黒葛探偵事務所の不気味な依頼 第9話 見知らぬ我が子

黒葛探偵事務所の不気味な依頼 第9話 見知らぬ我が子

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■概要
人数:1~2人
時間:15分

■ジャンル
ボイスドラマ(朗読)、現代、ホラー・ミステリー

■キャスト
依頼者 男性
黒葛 女性 探偵

■台本

あるアパートの『105号室』。
黒葛《つづら》探偵事務所はそんな場所にあった。
俺からしたら、立派なビルの中にあるよりは、入りやすい。
それにネットの口コミでも結構いいし、さらに安い。
高校生の俺に、まさにピッタリの事務所ってわけだ。

後は、探偵が美人って書き込みもよく見る。

そこはすごく楽しみだ。

「どうも。黒葛《つづら》です」

案内されて部屋に入ったら、想像以上に美人な人だった。
ただ、意外だったのは探偵さんが車椅子だったということだ。
まあ、話を聞いてもらうだけだから、別にいいんだけど。

「では、依頼の内容を話してくれますか?」

そうだった。
無駄話をしている場合じゃない。
いくら相場と比べて安いとはいえ、俺の月のバイト代の半分を払うことになる。
俺からしたら大金だ。

そんな大金を払ってでもこの不気味な出来事をなんとか解決してもらいたい。

俺は心の中で解決してくれることを願って、依頼内容を口にした。

********************************
俺 :会ったこともないガキから、「お父さん」って呼ばれたんだ。
   それがすげー、不気味でさ。
   どういうことか、この変な出来事の謎を解いて欲しいんだ。

黒葛:子供が出来るようなことをした覚えは全くない、
   ということでいいですか?

俺 :もちろんだ。
   今まで、俺はやったことなんてない。
   てか、彼女だっていたこともないんだ。

黒葛:言われた子供は何歳くらいですか?

俺 :たぶん、3、4歳くらいだと思う。

黒葛:「お父さん」と言われた状況を、
   なるべく詳しく話してもらってもよいですか?

俺 :今月の始めだったと思う。
   ずっと部屋にいるのも飽きたから、気晴らしに公園にいったんだ。
   昼くらいだったかな。
   2時にはなってなかったと思う。
   ベンチに座って、ぼーっとしてたら、
   急にガキがやってきて、「お父さん」って言われたって感じ。

黒葛:何曜日のことですか?

俺 :んーっと、確か、木曜……だったかな。

黒葛:停学中に出歩いて問題ないのですか?

俺 :えっ!?
   なんで、俺が停学くらってたって知ってんだよ?

黒葛:やはり……。

俺 :あ、もしかして引っかけ?
   当てずっぽうとか?
   俺、そんなに人相悪いかなぁ?

黒葛:人相は関係ありません。
   時期的に春休みでも、祝日でもない。
   そして、あなたは「ずっと部屋にいるのも飽きた」と
   言っていました。
   つまり逆に言えば、家にいなければならない。
   となれば、停学くらいしかないと思い、
   カマをかけました。

俺 :はは。
   探偵っぽいね。

黒葛:冗談は置いておいて、子供の近くに親はいましたか?

俺 :いないかった。
   そのガキは一人で遊んでたんだ。
   って、あれ?
   これって、結構、異常なこと?

黒葛:そうとは限りません。
   家自体がかなり近いのなら、一人で遊ばせることも
   考えられます。
   ただ、子供の年齢を考えると
   かなり無関心な親ということになりますが。

俺 :うんうん。
   すげー、淡泊っつーか、冷たい母親だったよ。
   ホントに親かって感じだったなぁ。

黒葛:母親に会っているのですか?
   そのときの状況も教えてください。

俺 :え?
   あっ……。
   いや、別に大したことないよ。
   普通に、後から母親が来たってだけ。
   ホントに。

黒葛:冷たい印象を受けたようですが、なぜですか?

俺 :だって、子供の頬見ても、全然無視してたからさ。

黒葛:頬?

