【シナリオブログ】スタンプゲーム

あらすじ
松戸貴志(11)は学校を休んで、駅へと降り立った。
駅にあるスタンプラリーのカードにスタンプを押す、貴志。
貴志の目的は戦隊ヒーローものの『ガオレイン』のキーホルダーを集めることだった。
しかし、そのキーホルダーを狙っているのは貴志だけではなかった。
竹馬将太(11)や梅比良良子(11)も、キーホルダーを狙っている。

競ってスタンプを集める中、3人は一緒に回ることになる。
そして、3人はそれぞれ、どうしてもキーホルダーを手に入れたい理由があった。

果たして3人は無事にキーホルダーを手に入れることができるのか?

【適合ジャンル】ボイスドラマ/テレビ/漫画/アニメ

【キャスト】
松戸貴志(11)
竹馬将太(11)
梅比良良子(11)
その他

【台本】

電車の中。電車の振動音が響く。

貴志(N)「夏休みも終わり、世の中の学生は、
みんな学校という戦場に戻る事になる。僕もその例外ではない。だけど、今日だけは違う。今日のぼくの戦場は……」

アナウンス「次は木の下、木の下です」

電車が止まり、プシューっとドアが開く。

貴志(N)「駅だ!」

タイトル『スタンプ・ゲーム』

駅内。人々が足早に歩いている。
様々なアナウンス。
松戸貴志(11)が迷いながら歩いている。

貴志「えーと……。あった」

貴志、スタンプ台のところまで走る。

貴志「えっと、『スタンプラリー参加シート』……。あ、これだ」

スタンプシートを取り、スタンプを持つ。

貴志「ここに押せばいいのかなぁ」
将太「おい! トロトロすんなよ」
貴志「え? あ、ごめん」
将太「待ってらんねえ。貸せ!(スタンプを奪う)」

竹馬将太(11)がスタンプシートに、バンっとスタンプを押す。

貴志「あ……」
将太「何だよ? 文句あるのか?」
貴志「い、いや。別に……」
将太「お前、もう帰った方がいいぞ」
貴志「え?」
将太「どうせ、お前も『ガオレイン』のキー
ホルダーが狙いなんだろ? お前みたいな
トロくせえやつじゃ、無理だ。あきらめて
学校にでも行けよ。じゃあな」
貴志「……」

将太が去っていく。
後から、梅比良良子(11)が歩み寄ってくる。

良子「感じ悪―い」
貴志「うわっ!」
良子「あ、ごめん。おどろかせちゃった? で
も、あんたも少しは、言い返したら?」
貴志「へへへ(苦笑い)」
良子「ま、気にしない方がいいよ」

良子がバンとスタンプを押す。

貴志「あっ。ぼくの方が先なのに……」
良子「え、なに?」
貴志「う、ううん。なんでもない」
良子「そう。じゃあ、お互いがんばろうね」

良子が走り去っていく。
貴志、ため息をついて、ポンと自分の分のスタンプを押す。

貴志(N)「ぼく以外にも、参加している人が
いるとは思ってもいなかった。平日だから
って、甘くみていたのかもしれない。さっ
きの男の子の言うように、ぼくには無理か
もしれない。でも、これだけはあきらめる
わけにはいかないんだ。今日が最終日。絶
対にキーホルダーを手に入れるんだ」

駅内。
貴志が息を切らせながら走っている。
遠くで、言い争う声。

将太「お前、横入りすんなよ!」
良子「何言ってんの。私の方が先だったわよ」
貴志「あ、さっきの……」
将太「ふざけんなよっ」

貴志、ごくりと唾を飲み込み、忍び足で二人に近づく。

良子「こういう時は、レディファーストでし
ょ。気が利かないわね」
将太「なんで、お前に気を利かせねえとなんねえんだよ!」

二人が言い争う中、貴志がポンとスタンプを押す。

将太「あ、お前。何、勝手に押してんだよ」
貴志「ひっ」

貴志、慌てて逃げる。
後で二回スタンプが押される音。
そして、将太と良子が追ってくる。

将太「待て、こら」
良子「そうよ、待ちなさいよ」
貴志「ごめんなさーい」

駅を抜け、人ごみの中を逃げる貴志。それを追う将太と良子。
横断歩道を疾走する三人。
貴志が裏道に入る。騒音が無くなり、三人の走る足音だけが響く。

将太「(息が切れ切れ)お、おい。て、てめえ。
逃げ、きれる、と……思って」
貴志「着いてこないでよー」

表通りに出る。再び騒音が聞こえてくる。
そのまま、駅に入る。
聞こえてくる、駅内のアナウンス。
スタンプ台まで走る貴志。

貴志「ねえ、今度は先に押させてあげるから、ゆるしてよ」
将太「(息を切らせて)今度は……だと?」
良子「(息を切らせて)何、言って……。あれ? もう次の駅?」
将太「あん? ……そういえば」
貴志「ね、ほら。先に押していいから」
将太「おい。お前、どんな魔法使った?」
貴志「いや、ただの近道だよ……」
良子「電車よりも、全然早いじゃない」
将太「お前。他にもこんな道知ってんのか?」
貴志「……う、うん。地図とか見て、色々調
べたから」
良子「へー、君、すごいね」
貴志「(照れて)……そ、そんなこと、ないよ」
将太「でも、ずるいぞ」
貴志「……え?」

