【声劇台本】不思議な館のアリス 毒親

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■概要
人数:1人
時間:10分

■ジャンル
ボイスドラマ、現代ファンタジー、シリアス

■キャスト
アリス

■台本

アリス「いらっしゃいませ。アリスの不思議な館へようこそ」

アリス「……ええ、そうですね。随分と久しぶりの気がします。私がいない間、妹の方に話を聞いていたみたいですね。どうです? 面白い話は聞けましたか?」

アリス「……そうですか。それはよかった」

アリス「……え? 妹に負けないくらいの話が聞きたい? はは、参りましたね。どうやらハードルが上がってしまったようです」

アリス「……そうですね。面白い、というよりは身につまされる話を一つ……」

アリス「え? 面白い話の方がいい、ですって? まあ、たまにはこういう話もいいじゃないですか」

アリス「あなたは、数年前から流行った言葉で、毒親というのを知ってますか?」

アリス「子供に悪影響を及ぼす親のことを言うらしいですよ。……でも、どうなんですかね。自分の子供を好き好んで悪影響を与えたいって親はいると思いますか? おそらく毒親と呼ばれる人は、自分が毒親であることに気づいてないことが多いんだと思います。私がこれから話す、その女性も、そうでした。最後まで、自分が毒親だと気づくことはありませんでした」

アリス「その女性の家庭環境というのは、正直、恵まれていたとは言いづらいものでした。虐待こそされてなかったものの、両親は共働きで、家にほとんどいなかったそうです。兄弟もいなかった彼女は、家では一人で過ごすことが多かったと聞いています。つまり、親からの愛情はほとんど受けていないと感じていたようです」

アリス「だからでしょうね。自分に子供が出来たら十分に愛情を注いであげようと固く決意していたようです」

アリス「そんな彼女も、成長し、大人となり、恋をし、結婚をして……ついに待望の子供が生まれました」

アリス「夫は絵に描いたような仕事人間で、子供が生まれた頃には仕事に夢中で、あまり家にいる時間はなかったそうです」

アリス「幸い、仕事人間だった夫の給料は良かったらしく、彼女は専業主婦でいられました」

アリス「父親が家にいない分、母親である自分がしっかりと子供に愛情を注いであげようと必死でした」

アリス「愛情を注ぐ。簡単なようで、実はとても難しいようですよ。私には子供がいないのでわからないのですが、自分が考える愛情は、なかなか子供には伝わらないようです。自分が愛情だと思っていても、相手がそう思っていないのであれば、それはきっと愛情としては成り立たないのでしょう。こういうと、いじめっ子といじめられっ子の構図と似ていますよね」

アリス「……ああ、申し訳ありません。話が逸れましたね」

アリス「その女性は、自分が考える中での最大限の愛情を、我が子に注ぎこみました。他人から見たら完全に過保護と呼ばれる域に達していたそうです」

アリス「子供にとって必要だと思ったものは、どんな物でも買い与え、逆に不要だと思ったものは、どんなに安いものでも絶対に買ってくれなかったそうです」

アリス「学校の友達も、必ず一度、家に呼び、彼女がその子が我が子にとって有益になるかどうかを判断してから、友達になることを許可するというほどの徹底ぶりでした」

アリス「子供は友達による影響が大きいですかね。悪い子と友達になると、どうしても悪い行動をとってしまいがちになります。なので、彼女の気持ちもわからなくはないですが、少しやり過ぎの気もしますね」

アリス「教育にも熱心で、塾に通わせ、小さい頃から英才教育だったようです」

アリス「その頃の彼女の口癖は、お母さんがあなたの人生を素晴らしいものにしてあげるから、だったらしいです」

アリス「彼女の子供はひたすら、母親の言うことだけをきくだけの毎日だったらしいですよ。休みの日なんかは、一日のスケジュール表を渡され、その通りに行動するように求めていたそうです。勉強の時間。休憩の時間。遊ぶときは、どんな遊びをするか。さらに異常なのは、トイレに行く時間までも指定されていたそうですよ」

アリス「そんな彼女の英才教育のおかげか、子供はなんの挫折もなく、私立の高校へ入学し、そして一流の大学へと進学しました」

アリス「大学へと進学する際、家から通うというのは現実的ではなく、当然、引っ越しすることになったそうです。初めて家を出て一人で生活することになる。そう思っていたらしいですが、現実は違いました」

