【長編シナリオ】空の向こう側①

○  柊の部屋
ベッドの上で眠いる天羽実乃里(20)。
スーツ姿の八神柊(21)が入ってくる。
実乃里の顔を見る柊。
寝顔は穏やか。
目を閉じ、実乃里の額に手を振れる。
フラッシュバック。

○  喫茶店(実乃里の記憶)
本を微笑みながら読んでいる柊。
少し離れたテーブルに実乃里と相良美鈴(20)が向かい合わせに座っている。
柊の様子に見惚れている実乃里。
美鈴「ちょっと、実乃里、聞いてるの?」
実乃里「あ、ごめん。なんだっけ?」
美鈴「だから、大学のサークルでさー」
もう一度、チラリと柊を見る実乃里。
回想終わり。

○  柊の部屋
実乃里の額に手を当てて、目を閉じている柊。
柊が目を開くと同時に、実乃里も目を覚ます。
実乃里「もう。柊君。また、記憶見たでしょ?」
柊「ごめん。うなされてなかったから……」
実乃里「だからって、見ていいってわけじゃないんだからね。恥ずかしいんだから」
柊「……気を付ける」
実乃里「ふふ。いつも、そればっかり。それで、どうだったの?」
柊「うん。内定決まったよ」
実乃里が起き上がって、柊の手を握る。
実乃里「やったね。おめでとう!」
柊「(微笑んで)ありがとう」
実乃里「でも……本当にいいの? 北海道だよ? 仕事もホテルマンだし……」
柊「僕は医者には向いてないよ。四年間勉強してみて、よく分かった。そもそも血がダメだしね」
実乃里「ふふ。柊君らしいね。これで、四月から北海道かぁ。そして、柊君のお嫁さん、だね」
柊が微笑む。
実乃里「あ、このことはお兄ちゃんには……」
柊「分かってる。隼人には秘密、でしょ?」
実乃里「(にっこりほほ笑んで)実乃里は北の地で、生まれ変わるんだ!」

○  同(夜)
部屋の中は真っ暗で、外は雨。
雷の光で部屋の中が照らされる。
部屋の真ん中で、実乃里が首を吊って死んでいる。
その足元で柊が泣き叫んでいる。
柊「うわーーーーー!」

○  墓地
実乃里の墓の前に、柊(25)と天羽隼人(25)が並んで立っている。
墓には花が二束、少し離れたところに一束添えられている。
隼人「柊。もう、いいんじゃないのか?」
柊「……」
隼人「そろそろ、忘れた方がいい。実乃里だって、きっとそう思ってるはずだ」
柊「ありがとう、隼人。でも、僕にはどうしても、実乃里ちゃんが自殺するとは思えないんだ」
隼人「それは俺も同感だ。けど、この四年、ずっと調べて来たけど、何の手がかりも出て来なかったじゃねーかよ」
柊「……」
隼人「ここからは家族の問題だ。俺がずっと調べ続ける。だから、お前は、もう前を向いて生きてくれ」
柊「……僕の人生は四年前のあの日に終わってるよ」
隼人「……わかったよ。お前がそう言い出した時は、何を言っても無駄だからな」
柊「……ごめん」

○  居酒屋
柊、隼人、相良がテーブルを囲んでいる。
隼人と相良はビールを、柊はウーロン茶を飲んでいる。
相良「ごめんね。今日、行けなくて」
隼人「仕事忙しいのか?」
相良「接待合コン。ホント嫌になるわよ。得意先の若社長がさー。やたらと誘ってくるんだよね。しかも、大学の同期を呼べって言ってくるし。で、結局、朝までつき合わされて、さっきまで爆睡」
柊「……ねえ、相良さん。さっき隼人と話したんだけど、こうやって三人で集まるの、これで最後にしない?」
相良「え?」
隼人「ほら、もう四年だしさ。それに、こうやって集まっても進展ねぇし」
相良「……隼人はどうするの?」
隼人「今度からは柊と二人で地道にやることにしたんだ」
相良「(テーブルを叩いて)馬鹿にしないで! 私だって、あの子のこと忘れられるわけないじゃん。親友だったんだよ! 真相を知りたいのは二人だけじゃないんだから」
隼人「おいおい。そんなに怒るなよ」
柊「そこまで思っていてくれて、嬉しいよ」
ビールをグイグイと飲み干す、相良。
相良「まったく! 冗談じゃないわ。(店員に向かって)ビールお替り!」

