【ボイスドラマシナリオ】ここはホーリー・ジェネラル・ホスピタル

【ボイスドラマシナリオ】ここはホーリー・ジェネラル・ホスピタル

あらすじ
幻獣がペットとして飼われている世界。
ホーリー・ジェネラル・ホスピタルは幻獣を治療する病院。

アンナは新米獣医をしている。
幼い頃、友達だったユニコーンを助けられたかったことがあり、
一種のトラウマとして、心に残っている。

アンナは二度と、自分の目の前で幻獣を死なせないと心に誓い、
日々、獣医の仕事に励んでいる。

だが、アンナの気合も空回りが多く、
いつも上司であるクリストに怒られてばかりいる。

そんなとき、病院に獅子に似た幻獣バロンが運ばれてくる。
バロンは人間を襲ったことにより、心が汚染されていて、
クリストは始末するしかないと言う。

アンナはそんなバロンでも救いたいと、クリストに申し出るが…。

【適合ジャンル】ボイスドラマ/漫画/アニメ

人物表

アンナ    (21)新米獣医
アンナ    (7) アンナの幼少期

クリスト   (31)ベテラン獣医

エリー    (21)アンナの同期

ディルク   (48) 医院長

その他

■台本

○ シーン 1
森の中。
アンナとユニコーンが向かいあっている。
ユニコーンが怯えた様に鳴く。

ユニコーン「お願い、近づかないで」
アンナ(幼少期)「大丈夫。怖くないよ」
ユニコーン「君、僕が言ってる事分かるの?」
アンナ(幼少期)「分かるよ。お友達になろう」
ユニコーン「でも、僕……」
アンナ(幼少期)「おいで。私があなたの事を守ってあげる。あなたの名前を教えて」
ユニコーン「……ユニコーン」
アンナ「じゃあ、ゆーちゃんだね」
ユニコーン「ゆーちゃん?」
アンナ(幼少期)「私は、アンナ。宜しくね」

〇 シーン 2

アンナ(N)「ここはホーリー・ジェネラル・ホスピタル。神獣と呼ばれる異世界の動物を治療する病院。私はそこで、獣医をやっている」

〇 シーン 3
治療室でアンナ、エリー、クリストがフェンリルの治療をしている。

アンナ「うう……眠たい」
フェンリル「(つぶやき)つまらん。つまらん」
アンナ「もうちょっとだから……我慢……してね……(寝る)」
エリー「ちょっと、アンナ」
アンナ「……(寝息)」
フェンリル「(唸り声をあげる)」
クリスト「おい、新米! 起きろ!」
アンナ「え? あっ!」

綱を放してしまうアンナ。

クリスト「バカ! フェンリルの綱を放すな」
アンナ「ああっ!」
フェンリル「(遠吠えの様な声)やったぜ」

ガラスが割れる音。
フェンリルの足音が遠ざかっていく。

アンナ「……逃げちゃった」
クリスト「何してる! 早く追うぞ。エリー、周辺に避難勧告を出しておけ」
エリー「は、はい」
クリスト「新米。見つけても、手を出すなよ。携帯で俺に連絡しろ」
アンナ「でも、私なら……」
クリスト「口答えするな! 行くぞ」
アンナ「……もう、子供扱いして」

〇 シーン 4
街中を走っているアンナ。

アンナ「もう、どこ行っちゃったのよー」
街人1「……ねえ、あれ、さっき放送があったやつでしょ?」
街人2「でっかい犬だったわね。あんなの飼いたいだなんて、金持ちってよくわからないわ。幻獣って言うんでしょ、あれ」
アンナ「!(立ち止まって)あ、あの、フェンリル見たんですか?」
街人1「目の前をピューって通ってたわ」
街人2「あっちの森の方よ」
アンナ「ありがとう。って、危険ですから捕まるまでは家にいてください」
街人1「そう言われてもねー。買い物の途中だし」
アンナ「とにかく、建物の中に入っててください。本当に、幻獣は危険なんですから」

