■概要
人数:3人
時間:10分
■ジャンル
ボイスドラマ、現代、シリアス
■キャスト
昌弘(まさひろ)
山城 楓(やましろ かえで)
田岡(たおか)
■台本
学校のチャイム。
昌弘「よし、これでホームルームは終わりだ」
教室内が一気に騒がしくなる。
昌弘「気を付けて帰れよ。週末は、羽目を外し過ぎないようにな」
昌弘の言葉は教室内の騒がしさで、かき消える。
昌弘「……給料日だし、飲みにでも行こかな」
そんなつぶやきに楓が食いついて来る。
楓「先生、何か奢ってよー」
昌弘「うわ、山城! なんだ、急に?」
楓「だって、今日は給料日なんでしょ?」
昌弘「今の俺のつぶやき、聞こえたのか?」
楓「うん! 私ね、すごく耳がいいんだよ。集中すれば、隣の教室の話し声も利けるんだから」
昌弘「そりゃ、すごいな」
楓「あとね、何人かが一緒に話してても、聞き分けられるんだよ。まあ、一つに集中しちゃうと、他は聞こえなくなっちゃうけど」
昌弘「いや、十分すごいと思うぞ」
楓「それで? どこに連れてってくるの?」
昌弘「なんの話だ?」
楓「もう! 今日は先生、給料日だから奢ってくれるって話でしょ!」
昌弘「ああ、そうだった……って、おい! まだ、奢るなんて言ってないだろ!」
楓「まだ? じゃあ、これから奢ってくれるって言ってくれるんだ?」
昌弘「あー、もう、お前は変なところで頭の回転がいいのな。……わかったよ。ただ、さすがに他の生徒にもたかられたら、俺も生活がピンチになるから、みんなが帰ってから、こっそり行くぞ」
楓「やったー! じゃあ、みんな帰るまで、おしゃべりしようよ」
昌弘「ええー」
楓「ええー、ってなによ!」
場面転換。
楓「……告白したんだけど断ったんだって」
昌弘「んー。時期が時期だけに、そういうことが多くなりそうだな。……って、そろそろ行くか」
楓「うん!」
昌弘「……ん? あれ? 田岡、お前も帰ってなかったのか。お前も行くか?」
楓「ええ……」
田岡「いえ、僕はいいです……」
昌弘「そ、そうか。すまんが、このことはみんなに内緒にしておいてくれな」
楓「しゃべったら、死刑だからね!」
昌弘「おいおい、脅すんじゃない」
田岡「大丈夫です。誰にも言いません」
昌弘「ありがとうな。じゃあ、山城、行くか」
楓「うん!」
場面転換。
ラーメンをすする、昌弘と楓。
楓「ラーメンかぁー」
昌弘「奢ってもらって、贅沢を言うんじゃない」
楓「なんか、もっと、いい雰囲気の場所がよかったなぁ」
昌弘「どんだけたかる気だったんだよ……」
楓「いやいや。それなら、割り勘でもいいんだけど」
昌弘「あのなぁ、生徒に金を出させる教師がどこにいるんだよ」
楓「生徒……か。でもさ、もうすぐ生徒じゃなくなるよね」
昌弘「卒業まであと一ヶ月か。早いもんだ」
楓「……ねえ、先生」
昌弘「ん?」
楓「う、ううん。なんでもない」
昌弘「?」
場面転換。
放課後、廊下を歩いている昌弘。
スマホの着信音。
昌弘「はい、もしもし。……ああ! 久しぶりだな。え? いいな。うん、じゃあ……来週とかどうだ?」
そのとき、チャイムが鳴る。
昌弘「……うん、うん。ああ。今、学校だからまたあとでかけるよ」
ピッと、スマホを切る昌弘。
昌弘「ふふ。久しぶりにあいつの声を聴いたな」
立ち止まり、教室のドアを開ける。
楓「あ、ごめん。チャイムの音で聞こえなかった。……で、なんだって?」
田岡「あ、いや……その……」
昌弘「あれ? お前ら、まだ帰ってなかったのか?」
田岡「あ、いや、何でもないです!」
田岡が走って出ていく。
昌弘「あ、田岡……。ごめん、なんか邪魔しちゃったか?」
楓「んー。どうなんだろ?」
昌弘「どうなんだろって、お前ら、残って話してたんだろ?」
楓「呼び出されたのよ、田岡くんに」
昌弘「ふーん……」
場面転換。
廊下を歩く昌弘。
昌弘「あ、いた、おい、田岡」
田岡「あ、先生……」
昌弘「さっきはごめんな。なんか邪魔しちゃったみたいで」
田岡「……」
昌弘「どうした?」
田岡「実は……僕、山城さんに告白したんだ」
昌弘「ええ! そうなのか? ……で、どうだったんだ?」
田岡「ちょうど、チャイムが鳴って、聞こえなかったって……」
昌弘「……」
田岡「……もうすぐ卒業だから、思い切ったんだけど……。でも、このまま思いを伝えられないのは嫌だから、もう一回、告白しようかなって……」
昌弘「あー、いや、それはちょっとやめた方がいいかも」
田岡「え? どうして……?」
昌弘「あー、いや、その……な。聞こえなかったフリは、あいつの優しさなんだと思う」
田岡「聞こえなかったフリ?」
昌弘「……あいつな、すごく耳がいいんだよ。それに、何人かが話しているのを聞き分けられるらしいんだ。そんなあいつが、チャイムが鳴っていたからって、目の前の田岡の話を聞き逃すなんておかしいだろ?」
田岡「そっか……。そうなんだ……。それなら、ハッキリ断って貰った方が、気持ちも吹っ切れたんだけど」
昌弘「まあ、断る方も色々と気を遣うんだ。今回は納得いかないかもしれないが、飲み込んでくれないか?」
田岡「……わかった」
田岡が歩き去っていく。
昌弘「ふう、こういうのはどうも苦手だな」
場面転換。
ガラガラとドアを開ける昌弘。
楓「あ、先生!」
昌弘「……意外だったな」
楓「え? なにが?」
昌弘「お前なら、ハッキリ断るタイプだと思ったからさ」
楓「え? え? なに? なに?」
昌弘「いや、田岡の件だよ。田岡を傷つけないように、配慮したんだろ?」
楓「ん? なんのこと?」
昌弘「いや、だから、告白されたのを聞こえなかったフリをしたことだよ。俺としてはなかなか、いい対応だったと思うだけどな」
楓「……告白? 田岡くんが?」
昌弘「は? お前、耳がいいんだろ? チャイムが鳴ってたからって、聞こえないわけないだろ」
楓「あー。あれ、告白だったのかー」
昌弘「……」
楓「あのとき、チャイムが鳴ってたのもあるけど……集中してたから」
昌弘「集中?」
楓「先生、さっきの電話、誰からだったの? 相手、女の人だったんでしょ?」
昌弘「え? 廊下で話してたの、聞こえてたのか?」
楓「言ったでしょ、私、耳がいいって」
昌弘「ホントに聞こえなかったのか。……すまん、田岡」
楓「まあ、でも、聞こえてたとしても断ってたよ」
昌弘「そ、そうか……」
楓「だって、私……」
学校のチャイムが鳴る。
楓「先生のことが好きだから」
昌弘「……」
楓「……」
昌弘(N)「うう、ヤバい。こういうとき、なんて断ったらいいんだ? 山城を傷つけたくないし……」
楓「先生?」
昌弘「……え? あ、ごめん。聞こえなかった」
終わり。