電車内。ほとんど人は乗っていない。
将太の声が響いている。

貴志(N)「一緒について来る事になったふたりは竹馬将太くんと梅比良良子ちゃん。ふたりとも、ぼくと同じ五年生らしい。……将太くんは、何か怖くて、ぼくは苦手だ。でも、ほめられたのは、ちょっとうれしい」

将太「で、こうなるんだけど……。おい、貴志、聞いてんのか?」
貴志「え? あ、ごめんなさい。……なに?」
将太「だから、回るルートだよ。このまま順番に回ってたんじゃ、時間がかかるからな。貴志が知ってる近道を使うには、桜塚駅と横橋駅を後回しにして、一気に森下台駅に行った方がいいと思うんだけど、お前はどう思う?」
貴志「あ、うん。それでいいと思う」
良子「へえー。すごい。色々と考えてるんだ」
将太「(得意気に)まあな」
良子「見た目はバカそうなのに、意外ね」
将太「うるせえよ。……ん? 貴志どうかしたのか? さっきからだまってっけど」
貴志「え? いや、……なんでもないよ」
将太「まあ、おれたちはライバルだからな。仲よくしたくないってのも分かるけどな」
貴志「べ、べつにそんなんじゃ……」
良子「将太、やめなよ。これから一緒に回る
んだから、仲よくしなよ」
将太「良子。お前、かんたんにもらえると思ってるかもしれないけど、あまいぞ。平日は、用意しているキーホルダーの数がずっと少なくなるんだ。さらに今日は最終日だからな。おれたちみたいに、学校休んで参加してるやつも多い」
良子「ま、まじ?」
将太「はっきり言って、土日よりももらうのはむずかしい」
良子「そんなぁ。今日、学校サボったの意味ないじゃん」
将太「だから、おれたちはライバルだって言ったんだ」
良子「じゃあ、将太がもらえたら、私にちょうだいよ」
将太「は? 何でだよ」
良子「わたしは、どうしてもキーホルダーが欲しいのよ」
将太「おれだって、欲しいんだ。ゆずれねえ」
良子「ふん。ケチ。……貴志くんは、ゆずってくれるよね?」
貴志「……ごめん。ぼくも、どうしても欲しいんだ」
貴志・将太・良子「……」

電車が止まる。

アナウンス「森下台。森下台」

貴志(N)「やっぱり、キーホルダーをもらうのは難しいみたいだ。でも、絶対にもらうからね、栄一くん」

駅内。

将太「バカ。貴志、こっちだ」
貴志「あ、ご、ごめん」
良子「ねえ、将太。何でこんなこそこそしないとなんないの?」
将太「お前なぁ。今日、平日だぞ」
良子「それがどうしたの?」
将太「あっちを見ろよ」

遠くから言い争いが聞こえる。

駅員「こら、君。学校はどうしたんだ」
少年「はなせよー」

将太「駅員なんかに捕まったら、強制的に学校に連れて行かれることになる。けどまあ、捕まっても、おれに任せろ。秘策がある」
良子「……へぇー。けど、あんた、ずいぶんとなれてる感じだけど、なんで?」
将太「毎年やってるからな。……よし、今だ。行くぞ」

三人がスタンプ台に走り寄る。
バン、バン、バンとスタンプを押す三人。

将太「これで、三つ目か。よし、次だ」

遠くで子供の泣き声が聞こえる。

子供「うわーん。おかあさん。ぼくのシート
やぶられちゃったぁ」
母親「何なの、あの子達。ひどい事するわね」
子供「せっかく、あつめたのにー」

将太「(つぶやく)おかあさん、……かぁ」
良子「将太、どうしたの? あの子がどうか
した?」
将太「いや、……イントルーダーにやられた
んだな、って思って」
良子「え? 何それ?」
将太「他の参加者をじゃまするやつだ。自分
がキーホルダーを手に入れるために、何で
もしてくる。油断すんなよ」
良子「(ため息をついて)駅員にも、注意しないといけないし、大変ね」
将太「当たり前だ。これは真剣勝負なんだぞ。……って、おい、貴志。ボサッとすんなよ」
貴志「あ、ごめん」
将太「……お前、もう帰れ。無理だ」
貴志「……」
良子「ちょっと、やめなよ」
将太「だってよぉ」
貴志「……ぼく。ぼく! 絶対にガオレインのキーホルダーが欲しいんだ」
将太「……なんでだよ?」
貴志「友達が……、引っ越しちゃうんだ。だから、その友達に絶対にあげたいんだ」
良子・将太「……」