俺 :あっ、しまった。

黒葛:なにか言いづらいことがあるみたいですが、
   全部話して貰わないと、解ける謎も解けません。
   それに、あなたがどんなことをしたとしても、
   その行為に関して咎めることも、他者に話すこともしません。

俺 :ホントに?

黒葛:守秘義務がありますし、私の仕事は依頼をこなすことです。
   倫理観や正義感は必要ありません。
   ですから、例え、あなたが殺人をしたと言っても、
   別に通報しようとは思いません。

俺 :それっていいの?

黒葛:犯罪者を捕まえるのは警察の仕事ですから。
   それを手伝う義理はありません。

俺 :ははは。
   あんた、モロ、俺の好みだわ。

黒葛:私はあなたに対して、全く興味はわきませんが。

俺 :そういうところもなんかいい。

黒葛:それより、話して貰えませんか?

俺 :わかった。話すよ。
   あの日はさ、何日もずーっと家にいて、
   ストレスが溜まっていたんだよ。
   停学になった理由が喧嘩なんだけど、あっちが先に
   喧嘩売ってきたのに俺の方が悪いっていうのもあって
   とにかく、むしゃくしゃしてたんだ。

黒葛:それで?

俺 :最初はホントに気晴らしだったんだ。
   外の空気でも吸えば、気がまぎれるかなって。
   で、歩いてたら公園を見つけたら一休みしたってわけ。
   公園にはそのガキが一人でボール遊びしてた。
   すげー古いボールでさ。
   たぶん、サッカーボールだと思うけど、ボロボロで汚れも
   凄かったからはっきりはわからないけど。
   俺はガキさえいなけば貸し切りだったのになーって思ってたら、
   ガキが思い切り、ボールを蹴ったんだよ。

黒葛:それがあなたに当たったわけですか。

俺 :そう。正解。
   思いっきり、顔面に当たったわけ。
   別にそこまで痛くはなかったんだよ。
   まあ、思い切り蹴ったって言ってもガキのキック力だからさ。
   それよりも、クソ汚いボールを顔面に当てたのが腹立った。
   ガキがやってきて、謝ってきたんだけどさ、
   つい、カッとなって思いっきり頬を殴っちゃったわけ。

黒葛:痣ができるくらい、思いっきりやった。

俺 :いや、その……。
   悪かったと思ってるよ。
   やり過ぎた。

黒葛:別に私に懺悔されても困ります。
   それより、殴ったことで、その子供はどうなったのですか?

俺 :俺もさ、やっちまったと思ったんだよ。
   こりゃ、絶対泣くなって。
   面倒くさいことになりそうだから、
   俺はすぐに公園を出ようと思ったんだ。
   そしたら、そのガキはにっこり笑ってこう言ったんだ。
   「お父さん」って。

黒葛:……。

俺 :一瞬、ただの言い間違えかなって思ったんだよ。
   だから、俺は「父さんじゃねーよ」って言ってやったんだ。
   そしたら、そのガキが俺の足に抱き着いて、
   「お父さん、大好き」
   なんて言い出したんだ。

黒葛:それで、あなたはどうしたのですか?

俺 :ホントはさ、すぐに公園から出て行こうと思ったんだけど、
   そのガキが足から離れなくて……。
   殴ったときの罪悪感もあったし、そのまま少しそのガキと
   遊んでやったんだよ。
   その間も、ずっとガキは俺のことを「父さん」って言ってた。

黒葛:なるほど……。

俺 :これってどういうことだと思う?
   ……今、思ったんだけどさ。
   もしかして前世の記憶ってことはないかな?
   ほら、前世でその子は俺の子供だったとか。
   それで殴られたときのショックで思い出したとかさ。
   思い出して見ると、そのガキと遊んでるとき、
   妙に懐かしいような感じがしたんだよね。

黒葛:幼少期に前世の記憶を持っているという記録は数多くあります。

俺 :でしょ?
   やっぱり、そうなんだよ。
   うわー。自分で解決できちゃったよ。
   依頼して損したー。

黒葛:ただ、その可能背は限りなく0に近いでしょう。

俺 :なんで?

