理想の場所へ
- 2022.11.11
- ボイスドラマ(10分)
■概要
人数:5人以上
時間:10分
■ジャンル
ボイスドラマ、現代、シリアス
■キャスト
豊(ゆたか)
恵茉(えま)
零(れい)
院長
男
社長
町人
■台本
病室。
院長の弱弱しい心電図の音。
院長「ごめんなさい。……あなたたちを最後まで、守ることができなかった……」
豊「院長! 院長っ!」
院長「豊……。あの土地は売ってしまっていいわ」
豊「そんなっ! あの場所は院長の……」
院長「……大事なのは、みんなが幸せになること……。忘れてはダメ……よ」
心電図の音がピーと鳴り、院長が死ぬ。
豊「院長! 院長!」
場面転換。
病室の廊下。
恵茉と大勢の子供が走って来る。
恵茉「豊! 院長は?」
豊「……」
恵茉「そんな……」
子供1「院長、死んじゃったの?」
子供2「いやだー! えーん!」
病室の廊下に泣き声が響く。
場面転換。
孤児院。
院長室の椅子に座って、書類を見ている豊。
豊「……」
ドアが開き、恵茉が入って来る。
恵茉「はい、コーヒー」
豊「ありがとう、恵茉」
恵茉「……その書類は?」
豊「この土地の権利書。院長から託された」
恵茉「……そっか」
豊「この土地を売れば、莫大な金が入って来る。そうすれば、別の場所に新しく孤児院を建てられるし、極貧生活ともお別れだ」
恵茉「売るの?」
豊「いや。売らない」
恵茉「でも……院長の事故は……」
豊「おそらく、地上げ屋の奴らの仕業だ」
恵茉「……今度は豊が殺されちゃうよ」
豊「この土地は、ずっと院長が、子供たちの為に守ってきた場所だ。俺は、そんな院長の意思を継ぎたい」
恵茉「でも……」
豊「大丈夫だって。もう少しの辛抱だ」
恵茉「どういうこと?」
豊「今、建設中の大型ショッピングモールがあるだろ? あの建設が頓挫する」
恵茉「え?」
豊「そうなれば、ここの土地はぐっと安くなる。奴らも狙おうとはしないさ」
恵茉「……本当に?」
豊「ああ。あそこの建設会社の人たちと仲良くなっておいてよかったよ。ゴタゴタ話を聞けた」
恵茉「……すごいね、豊」
場面転換。
道を歩く豊。
町の人1「おい! ここを5000万で買い取ってくれるって約束だろ!」
男1「知らねえよ! 触んなっ!」
町の人1「ちくしょう……。いきなり破断なんてされたら……」
男1「ふん」
豊「……」
男1「ん?」
男1が豊の方へ歩いて来る。
男1「よお、孤児院の兄ちゃん。命拾いしたな。……いや、もっと早く売ってたら、大儲けできたのによぉ」
豊「……」
男1「けっ!」
男1が歩いて行く。
場面転換。
孤児院に戻って来る豊。
豊「ただいまー」
子供1「あ、豊兄ちゃん!」
恵茉「おかえりなさい、豊。……聞いたよ。ショッピングモールの件」
豊「言った通りだったろ?」
恵茉「じゃあ、もうここを売れなんていわれないのね」
豊「ああ」
子供2「もう嫌がらせされない?」
豊「ああ。もう、大丈夫だよ」
場面転換。
院長室。
恵茉「……出てくってどういうこと?」
豊「今回のショッピングモールの件は、たまたま運が良かっただけだ。この辺はまだ開発が進んでない土地だからな。また、同じようなことが起こる可能性は高い」
恵茉「それが、どうして、豊が出ていくことになるの?」
豊「金さ」
恵茉「え?」
豊「金さえあれば、ここを守れるし、院長も死ぬことはなかった。それに、子供たちにもっとまともな生活をさせられるだろ?」
恵茉「でも……」
豊「恵茉には負担をかけてすまないと思ってる。けど、少しだけ我慢してくれ。すぐに楽にさせてやる」
恵茉「そんなことより……傍にいて欲しいよ」
豊「力がないと、理想には近づけないんだ。俺はここを守り続けたい。そのためにここを出るんだ」