走っていくアンナ。

〇 シーン 5
森の中。
アンナが走ってくる。

アンナ「(歩き出して)この街に、こんな大きな森があったんだ……」

犬の遠吠えのような声が聞こえる。

アンナ「いた。あっちだ(走り出す)」
フェンリル「自由だ! これで、俺は自由になったんだ」
アンナ「(立ち止まって)フェンリル。おいで、帰るわよ」
フェンリル「げっ! ……って、なんだ、ボンクラの方か」
アンナ「誰がボンクラよ!」
フェンリル「なんだ? 姉ちゃん、俺の言うことがわかるのか?」
アンナ「まぁね。さ、いいから帰るわよ」
フェンリル「嫌だね。せっかく自由になったのに。まだまだ、俺は散歩するんだ」
アンナ「あんまり、私を怒らせないことね。力づくでも連れて帰るわ」
フェンリル「力づく? 素手でか?」
アンナ「ああっ! 綱、忘れた!」
フェンリル「姉ちゃん、ホント大丈夫か? 幻獣の俺が言うのもなんだけど、そんなんで幻獣の治療とかできんのかよ」
アンナ「うっさいわね! こうなったら、素手でもなんでも、強引に連れて帰るわ」
フェンリル「(威嚇する声で)舐めんなよ。俺が、その気になれば、お前なんか、一瞬で噛み殺すことができるんだぞ」
アンナ「はいはい。話なら、帰ってから聞いてあげるから」
フェンリル「……俺が怖くないのかよ?」
アンナ「はぁ? 幻獣怖くて、獣医やってられるかっての」
フェンリル「……いや、獣医だって、俺を怖がってたぞ。治療するときは、綱でがんじがらめにして、動けないようにして……」
アンナ「うちじゃ、そんなにきつく縛ってなかったでしょ」
フェンリル「ああ。おかげで、抜け出せた」
アンナ「止めて、それ以上傷をえぐらないで」
フェンリル「お前らの病院は、変だよな。誰も俺を怖がらない。……飼い主ですら、俺を怖がってるのに」
アンナ「え? 怖いのに飼うって、そんなわけないでしょ」
フェンリル「あいつらは、幻獣を飼うのが、ステータスなのさ。自分は金持ちなんだって、幻獣を使って示してる」
アンナ「はぁ? 何よ、それ!」
フェンリル「おかげで、ずっと檻の中。この世界に来てから、散歩なんてしたことねぇ」
アンナ「(怒って)随分、ふざけた飼い主ね」
フェンリル「自由に動き回れた時は楽しかったぜ。色んな場所に行って、自由に駆け回れた」
アンナ「今は、つまらない?」
フェンリル「はっ! 四六時中、檻の中に入れられて楽しいと思うのか?」
アンナ「……あんた、人を襲ったりしない?」
フェンリル「そんな趣味はねーよ。大体、襲うつもりなら、もうやってる」
アンナ「そう。じゃあ……」
フェンリル「ん?」
アンナ「逃げなさい」
フェンリル「はぁ?」
アンナ「そんな飼い主の所に帰ることないわ。人が近寄らない森で、自由に生きなさい」
フェンリル「良いのかよ? そんな事言って」
アンナ「良いのよ。私が、そう決めたの」

アンナの後ろに、ザッという足音。

クリスト「良いわけないだろ(殴る)」
アンナ「痛ぁ! 何すんの……あ、クリスト」
クリスト「先生を付けろ。俺は上司だぞ」
フェンリル「(唸り声)」
クリスト「さ、帰るぞ、フェンリル」
アンナ「待ってください。このままフェンリルを飼い主に返しても不幸になるだけです」
クリスト「……不幸? そんなことが、関係あるのか? 俺たちの仕事は、幻獣を治療することだけだ」
アンナ「そんなの、間違ってます! 私たちは、幻獣の傷を治すだけじゃなくて、幻獣たちがちゃんと暮らせるように……」
クリスト「俺たちに、そこまでの権限はない」
アンナ「……でも」
クリスト「(ため息)フェンリルの飼い主には、フェンリルの性質を教えておいた」
アンナ「え?」
クリスト「飼い主の家族は、フェンリルをどう扱っていいのか、分からなかったらしい」
フェンリル「……」
クリスト「普通の犬のように扱えるわけもないからな。病院に来たときに、色々聞いてきた」
アンナ「それって……」
クリスト「飼い主だって、フェンリルを家族の一員と考えてる。これからは、ちゃんと散歩にだって連れていってもらえるさ」
アンナ「良かったね! フェンリル」
フェンリル「あ、ああ」
クリスト「さ、帰るぞ」

歩き出すアンナ、クリスト、フェンリル。

フェンリル「……ありがとな。姉ちゃん」
アンナ「へ? 何が?」
フェンリル「俺のことで怒ってくれるなんてよ。……うれしかった」
アンナ「えへへ。なんか照れるなぁ」
クリスト「何やってんだ。早く来い!」
アンナ「また怒られちゃった……。(笑って)さ、行こ!」
フェンリル「ああ」

〇 シーン 6
休憩室。

クリスト「バカ野郎! 見つけたら、連絡しろって言っただろ」
アンナ「す、すいません」
クリスト「通報があったから、良かったものの、あのまま、俺が行かなかったら、お前、フェンリルを逃がしてただろ」
アンナ「……だって」
クリスト「まったく……。お前は、上司の命令を何だと思ってるんだ」
アンナ「私は! ……私は、幻獣たちの怪我だけじゃなくて、メンタルな部分の治療も必要だと思います。私は、そういうことも考える医師になりたいんです」
クリスト「お前がどういう医師になりたいかなんて、俺には関係ない。命令が聞けないようなら邪魔だ。辞めちまえ!」
アンナ「くっ!(ぼそっと)陰険メガネが」
クリスト「まったく、治療中に居眠りするような奴が、偉そうなことを」
エリー「クリスト先生、私からもよく言っておくんで、そのくらいに……」
クリスト「エリー。お前は、新米に優し過ぎる。甘やかすな」
アンナ「(ブツブツと)新米、新米って……。エリーだって、私と同期なのに」
クリスト「エリーは、もう一人前の仕事をこなしてる。お前は全く進歩がない、新米のままだから新米なんだ」
アンナ「ぐっ……」

その時、ドアがゆっくりと開く。
ディルクが入ってくる。

ディルク「おいおい。クリスト。声が廊下まで聞こえてるぞ」
クリスト「あ、医院長」
ディルク「可哀想に。アンナくんが、落ち込んでるじゃないか(アンナに歩み寄る)」
アンナ「……べ、別に落ち込んでなんか」
ディルク「そう意地を張るものじゃないぞ」

