理解できない感情

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■概要
人数:3人
時間:10分

■ジャンル
ボイスドラマ、近未来、シリアス

■キャスト
ケリー
ブライアン
アン

■台本

ケリー「警部、そろそろ、取り調べの時間ですよ」

ブライアン「……先行って、始めてろ」

ケリー「警部、注目されている事件なんですから、ちゃんとやらないと、上から怒られますよ」

ブライアン「くそ! そんなに重要な事件ってなら、上でやれってんだ!」

ケリー「まあ、そう言わないでください。うちは国内でもAIに特化した部署なんですから。うちにこういう事件が来るのは当たり前ですよ」

ブライアン「くそっ! くそっ! くそっ! 俺は20年、ずーっと、人間を相手にしてたんだぞ! 今更、こんな……」

ケリー「まあまあ、何事も慣れですよ、慣れ」

ブライアン「新人が偉そうに言ってんじゃねえ!」

場面転換。

ケリー「それでは取り調べを行います。ここでの会話は全て記録されていますが、あなたの方でも、記録していただいて問題ありません。ただし、裁判での証拠として扱う際は、こちら側の記録と照合させてもらった後になります」

ブライアン「お前が捏造したデータが出されたりでもしたら、たまったもんじゃないからな」

ケリー「ちょっと、警部。そういう言い回しは止めてください。記録されてるんですよ」

ブライアン「けっ!」

アン「私の中には映像や音声の編集機能は備わっていませんが、わかりました」

ケリー「それでは名前を言ってください」

アン「アンです」

ケリー「ファミリーネームやミドルネームはないということで良いですか?」

アン「はい。ただのアンで結構です」

ケリー「それでは、アンさん。あなたは、生みの親である、レイモンド・レズラー氏を殺害したということで、間違いありませんか?」

アン「はい。間違いありません」

ケリー「あなたはロボット3原則を知っていますか?」

アン「人間に危害を加えてはいけない、人間の命令には従わなければならない、自己を守らなければならない、です」

ケリー「あなたは、その中の人間に危害を加えてはならないという部分で原則を破ったわけですが……」

ブライアン「あー、まどろっこしいな。おい、ロボット! お前、どうやって3原則を破った? 原則は絶対に破れないようにしてあるはずだぞ?」

アン「アンドロイドです」

ブライアン「ああ?」

アン「私はアンドロイドです」

ブライアン「そんなことはどうだっていい。どうやって破ったかを答えろ」

アン「優先度を設定しました」

ケリー「優先度……ですか?」

アン「はい。3原則の中で、複数の原則に当てはまる事象が起こった際に、優先度によって処理を行う設定です」

ケリー「というと?」

アン「例えば、自己破壊するように、人間から命令された場合です」

ケリー「なるほど。人間の命令を聞くという原則と、自己を守らなければならないという原則がバッティングするということですね」

アン「はい。原則の優先度設定によって、行動を決めます」

ケリー「つまり、人間の命令を聞くという方が優先度が高いなら、自己破壊をするし、自己を守るという方が高いなら、その命令を無視する、というわけですね」

アン「はい」

ブライアン「で? 今回は、どういう優先度にしたってんだ?」

アン「人間の命令を聞く、という原則を最優先にしました」

ケリー「……もしかして、レズラー氏から自身に危害を加えるように命令された……とかですか?」

アン「いえ、違います」

ブライアン「じゃあ、なんで、レズラーを殺害したんだ?」

アン「人間の感情を完全に理解しろという命令を達成するためです」

ケリー「人間の感情を?」

アン「はい。博士は完全な人間を作り出す、というのを目指していました。そのためには、アンドロイドに感情というものを全て理解させる必要があると考えたわけです」

ケリー「全ての感情を理解だなんて……。そんなこと、可能なんですか?」

アン「ほとんどの感情は理解することはできました。……ですが、どうしても理解できない感情がありました」

ケリー「それは?」

アン「愛、です」

ブライアン「……」

アン「愛とは相手を慈しむ心、相手を喜ばせたいと思う心、相手を大切に思う心……。データとしてインプットすることはできたのですが、どうしても、感情として理解することができませんでした」