アリス「……ええ。その通りです」

アリス「彼女も子供について行ったということです。奇しくも、夫だけが家に残る形で、ある意味、単身赴任のような状態になってしまったということですね」

アリス「ですが、彼女にとって、この選択は考えるまでもありませんでした。彼女にとって最優先すべきは子供の幸せだったそうです。彼女にとって、子供が全てでした。その証拠に、彼女自身も友達を作ることもなく、趣味を持つこともなく、ひたすら子供の幸せのために何をすればいいのかだけを考え、調べ、実行していた、というわけですね」

アリス「彼女の子供は大学でも、やはり何一つ苦労することはなく卒業できたそうです」

アリス「卒業を間近に控えた、その後……次は何が待っていると思いますか?」

アリス「……はい。就職活動です」

アリス「もちろん、就職先も彼女が会社を調べ上げ、彼女が許可した会社のみを受けたそうです」

アリス「……大学までは成績が良ければなんとかなったんです。ですが、就職はそう簡単にはいきませんでした」

アリス「筆記テストや履歴書などの一次審査は難なく通ったそうです。ですが、どうしても面接で落ちてしまいます」

アリス「もちろん、面接の練習はしていたらしいですよ。膨大な時間を使って、ありとあらゆるパターンの質問を想定して練習していたそうです」

アリス「ですが、ダメでした。どんなに想定しても、予想外の質問はされるものです。そんなときは、完全に頭が真っ白になり、全く話せなくなったそうです。それに、想定内の質問に対しての答えも、用意してきた言葉をそのまま言うという印象を持たれたため、心象は悪かったみたいですね」

アリス「相手は人を見るプロですからね。用意していた答えかどうかなんて、簡単に見破るでしょう」

アリス「結局、卒業までに就職は決まらず、就職浪人となりました。彼女の子供は、そこで初めて挫折を味わいます」

アリス「22年間、母親の敷いたレールを真っすぐに進み、成功してきたのです」

アリス「本来であれば、子供の頃から小さな挫折というものを得て、成長していくものですが、ここまで全く挫折というものを知らなかったというわけです」

アリス「初めての挫折は、彼女の子供の心を完全に折りました。ずっと部屋に閉じこもり、全く出ない生活になったそうです。いわゆる引きこもり、というやつですね」

アリス「彼女は、それでも何とか子供を立ち直らせようと、色々と医者や先生を呼んでは説得させていたようです」

アリス「……本当は、彼女自身が自分の言葉で子供に向き合うべきだったのでしょうね。……ですが、彼女は挫折した子供と顔を合わせるのが怖かったのでしょう」

アリス「絶対に子供を幸せにしてみせる、そう決意して20年以上を歩んできました」

アリス「もし、このまま子供が立ち直らなかったら、今までの苦労は全て無駄になる。自分の子育ては失敗したということになる。その恐怖が、彼女を徐々に蝕んでいきます」

アリス「彼女はこのままで子供が不幸になってしまうと考えるようになります。……そして、不幸のまま生き続けるくらいなら、ここで死んでしまった方が、幸せなんじゃないかと思うようになったそうです。さらに、子供の人生を終わらせるのも、母親の役目だと考えます」

アリス「ある日、彼女は決意を固め、包丁を隠し持ち、子供の部屋へと向かいます。何とかドアを開けて貰おうと説得しようとしましたが、あっさりとドアが開きました」

アリス「意を決して、子供を刺そうとしたその時、彼女の腹部には深々とナイフが刺さっていました」

アリス「その人はその後、母親殺害の罪で捕まり、刑務所に入ることになりました。母親が包丁を持っていたこともあり、さすがに生徒防衛は認められませんでしたが、罪自体は軽くなったそうです」

アリス「刑務所では模範生として過ごし、やがて釈放となりました」

アリス「その人は母親を刺した時のことをこう振り返っています。やっと解放されたような気分だったと。その瞬間、ようやく自分はこの世界に生まれたんだと思ったそうですよ」

アリス「現在は仕事も見つけることができ、細々と暮らしているみたいです」

アリス「……最後に、こう付け加えていました。愛情の知らない自分はきっと子供を育てることはできないだろう……と」

アリス「……深い愛情があったからこそ、起きた悲しいできごとでした。自分にとっての愛情が、必ずしも相手にとっての愛情とは限らない。……お忘れなきように」

アリス「今回のお話はこれで終わりです」

アリス「ふふ。それではまたのお越しをお待ちしております」

終わり。

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