【声劇台本】不思議な館の亜梨珠 罪悪の深層

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■概要
人数:1人
時間:10分程度

■ジャンル
ボイスドラマ、現代ファンタジー、シリアス

■キャスト
亜梨珠(ありす)

■台本

亜梨珠「いらっしゃい。亜梨珠の不思議な館へようこそ」

亜梨珠「あら? 随分と青い顔をしているけれど、どうかしたの?」

亜梨珠「……車に轢かれそうになった?」

亜梨珠「そう。それは大変だったわね。信号のないところを渡ろうとしたのかしら?」

亜梨珠「……ああ。なるほど。それは運転手の方の過失ね」

亜梨珠「でも、無事でよかったわ」

亜梨珠「それにしても、最近はなんだか、自動車の事故が多きなった気がするわね」

亜梨珠「早く自動運転システムが普及すると良いのだけれど」

亜梨珠「そうだ。あなたは自動運転システムでトロッコ問題が関係していることは知っているかしら?」

亜梨珠「たとえば、橋の上で急にブレーキが利かなくなり、歩道の方へ車が突っ込みそうになった際、そのまま歩道へ突っ込めば、歩道にいる人は亡くなけど、運転席にいる人は生き延びることができるわ」

亜梨珠「逆に歩道ではなく橋の向こう側へ突っ込めば、歩道を歩く人は助かるけれど、運転席にいる人は死んでしまう」

亜梨珠「この場合、自動運転のシステムはどうするべきなのか、という問題ね」

亜梨珠「……え? それは運転席の人が無くなっても、橋の外に出るべき?」

亜梨珠「それはどうしてかしら?」

亜梨珠「……なるほど。その方が多くの人が助かるから、ということね」

亜梨珠「ええ。もちろん。その考えは間違ってはいないと思うわ」

亜梨珠「けれど、その運転席に乗っている人が、たとえばあなたにとって大切な人だった場合はどうかしら? まったくの見知らぬ人の命と、あなたの大切な人の命、どちらを優先してほしい?」

亜梨珠「ふふ。ごめんなさい。困らせてしまったわね」

亜梨珠「でも、この問題にはそもそも答えなんてないのよ。それこそ、人それぞれの考えがあるとしか言えないわね」

亜梨珠「……もし、仮にそんなことが起こったとして、自分が運転席にいて、車が歩道にいる人を死なせてしまった場合、システムが勝手にしたことと言っても、罪悪感はあるのかしら?」

亜梨珠「自分の手ではないにしても、目の前で、自分のせいで死人が出る。これは結構、精神的にこたえるのかしらね」

亜梨珠「……ああ、そうだ。今日は罪悪感に関する不思議な話をしましょうか」

亜梨珠「その男はかなり貧困した状態に陥っていたの。両親は早いうちにいなくなってしまい、2人の兄弟を養っていかなくてはならなかったわ」

亜梨珠「だけど、その男は学校などの教育も受けていなかったから、まともな職にもつけなかった。そうなると、どうするのか……」

亜梨珠「ええ。犯罪に手を染めるしかなかったのよ」

亜梨珠「その男がやっていたのは、誘拐よ」

亜梨珠「いえ、身代金を取るのではなく、誘拐した人を売るのよ」

亜梨珠「……奴隷というよりも、売っていたのは内臓……と言った方がわかりやすいかしら」

亜梨珠「そう。お金持ちの人間の臓器移植ってわけね」

亜梨珠「その男は自分や家族を守るためとはいえ、やはり、罪悪感を覚えながらやっていたようよ」

亜梨珠「あなたはどうかしら? 罪悪感を覚えると思う?」

亜梨珠「ええ。もちろん、犯罪だから、罪悪感があるとは思うけれど、逆にこう考えたらどうかしら?」

亜梨珠「確かに、誘拐した人間は死ぬけれど、そのおかげで助かる命もあるのよ」

亜梨珠「誰かを殺す手伝いをする反面、誰かを助ける手伝いでもあるの」

亜梨珠「……ええ。わかっているわ。だから、法でも禁止されていんだもの」

亜梨珠「でも、その男はそうやって考えるしかなかったのよ。そうでもしないと、罪悪感で押しつぶされてしまう……」

亜梨珠「そんな悩みを、一番の親友で、誘拐仲間は、自分のやっていることは悪だ、それでもやっているのだから、受け入れてやっていくしかない、と言ったそうなの」

亜梨珠「男は、言われなくてもわかっていたわ。こんなことを悩むぐらいなら、そもそもやらなければいいって。でも、それは同時に家族を見捨てることにもなる。だから、男は続けるしかなかった」

亜梨珠「でもそんなある日、ある占い師から不思議な玉をもらったの」

亜梨珠「その玉は、人の心にある罪悪感を吸い取ってくれるものだったそうよ」

亜梨珠「……本物かどうかはわからないわ。でも、本人にとって効果があったのなら、本物だったのでしょうね」

亜梨珠「その玉を手に入れてからは、男は悩まなくなったわ」

亜梨珠「そして、いっそう、誘拐に精を出すようになり、その分、報酬も増えていったの」

亜梨珠「兄弟も自立し、誘拐をする必要もなくなった時だったわ。その男は誘拐を止めようとはしなかったの」

亜梨珠「罪悪感もなく、多くの報酬がもらえるのだから当然よね」

亜梨珠「男は足を洗うこともなく、続けたわ」

亜梨珠「そんなときだった。お得意様だった、ある富豪の主人の孫の臓器移植の依頼が舞い込んできたの。それは、今までで一番高額な報酬だったわ」

亜梨珠「でも、それは特殊な血液型で、いくら探してもそんな人間は見つからなかった」

亜梨珠「だけど、たった一人だけ、当てはまる人間がいた……それは自分の弟だったの」

亜梨珠「男は悩んだわ。今までずっとお世話になっていたお得意様というのもあったし、なにより、報酬が魅力的だった」

亜梨珠「そして、その男は決断したの。自分の弟を差し出すことに」

亜梨珠「差し出した後、男は強烈な罪悪感に悩まされたの。でも、そんなときは玉に吸い出してもらおうと思っていたわ」

亜梨珠「でも、その罪悪感を吸い出そうとしたとき、玉が割れてしまったの」

亜梨珠「今まで吸って貰っていた罪悪感も残ったままになり、なにより、自分の弟を差し出してしまったこと。その罪悪感に耐えきれず、男は自ら命を絶ってしまったの」

亜梨珠「人の世の中というのは、どんなに真正直に生きたとしても、なにかしらの罪は犯すものなのよ。それは、人間だけではなく、生物として生まれたからには、常に付きまとう問題よ」

亜梨珠「罪悪感というものは、抱かない方がいいのだけれど、決してなくしてはいけないものということね」

亜梨珠「罪悪感を失くしてしまった人間というのは、もう人間とは呼べない存在になってしまうかもしれないわね」

亜梨珠「はい、これで、今回のお話は終わりよ」

亜梨珠「よかったら、また来てね。さよなら」

終わり。

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