ディルクがアンナのお尻を触る。

アンナ「ぎゃあ!」
ディルク「おいおい。女の子が、お尻を触られて、そんな声をあげるんじゃない。もっと色っぽい声を出すもんだ。エリーくんを見習いたまえ。な?」

ディルクがエリーのお尻に手を伸ばす。
そして、ガン、という殴られる音。

ディルク「殴るなら、せめて触ってからにしてくれんか?」」
エリー「ディルク医院長。わざわざ、セクハラしに来たんですか? それなら、邪魔なんで消えてください」
ディルク「ううむ。エリーくんの冷たい視線と言葉は、ゾクゾクするなぁ。癖になるって……ああ、冗談だよ。拳を震わせないでくれ。いや、なに、ちょっとアンナくんの弁解をしてやろうと思ってな」
クリスト「……弁解、ですか?」
ディルク「アンナくん、コカトリスは、無事退院したよ。飼い主が喜んでたぞ」
エリー「え? コカトリスは、あと三日は入院するはずじゃなかったですか?」
ディルク「昨日、アンナくんが、徹夜で治療をしてたおかげだ。完治とまではいかなかったが、まあ、退院しても良いくらい回復していたよ」
エリー「徹夜……。それでアンナ、今日は眠たそうにしてたのね」
ディルク「よくやったな。アンナくん」
アンナ「えへへ」
ディルク「が、次の日にミスしてはいかんな」
アンナ「う……すいません」
クリスト「全くだ。徹夜は、お前が勝手にやったことだろ。それで、そのしわ寄せがこっちにくるなんて、迷惑だ」
アンナ「……うう」
ディルク「クリスト。そう、頭ごなしに怒るんじゃない。アンナくん。患者を思いやる気持ちは大切だが、ほどほどにな」
アンナ「……はい」
クリスト「全く。医院長は、新米に甘いです。こんな奴、早くクビにすればいいんですよ」

〇 シーン 7
アンナの部屋。
バンとテーブルを叩くアンナ。

アンナ「あー、もう、もう、もう! あの、インテリ嫌味メガネ!」

エリーが、お盆を持ってやってくる。

エリー「まあまあ、座んなよ。ほら、ケーキ食べよ。コーヒーも煎れたからさ」
アンナ「へ? コーヒー? 私の家にコーヒーなんてあったっけ?」
エリー「さっき買って来たのよ。ケーキと言えば、コーヒーでしょ」
アンナ「もう! そうやって、私のキッチンに物を増やさないでよ」
エリー「そう。じゃあ、控えるわね。ついでに、ご飯作るのもやめるわ」
アンナ「あー、嘘、嘘。いくらでも買って来て。エリー様のご飯がなかったら、私、餓死しちゃうよ〜」
エリー「(笑って)冗談よ。さ、食べましょ」
アンナ「私、ショートケーキの方ね(座る)」

ケーキを食べる二人。

アンナ「それにしても、アイツ、ムカつくわね。なんとかならないかしら」
エリー「怒られただけで済んだんだから、いいじゃない」
アンナ「怒られただけって、あんな奴に怒られるのが一番屈辱だって」
エリー「でも、今日は、けが人も出たんだし」
アンナ「うっ! それを言われると……」
エリー「でも、アンナって、クリスト先生に気に入られてるわよね」
アンナ「どこが! やめてよ。ゾッとする」
エリー「そう? 格好いいと思うけどな」
アンナ「えー、エリー、趣味悪い。まあ、どっちにしても、あのメガネは、もう時期病院からいなくなるからいいんだけどね」
エリー「移動するなんて話、あった?」
アンナ「私が出世して、あいつを追い出すの」
エリー「アンナがクビになる方が早いんじゃない?」
アンナ「……相変わらず、エリーは毒舌ね」
エリー「それより、アンナ。大丈夫?」
アンナ「ん? なにが?」
エリー「明日のこと」
アンナ「明日? 何かあったけ?」
エリー「保健所から、魔獣が来るって……」
アンナ「ああ。そんなこと言ってたね。けどさ、どうして魔獣なんか、うちに送ってくるのかな? どっか、怪我したとかかな」
エリー「……アンナ、あのね」

その時、電話の着信音が鳴る。

アンナ「あ、母さんからだ。エリー、ちょっとごめんね」

パタパタと電話を持って、部屋を出ていくアンナ。

アンナの声「もしもし? ……え? うん。平気だって。神獣が逃げたっていっても、すぐ捕まったし」
エリー「……アンナ、大丈夫かな」

〇 シーン 8
処置室。
檻の中で獅子の魔獣バロンがガシャガシャと暴れている。

アンナ「納得できません」
クリスト「別にお前が納得する必要はない」
アンナ「私たちの仕事は、治すことで、殺すことじゃありません」
クリスト「魔獣の処理も、俺たち仕事だ」
アンナ「でも!」
クリスト「こいつは五人も人を襲った。魔獣と認定された時点で、運命は決まっている」
バロン「出して。早く帰らないと、あの子が心配してる」
アンナ「バロンは、子育て中です。その縄張りに入った方が悪いと思います」
クリスト「知らん! お前と、魔獣の定義の話をする気はない。とにかく、こいつは処理される為に、ここに送られたんだ」
バロン「お願い! あの子達の所に帰して」
アンナ「……医院長に話してきます。バロンは人を殺したわけではありません」
クリスト「やめろ。お前は、そうやって毎回、抗議する気か? その分、業務が滞る」
アンナ「だからって、簡単に動物を殺すんですか? そんなことして平気なんですか?」
クリスト「黙れ! ……新米がガタガタ言うな。お前は、仕事に専念すればいいんだ」
アンナ「……」

