【声劇台本】心のシミ

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■概要
人数:5人以上
時間:10分

■ジャンル
ボイスドラマ、現代、シリアス

■キャスト
香坂 雅樹(こうさか まさき)
真壁 剛造(まかべ ごうぞう)
その他

■台本

テレビのニュース。

ナレーター「――県のリゾート地にある海岸で、20代の男性3人の遺体が見つかりました。3人は溺死ということで、警察は海で遊んでいる中、溺れたのではないかとの見解を示しています。この男性が発見された場所は遊泳禁止区域とされていて……」

雅樹(N)「自粛自粛と何かと行動が制限される世の中。そこまで外出や旅行が好きではない俺でも、出口が見えない我慢はさすがに気が滅入ってくる。モヤモヤとした例えようのない鬱憤(うっぷん)が溜まる中、ある広告が目に入った」

テレビのコマーシャル。

ナレーター「透き通るような青い海と空。そして、開放的な海岸。海の幸の食べ放題。さあ、リゾート地でゆっくりと心の洗濯をしませんか?」

雅樹(N)「心の洗濯。妙にこの言葉が心に刺さった。いつまで続くかわからない、制限による我慢。ストレス発散ができず、心の汚れは日々、溜まっていくばかり。そう。俺に必要なのは心の洗濯だ。今はリゾート地でも人が少ないらしいし、一人で行けば問題ないだろう。そう考えて、俺は旅館に電話をして、予約をしたのだった」

場面転換。

自動ドアが開く音。

剛造「いらっしゃいませ!」

雅樹「あの、予約をしていた……」

剛造「香坂雅樹様ですね」

雅樹「え? よくわかりましたね」

剛造「はは。お恥ずかしいことに、本日の予約は2組しかいらっしゃらなくて」

雅樹「ああ、なるほど」

剛造「それではお部屋に案内いたします」

場面転換。

ガチャリとドアが開く音。

剛造「こちらの部屋になります」

雅樹「……あれ? すいません。予約したのはもう少し狭い部屋だったんですけど」

剛造「はは。せっかく空いている部屋ですので、お使いください」

雅樹「あ、ありがとうございます」

剛造「その代わりと言ってはなんですが、夕食はお部屋ではなく、一回の食堂に来ていただけないでしょうか? なにぶん、人手が少なくて……」

雅樹「……人手が?」

剛造「お客様が2組しかいないので、従業員は私しかいなくて……」

雅樹「ああ……。そうですか。わかりました。一階の食堂ですね」

剛造「夕食は18時からになりますので、どうぞ温泉にでも入っていてください」

雅樹「ありがとうございます。そうさせていただきます」

剛造「それでは、ごゆっくり……」

場面転換。

スリッパで歩く雅樹の足音。

雅樹「ふう、いい湯だった。温泉を独り占めなんて、贅沢だよなぁ。来てよかった」

ぐうと腹が鳴る音。

雅樹「おっと、そろそろ夕食の時間だな」

場面転換。

ドアを開ける音。

剛造「ああ、香坂様。香坂様の席は、あちらになります」

雅樹「ありがとうございます」

男1「ぎゃははははは!」

男2「ハンパねー!」

雅樹「……」

剛造「……申し訳ありません」

雅樹「ああ、いえ、いいんですよ」

男1「おい! ジジイ! 生! おかわり! 早く持ってきて!」

剛造「はい、ただいま」

雅樹「あ、自分に構わずに対応してあげてください」

剛造「……ありがとうございます」

場面転換。

料理を食べる雅樹。

雅樹「おお! 美味いな! この刺身とか絶品だな」

男2「おい! ジジイ! つまみ、足んねーよ! なんか持ってきて」

剛造「あの……申し訳ありません。材料がなくなってしまって……」

男1「じゃあ、買って来いよ!」

剛造「……いや、その……」

男2「金なら払うから!」

剛造「……」

男1「おい、ジジイ! 俺たち、重要な客だぞ? お客様は神様だろ? 行って来いよ」

男2「ほら、早く! 少しでも売り上げ上げねーと、旅館、潰れちまうぞ」

剛造「……行ってきます」

男1「ったく、最初から素直に行けよ!」

雅樹「……」

場面転換。

スズメの鳴く声。

雅樹「んー! いい天気だなぁ」

ドアがノックされる。

雅樹「はい?」

剛造「失礼します。香坂様、朝ご飯の準備が出来ました」

雅樹「ありがとうございます。……あ、すいません。朝って、温泉入れますか? 朝ご飯の後、入りたいなって思って」

剛造「申し訳ありません。実は昨日の夜、他のお客様が温泉で酒盛りをしたらしく、浴場がひどいことになってまして……」

雅樹「あ、そうだったんですか。わかりました」

剛造「……悔しいです」

雅樹「え?」

剛造「せっかく、こんな時期に来ていただいた香坂様には最高のおもてなしをしたかったのですが……」

雅樹「いえ。十分、堪能させてもらってますよ。いい部屋ですね、ここ」

剛造「2年前まではこの時期になれば、大勢のお客様がいらっしゃってたんですけどね……。多くのお客様の予約が入っていて、お得意様を優先させていただいていました。……あんな客なんか、断ってたんですけど」

雅樹「……」

剛造「あっ! 申し訳ありません。お客様に愚痴なんか言ってしまって」

雅樹「いえ、いいんですよ」

剛造「それでは、朝ご飯出来てますので、どうぞお越しください」

雅樹「はい、わかりました」

場面転換。

雅樹「ふう! 美味かった! ……調子に乗って、少し食べ過ぎたかな」

コトリとテーブルにコーヒーが置かれる。

剛造「どうぞ。コーヒーです」

雅樹「ありがとうございます」

剛造「香坂様は、午後からはどうされるんですか?」

雅樹「そうですね。海を見ながらゆっくりしようかなって思います」

剛造「泳がれますか?」

雅樹「んー。どうしようかな。一応は水着持ってきてはいるんですけど」

剛造「それなら、泳いでみるのもいいかもしれませんね。……ただ、赤い岩より西側は遊泳禁止区域なので、絶対に入らないようにしてくださいね」

雅樹「わかりました」

場面転換。

海の波の音。砂の上を歩く雅樹。

雅樹「んー。やっぱり、海はいいねぇ」

そこに慌ただしい足音が響く。

男1「おお! いい波! ほら、早く行くぞ」

男2「あ、あれじゃね? ジジイが言ってた赤い岩ってやつ」

男1「あの西側だっけ? 穴場なの」

男2「プロのサーファーも来るって話だよな?」

二人が走り去っていく。

雅樹「……」

場面転換。

雅樹(N)「少し慌ただしいこともあったが、一泊二日の小旅行は十分満足できるものだった。とても心が軽くなった気がする。きっと、心の洗濯ができたのだろう」

テレビのニュース。

ナレーター「……県のリゾート地の海岸で起こっていた水難事故ですが、旅館の店主、真壁剛三氏が罪を認めました。真壁容疑者は態度の悪い客に対して、遊泳禁止区域での遊泳を勧めており……」

雅樹(N)「テレビの画面には、あの、人のよさそうな旅館の店主の顔が映っていた。……度重なる制限と我慢。それは俺たち以上に旅館で働く人たちに重くのしかかっていたみたいだ。……きっと、心の洗濯は俺だけじゃなくて、あの店主にも必要だったのではないだろうか」

終わり。

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