【声劇台本】お金で買えるもの

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■概要
人数:5人以上
時間:10分

■ジャンル
ボイスドラマ、現代、シリアス

■キャスト
武田 藤一郎(たけだ とういちろう)
銀司(ぎんじ)
崇(たかし)
又吉(またよし)
真一(しんいち)
その他

■台本

藤一郎(N)「お金では買えないものがある。確かに、その通りだろう。だが、この世の中ではお金があれば、ほとんどのものが買える。そう信じて、私は人生という道を走り抜いてきたのだ」

藤一郎「ごほっ! ごほっ!」

看護師「武田さん、大丈夫ですか!?」

藤一郎「ああ、大丈夫だよ。心配ない」

看護師「辛かったらすぐ言ってくださいね。先生を呼びますから」

藤一郎「いや、いいんだ。私なんかのために、先生の貴重な時間を使う必要はない。その分、他の患者さんを診てあげてほしい」

看護師「何を言ってるんですか。先生は武田さんの主治医なんですよ。遠慮なく、なんでも言っていいですからね」

藤一郎「……じゃあ、一つだけ我儘を言わせてもらっていいかな?」

看護師「はい? なんですか?」

藤一郎「私はもう長くない。……だから、最後は大部屋に移してくれないか?」

看護師「え? そ、それは……できません。一年分以上の個室の代金を貰ってます」

藤一郎「……会社からか。私はもう会長でもなんでないのにな。まったく、いつまで私に気を使っているんだ」

看護師「まあまあ、そういわずに。それに会社からではなく、社長さん個人から出しているようですよ。まだまだ、武田さんには長生きしてもらわないと困ると、いつも言ってます」