その時、ドアがノックされ、エリーが入ってくる。

エリー「失礼します。グングニルを持ってきました」
クリスト「ああ。ご苦労様」
アンナ「失望しました。あなたは、口が悪くて、性格も最悪で、イヤな奴だけど……それでも! 動物を思いやる姿勢は尊敬してた。最後まで諦めない、信念に憧れてた」
エリー「アンナ、クリスト先生だって、なにも好きで、始末するわけじゃ……」
アンナ「エリーは黙ってて!」
クリスト「凶悪な魔獣の処置も、俺たちの仕事だと言ってる。それが嫌なら、辞めろ」
アンナ「……」
クリスト「そうだ、お前がやれ」
アンナ「え?」
クリスト「新米。お前が、バロンの処置をするんだ。できないなら、解雇するように医院長に進言する」
エリー「クリスト先生……それは」
クリスト「治療が出来ても、処理できない人間をここに置いておくわけにはいかない。仕事を選り好みするような、我がままな奴は邪魔なだけだ」
アンナ「いいわよ。辞めてやるわ! こんなところ」
エリー「待って、アンナ。落ち着いて」
アンナ「放して!」
エリー「クリスト先生の言うことは正しいわ。これも仕事なの」
アンナ「でも……」
エリー「こんなことで辞めていいの? 小さい頃から目指してきたことでしょ?」
アンナ「……わかったわよ」
クリスト「グングニルを持って、構えろ」
アンナ「……こ、こう?」
バロン「え? な、なに? や、やめて!」
アンナ「……」
クリスト「いいか。こいつの急所は喉の三センチほど下だ。そこを狙え」
アンナ「は、はい……」
バロン「いや! 何で? 殺さないで!」
アンナ「……バロンが、殺さないでって」
クリスト「生き物は、誰だって死にたくない。例え、非道な罪を犯した犯罪者だってな」
アンナ「……でも」
クリスト「やれ」
バロン「いやー! 死にたくない。子供が待ってるの。私が死んだら、あの子が!」

檻の中で暴れる、バロン。

アンナ「で、できない」
クリスト「早くしろ! お前の手元が狂えば、かえって苦しませる」
バロン「いや! いや! いやぁぁぁぁ!」

暴れ続け、ついに檻が破られる。

アンナ「え?」
クリスト「バカ! 危ない!」
バロン「がああああああ!」

クリストが、アンナを庇う。

クリスト「(腕を噛まれる)ぐあっ!」
エリー「クリスト先生!」
アンナ「(震えて)あ……」
クリスト「グングニルを貸せ! 早く!」
アンナ「あ……は、はい」
クリスト「(受け取って)くっ!(刺す)てい」
バロン「きゃああああああ」

ドサリと倒れるバロン。

アンナ「あ……ああっ」
クリスト「おい! 大丈夫か?」
アンナ「……」
クリスト「新米、返事しろ。怪我ないか?」
アンナ「あ、は、はい」
クリスト「(安心して)そうか」

その時、ドアが空いて、ディルクが入ってくる。

ディルク「おい、何の騒ぎだ? 大丈夫か?」
エリー「医院長。クリスト先生が……」
クリスト「(痛そうに)平気です」
ディルク「(駆け寄って)嘘をつくな。腕が折れてるじゃないか。エリー君、すぐに病院へ運んでくれ」
クリスト「大丈夫です。それより、医院長。このまま、あの術式を行いたいんですが」
ディルク「……おいおい、その腕じゃ……」
クリスト「……お願いします」
ディルク「(ため息)お前がそう言い出したらテコでも動かんからな。分かった。……エリーくん、オペだ」
エリー「え? あ、はい」
アンナ「あ、あの、オペって、なにをするんですか?」
クリスト「(腕が痛む)つっ! 新米。お前は処置室から出て行け」
アンナ「で、でも……」
クリスト「また怪我人を出したいか! 邪魔だ。消えろ」
アンナ「……はい」

部屋を出ていくアンナ。

〇 シーン 9
アンナの部屋。

エリー「凄かったのよ、クリスト先生。あの腕でオペをこなしちゃったの」
アンナ「……」
エリー「なに、落ち込んでるのよ。あんたらしくもない」
アンナ「私、この仕事向いてないのかなぁ? 私のせいで怪我させちゃうし、結局、バロンも助けられなかった……」
エリー「クリスト先生、リンゴが好きみたいよ」
アンナ「え?」
エリー「お見舞いに行ってきなさいよ」
アンナ「でも、私……」
エリー「ほら! ね?」
アンナ「う、うん……」

〇 シーン 10
病室。
ノックの後にドアが開き、アンナが入ってくる。

アンナ「あ、あの……大丈夫ですか?」
クリスト「ん? ああ、新米か……。別に。二週間程で退院できるそうだ」
アンナ「……良かったです」
クリスト「あいつの子供な……」
アンナ「はい?」
クリスト「始末した魔獣の子供が、明日、うちに来ることになった」
アンナ「! バロンの子供が、ですか? ……まさか、それって?」
クリスト「幻獣の子供の飼育は、難しい。ほとんどの場合、魔獣に堕ちる。親が、幻獣、もしくは聖獣じゃない場合は、始末するのが慣例だ」
アンナ「待ってください! まだ、魔獣になったわけじゃないのに、殺すんですか? 母親だけじゃなく、子供まで」
クリスト「だから、それを俺に言うな。これは決定事項だ。俺たちは、それに従うしかない」
アンナ「だからって、はい、そうですかって言えると思うんですか? 人間の勝手な決定で、罪のない動物が死ぬことになるんですよ」
クリスト「新米。お前、この仕事、辞めろ」
アンナ「え?」
クリスト「飼い主が治してくれと言えば治し、殺してくれと言えば殺す。それが俺たちの仕事だ。お前の言ってることは、ただの我侭だ。魔獣を救いたいっていうなら、そういう団体にでも入れ」
アンナ「でも! 私は……」
クリスト「お前みたいのがいれば、いつか、死人を出す」
アンナ「!」
クリスト「俺の傷を見ろ。腕を噛まれただけだったが、これが首だったらどうなってたと思う?」
アンナ「そ、それは……」
クリスト「今回は、俺だったから良かったが、エリーが襲われたとしたら? 死人を出してからじゃ遅いんだぞ」
アンナ「……」
クリスト「お前にこの仕事は向いてない。何かある前に……取り返しのつかないことになる前に……辞めるんだ」
アンナ「……」
クリスト「……」
アンナ「失礼します」