将太が歩き出す。

貴志「……」
将太「おい、貴志。置いてくぞ。早く来いよ」
良子「ほら、貴志くん。行こう」
貴志「う、うん」

貴志と良子が走り出す。

貴志(N)「自分の意見を言ったなんて、いつ以来だろう。でも、ちゃんとわかってもらえるんだ……。もう少し、早くこれができたら、あんなことにはならなかったのかな」

三人が道を歩いている。

良子「もう半分かぁ。意外と楽勝じゃん」
将太「ばーか。これからだよ。まったく、素人は気楽でいいよな。……おっと、貴志。こっちでいいのか?」
貴志「うん。そこ、右に曲がるんだ」
将太「へえー。こんな道あったんだな。知らなかった」
良子「将太は毎年参加してるのに、全然道知らないんだね」
将太「(ムッとして)お前はどうなんだよ」
良子「……私は知るわけないでしょ。神村市に住んでるんだから」
将太「か、神村市? ほとんど隣の県じゃねえか」
貴志「ねえ、どうして、そんな遠いところからわざわざ来てるの?」
良子「そ、それは……。も、もちろん、キーホルダーをもらうためよ」
将太「そこまでしてか?」
良子「よくわかんないけど、限定品なんでしょ? そのキーホルダー」
将太「よくわかんねえのに、欲しいのか?」
良子「別に、わたしが欲しいんじゃない……。お、弟が欲しがってたから」
貴志「へぇー、良子ちゃん、弟がいるんだ?」
良子「う、うん。体が弱くてさ。病気がちなんだぁ。だから、元気付けたくて……」
将太「弟のために、よくそこまでやれるな」
良子「将太はどうなのよ?」
将太「俺は、もちろんおれが欲しいから参加してるに決まってるだろ」
良子「ふーん。なんだ、自分のためか」
将太「なんだよ、文句あるのか?」
貴志「け、けんかは止めようよ。あ、ほら、駅に着いたよ」

駅の中。様々なアナウンス。人々が歩く足音。

将太「ここをまっすぐ行けば、スタンプ台だ」
良子「ねえ、将太。少し休もうよ」
将太「ダラダラ歩くなよ」
良子「えー。だって、ずっと歩いてるんだもん。疲れた。貴志くんもそう思うでしょ?」
貴志「え? ぼ、ぼくは平気だけど……」
将太「ほら見ろ。少しは貴志を見習えよ」
良子「むぅー。わたし、女の子なんだよ。少しは気を使ってくれたっていいでしょ」
将太「何でおれがお前に気を使わないとなんないだよ」
良子「つめたーい。貴志くんはちがうよね?」
貴志「(少し困って)あ、う、うん。……ね、ねえ、将太くん。少しきゅうけい……」
将太「じゃあ、お前ら、勝手にしてろよ。おれは先に行くからな」
良子「うわっ。最悪! 貴志くん、こんなやつ置いて、行こう」
貴志「あ、ちょっと……」

良子が貴志の手を引いて走り出す。
スタンプ台の前で立ち止まる良子と貴志。

良子「あれ?」
貴志「……」
将太「(少し遠くから)どうした?」

将太が走ってくる。

貴志「……ない」
将太「あ? 何がだ?」
良子「スタンプ」
貴志「え? どうして? ここには無いの?」
将太「イントルーダーだな」
貴志「え? なにそれ?」
良子「ああ。前に言ってた、じゃましてくるやつのことよね」
将太「きっと、自分たちがスタンプを押した後、どっかにスタンプをかくしたんだな」
良子「そんなことも有りなの?」
将太「ここまでしてくるやつもいるんだよ」
貴志「ど、どうしよう?」
将太「探すしかないだろ」
良子「でも、どこを?」
将太「とにかく、近くだ。手分けして探すぞ」

三人がゴミ箱の中や、ベンチの下を探す。

貴志(N)「なんか、宝探しみたいでワクワクする。……楽しいなんてひさしぶりだな。でも、ぼくが楽しいなんて思っていいのかな? ……だめだよね。ごめん、栄一くん」

良子「ねえ、見つからないよ」
将太「ちゃんと探せよ」
良子「(ムッとして)探してるよ!」
将太「貴志、そっちはどうだ?」
貴志「ううん。見つからない」
将太「(地面を蹴る)くそっ! お前ら、ちゃんと探してんのかよ!」
良子「なによ! えばって! あんただって、ちゃんと探しなさいよ」
将太「……」
良子「(涙ぐんで)もう、だめかも……」
将太「何だよ、お前、あきらめんのかよ?」
良子「……だって」
将太「おれはあきらめねえぞ。絶対に、スタンプを集めるんだ」
貴志「ねえ、どうして将太くんは、そこまでしてキーホルダーが欲しいの?」
将太「……お、おれは、八歳の時からずっと集めてるんだよ。このスタンプラリーのキーホルダー。だから、今年も……、いや、これからもずっと、集め続けるんだ」
良子「なによそれ。そんな理由で参加してるの? そんなの、ただのあんたのマニア心じゃない」
将太「おれにとっては、大事な理由だ!」
良子「くだらない」
将太「なんだと? 弱っちい弟にやることがそんなにえらいのかよ!」
良子「弟の悪口はゆるさないわよ!」
貴志「止めてよ、ふたりとも。がんばって探そうよ」
将太・良子「……」
貴志「ねえ、この辺には無いんじゃないかな。たとえば、駅の外にあるとか」
将太「それは無い」
良子「なんで、そんなこと言えるのよ」
将太「スタンプが無くなったりした場合、スタンプラリーが中止になることがあるんだ。だから、そいつらも駅員が見つからないようなところには、かくさないはずだ」
貴志「……駅員。あっ、そうだ」
良子「どうしたの?」
貴志「ぼくたち、ずっと下ばっかり探してた。だから見つからないんだよ」
将太「……そっか。上だな」
貴志「うん」
将太「よし、上の方を見て探すぞ」