黒葛:仮にその子供が前世であなたの実の子供だったとしましょう。
   その場合、あなたも生まれ変わったということになります。

俺 :え?
   ……あー、そっか。
   そりゃそうだ。

黒葛:そうなると、あなたとその子供が生まれ変わって、
   偶然、その場で遭ったということになります。
   そんなことがあり得ると思いますか?

俺 :わ、わかんねーじゃん。
   ものすごく、奇跡的な確率で遭ったのかもよ?

黒葛:わかりました。
   では、仮に奇跡的な確率で遭遇したとしましょう。
   その場合、なぜ、その子供は
   あなたが父親だとわかったのでしょうか?

俺 :へ?
   そんなの顔を見ればわかるんじゃ……?

黒葛:あなたも生まれ変わっているのに、ですか?

俺 :……あ、そっか。
   じゃあ、えっと、魂的なものでわかったとか?

黒葛:その結論でいいのであれば、私は構いませんが。

俺 :……納得はできない。

黒葛:であれば、違う側面からアプローチしましょう。

俺 :違う側面?

黒葛:そのあと、その子の母親に会ったということで間違いありませんか?

俺 :ああ。
   たぶん、2時間くらい遊んだ後かな。
   母親がやってきて、そのガキの手を掴んで公園を出て行ったんだ。

黒葛:どんな人でしたか?

俺 :30前後だと思う。
   ちょっと、派手めなギャルっぽい感じかな。
   けど、なんつーか、やつれた感じだったよ。
   美人っぽかったけど、付き合いたくないタイプ。
   不幸っぽい顔っていうかさ。

黒葛:母親はあなたに何か反応しましたか?

俺 :いや、全く。

黒葛:母親はあなたのことを認識はしてましたか?

俺 :してたと思う。
   目もあったし。

黒葛:お礼も、会釈もなしだった?

俺 :うん。
   全然なかった。
   まあ、こっちとしては逆に頬の傷のことを
   言われなくてホッとしたんだけどね。

黒葛:その親子と会ったのは、その1回だけですか?

俺 :……実はさ、次の日にまたその公園に行ったんだ
   なんか、「お父さん」って言われたのが、妙に引っかかって。

黒葛:会えたのですか?

俺 :ああ。会えた。
   けど……。

黒葛:なんですか?

俺 :無視された。

黒葛:どういうことですか?

俺 :そのまんま。
   俺のことをガン無視。
   その日はずっと、一人で砂場遊びをしてた。

黒葛:あなたに気付かなかったというとは?

俺 :ないね。
   だって、話しかけたし。
   そしたら、お父さんって言われるどころか無視だよ。

黒葛:なるほど。
   ……平日の昼に一人。
   ボロボロのボール。
   お父さん。
   母親は子供に無関心。
   次の日は無視。
   そして、頬を殴った。
   もしかすると……。

俺 :なんかわかった?

黒葛:その子は痩せていませんでしたか?

俺 :へ?
   あー、うん。
   痩せてたよ。
   ガリガリ。
   よくわかったね。

黒葛:服もヨレヨレで、頭もボサボサだった。
   違いますか?

俺 :え? なになに?
   なんでわかんの?
   ちょっと、怖いよ。

黒葛:やはり……。

俺 :ちょっとちょっと。
   一人で納得してないで、教えてよ。

黒葛:これはあくまで私の仮説です。

俺 :仮説?

黒葛:つまり、正解ではない可能性もあります。

俺 :ふーん。
   まあ、それでもいいよ。
   教えて。

黒葛:わかりました。
   ただ、仮説なので、証拠は全くありません。
   ですので、私の仮説を元に警察に行ったとしても
   無駄になるということはご理解ください。

俺 :は? 警察?
   そんなの頼まれたって行かないよ。

黒葛:では、仮説を話します。
   結論を言うと、その子供はあなたの子供ではありません。

俺 :いや、わかってるよ。
   そんなのは。

黒葛:その子供の父親が、あなたに似ていたということもありません。

俺 :なんで?

