【声劇台本】譲れない正義
- 2021.08.04
- ボイスドラマ(10分)
■概要
人数:5人以上
時間:10分
■ジャンル
ボイスドラマ、現代、シリアス
■キャスト
旭(あさひ)
母親
その他
■台本
ピッピッピッピという心電図の音。
段々と弱弱しくなり、ピーと音を立てる。
医師「……ご臨終です」
旭「う、うう……おばあちゃーん!」
旭(N)「世界的にまん延した感染症。ニュースで見ていた時は、他人事のようで現実味がなかった。だけど、身内が感染しすれば話は別だ。大好きなおばあちゃん。大切な人を奪っていったこのウイルスを、僕は許すことはできなさそうだ」
場面転換。
旭の部屋。
母親の声「旭? ねえ、旭!?」
ガバッと起き上がり、部屋のドアを開ける。
旭「そんなに大きな声出さなくても聞こえるって、母さん」
母親「ちょっと買い物行って来てくれない?」
旭「……気が乗らないんだけど」
母親「あのねえ。おばあちゃんが亡くなってショックなのはわかるけど、いつまでも引きずってても仕方ないでしょ」
旭「……」
母親「放っておいたら、あんた、一週間以上、外に出ないじゃない。無理にでも外に出て、気分を変えた方がいいわよ」
旭「外に出ると、感染リスクが高くなるから」
母親「はあ……。あのねえ、そんなこと言って、ずーっと家に閉じこもってるつもり? そんなんじゃ、おばあちゃんもあの世で安心できないんじゃないの?」
旭「……」
場面転換。
道路を歩く旭。
犬の吠える声が聞こえる。
中年男性「旭くん、こんにちは。久しぶりだね」
旭「……こんにちは」
中年男性「おばあちゃん、大変だったね」
旭「……」
犬の吠える声。
中年男性「こら、静かにしなさい」
旭「あの……マスク、しないんですか?」
中年男性「ん? ああ、いや、まあ……。僕らの年代はまだ重症化する確率は低いし、うちに高齢者はいないしさ」
旭「それでも、他の人に移さないようにマスクはした方がいいと思います」
中年男性「はは。まあ、そうだね。考えておくよ」
旭「……」
旭(N)「結局、この人は次の日も、その次の日も、マスクをすることはなかった。……いつも、犬の散歩で近くに来るから、おばあちゃんとも挨拶はする仲だった。……おばあちゃんが接した人間は限られていた。……もしかしたら、この人は無自覚で、感染してたとしたら……。それで、そのせいでおばあちゃんに感染したとしたら……。僕は絶対に許せない」
場面転換。
夜の道。周りは静かの中、歩く旭。
そして立ち止まると、犬が吠え始める。
旭「しー。君に、いいものを持ってきたよ」
容器にエサを入れる音と、それを地面に置く音。
旭「ほら、食べな」
犬が一度吠えてから、エサを食べ始める。
旭「……」
場面転換。
旭の家。
母親「旭、知ってる? いつも家の近くに犬の散歩で来るおじさん」
旭「うん」
母親「……なんか、急に犬が死んじゃったみたいなのよ。すごく落ち込んでて、見てられなかったわ」
旭「……少しは大切なものが奪われる気持ち、わかっただろ」
母親「え? なんか言った?」
旭「ううん。なんでもない」
母親「ああ、そういえば、三丁目の田代さんの旦那さん、退院してきたみたいね」
旭「退院?」
母親「あら、知らなかったの? 感染して入院してたみたいなのよ」
旭「へー」
母親「田代さんの家って、息子さんからクラスターになったみたいね。一家で感染するなんて、大変だったでしょうね」
旭「……」
場面転換。
夜の道を歩く旭。
旭(N)「田代っていう家の子供は大学生で、国が自粛を促していた中、キャンプに行って、感染している。こういうわがままな奴が感染を拡大させたんだ。……こいつがいなければ、おばあちゃんは感染しなかったかもしれない……」
立ち止まる旭。
スプレーを取り出し、プシューと壁に向かって吹き付ける。
場面転換。
道を歩く旭。
女性1「ねえ、聞いた? 田代さんの家のこと」
女性2「あれでしょ? 家にスプレーで、クラスター発生、責任取って出て行け、って書かれてたことでしょ?」
女性1「しかも、息子さんが感染したときの記事も貼られてたみたい。それで、近所の人たちがまた騒ぎ出したって話よ」
女性2「怖いわねー」
旭「……」
旭(N)「自業自得だ。自分勝手なことをして、周りに迷惑をかけるような奴は断崖されるべきだ」
ピタリと足を止める旭。
旭「……この車、他県ナンバーだ。県をまたいでの移動は止めろって言われてるのに……」
硬貨で、ギギギギギと傷をつける旭。
旭(N)「天誅」
場面転換。
中学生1「めっちゃウケるよな」
中学生2「でもさ、あいつ……」
パシュパシュとガス銃を撃つ音。
中学生1「痛いっ!」
中学生2「え? どしたの?」
パシュとガス銃を撃つ音。
中学生2「いがっ! 痛い! 血が出てる」
中学生1「おい、逃げるぞ」
二人が走り去っていく。
旭(N)「不要不急の外出な上に、マスクもしてない。当然、排除されるべきだ」
場面転換。
男1「ぎゃははははは」
女「お肉焼けたよー」
男2「うまそー! 食おうぜ食おうぜ!」
男1「酒ってどこに置いてたっけ?」
女「あー、車の中かも」
そのとき、缶が転がって来る。
男2「ん? なんだ? カン?」
そして、缶からシューっと音を立てる。
女「これって、ガスコンロのやつじゃない?」
突如、炎が上がる音。
男1「ぎゃああああ!」
女「きゃああああ!」
旭(N)「バーベキューに飲酒。絶対に許されることじゃない」
場面転換。
道路を歩く旭。
旭「……あ、あいつ、マスクしてない。罰が必要だな」
そのとき、後ろからバットを振る音と、ガンという大きな音が響く。
旭「あがっ!」
旭が倒れる。
青年1「おー、こいつ、こいつ! 噂の正義マン」
青年2「お前さ、うぜえよ」
旭「あ……が……」
青年1「別にいいじゃん。感染するのはそいつの責任なんだからさ」
青年2「それに、お前だって、不要不急の用事で外に出てんじゃん」
旭「ち、ちが……う。僕は……みんなの……ために……」
青年1「うっぜー! 自分のこと、正義だって信じちゃってるよ」
青年2「お前の正義、押し付けんな」
青年1「ま、俺たちが、勘違いした正義マンを成敗してやるよ! それが、俺たちの正義だ」
もう一度、バットで頭を殴られる。
旭「あがっ……あ……」
旭(N)「僕は単に、おばあちゃんみたいな人をこれ以上出したくなかっただけなんだ。みんなが気を付けていれば、おばあちゃんは感染することはなかった。僕はみんなのためにやってきたのに……。ねえ、おばあちゃん。僕、何か、間違ってたのかな?」
終わり。
-
前の記事
【声劇台本】心のシミ 2021.08.03
-
次の記事
【声劇台本】一杯の価値 2021.08.05