三人が再び探し始める。

貴志「あった!」
良子「え? ほんと?」
将太「よし!」

貴志がふたりの所に走って行く。

良子「どこにあったの?」
貴志「電話の台の上」
将太「……貴志」
貴志「なに?」
将太「やるじゃん」
貴志「……うん! これで、またみんなで先に進めるね」

貴志がバンとスタンプを押す。

将太「良子……。さっきはごめんな」

将太がバンとスタンプを押す。

良子「わたしこそ、ごめん」

良子もバンとスタンプを押す。

将太「よし、次に行くぞ」
良子「おー」
貴志「うん」

貴志(N)「栄一くん、ごめん。やっぱり、将太くんと良子ちゃんといると楽しいよ。栄一くんとふたりで遊んでいたころを思い出すんだ。ぼくは今ごろになって気づいた。一緒にいて、楽しいと思える人が友達なんだって。でも、もう遅い。ぼくはたったひとりの友達をうらぎったんだから……」

将太がプシュと缶ジュースを開ける。
そして、喉を鳴らして飲む。

良子「貴志くん、どうしたの? ぼーっとして」
貴志「え? 何でもないよ。それより、いいの? ジュースおごってもらっちゃって」
将太「いいんだ。貴志は今回頑張ったからな」
良子「あんた、三十円しか出してないくせにえらそう」
将太「よし! 次に行くぞ」
貴志「あ、ちょっと待ってよ」

貴志、将太、良子が歩き出す。

将太「ジュース飲まないのか?」
良子「あんたが行こうって歩き出したんじゃない。止まんなよ」
貴志「いいんだ。あとで飲むから」
良子「でも、ぬるくなっちゃうよ」
貴志「おごってもらうなんて、初めてだからうれしくって。何かもったいないんだよね」
将太「……ふーん」
貴志「あ、駅が見えてきたよ」
良子「もうちょっとで終わるって思ったら、少しさみしいかも」
貴志「……そうだね」
将太「……忘れるなよ。おれたちはライバル同士なんだぞ」
良子「あ、そうだったね。キーホルダー持って帰らないと」
貴志「みんなの分、あるといいよね」
将太「お前はあいかわらず甘いな。よし、さっさと行くぞ」

三人が走り出す。

駅の中。
良子が走ってくる。

良子「(息を切らせて)ごめん。お待たせ」
将太「なんだ、便秘か?」
良子「(大声で)あんた、女の子になんてこと言うのよ!」
将太「バカ、声でけえよ」
良子「まったく、少しは気を使いなさいよね」
将太「だから、なんでお前に……」
貴志「ね、ねえ。早く押そうよ」
将太「お、それもそうだな」

バン、バン、バンと三人がスタンプを押す。そこに、近づいてくる微かな足音。

将太「よし、次……」
駅員「ねえ、君たち。学校はどうしたのかな?」
良子「……っ!」
貴志「あ、あの。その……」
駅員「まさか、君たちもサボりかな?」
貴志・良子「……」
駅員「学校と親に連絡しないといけないから、
ちょっと事務所に来てもらえるかな」

駅員が歩き出す。
貴志と良子がとぼとぼと歩き出す。

将太「開校記念日なんです」

駅員、貴志、良子が止まる。

将太「今日、開校記念日で休みなんですよ。ぼくたちの学校」
駅員「そうなのかい?」
貴志「は、はい」
良子「そ、そうなの」
駅員「そっか。悪かったねえ、疑って。今日はサボったり、悪戯する子が多くてね」
将太「別にいいですよ。さ、行こうよ。良子ちゃん、貴志くん」
良子「良子……ちゃん?」
貴志「貴志……くん?」
将太「ほら、早く!」
貴志「あ、うん」

貴志と良子が将太の元へ走り寄る。

将太「それでは、ぼく達、次の駅に行くので」
駅員「気をつけてね」
将太「ありがとうございます」

将太が歩き出し、貴志、良子が続く。

良子「(小声で)やるじゃない」
将太「(小声で)任せろって言っただろ」
良子「(小声で)でも、あんたキャラ違うわよ」
将太「(小声で)うるせえな。ああ言った方が
信用されるんだよ」
駅員「あ、そうだ。ちょっと待って」

三人が立ち止まる。

将太「なんですか?」
駅員「どこなの? 君たちの学校」
将太「……緑葉小学校ですけど」
駅員「ああ。緑葉小学校か」
将太「もう、行ってもいいですか?」
駅員「うちの娘がね。緑葉小学校に通ってる
んだよ」
将太「え?」
駅員「今日はさ。確か授業参観があるんだよ
ね。まったく、平日に授業参観なんて、何を考えてるんだか」
将太「……」
駅員「私もね。日曜日とかなら行けたんだよ。授業参観」
将太「……やべえ」
良子「え? なに? どうしたの?」
駅員「休み欲しいって言ったのに、もらえなかったんだ。娘の初めての授業参観、行きたかったなあ」
将太「良子、貴志」
貴志・良子「なに?」
駅員「さあ、事務所まで来てもらおうか」
将太「にげろ!」