病室を出るアンナ。
廊下に、弱々しい足音が響く。

〇 シーン 11
静かな道を歩く、アンナ。
×    ×    ×
クリスト「お前にこの仕事は向いてない。何かある前に……取り返しのつかないことになる前に……辞めるんだ」
×    ×    ×
立ち止まる、アンナ。

アンナ「……」

ポツポツと雨が降り始める。
そして、ザーっと勢いが増す。
そこに、携帯の着信音。
ピッと通話ボタンを押す、アンナ。

アンナ「(明るく)あ、お母さん? なあに?」
母親「田舎のお爺ちゃんから、みかん届いたのよ。送るかい?」
アンナ「あ、ホント? 食べる食べる」
母親「……アンナ、何かあったの?」
アンナ「へ? なんで?」
母親「ねえ、アンナ。お母さんはね、正直、その仕事は危険だから辞めて欲しいって思ってる。でもね、あんたが、小さい頃から頑張ってきたのも見てきたわ」
アンナ「……」
母親「後悔しないように頑張りなさい。それで疲れたら、いつでも帰ってきていいんだからね」
アンナ「……うん。わかった」
母親「それじゃ、みかん送るからね」

ピッという携帯を切る音。

アンナ「……ありがとう。お母さん。ちょっとだけ、勇気でたよ」

雨の音が響く。

〇 シーン 12
ミーティング室。朝。

ディルク「というわけで、先ほど、バロンの子供が来た。処分は、明日の朝、行う」
エリー「あの……医院長、処分は誰が担当するんですか?」
ディルク「クリストだ。ぜひ、自分にやらせて欲しいと要望があった」
エリー「え? でも、まだ入院中では?」
ディルク「明日、一時的に退院するようだな。それより、エリーくん。アンナくんは、どうした?」
エリー「熱があったので、休ませました。昨日、雨に濡れて……」
ディルク「ふむ。まあ、ちょうど良いかもしれんな。後で、胸を揉みに……いや、お見舞いに行くか」
エリー「一文字も合ってませんよ」

そこに、バタバタと遠くから足音がして、ドアの前で立ち止まり、ドアが開く。

アンナ「すいません、遅れました!」
エリー「アンナ! どうしたの? 今日は、休めって言ったでしょ」
アンナ「何、言ってんのよ。風邪なんか、もう治ったって。ほら、元気だけが私の取り柄だしさ」
ディルク「そうか? まだ、熱があるみたいだが?」
アンナ「ぎゃー」

エリーがディルクを殴る。

ディルク「ぐおっ!」
エリー「お尻を触って、熱を見るのは止めてください」
ディルク「エリーくん、なにも、グーで殴ることはないだろう。グーで」
エリー「申し訳ありません。手元に、鉄パイプがなかったもので」
アンナ「ねえ、エリー。十号室の鍵ってどこにあったっけ?」
エリー「え? 十号室? どうして、そんなところの鍵が必要なの?」
アンナ「バロンの子供は、そこにいるんでしょ? 他の部屋は、いっぱいだしさ」
エリー「見に行くつもりなら、止めておいた方が良いと思う」
ディルク「そうだな。変に情が移ると辛いだけだぞ」
アンナ「いえ、処分されるからこそ、ちゃんとこの目で見ておきたいんです。自分の仕事がどういうものか、ちゃんと見ておきたいんです」
ディルク「……むう。わかった」
エリー「私も一緒に行くわ」
アンナ「うん」

〇 シーン 13
十号室。
ドアが開き、アンナとエリーが入ってくる。

エリー「ここよ」
アンナ「この部屋、檻しかないんだね」
エリー「ここは、処分される動物しか入らないところだからね」

遠くから、ガシャガシャと檻の中で暴れるような音がする。

バロンの子供「お母さん! どこ? 怖いよ」

アンナとエリーが歩みよる。

アンナ「この子が……」
エリー「うん」
バロンの子供「え? なに? だ、だれ?」
アンナ「……」
バロンの子供「ねえ、お母さんどこ? お母さんに会いたい!」
アンナ「(涙声で)……ごめんね。ごめんね。私、君のお母さん、助けられなかった」
バロンの子供「お母さん! お母さん!」
エリー「……アンナ」
アンナ「(涙をぬぐって)エリー、私ね、この子たちの声が聞こえるの」
エリー「え? 幻獣たちの声がってこと?」
アンナ「今まで黙っててごめんね。信じられないと思うし、不気味がられるかと思って」
エリー「……別に、不気味って思わないけど」
アンナ「昔はね、それで虐められてた。妄想癖があるとか、変人だとかって言われてね」
エリー「アンナ……」
アンナ「友達がいなかった私は、いつも森の中で、一人で遊んでた。そんな時、子供のユニコーンに出会ったの」
エリー「ユニコーンって、あのユニコーン? 滅多に人の前に出てこないっていう?」
アンナ「そう。あの子のお母さんは、密猟者に捕まったんだって。私も、お父さんを亡くした頃だったからね。あの子の気持ちは、何となく分かったわ」
エリー「……」
アンナ「あの子と仲良くなってから、あの子と一つの約束をしたの」
エリー「約束?」
アンナ「人に、幻獣の声が聞こえることを言わないこと」
エリー「どうして?」
アンナ「悪用されるから。あの子のお母さんも、幻獣の声が聞こえる人間に追い詰められて……それで、捕まったんだって」
エリー「……そんな」
アンナ「周りの人に気味が悪がられたし、あの子との約束だったし、もう人の前で幻獣の声が聞こえることを言うのは辞めたんだ。でも……そんな時だった」
×   ×   ×
アンナの回想。
森の中。ターンという銃の音。

