【フリー台本】恐怖を知っているからこそ
- 2022.05.12
- ボイスドラマ(10分)
■概要
人数:5人
時間:10分
■ジャンル
ボイスドラマ、現代、シリアス
■キャスト
聡介(そうすけ)
卓弥(たくや)
敬太(けいた)
男の子×2
■台本
水の中でもがく音。
聡介「ぶはっ!」
バシャバシャと水面でもがく。
聡介「た、助けて……誰か……」
場面転換。
海の波の音。浜辺は観光客で賑わっている。
聡介「……あー、今日もいい天気だな」
敬太「聡介、交代だぞー」
聡介「ん? もう、そんな時間か。俺、まだ全然平気だから、敬太は見回りの方、頼むよ」
敬太「そうか、わかった。熱中症には気を付けろよ」
聡介「ああ。お前もな」
敬太が歩いて行ってしまう。
聡介「……ん? あー、もう」
ピーと笛を吹き、メガホンを取り出す。
聡介「そこー! 無理に海に誘わない! 泳ぐの嫌な子だっているんだから!」
男の子1「ちぇっ!」
男の子2「面白くねー。俺達だけで行こうぜ」
男の子1「そうだな」
卓弥「……」
男の子たちが海に入って行く。
その中で、卓弥が聡介の方へ歩いてくる。
卓弥「あ、あの……」
聡介「ん?」
卓弥「ありがとうございました。僕、泳ぐの苦手で……」
聡介「はは。やっぱり。わかるよ。俺も泳ぐの嫌いだから」
卓弥「え? そうなんですか? それなら、なんで、ライフセーバーをやってるんですか?」
聡介「俺って、泳ぐのは好きじゃないんだけど、海は好きなんだよ。……って、意味わかんないよな」
卓弥「いえ、わかります。僕もそうですから。波の音とかいいですよね」
聡介「おお! 俺と同じ奴と初めて会った」
卓弥「あとは、裸足で歩く砂の感触も好きです」
聡介「そうそう! あと、綺麗な貝殻とか見つけるとテンション上がるよな!」
卓弥「はい。あと、打ち上げられたヒトデを海に返すのも好きです」
聡介「……すげえな。まさか、ここまで一緒だとは。20年間、周りに変人扱いされてきたのに、ここに来て、同志に出会うとは」
卓弥「あははは。そうですよね。やっぱり、理解されにくいですよね」
聡介「俺は聡介。君は?」
卓弥「卓弥です」
聡介「……海が好きだから、誘われてたら行く。けど、泳ぐのが嫌だから、色々と辛いところだよな」
卓弥「……はい。大体は断ってるんですけど」
聡介「わかるわかる。いっつも断るのも気が引けるんだよな」
卓弥「聡介さんは、そういうときはどうしてたんですか?」
聡介「腰ぐらいのとこまでは、我慢して海に入ってたかな。それより深いところで遊ぶってなったら、ジュース買って来るとか、トイレとか言って、逃げてた」
卓弥「なるほど……。でも、僕はひざ下くらいの深さでも苦手で」
聡介「……卓弥は、お風呂は苦手か?」
卓弥「お風呂は好きです」
聡介「同じだよ」
卓弥「え?」
聡介「風呂も海も、同じ水だ」
卓弥「……」
聡介「違うのは、こっち側の気持ちだ。海は足が届かなかったり、波があったり、自分で制御できないから怖いって感じるんだ。だけど、怖がらずに、風呂と同じだと言い聞かせれば、意外と水なんて大したことない」
卓弥「……ふふ。面白い考え方ですね」
聡介「まあ、受け売りだけどな」
卓弥「そうなんですか?」
聡介「昔さ。海で溺れて死にそうになったんだ。そんなときに、俺を助けてくれた人がそう言って、俺を落ち着かせてくれたんだ」
卓弥「凄いですね。溺れたのに、海が好きなままなんて。僕ならトラウマになって、二度と近づきたくないって思っちゃいそうです」
聡介「ははは。まあ、そのせいで、余計に泳ぐのが苦手になったけどな」
そこに、敬太が戻って来る。
敬太「……ローテーション崩すなって怒られた。聡介、交代してくれ」
聡介「あ、ごめん。じゃあ、頼むわ」
敬太「おう」
卓弥「聡介さん、ありがとうございました。膝下くらいまで、頑張ってみます」
聡介「ああ。けど、無理はするなよ」
卓弥「はい」
卓弥が行ってしまう。
敬太「……誰?」
聡介「……昔の俺、かな」
敬太「……なんだそりゃ?」
場面転換。
ザーッと雨が降る音。
敬太「うおっ! 急だな」
聡介「客もドンドン帰っていくな。最後に見回りしたら、俺達も上がるか」
敬太「そうだな」
小さく、バシャバシャと水の中で暴れる音。
聡介「ん?」
男の子1「卓弥―! 卓弥―!」
聡介「……っ!」
聡介が走って行く。
場面転換。
聡介「どうした?」
男の子2「助けて! 卓弥が!」
そこに敬太もやって来る。
敬太「溺れてる! 行くぞ、聡介!」
聡介「ああ!」
二人が海に入って行く。
場面転換。
溺れている卓弥。
卓弥「助けて! ぷはっ! 助けて……」
聡介「卓弥! 大丈夫か!」
卓弥「助けて! 助けて!」
聡介「うわっ! 危ない! 落ち着け」
敬太「聡介! 一回、引き剥がせ! お前も溺れるぞ」
卓弥「嫌だ! 嫌だ! 助けて!」
聡介「うわっ!」
敬太「聡介! 早く、沈めろ! 俺が後ろから羽交い締めにする!」
聡介「いや、大丈夫だ!」
敬太「何言ってんだ! お前も溺れるぞ」
卓弥「助けて! 助けて!」
聡介「卓弥、大丈夫だよ。心配ない」
卓弥「嫌だ! 助けて!」
聡介「なあ、卓弥。この風呂、温いな」
卓弥「……え?」
聡介「温いけど、広いぞ。見ろよ。俺たちの貸し切りだ」
卓弥「……お風呂?」
聡介「そうだ。露天風呂だ。今は雨が降ってて気分は台無しだけどな」
卓弥「……」
聡介「さてと。このままじゃ、逆に体が冷えちまうな。風呂から出よう」
卓弥「……は、はい」
聡介「肩に掴まれ。じゃあ、ゆっくり進むぞ」
卓弥「……お願いします」
場面転換。
海の波の音。
浜辺は観光客で賑わっている。
卓弥「この前は、ありがとうございました」
聡介「よお、卓弥。……やっぱり、海は苦手になっちまったか?」
卓弥「いいえ。確かに怖かったですけど、まだ、好きの方が上回ってます」
聡介「そうか。良かった良かった」
卓弥「聡介さんのおかげです」
聡介「……俺さ。泳ぐのは嫌いだけど、海は好きなんだ」
卓弥「……」
聡介「だから、溺れたことで海を嫌いになる奴が出てほしくなくて……。だから、この仕事をしてるんだ」
卓弥「……」
聡介「水に入るのが嫌いな奴の気持ちがわかるから……だからこそ、俺は、この仕事をやってるんだ。あの日、俺を助けてくれたあの人のように」
終わり。
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