○  電車内
椅子に座り、酔って寝ている相良。
その前で、吊革に捕まっている隼人と柊。
隼人「ったく、速攻、酔いつぶれやがって」
柊「まあまあ。昨日も飲んだって言ってたし」
隼人「こいつ、本当にやる気あんのかよ」
柊「でも、この三人で集まるとさ、実乃里ちゃんが生きてた時の事、思い出せるから、僕は嬉しいよ」
隼人「なあ、柊。あの件、考えてくれたか?」
柊「……」
隼人「別に医者としてじゃなくても、事務員とかさ。俺が父さんに頼んどくぞ」
柊「ありがとう。でも……」
隼人「病院は嫌なのか?」
柊「そういうわけじゃないけど……」
車内放送「次は、大谷。次は大谷――」
隼人「げっ! おい、美鈴! 起きろ!」
隼人が相良を揺する。
相良「んん……。隼人……」
電車が止まり、ドアが開く。
隼人「やべえ、柊、手伝ってくれ!」
柊「う、うん」
隼人と柊が相良の腕を掴む。
フラッシュバック。

○  部屋(相良の記憶)
相良が誰かの胸元に顔を埋めている。
相良「もういいじゃん! 実乃里、北海道行くんだよ! (涙声で)お願い、忘れて……。私を見て……」

○  電車内
相良の腕を掴んでいた柊が目を見開く。
柊「……どうして?」
隼人「柊? 早くしないと閉まるぞ」
柊「あ、うん……」
柊と隼人が相良の両脇を抱えて、電車を降りていく。

○  喫茶店
柊がコーヒーを飲んでいると、隼人がやって来て、目の前に座る。
隼人「(怒って)……なんで黙ってた?」
柊「……ごめん。実乃里ちゃんに口止めされてたし、心配かけたくなかったんだ」
隼人「馬鹿。黙っていなくなられるほうが、ずっと心配するっつーの!」
柊「……」
隼人「まあいい。美鈴から話、聞いてきたぞ」
柊が身を乗り出す。
隼人「お前らが北海道に行くことは、実乃里から教えてもらったらしい」
柊「それを誰に言ったって?」
隼人「それより、お前、美鈴が誰かに話したって情報、どっから手に入れたんだ?」
柊「……うまく説明できない。でも、信ぴょう性の高い情報なのは間違いないよ」
隼人「お前は隠しごとばっかりだな。ここでぶん殴ってでも吐かせたいところだけど、今はそんなことやってる場合じゃねえか」
柊「ごめん……」
隼人が内ポケットから一枚の写真を出す。
写真には菱川祥(27)が写っている。
隼人「菱川祥。二十七歳の若さで化粧品開発会社を設立している。親父さんが代議士をしていて、そこから金を出資してもらっているらしい。まあ、世間でいうボンボンってやつだな。……って、俺が言うなって感じだけど」
柊「相良さんと、どういう関係が?」
隼人「あいつ、菱川に金を貰って実乃里の情報を色々と教えてたらしい」
柊「……話が見えないんだけど」
隼人「菱川は実乃里に言い寄ってたみたいなんだ。……聞いてないか? って、お前の顔を見りゃ、一目瞭然だな」
柊「(写真をジッと見て)……」
隼人「随分と頻繁に実乃里を誘ってたみたいだぜ」
柊「……初めて聞いた」
隼人「お前に心配かけたくないから、言わなかったんだろ。実乃里って、そういうとこあるからさ」
柊「……」
隼人「んな、心配そうな顔すんなよ。美鈴の話じゃ、取りつく暇なく断ってたらしいぜ」
柊「実乃里ちゃんと、この菱川って人の接点は?」
隼人「あ、聞いてねえや。けど、美鈴に聞くよりは本人に聞いた方が早いんじゃねえか?」
柊「会えるの?」
隼人「ほら、美鈴が言ってた、合コンばっかりやってる、取引先の若社長。そいつが菱川だ。で、今週の土曜にまた合コンがあるらしい。そのときに行って話を聞こうぜ」
柊「いや、今すぐ行こう」
席を立ち、歩き始める柊。
隼人「え? お、おい、柊? 待てって」

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