将太が走り出し、つられて貴志、良子も走り出す。

駅員「待てー。逃がさんぞ」

駅員が追いかけてくる。

良子「もう、何が『任せろ』よ。役立たず」
将太「うるせえ! 学校を聞かれたのは初め
てだったんだよ」
貴志「ねえ、何とかごまかせなかったの?」
将太「ウソつく時は、ひとつ以外は本当のこ
とを言う方がうまくいくんだ」
良子「いってないじゃん!」
将太「うるせえ、だまって走れ」

段々と駅員の走る音が近づいていく。

良子「だめ。追いつかれちゃう」
貴志「……ぼくがおとりになるよ」
良子「そんなの、だめだよ」
将太「お前、キーホルダーもらうんだろ。あ
きらめんのかよ」
貴志「……いいんだ」
将太「あー、くそっ。おれがおとりになるよ」
良子「あんたまで、何言ってるのよ」
貴志「そ、そうだよ。だめだよ」
将太「バカ。元は、おれがしくじったんだ。
……それに、ダチをみすてられねえだろ」
貴志「……ダチ?」
将太「お前ら、うまくやれよ」
良子「……あ、そうだ。ちょっとあんたたち、
バカなこと言ってないで、ついてきて」
将太「何だよ」
良子「いいから!」
駅員「待てこらー。くそガキども!」
良子「そこ、入るからついてきて」
将太「そこって、女子トイレじゃねえかよ。
……ああ、くそ」

良子、貴志、将太が女子トイレに駆け込む。そして、個室に入り、鍵を閉める。

女性「きゃっ、なに?」
駅員「待てー。逃がさん……」
女性「きゃあー」
駅員「え? あ、すいません。失礼しました」

駅員が慌てて出て行く。

将太「……出て行ったみたいだな。で、どう
するんだ?」
貴志「入り口のところで、待ちかまえてるん
じゃないかな?」
良子「大丈夫。だれかと違って、ちゃんと考
えてるから」
将太「だれかって、だれだよ?」

良子が鍵を開け、個室から出る。

良子「ほら、窓。ここから、外に出るの」

電車内。

貴志「良子ちゃんのおかげで助かったよ。あ
りがとう」
良子「(嬉しそうに)いいよ、別に。でもさあ、将太。あんた、今日授業参観なんでしょ。 いいのこんなことしてて? 親に学校休んでることバレちゃうんじゃない?」
将太「いいんだよ。どうせ、学校に来てないだろうし、学校を休んでるって知っても何とも思わないだろうから」
貴志「……」
良子「へぇー」
貴志「スタンプ、あと二つだね」
良子「もう少しじゃない。楽勝、楽勝」
将太「聞かないのか? おれの事」
良子「だれにだって、聞かれたくない事くらいあるでしょ。わたしたちだって、無理に聞きたいと思わないし」
貴志「うん。そうだよ」
将太「おれは、ひとに弱みは見せなくねえ」
良子「うん。それでいいんじゃない」
将太「だから、これはひとり言だ」
良子「え?」
将太「おれの親父はさ、会社を経営してたんだ。でも、不況とかで、つぶれたんだ。その時から、すごく酒を飲むようになって、母さんやおれを殴ったり、蹴ったりするようになった。ある朝、起きたらテーブルの上に紙が置いてあった。そして、母さんがいなくなった。親父も酒の量がすごく増えた」
貴志・良子「……」
将太「親父の会社がうまくいってる頃さ、親父と母さんとおれで、スタンプラリーに参加したんだ。あの時は貧乏だったけど、一番楽しかった。すごく、楽しかった。おれが毎年参加してるのは、あの頃を思い出せるし、ずっと集め続けていれば、母さんが戻ってくるような気がするからなんだ」
良子「……ずいぶんと長いひとり言ね」
将太「すまん。……でも、何か、すっとした」
貴志・良子「……」
貴志「あ。もうすぐ着くよ」

電車が止まり、ドアが開く。

将太「よし! 残り二つ。はり切っていくぞ」
良子「おー」
貴志「うん」

駅の中。

将太「よし。駅員も近くにいない。今だ」

将太、貴志、良子がスタンプ台へと走る。
バン、バン、バンとスタンプを押す三人。

貴志「あと一つ……」
良子「長かったような、短かったような」
将太「おいおい。まだ終わってねえぞ。気を抜くなよ」

貴志達の方に向かって三つの足音が迫る。

築井「おい、お前ら。待てよ」
将太「……なんだよ?」
柏田「おい。築井くんに向かってその態度はなんだ!」
築井「まあ、落ち着けよ。柏田。それより、お前ら、スタンプ何個目だ?」
将太「なんで、そんなこと教えないとなんないんだよ」
築井「お前、ムカつくな。おい、板場!」
板場「はい!」

板場が良子の手をつかむ。

良子「ちょっと、なんなのよ!」
貴志「(震えて)や、止めなよ」

貴志が板場の手を掴む。

板場「どけっ!」
貴志「うわっ」

板場が貴志を突き飛ばす。

将太「おい!」
良子「何するのよ!」
板場「いいから、シートよこせよ」

板場がスタンプシートを奪って、良子を突き飛ばす。

良子「きゃっ」
板場「築井さん。こいつらあと一つですよ」
良子「返しなさいよ!」
築井「なに? うそだろ? そんなに早いわ
けねえだろ」
板場「ほんとですよ。ほら」

