の仕事に就くのは、お姉ちゃんの夢だったんだよ」

悠(N)「きっとこれは僕に負い目を感じさせないための言葉だったんだろう。僕たち姉弟は貧乏ながらも、平穏に暮らしていた。なんとなく僕はこんな生活がずっと続くんだろうと思った。そんな矢先の出来事だった」

真希「お姉ちゃんね、結婚を考えている人がいるんだ」

悠(N)「ダイビングスクールで出会った人だった。姉よりも3つ年上で、とても気さくで人懐っこく……そして軽そうな人。それが僕の第一印象だ。職にもついていなくて、フリーターをしていると聞いた時には、はっきり言って、よかったね、とも、おめでとうという気持ちにもなれなかった」

真希「お姉ちゃんね。子供できたんだ。ふふ。悠、おじさんになるんだよ」

悠(N)「姉の妊娠をきっかけに、その男との結婚の話は急速に進んだ。あれだけ、姉が何度もお願いしていた就職にも、前向きに考えると言ってくれ、結婚した後の住居も探し始めた頃だった」

真希「あははは……。お姉ちゃんもお母さんと同じだね。全然、男を見る目ないや」

悠(N)「僕たちの父親と同様に、ある日、突然、男は蒸発した。しかも、姉が結婚後の生活と、僕の大学に行くための貯金を全て持って……」

真希「ごめんね。悠を大学に行かせてあげること、できなくなっちゃった」

悠(N)「一番ショックだったであろう、姉の最初の言葉は、僕に対しての謝罪だった。元々、僕は大学に行くつもりはなかったし、姉には内緒で、実は高校卒業後に働く場所の内定を貰っていた。姉が溜めていたお金は姉の幸せの為に使ってほしかった。それに、姉から貰った恩を早く返したいという思いがあったからだ。だけど、僕のそんな些細な目標すら、僕の人生は僕に対して厳しかった」

真希「あのときは凄くショックだったけどさ。今、考えたら流産したのはよかったよ。悠にお願いするわけにもいかないし、施設に入れるのもどうかって思うし」

悠(N)「白血病。……姉には幸せな時間を送ることも許されなかった。苦労だらけで、自分の為に生きることができなかった、姉の人生。そして、僕はそんな姉に恩返しすることも叶わない。何度も考える。どうして僕たちなんだろう? どうしてここまで不幸に見舞われないといけないんだろう? 姉の言う通り、僕は真っ当に……真っ直ぐ生きてきたつもりだ。その結果が、この仕打ちなんだろうか……」

真希「こんなこと言うと、悠に怒られるかもしれないけど……。もう一度、孝啓(たかのり)さんに会いたかったなぁ……」

悠(N)「捨てられ、全てを奪っていった男でも、姉にとっては唯一、愛した男なのだろう。そして、死ぬ間際でさえ、そんな男を愛し続けた姉。……そして、僕は考えた。せめて、姉の、この最後の言葉を叶えてあげたいと。それが僕にできる、最初で最後の姉に対しての孝行なのだ」

定食屋。

女将「ああ。真奈ちゃんのお父さんね。いつも家族三人で食べに来てくれるよ」

悠(N)「驚くほど簡単に見つかった。それも僕たち姉弟が住んでいた町からそう遠くもない場所で」

崖の上。下は海で、波の音が小さく聞こえる。

孝啓「……悠くんか。すっかり大人の顔になったね」

悠(N)「第一声がそれだった。姉のことではなく、生まれるはずだった自分の子供のことでもなく、目の前に現れた、元婚約者の……いや、金をだまし取った女の弟に対しての言葉だ」

孝啓「悪かった。金ならちゃんと返す。さすがに一度に全額は無理だけど、分割でちゃんと返すよ。もちろん、利子ってほどじゃないけど、迷惑かけた分は上乗せしてね」

悠(N)「男の印象はかなり変わっていた。軽そうな雰囲気は消えていて、誠実そうに見える。もし、最初に会ったときに、こうだったとしたら、おそらく僕は素直に姉を祝福できただろう」

孝啓「俺さ……。ようやく生まれ変わることができたんだよ。あいつに出会って、子供も出来て、初めて大切な人を守りたい、守らなくっちゃって思えたんだ。ちゃんと就職して、真っ当な人生を送れている……。だから、お願いだ。今の俺の幸せを奪わないでくれ!」

悠(N)「本来であれば、姉と築くはずだった幸せ……。いや、この男にとって、初めから姉との関係はそんなものではなかったのだろう。金ずるで、都合のいい女。それだけの存在だったんだろう」

孝啓「さっきも言ったけど、できるだけの償いはするつもりだ。お金の援助や……そ、そうだ! 同僚にすごく誠実な人がいるんだ。真希に紹介するよ。絶対にそいつなら真希を幸せにしてくれると思う」

悠(N)「本来だったら、この言葉で逆上していてもおかしくなかったかもしれない。でも、そのときの僕の頭は妙に冷え切っていた。目の前の男の言葉は僕の中に入って来ることなく、海の波にさらわれ、消えていった」

孝啓「だから、お願いだ。俺の前には……家族の前には現れないでくれ」

悠(N)「本当に幸せなんだろうと思う。この男の人生がどうだったかなんて知る由もないが、幸せになることがどれほど大変で、どれほどの奇跡なのかは、僕は身をもって知っている。知り尽くしている。だから、この男が必死で、この幸せを壊したくないと言っている気持ちは痛いほどよくわかる。だから僕は、一言だけ、こう言った。もう一度だけ、姉に会って欲しいと」

孝啓「あ、ああ。わかった。それもそうだな。うん。顔も合わせないなんて、不誠実だよな。許してくれるわけがないけど、会って、ちゃんと謝罪するよ」

悠(N)「この言葉を聞いて、僕は心の底から安堵した。正直、絶対に会いたくないと言われる可能性の方が高いと思っていたからだ。……よかった。本当によかった。これで、ようやく姉に恩返しができる」

ドスっと深々とナイフが刺さる音。

孝啓「え? あ……悠くん? どうして?」

ドンと押す音と、崖から人が落ちる音。

やがてバシャと海に人が落ちる音。

悠(N)「姉さんごめんね。これくらいしか、僕にできることはないんだ。でも、もうすぐ、会いたがっていた人が会いに行くはずだよ」

終わり。

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