藤一郎「もう90になるんだぞ。そろそろ、休ませてほしいな」

看護師「大丈夫です。武田さんならあと20年は長生き出ますよ」

藤一郎「はは。勘弁してくれ。……これ以上、一人で過ごすのはつらいよ。だから、せめて死ぬときは大部屋で……賑やかなところで逝きたいよ」

看護師「そんな寂しいこと言わないでください。……そうだ。ご家族に、ご連絡してみたらどうですか? 個室なので大人数でお見舞いに来ていただいても大丈夫ですよ」

藤一郎「……家族、か。そんなものは……ああ、そうだ」

看護師「来てくれそうなご家族を思いついたんですか?」

藤一郎「ダメ元で電話してみるよ。すまないが、電話を貸してくれないかい?」

看護師「あ、どうぞ。これ使ってください」

藤一郎「ありがとう。では、お言葉に甘えて使わせてもらうよ」

電話を受け取り、電話をかける藤一郎。

コール音の後、ピッと相手が電話を取る音。

藤一郎「あ、もしもし……」

場面転換。

ドアをノックする音。

銀司「おじいちゃん、こんにちは」

又吉「やっほー、来たよー」

崇「遅くなってごめんね」

藤一郎「おお! お前たち、来てくれたのか!」

崇「ビックリしたよ、急にお見舞いに来てくれなんて連絡があったからさ」

銀司「でも、元気そうでよかったよ」

藤一郎「突然、済まなかったな。どうしても、孫のお前たちの顔が見たくなったんだ」

又吉「なんだよ、水臭いなー。呼んでくれればいつでも飛んでくるよ。な? 兄貴?」

銀司「ああ、そうだよ。だから、寂しくなったら、いつでも呼んでいいからね」

藤一郎「ありがとう。ええと……」

銀司「僕が銀司」

又吉「俺が又吉」

崇「で、俺が崇だよ」

藤一郎「そうか、そうか。そうだったな。三人とも、元気にしてたか?」

銀司「うん、この通り、三人とも元気だよ」

又吉「あ、このカステラ、見舞い品? 食べていい?」

ガンと銀司が又吉の頭を殴る。

又吉「いてっ!」

銀司「お前なぁ!」

藤一郎「いや、いいんだ。遠慮せず食べなさい」

又吉「わーい! ありがとう、じいちゃん」

袋を破って、カステラを食べる又吉。

藤一郎「ははは。お前は変わらないな。昔からカステラが大好きだったもんな」

又吉「そうそう。カステラ大好きなんだよ。学校じゃ、購買でカステラばっか食べてるからね」

藤一郎「ははははは。それは筋金入りだな。そういえば、将は、今年で何年になったんだ?」

又吉「ん? 俺の話? 俺、又吉だって。今は……高校、2年……」

ガンと銀司が又吉を殴る。

又吉「いって!」

銀司「将は今年、大学2年だよ。こう見えても、成績はいいんだ。教授にも、さすが武田藤一郎の孫だって、褒められてたもんな?」

又吉「あ、ああ……。そうそう。この前、褒められたんだ」

崇「……将。すまん。喉乾いたから、ジュース買って来てくれないか?」

又吉「な、なんで俺が? 俺、今は……」

銀司「頼むよ。な? 行って来い」

又吉「わ、わかったよ……」

又吉が病室から出ていく。

崇「全く、あいつはホント昔から頭がいいのにバカなんだよな」

銀司「あ、そうだ。おじいちゃん。覚えてるかな? 僕たちが小学校の頃、よくキャンプに連れて行ってくれたじゃない?」

崇「懐かしいなー。おじいちゃんに川釣り教えてもらってさ、アユ釣ったんだよな」

銀司「あのアユ、美味しかったよね」

藤一郎「ああ……忘れないさ。最後に、また行っておきたかったなぁ」

崇「退院したら行こうよ。みんなでさ」

銀司「いいね! 連れて行ってくれる?」

藤一郎「ああ。もちろんだ」

銀司「あの頃はさー、おじいちゃん、仕事が忙しくてあんまり会えなかったけど、必ず夏休みにはキャンプに連れて行ってくれたし、温泉にもよく行ったよね」

崇「あの頃は、貧乏だったけど、凄く楽しかったな。キャンプが楽しみで、夏休みが待ち遠しかったもんな」

藤一郎「……そうか。お前たちには苦労をかけたが、そう思ってくれてたのか……」

銀司「苦労なんてかけてないって。大体、おじいちゃんのおかげで、俺たち大学に行けたんだよ。感謝してもしきれないよ」

崇「そうそう。おじいちゃんは、俺たちにとって、最高のおじいちゃんだよ」

藤一郎「……ありがとう。ありがとうな」

銀司「そうだ! おじいちゃん、覚えてるかな? 僕が中学生の頃、夏休みの課題で作文があってさ」

崇「ああ、あれでしょ? おじいちゃんが代わりに書いてくれて、それが入賞しちゃったんだよな」

銀司「バレないか冷や汗ものだったよ。それ以来、学校で作文書く時プレッシャーになっちゃったんだよ」

藤一郎「はっはっはっは。それは面白い思い出だな!」

崇「あとあと、その次の年にはさー……」

場面転換。

藤一郎「はっはっは! いやー、お前たちと話してると、ドンドン思い出が出て来るな。本当に楽しいよ」

崇「まだまだ、いっぱいあるよ」

コンコンとドアがノックされる。

雅代「お義父さん、こんばんは」

真一「親父、遅くなってごめん。お見舞いにきたよ」

藤一郎「おお! お前たちも来てくれたのか。正直、来てくれないと思っていたよ。真一。お前には父親らしいことは何一つしてやれなかった。私を恨んでいるだろう?」

真一「恨んでるわけないじゃないか。確かに親父は仕事ばっかりだった。でもね、そんな親父の後姿を見て、俺は育ったんだ。格好いい、親父の背中をね」

藤一郎「う、うう……。ありがとう。ありがとう。そう言って貰えると、私の人生も報われるよ。思い残すことなく逝ける」

真一「止めてくれ、親父。親父には長生きしてもらって、今までの分、家族と過ごしてもらわないと」

藤一郎「……そう……だな。はは。今日は本当に楽しかった。いい思い出をありがとう。すまない……。少し……疲れた……眠らせてもらうよ……」

藤一郎(N)「……どこかで、ほんの少し、何かが変わっていたら、こんな人生もあったかもしれないな……。だが、今日は一日だけでも、味わえて……とっても楽しかった……よ」

場面転換。

フラッシュバック。

看護師「あ、どうぞ。これ使ってください」

藤一郎「ありがとう。では、お言葉に甘えて使わせてもらうよ」

電話を受け取り、電話をかける藤一郎。

コール音の後、ピッと相手が電話を取る音。

藤一郎「あ、もしもし……」

担当「お電話ありがとうございます。思い出屋です」

藤一郎「10年分の思い出をお願いしたい。孫を3人と、その両親役も頼む。私の経歴と希望は後ほど、他の人間から送らせる」

担当「ご依頼、ありがとうございます。それでは3時間後に、まずは孫の3人から向かわせます」

藤一郎「ああ。待っているよ」

担当「あなたの思い出をお届けします。素敵な思い出は、思い出屋にお任せ! ご依頼、お待ちしております!」

終わり。

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