板場が良子のシートを築井に渡す。

築井「……お前ら、どうやったんだよ?」
将太「お前には関係ないだろ。それよりも良子のシート返せよ」
築井「……」
将太「あと、貴志にあやまれ」
築井「やっぱりムカつくな。お前」

築井がいきなり良子のスタンプシートを破る。

良子「……あっ」
貴志・将太「……!」
築井「あっはっは。残念でしたぁ。また最初
からだ」
将太「お、お前……」
貴志「ひどいよ。良子ちゃんが弟のためにがんばって集めてきたのに!」
良子「……」
築井「知らねえよ、バーカ。それならお前のシートをやれよ」
柏田「さ、築井くん。行こう」
築井「じゃあな。頑張れよ」

築井たちが歩き出す。

将太「……お前ら、待てよ」
良子「将太。いいよ。もういい」
貴志「でも、弟にあげるの、どうするの?」
将太「そうだ。弟が楽しみに待ってるんだろ」
良子「いないの」
貴志「え?」
良子「弟は、もういないの。去年事故でね、
死んだの」
貴志・将太「……」
良子「だから、いいんだ。もう。これはきっとウソついていたバツなんだよ」
将太「カタキ、うたなくていいのかよ」
良子「……うん」
将太「そっか……」
貴志「……」

突然、貴志が歩き出す。

将太「お、おい。貴志、どこ行くんだよ?」
貴志「……あの人たちのところ」
将太「行ってどうするんだ?」
貴志「わかんない。……でも、どうしても許せないんだ!」
将太「……ちっ。しょうがねえな。おれも行ってやるよ」
貴志「将太くん……」
良子「ちょっと、いいって言ってるでしょ」
将太「かん違いすんなよ。お前のためじゃねえ。おれたちがムカついたから殴りに行くんだ。な、貴志」
貴志「う、うん!」
良子「……将太、貴志くん」
将太「よし、行くぞ!」

貴志(N)「ケンカなんか、したことなかった。できるとも思わなかった。痛いことや、怖いことからずっと逃げてきたから。でも、友達のためになら、痛いことも、怖いことも我慢できるんだ。……どうして、もう少し早く気付けなかったんだろう」

築井「おらぁ」
貴志「うわっ」

築井に殴られ、倒れる貴志。
その横では将太が板場に殴られている。

将太「(倒れて)ぐうぅぅ」
築井「お前ら、行くぞ。くそ、時間食っちまった」

築井たちが去っていく。
良子が貴志たちの元に駆け寄ってくる。

良子「あんたたち、弱いわね」
将太「お前なぁ、『大丈夫?』だろ、そこは。気がきかねえやつだな」
良子「なんで、あんたに気を使わなきゃなんないのよ」
将太「……ちっ。かわいくねえ奴」
良子「でも、二人とも、ありがとう」
将太「……バカ。お前のためじゃねえよ」
貴志「えへへ」
良子「そろそろ立ちなさいよ。みっともない」
将太「立ち上がれねえんだよ」
貴志「もう少し休ませて」
良子「……去年のちょうど、今日。弟と二人でスタンプラリーに参加したの」
貴志・将太「……?」
良子「弟はまだ五歳で、どこに行くにもわたしの後をついてきてた。わたしはそれが嫌だった。遊びに行くのを我慢して、弟の面倒をみたりしてた。あの日もそうだった。友達の家に遊びに行く約束してたのに、あの子がスタンプラリーのキーホルダーが欲しいなんて言い出して……。わたしは約束を断わって、弟と一緒にスタンプラリーに参加したの。それなのに、あの子、全然わたしの言うことを聞かないの。わたし、何回も『この子さえいなかったら』って思った。それで、あの子を少し困らせてやろうって思って、手を放して隠れたの。あの子、泣きながら必死にわたしを捜してた。ふらふらって道路に飛び出して……」
将太「痛っ(立ち上がる)貴志、立てるか?」
貴志「う、うん(立ち上がる)」
良子「(涙声で)だから、わたし、あの子が好きだったガオレインのキーホルダーを……。あの子にあげたかったの」
将太「……」
貴志「じゃあ、あげようよ」
良子「……え? でも」
将太「忘れたのか。良子のシートは……」

貴志がポケットの中をゴソゴソと探って
取り出す。

貴志「はい、これ」
良子「それって……」
将太「スタンプシートじゃねえか。どうしたんだ、それ」
貴志「えっと、あの人のポケットから……」
良子「うそー」
将太「すげー。お前、すげーよ」
貴志「えへへ」
将太「貴志。お前、立派なスリ師になれるぞ」
貴志「将太くん。それ、ほめてないよ」
将太「あん? そうか? まあ、いいじゃねえか(バンバンと貴志の背中を叩く)」
貴志「はい。良子ちゃん」
良子「……でも、受け取れないよ」
貴志「え? どうして?」
良子「だって、わたし、ふたりにウソついてたし……」
貴志「……ぼくは、良子ちゃんのひとり言、聞いてないよ」
良子「……ひとり言?」
将太「そうそう、ひとり言。お前、ブツブツと何か言ってたけど聞こえないぞ。な?」
貴志「うん。だから、はい。スタンプシート。キーホルダー、弟にあげるんでしょ」
良子「……ありがとう」
将太「よし。最後の一個だ。行くぞ!」
良子「(少し涙声で)おー」
貴志「うん!」

