【シナリオブログ】龍は左手でサイを振る③

〇 街
街の中の雰囲気は閑散としている。
その街中を歩く、凛と新兵衛。
凛「……随分としけた街だな。活気ってもんがねえ」
新兵衛「(苦笑して)昔は……父さんが生きていた時は活気のある街だったんですけど」
凛「……活気があったねえ」
閑散とした街を見渡す凛。
食べ物屋や宿屋の看板が多い。
凛「なあ、この街って、食いもん屋とか宿屋が多いよな」
新兵衛「はい。元々、この街は旅人や商人が多く訪れてましたからね」
凛「ふーん。けど、ここってそんなに人が来るような街とは思えねえけどな。別に温泉があるってわけでもないし、これといった観光名所があるわけじゃねえだろ」
新兵衛「この町は賭博で有名だったんです」
凛「ああ、そういえば、そんな話を聞いたな」
新兵衛「結構、栄えてたんですよ」
凛がピタリと立ち止まる。
新兵衛「(立ち止まる)凛さん?」
凛「(怪訝な顔で)気に入らねえな。賭博で稼ごうなんざ」
新兵衛「え?」
その時、源八の息子が走ってくる。
源八の息子「新兵衛さん!」
新兵衛「ああ、源さんのところの」
源八の息子「大変だ、来てくれ、親父が!」
新兵衛「え?」

〇 源八家前
多くの野次馬がいて、役所の人間も忙しなく動いている。
その光景を呆然と見ている新兵衛。
源八の息子「朝、親父が起きてこなくて……部屋にもいなくて……それで納屋を探しに行ったら」
凛「……」
新兵衛「……」
源八の息子「(泣きながら)首を吊ってて」
新兵衛「どうして……」
源八の息子「親父、なんとか新兵衛さんの賭場を取り返そうとして、それで」
凛「博打うって、負けたか」
源八の息子「くそっ! あいつが……黒龍組さえ、この街にこなければ」
源八の死体が役人によって運ばれていく。
死体にすがりついて泣く源八の息子。
源八の息子「……親父」
凛「……」
×    ×    ×
凛の回想。
納屋の中、父親の死体にすがって泣く凛。
凛「……親父、どうして」
×    ×    ×
凛「……自業自得じゃねえか」
源八の息子「(顔を上げて)なっ!」
新兵衛「ちょ、ちょっと凛さん」
凛「いいか? 勝てば全てを手に入れ、負ければ全てを失う。それが博打だ。大した覚悟も無く勝負なんかするからこうなるんだ」
源八の息子「お、お前に何が分かる! あの賭場は……この街にとって」
凛「さっきお前は黒龍組が来なければと言ったが、利益がこいつ(新兵衛を親指で指して)からあっちに移っただけだろ。しかも、ちゃんとした勝負で決めたことだ。グダグダ文句言う方がお門違いだぜ」
新兵衛「凛さん、あの勝負を見てたんですか?」
凛「まあ、良い勉強になったな。博打なんぞに手を出すとこうなる」
凛が歩き出す。
新兵衛「……凛さん」

〇 川原・夕方
土手に座って川を眺めている凛。
凛「……」
×    ×    ×
凛の回想。
街外れで凛と父親が言い争いをしている。
凛「金を稼いで何が悪い! 金があれば、一座だってもっと楽に生活できるはずだ」
凛の頬を平手で打つ凛の父。
凛の父「楽に生活する為に芸をしているわけではない! 人を楽しませること。それが私たちの仕事だ」
凛「理想だけで飯が食っていけるかよ。その親父の理想のせいで、一座の人間が減っていく。このままじゃ、一座は終わりだ」
凛の父「……それは仕方がないことだ」
凛「冗談じゃねぇ! 一座は私にとって家族だ。親父の勝手で潰されてたまるか!」
凛が走り出す。
凛「私が守る。私が一座を立て直すんだ!」
×    ×    ×
凛「……」
そこに新兵衛がやってくる。
新兵衛「探しましたよ、凛さん」
凛「……頼んでねえ」
新兵衛「さ、帰りましょう」
凛「別にあの家は私の家じゃねえ。帰る義理はねえよ」
新兵衛「……(困ったように微笑む)」
凛の隣に座る新兵衛。
新兵衛「この街は賭場でお客を呼び、なんとか生活してきました」
凛「……」
新兵衛「その賭場の元締めが、僕の家で代々受け継がれてきました」
凛「ふん。賭博一家か」
新兵衛「家の理念は『お客を楽しませること』……でした」
凛「……楽しませる?」
新兵衛「『人を楽しませること。それが俺たちの仕事だ』」
凛「え?」
新兵衛「(微笑んで)父さんの口癖です」
凛「……」
新兵衛「家の賭場では、外から来るお客さんに勝ってもらうんです。賭博で勝ったお客は、この街でお金を使ってくれるんです」
凛「博打で勝った金はあぶく銭。財布の紐も緩くなる。……で、いつの間にか博打で勝った以上に使う」
新兵衛「(ニコリと笑う)売上があった店の人たちが、家に来て遊んでいってくれる。すると賭場は活気づきます」
凛「それでさらに客が来るようになる……か。ふん、街全体が賭場みたいだな」
新兵衛「この街はずっとそうしてやってきてたんです。ここには観光名所になるようなものもありませんし、物見遊山でフラッと立ち寄るような場所でもありませんから」
凛「……」
新兵衛「だけど、僕はこの街が好きです。この街の人たちは僕にとって家族のようなものなんです」
凛「家族……」
新兵衛「でも、黒龍組がこの街に来てからは、変わってしまいました。あそこの賭場は人を魅了する。魅了し過ぎるんです。賭け金も多くはれますし、借金もできる。そのせいで、自殺者も出るようになりましたし……この街にくるお客も減ってきました」
凛「博打は人の心を惑わす。当たり前のことだろ」
新兵衛「確かに博打は、人の心をダメにすることもあります。でも、それは胴元の方で調整できるんです。……誰も悲しい思いをすることなく、純粋に楽しめるもの。それが、僕の目指す賭博道なんです」
凛「……」
×     ×      ×
凛の父(N)「良いかい、凛。娯楽というものは、時に人の心をダメにする。だけどそれを恐れてはいけない。人を楽しませること。それが私たちの仕事だ。それだけは、絶対に忘れてはいけないよ」
×     ×      ×
凛「(ため息)青臭ぇ話だ」
新兵衛「(苦笑い)はは。よく言われます」
凛「……昔な、街々をまわる、小さな旅芸人の一座があったんだ」
新兵衛「?」
凛「その一座の座長がな、こう言うんだ。『人を楽しませること。それが私たちの仕事だ』ってな。だからさ、金の無い奴にはタダで見せてやったり、街を活気付ける為に無償で芸を見せたりしてたんだ」
新兵衛「素晴らしい座長さんですね」
凛「冗談じゃねえ。その一座だって、食っていかなきゃならねえんだ。それぞれ事情ってもんもある。……当然、生活できなくなり、一座の人間は減っていったんだ」
新兵衛「……」
凛「ある時、座長の娘が一座を出ていった。金があれば、一座の人間を呼び戻せるって。……その娘は手先が器用だったからな。ある場所で、仕事がすぐ見つかった。しかもその仕事は膨大な報酬が貰えるってんだから、その娘は一も二もなく飛びついた」
新兵衛「その仕事って……」
凛「賭博師だ」
新兵衛「……」
凛「サイコロの目を自在に出すなんてお手のものだし、イカサマも随分と上手くできた」

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