アンナ幼少期「ああっ! ゆーちゃん!」
ユニコーン「うう……」
密猟者「ちっ! 足を狙ったつもりが、首に当たっちまったぜ」
ユニコーン「痛い……痛いよぅ」
アンナ幼少期「ねえ、大丈夫? ゆーちゃん」
密猟者「(歩み寄って)ユニコーンと人間が一緒にいるなんて、珍しいな」
アンナ幼少期「ゆーちゃん、ゆーちゃん!」
密猟者「お嬢ちゃん。もしかして、幻獣の声が聞こえるのかい?」
アンナ幼少期「え?」
密猟者「もしそうなら、おじさんにちょっと、協力して欲しいんだけどな」
アンナ幼少期「え?」
密猟者「放っておいたら、こいつは死んじまう。けど、今、医者を呼べば、こいつは助かるかもしれねえ」
アンナ幼少期「じゃあ、すぐ呼んでよ!」
密猟者「じゃあ、本当のことを言ってくれ。もし、聞こえるなら一緒に来て欲しいんだ」
アンナ幼少期「(泣きながら)聞こえないもん。ホントだよ!」
密猟者「まいったなぁ。それじゃ、こいつを殺さないといけない。ユニコーンは、死体でも金になるんだ」
アンナ幼少期「……うう」

その時、銃声が響きわたる。

警察1「警察だ! 密猟の罪で逮捕する」
密猟者「げ、しまった!」
警察1「よし、そのまま動くな」
密猟者「く、くそ……」

警察2が、アンナたちの方に走り寄る。

警察2「君、大丈夫かい?」
アンナ幼少期「お医者さん呼んで! ゆーちゃんが」
警察2「分かった。(無線で)ユニコーンが、銃で撃たれてる。至急、獣医を呼んでくれ」
アンナ幼少期「ゆーちゃん、ゆーちゃん」
ユニコーン「アンナ……。今までありがとう」
アンナ幼少期「ヤダ! 死なないで!」
ユニコーン「本当に……楽し……かった」
アンナ幼少期「ゆーちゃん! ゆーちゃーん」
×   ×   ×
アンナ「……その時、私に知識があれば、ゆーちゃんを救えたかもしれない。私の初めての友達を……ね」
エリー「……でも、それは」
アンナ「うん。多分、今の私でも、きっとゆーちゃんは助けられないと思う。でもね、あの時、誓ったんだ。目の前で傷ついてる幻獣がいたら、絶対に助けてみせるって」
エリー「……」
アンナ「だからさ、クリストがやったことは許せなかった。魔獣に堕ちたからって、殺すなんて」
エリー「……アンナ」
アンナ「だけどさ、それが仕事だって言われたら、どうしようもないよね。(涙をこらえて)助けるだけが、この仕事じゃなかったんだね。私、この仕事に幻想を抱きすぎたのかなぁ」
エリー「……辞めるの?」
アンナ「ま、まさか。……私には、まだやらなくっちゃならないことがあるもん。それまでは、辞めないよ」
エリー「……そっか」
バロンの子供「お母さん、お母さん……」
アンナ「……そうだよ」

〇 シーン 14
真夜中の病院。
遠くから、犬の遠吠えが聞こえる。
コツコツと、アンナの足音が響く。

アンナ「この時間なら、さすがに誰もいないわよね」

立ち止まるアンナ。

アンナ「昼間、持ち出した鍵で……」

ガチャガチャという音。そして、カチャリと、鍵が開く音。
部屋の中に入るアンナ。

アンナ「待っててね。今、逃がしてあげるから」

ソロソロと歩くアンナ。
そして、何かにつまずいて転ぶ。

アンナ「わっ! 痛てて……。もう、なんなのよ……って、きゃっ! な、なんで、こんなところに、バロンの遺体があるの?」

ガシャガシャという、檻にぶつかる音。

バロンの子供「お母さん! お母さん!」
アンナ「あっ、今、助けてあげるからね」

その時、パチっという音と、パッという電気が付く音。

アンナ「え? な、なんで電気が付いたの?」
クリスト「やっぱり、来たか」
アンナ「あ、あんた……クリストと……フェンリル?」
フェンリル「姉ちゃん……」
クリスト「まったく、上司を呼び捨てするなんてな。生意気な新人だ」
アンナ「どうしてフェンリルがこんな所にいるの?」
クリスト「明日退院だからな。それまでちょっと借りただけだ」
アンナ「……なんで?」
フェンリル「姉ちゃん、あのな……」
クリスト「フェンリル。お前は、廊下で待機してろ」
フェンリル「……ちぇ、分かったよ」

フェンリルが部屋から出ていく。

アンナ「何、企んでるのよ?」
クリスト「お前には関係ない。さっさと帰れ」
アンナ「嫌よ」
クリスト「上司命令だ」
アンナ「どうせ、明日には辞めるんだから、関係ないわ」
クリスト「まったく……」
アンナ「それより、これはどういうことよ?」
クリスト「これ?」
アンナ「バロンの遺体のことよ! どうして、わざわざ、子供に見えるところに置いてあるの!」
バロンの子供「……お母さん」
クリスト「こいつは、明日の朝処分される。最後の夜は母親といさせてやろうって思ってな」
アンナ「(怒りで)あんた、ホントにクズね。最低の人間だわ」