貴志(N)「みんな、それぞれ悩みをかかえてるんだ。たとえ、それがどんなものでも、受け止めてくれる。それが友達……。だから、ふたりに隠しごとをしているぼくは、友達に、なれていないんだと思う。ふたりと友達になりたい。でも、でも、それ以上にふたりに嫌われることが怖い。本当の事を言ったら、卑怯者と言われるだろうから」

駅の中。

貴志「この駅が最後だね」
将太「結局、普通に回るより、時間かかっちまったな」
良子「将太が考えたことだもん。仕方ないよ」
将太「……お前なぁ」
貴志「でも、ぼくはこれで良かったと思う」
良子「うん」
将太「そうだな。じゃあ、最後の一個を押しに行くか」

三人が歩き出す。
その時、遠くから慌しい声が響く。

築井「くそぉ。なんで無いんだよ!」
板場「もう少し、探してみましょうよ」
築井「うるせえ! 何回も探してんだよ。……板場。お前のよこせ」
板場「そ、そんなぁ」

立ち止まって見ている三人。

貴志「あ、あの人……」
将太「ぷっ、くっくっく。ざまあみろ」
良子「ねえ、どうする?」
貴志「もう少し、様子を見よう。また盗られたら嫌だし」
将太「そうだな」
築井「じゃあ、柏田。お前のよこせ!」
柏田「ちょ、ちょっと待ってよー」

築井たちの声よりも大きな声が響く。

築井の母「憲次! 何やってんだい!」
築井「げ、母ちゃん……」
築井の母「あんた、学校から連絡あったのよ。
勝手に学校サボって」
築井「こ、これには、訳が……」
築井の母「言い訳は家で聞くから、来なさい」
築井「ちょっと、待って……」
築井の母「いいから、来なさい!」
築井「は、はい!」

母親の後をトボトボと着いていく築井。

築井「お前らも来い」
柏田・板場「そ、そんなぁ」

築井の後を歩いていく柏田と板場。

将太「よし。じゃま者も消えた。行くぞ」

貴志、将太、良子がスタンプ台まで走る。

将太「最後の一個だ」
貴志「なんか、ドキドキするね」
良子「ちょっと、さびしい気もするけど」
将太「(深呼吸をして)じゃあ、押すぞ」

バン、バン、バンとスタンプを押す三人。

将太「あとは、交換所に行くだけだ」
貴志「三つ残ってればいいんだけど」
良子「きっとあるよ」

三人に近づく足音。

貴志の母「……貴志?」
貴志「え?」
貴志の母「貴志、どうして、こんな所にいるの?」
貴志「……お母さん」
将太「マジか……」
貴志の母「学校から連絡があったのよ。『貴志くんが登校していません』って。一体なにしてるの?」
貴志「……それは」
良子「あ、あの。もう少し待ってもらえませんか?」
将太「そうそう。あとちょっとでいいんだ」
貴志の母「あなた達が貴志をたぶらかしたのね。家の子に変なことを教えるのは止めて頂戴!」
貴志「ち、ちが……」
将太「別に、おれたちはっ」
良子「将太、ダメ!」
貴志の母「さ、帰りましょ。貴志に聞きたいこともあるし」
貴志「……聞きたいこと?」
貴志の母「栄一君のお母さんから相談されたの。栄一君が学校に行きたがらないって」
貴志「……!」
将太「……栄一?」
貴志の母「貴志と同じクラスだし、よく一緒に遊んでたでしょ。何か知らない?」
貴志「ぼ、ぼく……」
貴志の母「とにかく、帰りましょ」
将太「貴志……」
良子「貴志くん……」
貴志「(つぶやくように)……ごめん」

貴志がゆっくりと歩き出す。

貴志の母「(ほっとして)さ、行きましょ」

貴志が立ち止まる。

貴志「……お母さん。ごめんなさい」
貴志の母「え?」
貴志「どうしても最後までやりたいんだ」
貴志の母「……なに、言ってるの?」
貴志「ぼく、これだけはゆずれないんだ。栄一くんのことは帰ってから話すから」
貴志の母「……貴志」
貴志「ごめんなさい!」
貴志の母「……」

貴志が将太と良子の元に走る。

貴志「さ、行こう」
将太「お、おい。いいのか?」
貴志「うん。きっとわかってくれると思う」
将太「そっか。……じゃあ、行くぞ!」
良子「おー」
貴志「うん!」

三人が走り出す。

道を歩く三人。良子と将太が話している。

貴志「……月ってさ、キレイだよね」
将太・良子「……?」
貴志「でも、月は自分で光ってるわけじゃな
い。太陽の光を受けて、光ってるんだよね」
良子「……うん。そうだけど」
将太「それがどうしたんだ?」
貴志「……いじめたんだ」
良子「え?」
貴志「ぼくが、栄一くんをいじめたんだ」