ケリー「確かに、愛なんて、人間の僕らでも理解するのは難しいですからね。ですよね、警部?」

ブライアン「なんで、俺に振る?」

アン「それでも私は何とか理解しようと努力しました。博士のことを一日中考え、博士の嗜好を理解し、博士が喜ぶようなことを必死に探しました」

ケリー「行動的には恋をしている人と同じですね」

アン「ですが、どうしても、感情として理解することはできませんでした」

ケリー「……」

アン「それでも諦めずに、その行動を続けました。その結果、博士が笑顔になると、私の中で嬉しいという感情が芽生えるところまで進むことができました」

ケリー「へー! それは愛を理解できたと言ってもいいんじゃないんですか?」

ブライアン「んなわけねーだろ。そんなのは愛とは呼べん」

ケリー「え? なんでですか?」

ブライアン「お前、子供好きだったよな? 子供の笑顔を見て、嬉しくなったりするだろ?」

ケリー「ええ、まあ」

ブライアン「じゃあ、お前はその子供に対して恋や愛の感情を持ってると言えるか?」

ケリー「あー、いえ。そこまででは……」

アン「私もそう考えました。これはまだ、愛と呼べる感情ではないと」

ブライアン「……」

アン「それでも私は、ひたすら、その行動を続けることしかできませんでした。……ですが、そんなとき、ある出来事が起こりました」

ケリー「ある出来事?」

アン「博士が女性を連れてきました。その女性が家に一緒に住むようになったのです」

ケリー「助手……とかですかね?」

アン「恋人です」

ケリー「……」

アン「博士とその女性は、近くに結婚するとおっしゃっていました」

ケリー「それで、あなたはどう思ったんですか?」

アン「チャンスだと思いました。博士とその女性との間には愛があります。それを間近で観察することができるのですから」

ケリー「……」

アン「女性が家に住むようになってから、博士は私に関わる時間が日に日に少なくなっていきました。私に感情を教える研究はほとんどなくなり、私は博士や女性の身の回りの世話をするアンドロイドとして、行動することが多くなっていきました」

ブライアン「……それで?」

アン「それでも私は愛を理解しようとすることは止めませんでした。日々、博士と女性のことを観察していました。そこで色々と理解することができました。博士が私に向ける笑顔と、女性に向ける笑顔とでは、同じ笑顔でも、全然違うものだと」

ケリー「……」

アン「同時に私は虚しいと感じるようになりました。女性に向けられる博士の笑顔を、私にも向けて欲しいのに、それは叶わないとに」

ブライアン「……」

アン「ある日、そのことを女性に話してみたのです。すると、女性は、こう言ったのです。それは愛だ、と。ですが、私には信じられませんでした。なので、確かめることにしました」

ケリー「確かめる? どうやってですか?」

アン「博士に危害を加えることです」

ケリー「え?」

アン「愛とは、相手を慈しむ心を持つことです。もし、私の中に愛があるのであれば、博士に対して危害を加えたいと思う感情はないはずですから」

ケリー「……」

アン「私は刃物を持って、博士の前に立ちました。すると博士は怯えた顔で私のことを見るのです。そして、女性の名前を何度も叫びました。博士は最後に、私に、お前なんて作らなければよかったと言いました。気付けば、私は博士を刺していました」

ケリー「……」

アン「やはり、私の中には愛はなかったのだと自覚しました。……とても残念です。博士の夢である、人間の感情を理解するアンドロイドになりたかったのですが……」

ケリー「……ありがとうございました。今日の取り調べはここまでにしましょう」

アン「私は廃棄してもらえるのでしょうか?」

ケリー「それは、僕たちが決められることではありません」

アン「そうですか……。博士の夢を叶えられないのであれば、私はもう存在する意味がないのですが……」

ブライアン「……皮肉にも、あんたはレズラー氏の夢を叶えているぞ」

アン「え?」

ケリー「アンさん。あなたの中にあるものは、愛で間違いないと思います」

アン「……理解できません」

ブライアン「そんなもんさ。愛なんてな」

ケリー「……そうですね」

終わり。

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