青春を捧げたもの

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■概要
人数:5人以上
時間:10分

■ジャンル
ボイスドラマ、現代、シリアス

■キャスト
伊吹(いぶき)
美奈(みな)
先輩
後輩
店員
部長
男性
拓也(たくや)
おじいさん
子供×多数

■台本

テレビでは高校野球の中継が流れている。

定食屋のドアがガラガラと開き、数人が入って来る。

伊吹「すみません。3人なんですけど、空いてますか?」

店員「いらっしゃい。空いてる席、座って」

後輩「あちー! もう、ダメ! 午後からの営業、休んでもいいっすか?」

先輩「一番若いのに、だらしないぞ。伊吹を見習え、伊吹を」

伊吹「はは。自分は暑いのに慣れてますから」

後輩「伊吹先輩、暑さに強いですよねー」

先輩「そうだな。体力もあるし。なんかやってたのか?」

テレビからの音。

アナウンサー「打ったー! ヒット―! これで明昌学園、2点差に広げました」

伊吹「……ええ。高校の時、野球をちょっと」

先輩「へー。どうりで」

後輩「あれっすか? 甲子園とか行ったんっすか?」

伊吹「……いや、俺たちの世代はそもそも甲子園が中止だったんだ」

先輩「あー。あの時期か」

伊吹「……」

後輩「それって、何か寂しいっすね」

伊吹「ああ。いいことなんて何もなかったよ。何も……」

場面転換(回想)。

伊吹が高校生の時代。

伊吹「甲子園が中止って、どういうことなんですか!?」

監督「仕方ないだろ。野球連盟がそう決めたんだから」

伊吹「俺、今年が最後のチャンスだったんですよ! やっと、やっと甲子園で出場できると思ったのに……」

監督「……」

伊吹「俺……俺……。小学生の頃から、ずっと甲子園を目指してやってきたんです! 俺の……12年……これだけのために……」

監督「……辛いのはお前だけじゃない」

伊吹「くそ! こんなことなら、野球なんてやらなければよかった! あんな辛い練習だって、無意味だったんだ!」

監督「伊吹……。それは違うぞ。お前の12年は無駄なんかじゃない。12年間の練習はお前の中にちゃんと残っているんだ」

伊吹「……」

回想終わり。

伊吹「……無駄なことに青春を費やしてしまったよ」

後輩「プロとかは考えなかったんすか?」

伊吹「まさか。そこまでの才能はなかったよ」

店員「兄ちゃんたち、注文は?」

後輩「え? あ、俺、ざるそばで」

先輩「俺は冷やし中華」

伊吹「かつ丼のそばセットで」

後輩「うえー! 伊吹先輩、よくそこまで食べれるっすね」

伊吹「いや、普通に腹減ってさ」

先輩「ホント、夏バテとは無縁の奴だな」

伊吹「ははは」

先輩「午後からは頼むぞ」

場面転換。

インターフォンの音。

ドアが開く音。

男性「はい?」

伊吹「お忙しい中、申し訳ありません、私……」

男性「あー、営業なら間に合ってる。帰ってくれ……」

奥からテレビの音が聞こえてくる。

アナウンサー「ストライク! スリーアウトチェンジ! 危ない所でしたが、この回は1点で抑えました」

男性「お、いいぞ! って、わけだから帰ってくれ」

伊吹「明昌学園、今年、強いですよね」

男性「え? なに? 野球詳しいの?」

伊吹「元、野球部員で」

男性「へー。どこ?」

伊吹「聖将学園です」

男性「おおー。なかなかの強豪だな。……どうだ? ちょっと家で休憩して行かないか?」

伊吹「ありがとうございます」

場面転換。

社内。

部長「伊吹、よくやったな。今月のノルマ、クリアだ」

伊吹「ありがとうございます」

部長「おーい、みんなも夏バテしてないで、伊吹を見習えよ」

後輩「ういーす……」

伊吹が席に座る。

後輩「伊吹先輩、一体、どんなマジック使ってんすか?」

伊吹「別に。多くの家に行ってるだけだよ」

後輩「うう……。なんすか、それ。楽できるコツがあれば、教えてもらおうと思うったのに」

場面転換。

野球会場。大盛り上がり。

伊吹「いよっしゃー!」

美奈「やったー!」

伊吹「……あ、すいません」

美奈「いや、こちらこそ……」

伊吹「……今日は勝てそうですね」

美奈「そうですね。……あの、お一人なんですか?」

伊吹「ええ、まあ。周りに野球ファンがいなくて」

美奈「あ、私もなんです」

伊吹「こういうのは、友人と一緒に盛り上がりたいところなんですけどね」

美奈「そうそう。それなのに、誘っても嫌な顔をされるんですよ」

伊吹「野球ファンは長いんですか?」

美奈「ええ。高校の時にマネージャーやってたくらいなんですよ」

伊吹「ああ、俺は選手でしたよ」

美奈「へー。そうなんですか」

場面転換。

美奈「パパ、部長昇進、おめでとう」

伊吹「はは。お得意先の社長が同じ世代の野球球児だったのがラッキーだったな」

美奈「すっごい意気投合してたもんね」

伊吹「まあ、俺たちの世代にしかわからない悔しさだからなぁ」

美奈「あんな残念な経験がこんなところで活きるなんてね」

伊吹「なにがあるか、わからないもんだなぁ。……それより、拓也。野球の練習はどうだ? レギュラー取れそうか?」

拓也「野球は辞めたよ。つまんないもん」

伊吹「……」

美奈「……一体、誰に似たのかしらね」

場面転換。

バットを振る音。

伊吹「ふっ! ふっ! ふっ!」

おじいさん「ほー。鋭いスイングだ。野球選手かい?」

伊吹「いやいや。最近、運動してないので、運動不足解消にバット振ってるだけですよ」

おじいさん「あんた、野球には詳しいかい?」

伊吹「ええ、まあ、それなりには……」

おじいさん「頼みたいことがあるんじゃが」

伊吹「はあ……」

場面転換。

おじいさん「伊吹コーチだ。みんなしっかり言うことを聞くんじゃぞ」

子供たち「はーい!」

伊吹「伊吹です。練習は辛いと思うけど、みんな、頑張ってやっていこう」

子供たち「はーい!」

場面転換。

子供1「コーチ、さようなら」

伊吹「おう、気を付けて帰れよ」

子供たちが帰っていく。

子供2「……」

伊吹「……どうした? 具合悪いのか?」

子供2「コーチ、僕、野球辞める」

伊吹「……どうしてだ? 野球、つまらないか?」

子供2「……レギュラーになれなかったし。練習したって意味ないよ」

伊吹「……そ、そんなこと……」

子供2「……」

回想。

監督「伊吹……。それは違うぞ。お前の12年は無駄なんかじゃない。12年間の練習はお前の中にちゃんと残っているんだ」

回想終わり。

伊吹「……そうか」

子供2「え?」

伊吹「いいか。練習した経験はしっかり体の中に残っているんだ。無駄なことなんて、何もない」

子供2「でも、練習したって、どうせプロに何かなれないし」

伊吹「確かにプロになるのは難しい。でもな。プロにならなくたって、経験はちゃんと活きるんだぞ」

子供2「ホント?」

伊吹「ああ。ホントだ。俺の人生がそうだったようにな……」

終わり。

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