ズカズカと檻の方に歩いていくアンナ。

クリスト「おい……どうする気だ?」
アンナ「(立ち止まって)どうする気って? 決まってるわ。この子を逃がすのよ!」
クリスト「逃がす?」
アンナ「そうよ。育てるのが難しいってだけで殺すだなんて、ふざけてるわ。命をなんだと思ってるの?」
クリスト「(ため息)魔獣になる確率が高いから、始末しておくんだ」
アンナ「同じよ!」
クリスト「じゃあ聞くが、逃がしてどうする?」
アンナ「え?」
クリスト「お前が、ちゃんと責任を持って育てるのか?」
アンナ「う……そ、それは。元いた、森に帰せば……」
クリスト「なるほど。まあ、バロンなら、なんとか野生でも生きていけるだろう。だが、成獣になった時、親がいない幻獣は、高確率で人間を襲う」
アンナ「でも、そうならないかもしれないわ」
クリスト「が、そうなるかもしれない」
アンナ「う……」
クリスト「お前は、さっきから、幻獣の命をかばっているが、襲われる人間の方はどうなる?」
アンナ「え?」
クリスト「魔獣に襲われた人間は『不幸でしたね』ですむのか? 一体の幻獣を救うために、何人もの人間が犠牲になってもいいって言うわけか?」
アンナ「べ、別に、そういうわけじゃ……」
クリスト「諦めろ。母親が、魔獣に堕ちた時点で、こいつの運命は決まったんだ」
アンナ「イヤ! イヤ! イヤ! 私は、もう、あの頃の私じゃない。救える命は、救うって決めたのよ!」
クリスト「逃すことが、こいつを救うことにはならん」

愕然として、膝をつくアンナ。

アンナ「(涙声で)それじゃ、どうしたら良いっていうのよ。……また、私、助けることができないの?」
クリスト「泣いてたって、こいつは救えん。助けたいなら、その方法を自分で見つけろ」

その時、パァーっという光輝く音。

アンナ「え?」
バロン「……う、うう」
アンナ「バ、バロンが、動いた?」
バロンの子供「お母さん!」
クリスト「新米! バロンから離れろ!」
アンナ「え? え? え?」
バロン「……ここは、どこ?」
クリスト「おい、バロン!」
バロン「あなたは、私を刺した……」
クリスト「俺が憎いか?」
バロン「そうね。憎い……。憎い! 憎い! 人間がぁぁぁぁぁ!」
クリスト「くそっ、失敗か! 新米、逃げろ」
アンナ「ちょっと、どういうことよ。どうして、バロンが生き返ったの?」
クリスト「説明は後だ。フェンリル! 来てくれ」

フェンリルの遠吠えが響き、部屋にフェンリルが入ってくる。

フェンリル「わおーーーん」
バロン「があああああ!」

フェンリルとバロンが戦っている。
フェンリルがバロンを押さえ込む。

フェンリル「くそ、大人しくしろ!」
バロン「ガウ、ガウ、ガウ!」
クリスト「よし、フェンリル。よくやった。止めは俺が刺す」
アンナ「ちょ、ちょっと待って! せっかく生き返ったのに、また殺すの?」
クリスト「転生術は、失敗したんだ……」
アンナ「転生術?」
クリスト「幻獣の中には、転生できる奴がいるんだ。その場合、憎しみが宿る部分を、取り除くことで、稀に魔獣から聖獣に生まれ変わることができるんだ」
アンナ「……?」
フェンリル「クリストは転生術で、バロンを魔獣から聖獣に生まれ変わらせようとしたんだ。それでバロンを助けようとした」
クリスト「術は失敗した。バロンはこれで完全な魔獣だ。始末しないとならない」
アンナ「もう一度……。もう一度、その転生術ってできないの?」
クリスト「無理だ。もう、神獣の血……マナのストックがない。それに俺の腕はギブスで固められてる。オペが出来る状態じゃない。ただでさえ、一度失敗してるんだぞ」
アンナ「私がやる!」
クリスト「なに?」
アンナ「指示して! 私がオペをやるわ」
クリスト「ダメだ。転生術を二度やるなんて、前例がない。どうなるかわからん。それに、魔が溜まった部分を少しでも傷つけたら瘴気が漏れ出す。それを人間が吸えば、即死だ。危険すぎる」
アンナ「助けられるかもしれないのよ。それなら助ける。それが、私たちの仕事でしょ」
クリスト「……だが、マナがない」
フェンリル「俺の使えよ。俺のマナを使えば、バロンは助かるかもしれないんだろ?」
クリスト「ダメだ。下手をすれば、お前も死ぬかもしれないんだぞ」
フェンリル「下手をすれば、だろ? 頼むぜ、姉ちゃん」
アンナ「……フェンリル」
クリスト「くそっ! 勝手にしろ!」
アンナ「決まりね」

〇 シーン 15
オペ室。
人工呼吸器のピ、ピ、ピという音が響く。

クリスト「麻酔が効いてると言っても、いつ起きるか分からん。気を抜くなよ」
アンナ「……はい」
クリスト「よし、始めるぞ。メスで喉から、胸に向けて、三センチ切れ」
アンナ「はい」
クリスト「よし。開いてみろ。中に、黒い玉のようなものが見えるだろ? それが、瘴気の塊だ」
アンナ「これを取り除けは良いんですね」
クリスト「慎重にやれよ。少しでも傷つけたら、瘴気が漏れ出す」
アンナ「……はい」