将太と良子が立ち止まる。
貴志も立ち止まり、ゴクッと唾を飲む。

貴志「ぼくと栄一くんは、幼稚園の頃からの
友達だったんだ。それは小学校に入ってか
らも変わらなかった。だけど、今年。学校
でも有名な、いじめっこと一緒のクラスに
なっちゃんだ。ぼくも栄一くんも気が弱い
から、すぐに目をつけられた。それで、あ
る日、ぼくの上グツが隠されちゃったんだ。
ぼくが泣いてるのを見て、そのいじめっこ
は、ずっと笑ってた。栄一くんは『大丈夫
だよ』ってクツを一緒に探してくれたんだ。
でも、ぼくは怖かった。これからずっとい
じめられるんじゃないかって」
良子・将太「……」
貴志「……いじめっこがね。栄一くんに石をぶつけろって言い出したんだ。そしたら、友達にしてやるって。だから、ぼくは石を投げた。それが栄一くんの額に当って、血が出たんだ。それを見て、いじめっこが笑い出した。……ぼくも笑った。怖くて、悲しかったけど、笑ったんだ。笑いながら、ぼくは、ホッとしたんだ! 栄一くんは何も言わなかった。じっとぼくを見てた」
将太「……貴志」
貴志「だけど、やっぱり、栄一くんに謝らなきゃって思ったんだ。でも、ぼくは怖くて出来なかった。……だから、せめて栄一くんが好きなガオレインのキーホルダーをあげたかったんだ」
良子「……貴志くん」
貴志「ぼく、嘘つきで、卑怯者なんだ。ごめん。今まで黙ってて」
将太「……貴志、お前までひとり言かよ」
貴志「え?」
良子「わたしたちは、何も聞いてないよ」
将太「貴志、これだけは言っとくぞ。今日のお前はすごかった」
良子「うん。かっこ良かったよ」
貴志「(涙声で)将太くん、良子ちゃん。……ありがとう」
将太「さ、交換所まで、もう少しだ。行くぞ」
良子「おー」
貴志「う……ん」

駅の中の交換所。

係員「ごめんなさいね。あと一個しか残ってないの」
貴志「そ、そんな」
将太「仕方ねえよ。行くぞ」
貴志「あ、でも……」

将太、良子が歩き出し、貴志が続く。
三人が立ち止まる。

貴志「……どうしよう」
将太「貴志、お前が持っていけ」
良子「うん。わたしもそれでいいと思う」
貴志「でも、ふたりとも……」
将太「おれさ、お前見てて思ったんだ。母さんを待ってるんじゃなくて、自分で捜しに行かないとダメだって」
貴志「……将太くん」
良子「わたしも、引きずるのをやめる。ちゃんと弟のお墓の前であやまるよ」
貴志「……良子ちゃん」
良子「だから、貴志くんが持っていって」
貴志「……」

遠くで子供の泣き声が聞こえる。

子供「えーん。キーホルダー」
母親「無いんだから、仕方ないでしょ」

貴志が子供の所へ走っていく。

貴志「はい。これあげる」
子供「あ、ガオレインのキーホルダー!」
母親「いいの? あなたもせっかくスタンプ集めたのに」
貴志「……ぼくは、もう、欲しいものに交換してもらいましたから」
母親「……そう。ありがとう」
子供「ありがとう、おにいちゃん」

子供と母親が去っていく。
入れ替わりに将太と良子がやってくる。

良子「いいの?」
貴志「うん。いいんだ」
将太「くそ、最後まで美味しいところ持って
いくな。貴志は」
貴志「えへへ」
将太「よし。じゃあ、帰るとするか」
良子「おー」
貴志「うん」

駅内。
電車がやってきて、ドアが開く。

将太「じゃあな」
貴志「うん」
良子「すっごく楽しかった」
将太「そうだな」
貴志「将太くん、良子ちゃん。今日はありがとう」
将太「バカ。こっちのセリフだ」
良子「あはは。そうだね。それじゃあ……」

ドアが閉まり、電車が行ってしまう。

貴志(N)「こうして、長かったような、短い一日と駅での戦いが終わった。だけど、ぼく自身の戦いは始まったばかりだ。……いや、これから始めるんだ」

貴志が息を切らせて走ってくる。
立ち止まり、大きく深呼吸をする。
そして、チャイムを押す。

栄一の母「はーい」

栄一の母が家から出てくる。

貴志「あ、こ、こんにちは」
栄一の母「あら、貴志くん。久しぶりね」
貴志「え、栄一くん、いますか?」
栄一の母「ええ。いるけど……。貴志くん、この頃遊びに来ないけどどうしたの?」
貴志「え? あ、あの。栄一くんからぼくの事聞いてないんですか?」
栄一の母「……よく一緒に遊んでるって聞いてるけど」
貴志「……」
栄一の母「だけど、どうしたのかしら。急に学校に行きたくないなんて言い出して」
貴志「ぼく、栄一くんと一緒に学校に行きます。栄一くんはぼくの大事な友達だから」
栄一の母「ありがとう。栄一も喜ぶわ」

貴志(N)「……栄一くん。ぼくね、新しい友達ができたんだ。今度、紹介するよ。……今日は話すことが一杯だ。でも、ちゃんと話すからね」

おわり