たった一つの嘘
- 2022.10.12
- ボイスドラマ(10分)
■概要
人数:3人
時間:10分
■ジャンル
ボイスドラマ、現代、シリアス
■キャスト
雄太(ゆうた)
律子(りつこ)
響平(きょうへい)
■台本
律子「いい? 雄太。私たちは二人きりの家族なの。だからね、絶対に嘘は付かないで。どんな言い辛いことでも、ちゃんと言って。お母さんは、雄太のこと、愛してるの。だから、どんなことだって許すわ。だから、絶対に、嘘だけは言わないで」
雄太(N)「小さい頃から、母さんにずっと言われてきたことだ。だから、テストでどんな悪い点を取ってきても、先生に怒られても、喧嘩しても、母さんには素直に話してきた」
場面転換。
リビング。
テレビでニュースが流れている。
アナウンサー「……3歳の宮部喜朗くんが以前、行方不明の事件ですが……」
雄太「……物騒だな」
律子「なにが?」
雄太「3歳児が行方不明だって。もしかしたら、誘拐かも」
律子「……ふーん。はい、できたよ。朝ご飯」
ことりとお皿を置く律子。
雄太「……また、食パンとスクランブルエッグ?」
律子「しょうがないでしょ。金欠なんだから」
雄太「……まあ、いいけど」
律子「ああ、そうだ。雄太。母さん、今日、たぶん、朝帰りになるから、先に寝ててね」
雄太「……なに? お得意様の予約でも入った?」
律子「まーね。そのお金で久々に美味しいものでも食べに行く?」
雄太「いーよ、別に」
律子「あら、そう」
雄太「それよりさ……」
律子「ん?」
雄太「そろそろ、その仕事……辞めたら? 母さんも、もう若くないんだからさ」
律子「ダメねぇ、雄太は。女に年齢の話をするのはタブーなんだから」
雄太「俺もさ、もう働けるんだから」
律子「あんたは、そんなこと心配しないで、ちゃんと大学の受験勉強してなさい」
雄太「……」
律子「あ、そろそろ、模試の結果出てるでしょ? 机の上に置いておいて。帰ったら見るから」
雄太「わかった。じゃあ、行ってきます」
律子「はい、行ってらっしゃい。……おやすみ」
雄太「……おやすみなさい」
ガチャリとドアを開けて、雄太が出ていく。
雄太(N)「嘘を付かないというのは、もちろん母さんにも当てはまる。だから、母さんが風俗店で働いていることも、聞いている。……正直、そういうのは秘密にしておいて欲しいんだけど」
場面転換。
学校の教室内の休み時間。
雄太が勉強している。
響平「よー、雄太、相変わらず、がり勉だな」
雄太「うっさいな。それより、お前は大丈夫なのか? もうすぐ、期末だぞ」
響平「げっ! そうだった! ……なあ、今日、お前ん家で、一緒に勉強しね?」
雄太「いいけど、母さんはいないぞ」
響平「なんだよ、じゃあ、行ったって意味ねーな」
雄太「お前さぁ。人の母親を露骨に狙うの、止めろよ。正直、引くから」
響平「あーあ。律子さん、ホント色っぽいよなー」
雄太「……人の母親を名前で呼ぶな」
響平「俺もなー、律子さんみたいな母親がよかったなー」
雄太「……リアルに想像しろ。どんなに美人でも、自分の親だぞ?」
響平「……すまん。ないな」
雄太「だろ?」
響平「にしても、お前と律子さん、ホントにてないよな。お前は全然、色っぽくねー」
雄太「男なら、色っぽくなくていいだろが。お前の発言、マジでこえーよ」
響平「少しくらいは似ててもよくねーか? お前と律子さん、並んだら親子っていうより、姉弟(きょうだい)だぞ」
雄太「……うっさいな。父親似なんじゃねーか?」
響平「そういや、お前の親父って、亡くなったんだっけ?」
雄太「……詮索はしないってルールだろ?」
響平「あー、すまん、そうだった」
雄太(N)「母さんの話では、俺の親父の顔も覚えてないそうだ。そういうところも、正直に話してくれる。……でもやっぱり、そこは死んだって嘘ついて欲しかった」
場面転換。
雄太の部屋。
勉強している雄太。
すると、お腹の音が鳴る。
雄太「……もう、こんな時間か。腹減ったな。休憩がてら、なんか食うかな」
場面転換。
ガチャリとドアを開け、リビングに入ってくる雄太。
雄太「母さん、なんか、食うもんない……って、そうだ、今日は遅くなるんだったな」
キッチンへと歩き、冷蔵庫を開ける雄太。
雄太「なんか、ねーかな? って、ケーキあるじゃん! ……いや、これ、母さんのかな?」
雄太(N)「だが、そのケーキには付箋が貼っていて、『雄太、勉強頑張って』と書かれていた。普段はズボラな母さんだが、こういう部分では妙に気が利く」
雄太「じゃあ、お言葉に甘えて、いただきます」
ケーキを食べる雄太。
雄太「うおお、うめえ!」
雄太(N)「ケーキを食べていると、ふと、誕生日のことを思い出す。俺の誕生日はどんなことがあっても、必ず、母さんが祝ってくれた。その日だけは、仕事を休んで、母さんが手作りのケーキを作ってくれる。……そのケーキだけあれば、俺は満足だった。誕生日プレゼントもいらないし、豪華なご馳走だっていらない。手作りのケーキで、母さんが祝ってくれる。それだけでいいのだ。だから、父親がいて欲しいと思ったことは一度もない」
そのとき、ポケットの中のスマホが鳴る。
雄太「ん? なんだ? 知らない番号だな」
通話ボタンを押す、雄太。
雄太「もしもし……。え!? すぐ行きます!」
場面転換。
救急治療室に飛び込んでくる雄太。
雄太「母さん! 母さん!」
律子「……雄太」
雄太(N)「血の気が引き、青白い顔をした母さん。……警察の話では、母さんは客と口論になり、刺されたのだという。……そして、その傷は深く、もう手の施しようがないのだと告げられた」
雄太「母さん! しっかりして!」
律子「……ごめんね、雄太。最後まで、育てられなくて」
雄太「何言ってんだよ! 十分、育ててもらったよ!」
律子「……あのね、雄太。嘘を付かないっていうのが、私達、家族の唯一のルールだったけど、一つだけ、嘘を付いてたの」
雄太「……」
律子「雄太はね、私の本当の子供じゃないの」
雄太「ごめん、母さん。俺も……母さんに一つだけ嘘ついてた」
律子「え?」
雄太「俺、知ってた。……母さんの本当の子供じゃないって」
律子「……そっか。これじゃ、お互い怒れないわね」
雄太「そうだね」
律子「……」
雄太「でもね、母さん。俺は母さんの子供だよ。血が繋がってなくたって、本当の母親だって思ってる」
律子「私もね、雄太のこと、愛してる。本当の子供だって思ってる」
雄太「母さん。俺をここまで育ててくれて、ありがとう。すごく、幸せだった」
律子「……ありがとう、雄太。私も……幸せだったわ」
雄太(N)「1時間後、母さんは息を引き取った。そのあと、母さんが、俺のために、多額の貯金を残してくれていることと、何かあったら、本当の両親のところに行くようにという、メモが見つかった。……でも、俺は行くつもりはない。だって、俺の母親は母さんだけだから」
終わり。