カチャカチャと器具を扱う音。
そして、スーという肉を切る音。

クリスト「……新米、お前、その技術……」
アンナ「バロン。絶対に助けるからね」

スーと、再び肉を切る音。
カチャカチャと器具を扱う音。

アンナ「取り除きました。この後は?」
クリスト「(呟く)メスさばきが医院長並みだ」
アンナ「早く、次の指示を下さい」
クリスト「ん? ああ、すまん。あとは縫合して傷を塞げ」
アンナ「成功……ですか?」
クリスト「そればっかりは、バロンが目覚めないと分からん」

〇 シーン 16
オペ室。朝。

アンナ「バロンが目を覚ましません。もう、朝なのに……。まさか、失敗したんじゃ」
クリスト「まだだ。もう少し我慢しろ」

その時、パァーっという光輝く音。

バロン「う……うう」
アンナ「バロン! 目を覚ました?」
クリスト「新米! 下がってろ。まだ、成功したか、分からん」
バロン「……ここは?」
クリスト「バロン、俺を見ろ。俺が憎いか?」
バロン「憎い……はずなのに……。不思議。憎しみが湧かない。すごく体が軽い」
クリスト「(安堵して)そうか。それなら、成功だな」
アンナ「じゃあ、これで……」
クリスト「ああ。バロンは聖獣に転生した。始末する必要はなくなったな」
アンナ「……(安堵のため息)良かったぁ」
クリスト「(バロンに)今、檻を開ける。子供を連れて、森へ帰れ。もう、人間を襲うんじゃないぞ」
バロン「いいの?」
クリスト「もちろんだ。辛い思いをさせて、すまなかったな」

クリストが檻の鍵を、ガシャンと開ける。

クリスト「ほら、お母さんのところに戻りな」
バロン「それでは、私たち、行きます」
クリスト「西に三百マイル行ったところに、人間も滅多に近寄らない大きな山がある。そこに行けば、子育ても楽になるさ」
バロン「ありがとうございます」

トコトコと歩き去っていくバロン親子。

クリスト「(欠伸して)さて、病院に戻るか。抜け出したのバレたら、説教されるからな。ほら、お前も、ヘタリこんでないで、行くぞ。面倒くさいが、送っててやる」
アンナ「……なんで、転生術のこと黙ってたんですか?」
クリスト「別に、お前に報告する義務はない」
アンナ「はあ……。もう良いわ。怒るのもアホらしくなってきた。じゃあ、送ってくれますか?」
クリスト「まったく……。大した奴だよ、お前は」

〇 シーン 17
朝、医院長室。
机に座ったディルクと、その前に立っている、アンナ。

ディルク「クリストは、幻獣の声を聴けるんだ」
アンナ「ええ?」
ディルク「覚えは無いかい?」
アンナ「……ああ! そういえば、バロンとかフェンリルと話してた」
ディルク「だからだろうな。アンナくんの事が心配なんだろう」
アンナ「へ?」
ディルク「クリストもな。ここに来た頃は、魔獣を始末することに猛反対しててな」
アンナ「え? あいつが……」
ディルク「殺される前の幻獣の声を聴けるんだ。そりゃ、気も重くなる」
アンナ「……」
ディルク「ある時、クリストは、処分されるはずの魔獣を逃がそうとした」
アンナ「……私と同じ」
ディルク「相手は、完全な魔獣だ。いきなり、クリストに襲いかかった」
アンナ「……それで、どうなったんです?」
ディルク「クリストの同僚が助けに入った。魔獣は、その同僚が殺したんだが、その同僚も深手を追って……死んだ」
アンナ「え?」
ディルク「それからだよ。あいつが魔獣を始末することに、何も言わなくなったのは」
アンナ「魔獣を憎んでるってことですか?」
ディルク「いや、そうじゃない。あいつは、研究を始めた」
アンナ「研究……ですか?」
ディルク「魔獣を成獣に転生させる研究だよ」
アンナ「……」
ディルク「あいつは、助けられる幻獣は、全力で助ける。が、もし、聖獣への転生に失敗した場合は、自分の手で始末する。そう心に決めたみたいだな」
アンナ「どうして今回の転生術のことを、私に黙ってたんですか?」
ディルク「失敗した場合は殺さないとならないからな。期待してた分、裏切られると辛い。それに、あいつなりの試験のつもりだったんだろうな」
アンナ「……試験ですか?」
ディルク「今回は上手くいったが、まだ転生術の方法が分かっていない神獣も多い。本当に殺さないといけない場合もある」
アンナ「私に殺せるかどうかを試したってことですか」
ディルク「どうだ? それでも、この仕事、続ける自信はあるかね?」
アンナ「……それは」

〇 シーン 18
ミーティング室。
ドアが開いて、クリストが入ってくる。

クリスト「みんな、心配かけたな。今日から、少しずつだが、仕事に復帰する」

ズカズカと、クリストに歩み寄るアンナ。

エリー「ちょっと、アンナ」
アンナ「私、クリスト先生を超える治療技術を身に付けます。そして、全部の神獣の転生術を見つけ出します!」
クリスト「まったく。……簡単じゃないぞ」
アンナ「わかってます!」

その時、ドアが勢い良く開く。

獣医「急患です。血だらけのペガサスが……」
クリスト「よし、行くぞ! エリー、アンナ」
エリー「はい」
アンナ「(呆然と)今、名前で……」
クリスト「ほら、何やってる、早く来い!」
アンナ「は、はい! 今、行きます!」

バタバタと走っていくアンナ。

〇 シーン 15

アンナ(N)「ごめんね、お母さん。やっぱり、もう少し、この仕事続けたい。……だって、私、この仕事、大好きだから」

終わり