【フリー台本】壁の向こう側
- 2022.06.21
- ボイスドラマ(10分)
■概要
人数:3人
時間10分
■ジャンル
ボイスドラマ、現代、コメディ
■キャスト
享史(たかふみ)
美奈(みな)
オウム
女性
■台本
享史(N)「これはある夏の日の不思議な出来事だ。少しだけ背筋が寒くなる、そんなちょっとした体験。あのとき、何が起こったのかは、未だにわからないままだ……」
場面転換。
享史「教えてくれ。君は一体、どうしたいんだ?」
美奈「お願い、享史さん。私を……私を連れて逃げて」
享史「わかった。行こう! この地の果てまで!」
美奈「嬉しいわ! 享史さん、愛してる!」
享史「……」
美奈「……」
享史「……どうだ?」
美奈が原稿をトンと置く。
美奈「うーん。いまいち」
享史「……いや、嘘だろ。会心の出来だと思うんだけど」
美奈「そうかしら? 無駄な台詞が多いし、展開もちょっと安易じゃない?」
享史「そんなことないって! 日常会話みたいな台詞にすることで、リアル感が出るだろ。それに、展開だって、ありそうだなーって言う方が現実っぽくていいだろ?」
美奈「うーん。リアルっぽいのと、リアル感を求めるのは違うと思うんだけど。それに、主人公の名前を自分の名前にするなんて、キモイ」
享史「うっ! いいだろ、別に」
美奈「読まされるこっちの身にもなってよね」
享史「あー、くそ! わかったよ! 主人公の名前は変えるよ!」
美奈「名前だけじゃなくて、内容も変えたら? あんた、有りそうな話って言ってたけど、牢獄の壁の向こうに女性が収監されている牢獄があるって、あり得ないでしょ」
享史「そ、そんなことないって。ゲームでもそういう設定、あったんだって」
美奈「……ゲームって。せめて、現実の収監所の話をしてよ。それと、その女性と一緒に逃げるって話だけど、これ、どうやって脱獄するのよ?」
享史「い、いや……それは、どうにかしてだよ。そこは物語が終わってからの話だからさ……」
美奈「はー。なにが、リアル感がある、よ。全然、ダメ」
享史「じゃ、じゃあ。この脚本は……?」
美奈「もちろん、ボツ!」
享史「そんなぁ」
オウム「享史さん、愛してる!」
美奈「うわあ! ビックリした。なになに? 今の」
享史「ああ、オームだよ」
バサバサと羽を動かす音。
美奈「あんた、オームなんて飼ってたっけ?」
享史「いや、野良だよ。時々来るからエサをあげてるんだ」
美奈「野良って……。オームの野良なんているの?」
享史「さあ。実際、いるんだから、いるんだろ」
美奈「ふーん。……それにしても、あんた、オームに、愛してるなんて覚えさせて、嬉しいの? オームの声が女の人っぽいから、さらにキモイんだけど」
享史「ちげーよ! んなことするわけねーだろ。今、覚えたんだろ。ほら、さっきの脚本の」
美奈「ええー。そんな一回で覚えれる?」
享史「覚えるんだな、これが。こいつ、すげー頭いいんだよ。見てろよ。美奈は怒ってばっかりの、ツンデレメンヘラ」
オーム「美奈は怒ってばっかりの、ツンデレメンヘラ」
ギリギリギリと頬をつねり上げる音。
享史「いててて! 頬をつねるな!」
美奈「あんた、いい度胸ね。いつも、そんなこと言ってるわけ?」
享史「いや、だから、一回で覚えるんだってっば」
場面転換。
享史(N)「まだ学生だった俺は、そのとき所属していた劇団の脚本家として躍起になっていた。……まあ、一度も俺が書いた本が採用されることはなかったのだが。そして、それから数年が経ち、俺は脚本家の道を諦め、就職していた」
ガチャリとドアが開く音。
享史「あー、今日も疲れたー」
ドサッとベッドに倒れ込む。
享史「……はあ、着替えるの面倒くせえ。このまま寝ちまいたい……」
そのとき、携帯のコール音がなり、通話ボタンを押す享史。
享史「もしもし……? ああ、美奈か。久しぶり。……え? いや、普通に就職したよ。……うん、うん。そう。大学の時と同じ部屋のまま。……遊びに来るか? ……え? あ、そう……。ふーん。結婚するんだ? そっか……。バカ言え。俺だって彼女いるって。……いや、ホント。マジで。……結婚式の招待状? あー、うん、行けたら行くよ」
ピッと通話を切るボタンを押す。
享史「そっかー。美奈の奴……結婚するのか……俺以外の奴と。……って、付き合ってもいないのに、何言ってんだか。あー、くそ、彼女欲し―!」
壁の向こうからの声が聞こえる。
女性「……あなたも一人なんですか?」
享史「え? ……隣から? あ、あの……俺に話しかけたんですか?」
女性「ごめんなさい。一人きりで寂しくって、つい、話しかけちゃって」
享史「いえ、いいんですよ。俺も寂しかったし」
女性「……名前、聞いてもいいですか?」
享史「享史って言います」
女性「享史さん……」
享史(N)「こうして、俺と彼女の奇妙な関係が始まった。直接会うわけでもなく、壁越しに少しの時間、話すだけ。そんな関係でも、俺は満足だった」
場面転換。
享史「そしたらさー、上司がそんなの関係ないって言うんだよ。理不尽だと思わない?」
女性「私は今日、厳しく怒られました。口答えをしたって……」
享史「……厳しいんだね。大丈夫?」
女性「……あなたとこうして、会話できるから、私は平気」
享史「……俺も、君と話せて嬉しいよ」
女性「あなたに……享史さんに会いたい」
享史「……」
場面転換。
享史(N)「隣の部屋はいつも閉じている。だから、彼女には会ったことはない。彼女が話す内容から、どうやら、彼女は半分……いや、監禁されているような状態だと思う。だから、インターフォンを押すこともできない。そのことで、相手が彼女に危害を加えるかもしれない。そう考えると、俺は行動できずにいた」
享史「夏になったら、海に行きたいね。海はいいよ。波の音は心が落ち着くんだ」
女性「私……あなたと一緒になりたい。……迷惑かな?」
享史「そんなことないよ! お、俺も……そう思ってたんだ」
女性「あなたに……享史さんに会いたい」
享史「教えてくれ。君は一体、どうしたいんだ?」
美奈「お願い、享史さん。私を……私を連れて逃げて」
享史「わかった。行こう! この地の果てまで!」
美奈「嬉しいわ! 享史さん、愛してる!」
享史が立ち上がり、部屋を出ていく。
そして、隣のドアノブをガチャガチャと回す。
享史「くそ! 開かない! うおおお!」
体当たりして、ドアを壊す音。
享史「さあ! 行こう……って、あれ?」
享史(N)「部屋の中はもぬけの殻だった。空室。誰も住んでいるようには見えない。まさかと思って、開いている窓から外を見て見るが人影はない。確かに、彼女の声は聞こえていたのに……」
場面転換。
享史(N)「それから、俺は色々と情報を集めた。俺の部屋の隣は、一年前からずっと空室だったこと。もしかして、幽霊だったのではないかと思ったけど、事故物件というわけでもない。一体、俺が会話していた彼女はなんだったのか。それは、今でもわからない。それはある夏の日の不思議な出来事だった……」
ガラガラと窓を開ける音。
享史「今日もいい天気だな」
そのとき、バサバサと羽ばたく音。
享史「おお! 久しぶりだな。元気だったか?」
オウム「享史さん、愛してる!」
終わり。
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