恵茉「……わかった。でも、無理しないでね」
豊「ああ」
場面転換。
部屋で商談をしている豊。
社長「いやあ、君のおかげで随分と儲けさせてもらったよ」
豊「いえ。社長が私を信じてくれたおかげです」
社長「はっはっは。これからもよろしく頼むよ。……おお、そうだ。会社で余らせている土地があるんだ。あそこを君に譲ろう。今回のお礼だ」
豊「ありがとうございます」
場面転換。
部屋の中。
豊「ふう……」
零「上手くいったみたいですね」
豊「ああ。あそこは都市開発の話が上がっていたし、富岡が選挙で受かったからな。絶対、公共事業を持ってくると思っていたよ」
零「タダ同然だった土地が、数千万に化ける。……まるで錬金術みたいですね」
豊「いや、これはなるべくして、なったことだ。タダ同然でも、付加価値をつければ、土地は大化けする。俺達はただ、その付加価値を見つけ出し、結び付ければいい」
零「簡単に言いますが、そんなことができるのは豊さんだけですよ」
豊「そうだ。今月の送金も頼んだぞ」
零「……たまには帰ってあげたらどうですか? もう、5年以上、帰ってないんですよね? 孤児院に」
豊「……そうだな」
場面転換。
道を歩く豊。
豊「……久しぶりの孤児院か。なんか緊張するな」
ピタリと足を止める、豊。
豊「あ、あいつは……」
場面転換。
店舗のドアを開けて、入って来る豊。
零「あれ? 孤児院に行ったんじゃ……」
豊「去年の5月の経済誌あるか? シズニーの記事が載ってたやつだ」
零「……確か、倉庫に」
豊「すぐ持ってきてくれ」
場面転換。
雑誌を開く豊。
豊「やっぱり……。あれはCEОだ」
零「え? シズニーの? なんでこんなところに……?」
豊「以前から、移転の噂はあったんだよ。……もしかしたらと思ってたんだが……ビンゴだ」
零「……どうします?」
豊「この辺りの土地を買い占める。どんな手を使ってもいい。残らずすべてだ!」
零「はいっ!」
場面転換。
店舗に戻って来る豊。
豊「やったぞ! 商談は成立だ! これが上手くいけば、莫大な利益になる。……これで理想の場所を手に入れられる」
零「……あの、それが……」
豊「どうした?」
零「ある場所が、商談に応じてくれず……」
豊「提示した倍の金を出せ」
零「……金じゃないと言ってます」
豊「……約束の期日は近い。どんなことをしてもいい! 絶対に買い取れ!」
零「でも、どうやって……」
豊「出ていかないなら、出ていきたくなるようにすればいいだろ!」
零「ですが、豊さんはそういうのは……」
豊「今回は例外だ!」
零「……わかりました」
場面転換。
部屋の中。
ドサリと椅子に座る豊。
零「商談、お疲れ様でした」
豊「ふう……。これでやっと……やっと理想に届いた」
零「……」
豊「さて、今度こそ、帰って報告するか。みんな喜ぶかな」
零「……豊さん。知らないんですか?」
豊「なにがだ?」
零「あそこは……潰れましたよ」
豊「え?」
場面転換。
道を走る豊。
豊「はっ! はっ! はっ!」
回想
零「孤児院の責任者である浅井恵茉さんも事故で亡くなっています」
回想終わり。
立ち止まる豊。
豊「そんな……。なにも……ない……」
そこに、少年が走って来る。
少年「うわあああああ!」
ドンと、豊の背中をナイフで刺す少年。
豊「あっ……ああ……」
少年「姉ちゃんの……恵茉姉ちゃんの仇だ!」
少年が走って行く。
倒れる豊。
豊「……俺は……ただ、みんなを守りたかった」
ドクドクと血が流れていく。
豊「どうしてだ? 俺は……なにを……間違った……んだ?」
豊の意識が途切れる。
終わり。
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