■概要
人数:3人
時間:10分
■ジャンル
ボイスドラマ、現代、シリアス
■キャスト
紬(つむぎ)
天斗(たかと)
母親
■台本
紬(N)「脳内物質盲目症。新たに発見された病気で、世界でもその病気にかかった人は100人にも満たないらしい。そんな希少な病気だと診断されたときは、まるで夢の中のような、壮大な嘘に騙されているような現実味の無い感覚だった」
母親「紬……。ごめんね。ごめんね……」
紬「別にお母さんのせいじゃないから」
紬(N)「涙ながらに母が私に謝ってきたこともどこか自分のことのようには受け止められなかった。だけど、私の実感とは裏腹に、病気の進行により、嫌でも現実を突きつけられる」
紬が歩いているが突然、転びそうになる。
紬「きゃあっ!」
そんな転びそうになる紬を天斗が支える。
天斗「大丈夫か?」
紬「う、うん。平気。ありがとう」
天斗「……進行してるのか?」
紬「違うよ。全然。ホントに平気だから」
天斗「……」
紬「それはそれで、天斗はがっかりする?」
天斗「言っていい冗談と悪い冗談がある」
紬「……ごめん」
紬(N)「脳内物質盲目症。それはある脳内物質が分泌されることで、視神経が侵されやがて失明してしまうという病気。で、その脳内物質というのがオキシトシンやドーパミン……いわゆる、恋愛によって分泌される物質だ。……つまり、恋をすると目が見えなくなるという病気だ。この病気にかかる確率が物凄く低いことと、世界でも100人にも満たないことから、この病気は恋の盲目症なんて呼ばれて、面白がられている。恋は盲目とかけているらしい。逆を言えば恋さえしなければ、なにも起こらない病気ということだ。……そして、私は、今、隣にいる天斗に恋をしている」
天斗「紬。別れよう」
紬「もう。またその話?」
天斗「でも、このままじゃ、紬の目は……」
紬「大丈夫だって。これ以上、天斗を好きにならなければいいだけなんだからさ」
天斗「……」
紬「なに? 天斗はそんなに自分に自信があるの? そこまで私を惚れさせることができるってこと?」
天斗「……紬。茶化すな。お前の将来のことなんだぞ」
紬「……やっぱり、私が目が見えなくなったら天斗としたら面倒くさいから嫌?」
天斗「俺のことじゃなくて、お前のことだ。もし、目が見えなくなったら、お前の好きな絵だって描けなくなるんだぞ」
紬「……私はね。絵が描けなくなるより、天斗と別れることがの方が嫌、かな」
天斗「……」
紬(N)「天斗は私よりもずっと、私の病気のことを真剣に考えてくれている。いつも、私のことを見てくれている。私のことを大切にしてくれている。……そして、私の視力は日に日に落ちていっている」
母親「ねえ、紬。一度、天斗さんとは離れてみるのはどう?」
紬「お母さんまで、そんなこと言う。私は大丈夫だって」
母親「あのね、紬。お母さんはもちろん、紬のことも心配なのよ。でもね、同じくらい天斗くんのことも心配なの」
紬「……え?」
母親「天斗くんとはお隣同士で、私にとっても息子みたいな存在よ。だから、最初は紬と天斗くんが付き合うって聞いた時はすごく嬉しかったわ」
紬「……それが、私の病気とどう関係があるの?」
母親「あのね、紬。あなたが天斗くんを好きになればなるほど、目は見えなくなっていくよ」
紬「う、うん」
母親「逆にいうと、天斗くんのせいで紬の目が見えなくなるってことよ」
紬「そんなこと言わないで! 天斗のせいなんかじゃない! 私が勝手に天斗を好きになったから! だから、私の目が見えなくなるのは私のせい! 私だけのせい!」
母親「……天斗くんも、そう思うかしら?」
紬「え?」
母親「あの子はきっとそう考えない。自分がいたから、紬の目が見えなくなっていくって考えるんじゃないかしら?」
紬「……」
母親「紬。あなたの目が見えなくなったら、天斗くんはあなたに縛られることになる。あなたの目となって、この先もずっとあなたのために生き続けることになるわ」
紬「……」
母親「二人が、どれだけ好きかはわかっているわ。でもね、だからこそ、別れるってことも必要なんじゃないかしら?」
紬「……お母さんは私に、この先、ずっと恋をするのを止めろっていうのね?」
母親「……」
紬「……ごめん。意地悪なこと言っちゃったね」
母親「……ごめんね、紬……」
紬「……だから、お母さんのせいじゃないってば……」
紬(N)「お母さんの言う通りだ。私はずっと、目が見えなくなっても私が苦労すればいいとだけしか考えていなかった。でも、天斗はどう思うか……。お母さんの言う通り、自分のせいだと考えると思う。どんなことをしても、私に対して償おうとすると思う。……そんなのは嫌。私の我がままで、天斗に負い目を感じて欲しくない。天斗には幸せになって欲しい。だって、天斗のことが好きだから」
紬「ねえ、天斗。天斗の言う通りさ、別れよっか」
天斗「紬?」
紬「いやあ。やっぱりさ、目が見えなくなるの、怖いって思ってさ。実は結構進行してるんだ。今、天斗と別れれば、まだ間に合うから。だから、別れることにする」
天斗「そっか……」
紬「天斗はさ。ちゃんと幸せになってよね。私よりいい子なんてたくさんいるんだから、天斗にピッタリのいい子見つけて」
天斗「……わかった」
紬「それじゃね。今までありがとう」
天斗「……ああ。紬。元気でな」
紬「うん。バイバイ」
天斗が歩き去っていく。
紬「……うう。うう……うわーーーん!」
紬が大声で泣き出す。
紬(N)「数ヶ月後。私の視力はギリギリ見えているくらいの状態で維持している。このまま恋をいなければ大丈夫だと医者には言われた。でも、きっと大丈夫。この先、私は恋をすることはないと思う。……天斗よりも好きになれる人なんて、現れないだろうから」
紬「それじゃ、お母さん、ちょっと散歩行って来るね」
母親「……そんなに毎日、散歩なんて行かなくても……」
紬「例え、見えなくなっても家に閉じこもりたくないんだ。だから、そのときの練習。そんなに遠くには行かないから大丈夫」
母親「気を付けてね」
紬「うん」
ドアを開けて外に出る紬。
そのとき、杖で地面を叩く音が聞こえてくる。
紬「……」
ピタリと目の前でその音が止まる。
天斗「……紬か?」
紬「え? 天斗? ど、どうしたの? その目?」
天斗「紬。好きだ」
紬「え?」
天斗「紬の気持ち、わかったよ。例え、目が見えなくなっても紬と一緒にいたい」
紬「天斗……」
天斗「俺は……俺のせいで紬の目が見えなくなるというのが怖かった。だから、紬の目の前から逃げようとした。でも、やっぱり駄目だった。その怖さよりも紬と離れるほうがつらかった」
紬「……だからって、だからって……」
天斗「これでお互い、何も気にすることないだろ?」
紬「ホント、馬鹿なんだから」
天斗「ごめん。目を……すべてを失っても、紬と一緒にいたい」
紬「……私もだよ、天斗」
紬(N)「この瞬間、私の視力は完全に失われた。でも大丈夫。お互い、闇の中にいても平気。だって、お互いの隣には闇を照らす光があるんだから」
終わり。