黒葛:母親があなたに対してなんの反応も示さなかったからです。
   似ていれば、多少なり、なにか反応するでしょう。

俺 :あー。まあ、確かに。

黒葛:そう考えると、その子供の勘違いと考えるのが自然です。

俺 :だろうね。

黒葛:ただ、勘違いしたというわりには、
   次の日には反応が変わっています。

俺 :そう。
   それが不思議なんだよね。

黒葛:おそらく、その子供の父親は何度も変わっている
   可能性が高いです。

俺 :は? 父親が変わる?
   んなことあるの?

黒葛:生物学上の父親が変わることはありませんが、
   関係の上で父親が変わることはあります。

俺 :どういうこと……?
   あ、再婚。

黒葛:そうです。
   結婚まではしてないにしても、一緒に住んでいるのでしょう。
   ただ、変わったのは1度や2度ではない……。

俺 :母親がコロコロ、男を変えてるってこと?

黒葛:はい。
   なので、その子供から見ると『どれが父親』なのか
   わからなくなるというわけです。

俺 :……。

黒葛:そこで子供はある『条件』で父親を見分けているわけです。

俺 :条件?

黒葛:暴力です。

俺 :え?

黒葛:その時間に公園で一人で遊んでいるということは、
   保育園などの施設にはいっていないと考えられます。
   つまり、その子供にとって、自分とかかわりがある人間は
   母親と何度も変わる父親だけ。
   そして、父親は自分に対して暴力を振るう。
   父親イコール暴力を振るう人間と認識したのでしょう。

俺 :俺が……あのガキを殴ったから。

黒葛:はい。
   なので、新しい父親だと思ったのでしょう。

俺 :そ、そんな馬鹿なこと……。

黒葛:その子供はあなたに殴られた後、こう言ってます。
   「大好きだよ、お父さん」と。
   これは一種の防衛本能でしょう。
   いえ、もしかすると母親に、暴力を振るわれても
   そう言うように教えられていたのかもしれませんが。

俺 :いや、まさか。
   そんなわけ……。

黒葛:母親が子供の頬の痣について無反応だったことも
   説明が付きます。
   痣ができたことに対して、気づかない。
   それは日常的に痣ができているから、
   その状態が珍しくないというわけです。

俺 :……。

黒葛:次の日に、あなたのことを父親と認識しなかったのは
   暴力を振るわなかったから。
   「お父さん」というのは防衛策ですから、
   何もしてこない相手には言う必要もないというわけです。
   さらに無視したのも母親の教えでしょう。
   暴力を振るわれていることを誰かにしゃべられると
   マズいと思い、基本的に他人に話さないように
   教えていたとしてもおかしくありません。

俺 :待った!
   それって、虐待じゃん。

黒葛:そうですね。

俺 :ヤバイんじゃないの?

黒葛:世間一般的には眉を潜める事案でしょう。

俺 :警察に言わないと。
   あ、児童相談所か。

黒葛:言ったはずです。
   これは私の仮説だと。

俺 :あ……。

黒葛:何一つ証拠がありませんし、そもそもその子供が
   どこに住んでいるのかも名前もわからないのではないですか?
********************************

結局、探偵の言う通りだ。
俺に何かできるわけでもないし、やってやる義理もない。

俺としては不気味な謎が解けたからスッキリした。
それでいいだろう。

そもそも、探偵の妄想の話だ。
違う可能性だってある。

よし。
もう、忘れよう。

俺はSNSでもチェックしようと思い、スマホを取り出す。
すると、ふと、あるニュースが目に付いた。

『3歳の男の子、虐待死。母親と内縁の夫の犯行』

終わり。