寄り道
- 2022.11.13
- ボイスドラマ(10分)
■概要
人数:4人
時間:10分
■ジャンル
ボイスドラマ、現代、シリアス
■キャスト
聖虹(せいじ)
陽南(ひなみ)
男性生徒
友達
■本編
聖虹(N)「僕のお母さんは、僕が生まれた時に天国に行ってしまった。だから、僕はお母さんの顔さえもわからない。お父さんは、お母さんが欲しいか? と僕に聞いたけど、僕はいらないと答えた。なぜなら……」
聖虹が道を走っている。
聖虹「はっ、はっ、はっ!」
立ち止まって、チャイムを押す。
すると、ドアがガチャリと開く。
陽南「あら、聖虹くん。いらっしゃい」
聖虹「こんにちは、陽南さん」
聖虹(N)「僕にはもう、お母さんみたいな人がいるから」
場面転換。
陽南「学校はどうだった?」
聖虹「う、うん。楽しかったよ」
陽南「聖虹くん。……嘘ついてもわかるんだけどな」
聖虹「うっ! えっとその……」
陽南「なにかあったの?」
聖虹「えっと……」
回想
学校の教室。
男子生徒「なあ、聖虹。俺、算数の教科書忘れたから、貸してくれ」
聖虹「え? で、でも、僕だって使うし」
男子生徒「お前は先生に忘れたっていえばいいだろ」
聖虹「でも……」
男子生徒「いいから貸せって!」
聖虹「う、うん……」
回想終わり。
聖虹「それで、先生に教科書忘れたこと、怒られて……」
陽南「そっか……」
聖虹「ねえ、陽南さん、そんなことより、またピアノ教えてよ!」
陽南「う、うん、いいけど……」
場面転換。
ピアノを弾いている聖虹。
順調に弾けているが、間違えてしまう。
聖虹「あっ!」
弾くのを止めてしまう聖虹。
聖虹「あーあ。間違っちゃった」
陽南「聖虹くん。正確に弾くことじゃなくて、楽しむことを意識してみて」
聖虹「楽しむこと?」
聖虹「そうよ。音楽は、音を楽しむって書くでしょ? 聖虹くんが楽しくないと、聞いてるほうも楽しくないのよ」
聖虹「そっか……。うん、わかった!」
聖虹が再びピアノを弾き始める。
場面転換。
勉強している聖虹。
聖虹「えーっと、32かな?」
陽南「うーん。惜しい。えっとね、ここはカッコの中を先に計算するのよ」
聖虹「じゃあ……42?」
陽南「うん、正解!」
聖虹「えへへ」
陽南「じゃあ、次の問題やってみようか」
聖虹「……」
陽南「どうかした?」
聖虹「陽南さんって、教えるの上手いなって。先生よりわかりやすいよ」
陽南「ふふふ。ありがと。でもね、聖虹くんが優秀だから、すぐに理解できるのよ」
聖虹「僕が……優秀?」
陽南「そうよ。聖虹くんは、やればできる子なんだから」
聖虹「そんなことないよ。僕……テストの点数も悪し、運動だってできないし……」
陽南「聖虹くんはもう少し自分に自信を持った方がいいわね」
聖虹「持てないよ。自信なんて」
陽南「そんなことないわ。そうね……。多分、次のテストはきっといい点数が取れるはずよ」
聖虹「ホント?」
陽南「うん。でも、勉強を続けないとダメよ」
聖虹「うげー」
陽南「ふふ。もう少し頑張ったら、休憩して、おやつ食べようか?」
聖虹「うん! 頑張る!」
場面転換。
陽南の家。
聖虹「陽南さん! テスト、100点取れた!」
陽南「ふふ。だから言ったでしょ? 聖虹くんはやればできるって」
聖虹「うん。ありがとう。ちょっとだけ、自信持てるようになったよ」
陽南「あら、ちょっとだけ?」
聖虹「だって、運動はできないから」
陽南「あのね、聖虹くん。人には得手不得手があるのよ」
聖虹「得手不得手?」
陽南「得意なものが違うってことよ。聖虹くんが大好きなあの野球選手だって、勉強は他の人よりもできなかったりするのよ」
聖虹「え? ホント?」
陽南「なんでもできる人なんていないの。自分の得意のものを頑張ればいいんだから」
聖虹「そうなんだ……。でも、僕に得意なものなんてあるかなぁ?」
陽南「あるじゃない」
聖虹「え?」
陽南「ピアノ」
聖虹「あっ!」
陽南「すごい上手よ」
聖虹「ホント?」
陽南「ええ。じゃあ、今日も練習しようか」
聖虹「うん!」
場面転換。
陽南の家。
聖虹「うう……」
陽南「大丈夫?」
聖虹「なんで、あんな意地悪するんだろう?」
陽南「……そうね。じゃあ、今度、意地悪されたら、大声で止めてよ! って言ってみて」
聖虹「え? 何度も言ったよ?」
陽南「大声で言うの。隣の教室に聞こえるくらい」
聖虹「……わ、わかった。やってみるよ」
場面転換。
教室内。
男子生徒「聖虹! 技かけさせてくれ! 漫画でやってたやつ」
聖虹「やだよ。痛いもん」
男子生徒「いいから、黙ってかけさせろって!」
聖虹「止めてよ!」
大声で叫ぶ聖虹。周りがシーンと静まり返る。
そして、ざわざわと騒ぎ始める。
男子生徒「な、なんだよ、急に。もういいよ」
男子生徒が行ってしまう。
場面転換。
陽南の家。
聖虹「ねえ、陽南さん。あれから、イジメられなくなったよ」
陽南「あら、よかったわね」
聖虹「うん。あれから少しだけ学校に行くのが楽しいんだ」
陽南「そう……。ねえ、聖虹くん」
聖虹「なに?」
陽南「友達、作ってみようか」
聖虹「え? で、でも……できるかな?」
陽南「大丈夫。聖虹くんなら、できるわ」
聖虹「でも……」
陽南「じゃあ、こうやってみて」
場面転換。
陽南の家。
聖虹「陽南さんの言うとおりにしたら、真田(さなだ)くんと仲良くなれたんだ」
陽南「よかったわね」
聖虹「今度の土曜日、遊ぼうってなったんだ」
陽南「ねえ、聖虹くん。学校が終わったら、友達と遊んでみたらどう?」
聖虹「え? でも、ここに来れなくなっちゃう」
陽南「いいの。それが正しいのよ。友達と遊ぶのが聖虹くんにとって、大切なの」
聖虹「でも……」
陽南「聖虹くんなら、もう大丈夫。私がいなくても、ちゃんとやっていけるわ」
聖虹「でも、僕……陽南さんとも会いたいよ」
陽南「いい? 友達がいれば寂しくなんかないわ」
聖虹「……」
陽南「聖虹のこと、ずっと見守ってるからね」
聖虹(N)「考えてみると陽南さんと交わした言葉は、これが最後だったと思う」
場面転換。
聖虹と友達が歩いている。
聖虹がピタリと立ち止まる。
友達「聖虹?」
聖虹「……」
友達「空地なんて見て、どうしたんだ?」
聖虹「ううん。なんでもない。行こ」
友達「ああ」
再び、二人が歩き出す。
聖虹(N)「陽南さんの家はいつの間にか空き地になっていた。……でも大丈夫。陽南さんとの思い出と言葉は僕の中に残っている。陽南さんのことを思い出すと、とても寂しくなるけど、僕は前を向いて歩ける。だって、陽南さんが、そう教えてくれたから」
終わり。